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第三話 設営準備①

 ◆

 スクラ、とここで名乗っている偽名で呼ばれたので、ジンロは慌てて顔をあげた。


「お疲れさん、少し休憩にしないか?」


 金槌を叩く音や男たちの掛け声に混じって、中年の男が鉄骨の下の梯子から声をかけてきた。ジンロは手に持っていたロープの先端を鉄骨に結び終えると、男が運んできたトレイからカップを受け取る。周囲の同僚たちも同様に小休憩に入っていった。


「助かったよ、実は先日まで働いていた奴が急にどっかいっちまってさ。人手が足りなかったんだ」

「いえ、こちらこそ。雇っていただいて感謝します」


 飲み物を運んできたその男が狭い足場に上って来てジンロと同じように淵に腰かけた。


 今ジンロがいるのは鉄骨を組んで出来た柱に備え付けられた足場の上、地上からの高さはおよそ十メートルくらいだ。同じような支柱が周囲に円形状に六本、各柱に通ずる足場が組まれている。更に今いる中央の支柱から何本もの頑丈なロープがその六本の柱に向かって放射状になる様に張り巡らされていた。

 下を除くと他の作業員たちが柵やら椅子やらを運び指定の位置に置いていた。そのどれもが毒々しい原色で塗られており、床の細密な文様と合わせて見ると眩暈が起こりそうだ。

 頭上を見れば綺麗な青空、だがこれももう少しすれば派手な色のシートで覆われ見えなくなる。


 ジンロが今手がけているのはもう間もなくやってくるサーカスの会場設営だ。

 今隣にいるのは、ジンロの上司に当たる設営の親方、確か名前はトルフィー。


「すでに開催されている劇団や楽団も勿論いいが、やっぱり謝肉祭の目玉と言えばサーカスだ。あんたは見た事あるかい?」

「ええ、大昔に。もうあまり記憶には残っていませんが」


 綱渡りや猛獣ショーにマジック、空中ブランコ。曲芸師たちが披露する演目は確かに見る者の心を躍らせ老若男女問わず虜にさせる。年に一度の華やかなお祭りの目玉としては妥当なのだろうが、ジンロは正直なところあまり興味はなかった。


「ならせっかくのいい機会だ。設営が終わったら見ていきな。絶対感動するから!」


 彼はもう何十年もサーカスを歓迎し設営に携わっているらしい。この仕事に誇りを持っているのだろう。

 だが、獣王の動向も気になるし、正直あまり長居はしたくない。

 サーカスの本番は謝肉祭当日の一週間後。必要な分の金を稼いだらすぐにでも町を出るつもりをしている。


(イスカはきっとサーカスを見たがるだろうな)


 初めて見る物に目がない少女はきっと華やかなサーカスも気にいるだろう。彼女と見ればサーカスだろうと何だろうと楽しいだろうが、必要以上に彼女を連れ回す度胸はない。したがってジンロも謝肉祭を楽しむつもりなどもとよりなかった。


「なんだ、随分暗い顔だな。疲れたか?」

「いいえそんな事はありませんよ」


 考え込んでいたところを不審に思われたか、トルフィーが怪訝な顔をした。慌てて笑みを浮かべ誤魔化したところに、地上から「親方!」とトルフィーを呼ぶ若者の声がした。


「なんだ、どうした?」

「客席の椅子の数が足りません。ひょっとしてまだ組み立て終わってないのあります?」


 地上とは結構距離が離れているので、お互い大声を張り上げて会話していた。傍にいたジンロは当然の事、各持ち場で作業をしていた作業員たちもこちらに注目する。

 トルフィーはその報告を受け、唸り声をあげた。


「うーん、やっぱり人手が足りてねぇか……、テント外部の設営も滞ってるし。いよいよまずくなってきたな。―――おい!骨組み作りの奴で大道具の方に回れ!二人でいい」

「……何かあったんです?」


 作業場全体から漂う不穏な空気に新入りのジンロは眉を寄せる。そう言えば先ほども人手が足りないとかどうとか言っていた。


「実はな……、ここ数日の間に雇っていた奴らの何人かが突然仕事に来なくなったんだよ」

「来なくなったって……行方をくらましたって事ですか?」


 トルフィーは頷いた。


「ああ、しかも働き盛りの若い奴ばっかり。一人目の時は仕事が嫌になって逃げたんだろ、程度にしか考えてなくて放っておいたんだが、それから一人、また二人といなくなってな。不審に思ってそいつらを訪ねてみたら、周囲の人間は皆ここ数日そいつらの行方が分からなくなってるっていうんだ」

「そう言えば俺の友達が働いている工場の奴も一人、数日前から家に帰ってなくて親御さんが探し回ってるらしいですよ。ここでいなくなった奴と同じ、若い男だったらしいですけど」


 梯子の方から声がする、新しい資材を運んできた作業員の一人が顔を覗かせた。


「なに?他の現場でもか……。近頃ようやくあの変死事件についても落ち着いて来たって言うのに」

「ああ、あの全身鱗まみれになるって奴ですよね。ラージュでも何人かやられてましたし、噂では捕まったって聞きましたが、それが今度は行方不明事件ですか……」


 二人の会話を横で聞きながら、ジンロはもう一度思考の中に沈み込んだ。

 若い男の故意と思われる連続失踪。勿論ただ自主的に姿をくらませた者もいるかもしれないし、単に偶然が重なっただけかもしれないが、しかし、


(若い男だけを狙って狩りをする奴……、まさかな)


 ジンロの脳裏に一人の女のシルエットが浮かび上がり、思わず背筋が凍った。

 杞憂ならいい、だがもしこの嫌な予感が的中すれば―――イスカの傍を離れるのは危険だったかもしれない。

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