第一話 花の都②
しかしながら何事も思う様に運ばないのが世の常である。イスカもまた先ほどまでのはしゃぎっぷりがすっかり嘘のように意気消沈し、広場のベンチに腰を下ろしていた。
イスカの傍らにはお菓子や花やゴム風船。先ほどジンロと共に町中を歩きまわった時に手に入れた戦利品だが、今はこんなに荷物を増やしてしまった事を後悔していた。
ベンチにはイスカ一人でジンロは今ここにはいない。彼は中心地から少し離れた郊外まで出向き宿を探してくれているのだ。
ラージュは花の都と称されるだけあって、美しい建造物に澄んだ河と緑が見事に融合した景観が観光客の心を惹きつけてやまない。元がそんな魅力的な町だから年に一度の祭りの時期ともなると、それはそれは大勢の観光客がこの町に押し寄せてくる。
そのためこの期間中の宿泊施設はあっという間に埋まってしまい宿が取りにくい。ジンロもその事はわかった上で早めに宿を取ろうと動いたが、どうやら詰めが甘かったようだ。予想以上に混雑した中心街の宿屋はどこもいっぱいで、郊外の方にしか空きが無いだろうと言われたのだ。
それだけならまだよかったのだが、
「……足、痛い……」
人ごみの中を沢山の荷物を抱えて歩き回ったため、イスカの足はすっかり棒になっていた。
結局ジンロ一人で宿を探す事になり、イスカはここで一人彼の帰りを待つ事になった。
(私、完全にお荷物だ)
そもそも祭りを見たいとはしゃぎまわって疲れたのは自分だし、そのせいで時間も長引き近場の宿がいっぱいになってしまったわけだし、旅を始めてからイスカは足を引っ張るばかりで一向に貢献できていない。
(もっとジンロの負担にならない様にしなきゃいけないのに)
ジンロ本人に言えば、彼はきっと「俺が勝手に付いてきているんだから気にするな」と言うのだろう。けれどたとえ彼が許したってイスカ自身が許せないのだ。
イスカは大きくため息をつくと手元の紙袋から薄紙に包まれたキャンディを取りだした。飴細工の露店で買った棒付きキャンディ、透明な黄金色のキャンディをぺろりと舐めると甘い味が疲れた体に染みわたった。
対等の関係でありたい。ジンロがイスカを支えてくれるようにイスカもジンロを支えてあげたい。そう思ってもイスカはまだまだ力不足で、こういった甘いキャンディが似合う子供なのだなと実感する。
再びつきかけたため息を口に飴を突っ込んで無理やり飲み込む。その時広場にザクザクと砂を踏みならす足音が聴こえて来た。それも複数だ。
夕暮れの広場にはまだちらほらと子供連れの家族やカップルがいた。そんな和やかな雰囲気の空間に突如として異質な空気を纏った集団が現れる。
およそ二十人前後の集団になって広場に入ってきた彼らは、皆揃いの紫のローブを着ていた。ローブはゆったりとしていて彼らの体格を隠しているため背格好の区別はつきにくい。男か女か、若者か老人かすらわからなかった。
着ている服装もさることながら最も異様なものは彼らが顔に被っているもの。
固く冷たい石膏でできた真っ白な仮面、にたりと笑った口と目がおぞましさを掻きたてる不気味なものだった。
全く同じ格好と顔をした数十人の集団が塊となって平穏な広場をただ無言で闊歩する。その異様な光景にイスカだけでなく広場に居た全員がどよめいた。
(何……、この人たち……)
非日常極まりない謎の集団にイスカは本能的に身を振わせる。いくら祭りの時期だからと言ってこんな異様な集団がいるものか―――。
仮面の集団は脇目もふらず広場を突っ切っていった。急いているのか足早に通り過ぎて行くのをイスカはただじっと見守っている。
だが、彼らがイスカの座っていたベンチの前を横切ろうとした時、ふいにその中の一人が首をぐるりと回してこちらを向いた。
―――!!
イスカは息が止まりそうになった。仮面のせいで顔が見えない、だがその人物は間違いなくイスカの方を見ていた。見えない視線が突き刺さる。得体のしれない恐怖にイスカは逃げる事も出来ずその場に硬直した。
しばしの間、イスカはその仮面と見つめ合う。術をかけられたようにその仮面から目が離せなくなっていた。
どのくらいそうしていたのだろうか、我に返った頃にはすでに集団の姿はなくイスカは一人ベンチに座っていた。周囲を見回すと、そこには変わらず家族やカップルが思い思いに過ごしている。誰一人気に留めている者はいない。まるで先ほどの事が全て幻だったかのように―――
「何ぼうっとしているんだお前は」
「ひゃっ」
突然至近距離で声がして思わず飛び上がった。すぐ傍で怪訝な顔でイスカを覗き込んでいるのはジンロだ。
「お、おかえり……」
擦れた声で迎えると、ジンロの眉間の皺が更に深くなった。
「お前相当疲れてるな。宿なら取れたから、少し遠いけど移動するぞ」
ジンロは呆れた様子で片手に荷物を抱えると、反対の手でイスカを引き上げる。ベンチで休憩したおかげか足の疲労は幾分かましになっているはずなのに、何故かイスカは全身に力が入らず足を縺れさせてジンロに支えられる形となってしまった。
「おいおい…、本当に大丈夫かよお前」
「う、……ごめん。大丈夫、ちょっと眩暈がしただけ」
心配をかけまいと力なく笑ってもジンロには逆効果だった。ますます呆れた顔をされて、イスカはいたたまれない気持ちでいっぱいだ。
「……行くぞ」
短く告げたジンロに肩を支えられゆっくりと歩き出す。
(やっぱり、足手まといだよね……)
心の中で小さく呟く。ジンロの肩に寄りかかったままイスカは座っていたベンチを離れる。そこには食べかけのキャンディが一つ地面に転がり落ちたまま残されていた。




