第一話 花の都①
◆
舞い踊る紙吹雪に管弦の音色。この町に足を踏み入れた瞬間想像を絶する華やかな世界がイスカを出迎えた。
「凄い……っ、何これ!?」
幅の広い通りを埋め尽くすほどの雑踏に流されないようにしながら、イスカはきょろきょろと周囲を見回した。
カラフルな衣装を着た大道芸人、食べ物を売る露天商、おもちゃの剣を振りまわしながらはしゃぎまわる子供たち。目に飛び込んでくる情報量が多すぎて、ただでさえ人酔いしそうな場所なのに一層頭がくらくらした。
「余所見するな、ぶつかるぞ」
すれ違うバイオリン弾きを目で追っていると、ぐいっと首根っこを掴まれた。顔を上げるとジンロが呆れつつも通行人の波からイスカを庇ってくれている。
「だって見た事ないものばかりなんだもの。これ何?何かの催し物?」
「謝肉祭だよ。年に一度春になったら開催されるんだ。露店や見世物が町じゅうで開かれ沢山の観光客が訪れる。この期間中は昼夜問わずこんな感じでお祭り騒ぎなんだ。この感じだと今はまだ前夜祭の時期だな
「嘘……、これでまだ当日じゃないの?」
イスカが尋ねるとジンロはああ、と頷いた。祭り本番ではないのにこの賑わい様だ。本番になったらどれほどの盛り上がりになるだろう。メルカリアでも年に一度町内組織と軍部、そして正教会が協同で開催する謝恩式という祭りがあったが、聖騎士の御膝元であったメルカリアで開かれる行事は祭りと言うよりも式典に近くもう少し厳かだった。こんな風に溢れんばかりの人が集まり色彩華やかな装飾が施されている祭りはイスカも初めて経験する。
ジンロに手を引かれながら通りの露店をちらちらと観察していると、
「あんまりきょろきょろするな」
と再び厳しい声で注意された。見るとジンロはいつになく険しい顔をしている。華やかな町に似つかわしくない鋭い眼光で周囲を見据えていた。
「どうしたの?そんなにピリピリして?」
皆楽しそうに道を歩く中でそんなに威嚇していては周りにも異様に映るのではないかとイスカは気を揉んだ。案の定すぐ傍をすれ違った人の何人かはジンロの不機嫌そうな顔を見てぎょっとしたり、足を早めたりしていた。
「祭りの時期ってのは賑やかな分色んな奴が集まるって事なんだ。……いい奴も悪い奴も、な」
「つまり……、揉め事とか厄介事とか、そういうのも多くなるって事?」
「そういう事だ。羽目を外す奴も多いからな、普段起きないような乱闘事もよく起こる。お前もあんまり浮かれるなよ。この間みたいにならない様に慎重に行動しろ」
有無を言わさぬ口調で諌められて、イスカはうっと喉をつまらせた。近隣の森に住む樵の家で無理やり嫁にさせられかけた事は記憶に新しい。それにイスカは元々獣王から逃げるために旅をしているのだ。本来ならばあまり人の多い場所には近寄らない方がいいのだろう。
「この町に寄ったのは旅に必要な物資と資金の調達。遊んでる暇はないからな」
「わかってるわよ。でも……」
イスカはジンロにせっつかされながら、もう一度通りを見渡した。
皆笑いながら思い思いに祭りを楽しんでいる。晴れやかな顔、華美なのは装飾や催し物だけじゃなくて、ここに居る人間そのものもそうだ。
イスカにとっては初めての祭り、楽しみたいという気持ちはますます膨れ上がった。
「……まあ、少しだけなら付き添ってやらんでもないが」
黙りこんでしまったイスカにジンロがぼそりと呟いた。伺う様にジンロを見上げると彼は観念したような顔をしていた。
「本当!?」
「見たいんだろ、祭り」
苦笑するジンロにイスカはパッと顔を輝かせる。ありがとうと満面の笑みでお礼を述べると、ようやくジンロの険しい表情が緩んだ。
「なら少し手を緩めろ。さっきから痛い」
「えっ、あ……!ごめんっ」
祭りが見たいと内心でごねている内に、気づけばジンロの手をきつく握りしめていた。それに気づいたイスカは慌てて手を離そうとするが、逆にジンロにぎゅっと握り返されてドキリとした。
「せっかくだし少し見て行くか、何か気になるものはあるか?」
そう問われて、イスカはそれなら、と通りの向こうを指差した。そこには美しい飴細工を売る露店があった。あの店が見たい、とジンロにリクエストをすると、ジンロもわかったと言って店の方に向かって歩き出した。祭りを楽しめるという喜びか、そのまま繋がれた右手のせいか、イスカはほんの少しだけ体温が上がった気がした。




