女王の誕生
43
王の居室でテーブルを囲む当事者たち。
シエールイはいたたまれないような、居心地悪いような状況になっている。
スパリューンニィが無事で嬉しい。
フィオニェーヴの本心を垣間見て複雑。
のほほんとしているサヴィローズは座っているシエールイを後ろから抱きしめ、満悦している様子。
シエールイは恋愛模様の中にいた夢からさめ、現実を分析している。
分析すればするほど、巻き込まれて迷惑を被ったということが分かる。
黙っている一番問題をはらむ男二人の状況。この二人がもっと腹を割って話していればこうならなかったし、シエールイが痛い目や貞操の危機に合うこともなかった。
苛立ちが募ってくる。
沈黙が積み重なると苛立ちが増える。
出されているお茶に誰も手を出さない。いや、サヴィローズはシエールイに世話を焼いているので、シエールイと彼女は茶に口を付けた。
しゃべらない男二人を気にしていないのはサヴィローズ。
三十分我慢したところで、シエールイが口を開いた。
「この発端って、何」
短いが鋭い刃となって二人をそれぞれ突き刺す。
「あたしはスイ様から聞いて……」
「サズには聞いていない。当事者の二人」
「あはっ、だね」
サヴィローズは笑って、シエールイにマドレーヌを手渡す。
「ぼくが悪かった」
「余も……」
「いや、そんなこと聞いていないです。私、巻き込まれて、ひどい目に遭った気がするの? 気のせい? 気のせいではないですよね? ここには人間が珍しい。それは良く理解しました。リューに助けてもらわなければ、狼男に殺されていたでしょう。その後も翼あるヒトにご、強姦されかかった上食べられそうでした。貴重な生き物だと理解しました。王様の行動は別だとうすうす気づいています」
「……すまない」
「謝って済む話ではないですよね? あなただって私に何をしました? すごく恥ずかしいことされましたし、本気でよ……よ……」
「夜伽っていうか強姦ね」
サヴィローズがあっけらかんと付け足す。シエールイは助かるのでそのまま言葉を紡いでいく。
「しようとしました」
「……う」
「まさかと思うんですが、本当に、リューへのあてつけのため?」
「う……」
ズバリズバリと斬り込むシエールイに小さくなるフィオニェーヴ。これまでの威厳はどこへ行ったのか分からない。
「リューが原因ならそれでもいいですが、互いに話し合ってください」
「……ごめん、指輪壊れた」
「何を突然言うの?」
スパリューンニィはテーブルに指輪を二つ置いた。一つはシエールイがしていたもの。もう一つはシエールイが初めて見る、スパリューンニィの父が息子に渡した物。
「これがなかったら、ぼくだって死んだよ」
「……」
「愛よ、これが愛なのよぉ」
サヴィローズが感涙にむせぶような芝居がかった動きをして叫ぶ。
「……あ、うん」
シエールイは何も言えなくなった。確かに愛の力とも考えなくはなかったが、安っぽい言葉に思えてきた。
「よほど固かったのね」
「あ、ああ」
現実的な味も素っ気もない言葉が口を付いた。スパリューンニィも答えに窮するしかない。
「で、リューとフィオって昔から知り合いなの?」
「祖父の弟がフィオの祖父にあたるんだ。王やってたフィオの父親が城に置きたくないということで、うちに預けていた。幼馴染」
「……理解しました」
「そうそう、その祖父の弟っていうヒトが、エルの先祖かもしれない女性と結婚したことがきっかけで、国を分けたそうだよ」
「……え?」
「指輪これでは分からないけど、君の家の紋とボクの家の紋が似ていたわけだよ」
「……うん」
シエールイは過去はどうでも良かった。
帰ることも、今、本当にどうでもいいことだった。
フィオニェーヴのスパリューンニィに対するとばっちりを大いにかぶったのはシエールイだ。そのせいで、どれだけの人が迷惑を被ったのか。
「あれ? 興味なかったかな」
スパリューンニィが困惑を見せる。
「少し前までは……逃げる事や帰ることが重要だったの。なんか、こう、今、現実見てリューとフィオの仲違いのせいでとばっちり受けたらしいというほうが重要」
「あ、ああ……」
スパリューンニィは目を泳がせる。
「ぼくはフィオの事嫌いなわけじゃない」
「なら、なぜ城に寄りつかない」
「だって、王の座を巡ってあれこれ言った仲だったしそばにいると変な気起こした奴に君がたきつけられたらいやだなって」
「……そうやって捨てたわけだろう、私を」
「……いや、そういうわけじゃ」
「同じだろう? 私は知り合いもいないが、父の跡を継ぐということで城に残った。お前にはいて欲しかったのに、お前はいなくなった」
スパリューンニィはフィオニェーヴに言われ驚いた顔になり、沈んだ表情になった。
「すまない……お前は王として受け入れられていた。でも、ぼくは半端者としていてはいけない気がした」
「私の友だと思っていた。それなのに……すぐにいなくなった」
「……」
フィオニェーヴは吐き出した。シエールイが思う以上に長い月日ため込んだ言葉だろう。
「お前がいたくないなら、止められないと思った……城に来てもすぐに帰るから」
「ぼくが知らない妻候補がいるかもしれないって思ったし……、君の家臣たちはぼくが来るといつも嫌がる」
「それさ、たぶん、問題ありよ? よくこれまで何もなかったよね?」
シエールイは口を横から入れた。
「あ、考えられるのはもう一つあるのか……。リューが来てもとどまらないと分かっているフィオが不機嫌になって怖いから、すぐに追い出したい、それと……」
「どういう意味?」
サヴィローズがシエールイの頬に頬を付けて尋ねる。甘い香りがシエールイの鼻に届き、同性ながらドキドキする。
「家臣が王を操りたいなら、仲がいいとされているリューがいない方がいいでしょ?」
「あ、そっか。でも、特に何も起こってないからシイちゃんが考えすぎじゃないの?」
「そうね」
シエールイは素直に認める。どのくらい王位についているか分からないが、家臣がフィオニェーヴからスパリューンニィを引き離したいなら、シエールイを連れてきたときも近寄れなかったと予想もできる。ましてや、スパリューンニィも頼ろうと考えないだろう。そこまで気楽な人であっても困る。
「今の段階ではどうでもいいことだね。それより、恨み節は分かってけど、フィオはリューにいてほしいと言わなかった」
フィオニェーヴはうなだれた。言えばよかったと後悔しているのだろうかとシエールイは考える。
「私を預けた後、泊まらないはずのリューが滞在すると言ったは」
「それ、嫉妬よねぇ。これまでいてくれなかったスイ様が超可愛いシイちゃんのためにいると言うんだもの。シイちゃんに嫉妬しちゃうなんて」
サヴィローズは楽しそうだ。
「それじゃ、やっぱり寝取ってしまって優位に立とうとしたのね。いやねぇ、男って」
本人も似たようなことを言っていたのでサヴィローズの言葉は間違いではない。現にフィオニェーヴはこれまでにないほど小さくなって見える。
スパリューンニィは一瞬あきれてフィオニェーヴを見たが、原因の一部に自分がいるのでシエールイを見た後、視線を逸らした。
逸らした理由はシエールイが非常に怒っているのが分かるからだろう。
「この沈黙が全てを語っているわけ」
シエールイは冷たい声が出る自分に驚く。それ以上にあきれている自分がいるのにも気づく。
不意に涙がこぼれる。
「あ、あああ、シイちゃん」
サヴィローズが抱きしめてあやす。シエールイはどうしていいか分からない。それ以上にスパリューンニィとフィオニェーヴは混乱して、シエールイをなだめるかどうかそわそわしている。
「サズ、ありがとう……なんか自分がばからしくなってきなって」
「そんなことないよ。シイちゃんが一番賢いよ」
「サズが一番冷静よ」
「あはっ」
サヴィローズは嬉しそうに笑う。
自分の考えが恐怖から固定されていたと気付いた。
魔の国で自分が食料とみられている恐怖。
貞操の危機もあった。
――だから何! 人間の間だって既成事実って言われることをされる危険はある。王族としても失敗すれば殺される。確かに殺されるのは怖いけど、じつは何も変わってないじゃない。
シエールイは魔と人で違う部分と同じ部分を見てきている。
「つまり、こういうことよね。私の感覚が間違ってなければ、フィオは私をどうでもいいってこと」
「それは違う! 可愛いと思うし、大切にしたと思う」
即答された。嫌われているわけではないらしい。
「ならなんで意識を奪ったの」
「それは……君があまりにもリューのことを考えているから。あんな白状者のことなど忘れてほしいと……」
白状者と言われたスパリューンニィは返すこともなく、うなだれている。
「君が望むなら、それで許してくれるなら、王の地位はリューに渡すし、君はその妻となればいい」
「いや、えっとそういう問題?」
シエールイは首をかしげる。
「待ってくれ。逃げるぼくって散々言っているのに王位こっちに渡すつもり? エルを取り戻すためなら、父からは王位ごと取れと言われたが」
「あの人に失望されたか……」
一緒に育っているので面識はあり、肩を落とすフィオニェーヴが哀れに見えてくる。
「王位はこのまま君でいいし、遅いかもしれないがぼくも城で君の手伝いをする。エルと一緒に」
「スイさま、意外とひどいこと言ってる」
サヴィローズがポツリ言った。シエールイも気づいてこっそりうなずいた。
シエールイが自惚れでもなくこれが自分の感触というところで言うと、フィオニェーヴもシエールイに恋をしているのだ。
――人生初の三角関係。
と考えてシエールイは単純な問題ではないと自分を戒める。
「リュー、ここまでこじれると、そんな問題じゃないの」
シエールイにサヴィローズがうなずく。
サヴィローズは何も考えていないようで実は頭の回転は良く、直感が鋭いとシエールイは気付いた。
「で、結局どうするの? 王様問題」
サヴィローズの言葉に解決策はシエールイは出せない。
待たせている群衆がある。
「一番いいのはこのままで、私が立ち去ってリューが残る」
「ちょ、ちょっと待って……あ、そうだね、君が元の国に戻ることが」
「うん」
たぶん難しいと思う。戻れるなら、この国にいた人間は戻っていたはずだ。
「まあ、シイちゃんがいれば、人間の街を本格的に起こせるんじゃないの?」
シエールイはぎょっとしてフィオニェーヴを見る。
一方のフィオニェーヴは納得した顔をしている。
「隠れるから襲われるだし、私や吸血、淫魔たちの協力があれば、相当しっかりした組織を作れそうだな……シエールイは王家の人間だというし」
「でしょ? あれ、シイちゃんすごい変な顔している」
シエールイは納得できない顔をしているのは確かだ。
「だって、知ってるの?」
「ああ、知ってる。そもそも、私にだって人間の血流れているし」
「……あ、そっか、祖父さんがうちの先祖らしい人とってリューが説明したわね」
「そうなんだ」
「……あら?」
シエールイは顔を赤くする。
吸血族と人間の娘が結婚して子が産まれたということは、もし、自分がこちらで結婚した場合子どもも生まれる可能性があるということだ。一番の問題は、寿命だろう。人間であるシエールイが先に老いて死ぬ。
「シイちゃん、結構いいこと考えたでしょ」
「あ、え? そ、ソンナコトナイヨ」
ちらりとスパリューンニィを見て視線を逸らした。
「で王様はどうするの」
サヴィローズが再び言う。
「もちろんこのままで」
「もちろんこいつが」
スパリューンニィとフィオニェーヴの声が重なった。
「勝者はいないんだろう? なら、君がそのままでいいじゃないか」
「彼女と結婚していいというのか」
シエールイが首を横に振る。これもセットらしい、この会話は。
「ここまで来て首を縦に振ってくれるわけないだろう? お前やサヴィローズが人質になっているからおとなしかったわけで」
フィオニェーヴは理解していたようだ。
「王様はそのままで、スイ様とシイちゃんの結婚式ってことになるの?」
「……それは……」
どうなのだろうか?
フィオニェーヴの権威はすでに失墜している。これまでの政治に関して問題はなくても、女一人を巡り失態をとなる。よきことをしても、後ろ指は刺されるだろう。
それに耐えられるかは支える人物がいるかどうかにかかっている。
「それに、緊縛プレイをしようとしていたなんて知られたら」
シエールイの手首の輪にサヴィローズが指を掛け、持ち上げる。
「お前、本気か」
「そこまではなかった。でも……シエールイがその……可愛らしく……」
「拘束して……」
「いや、もちろんそこまでは」
シエールイの中でフィオニェーヴは寂しがり屋な子どもと同じだとおもった。
「かといって、スイ様は王様って柄じゃないし……あれ?」
柄じゃないと言われたスパリューンニィはがっくりと肩を落とす。お世辞でくらいは推薦してほしかったようだ、もともと婚約者であるし、吸血族の若君で一応跡取りなはずだろうから。ある程度のプライドはあるだろう。
「結局、解決しない。やっぱり、二人が頑張るのが一番なのでは」
シエールイは首をひねる。
「あ、一番いい解決方法見つけた」
楽しそうなサヴィローズに対し三人は「え?」と声をそろえた。
「シイちゃんが王様になっちゃえばいいんだ」
「え、えええ?」
「だって、一番強いよ? 元陛下だってたじたじだったし、スイ様もたじたじ。人間保護問題もどうにかしたいっていうこともあるし、それならシイちゃんを王様にしてしまえばいいのよ」
「ちょ、ちょっと待って。私、国に帰るっていうことは……」
できないのだろう?
一か月以上行方不明になり、どの面提げて帰るのかという問題もある。スパリューンニィと相思相愛なら。こちらで生きて死ぬのもいいと考えてはいた。
それが一般人どころか王になるのは。
「確かに……」
フィオニェーヴが唸った。
「え? フィオ、本気?」
シエールイは止めてくれそうだった人物が真っ先に肯定にしそうなので驚いている。
「一理はあるんだ、サヴィが言ったことに。君が王になれば、従わないとならない面がある。もちろん、ぼくやフィオが固めて武力や知識は与える」
「ちょ、リューまで」
シエールイはおろおろする。やる気はないわけはない。これまでの国とは異なり、恐怖もある。もちろん、スパリューンニィやフィオニェーヴの力があればなんとかなるだろうが。
「もともと王様になる可能性あったんでしょ?」
「あったといっても五位継承者だから、基本的にはないと言って等しい」
「でもあるんでしょ」
「あ、うん」
「ならいいじゃない」
サヴィローズは笑顔でシエールイを胸に抱きしめる。
禁欲生活が長かったためか、妙に接触してくる。シエールイの気のせいかもしれないが、ドレスの中に手を入れようとしているようなのだが。
「本当、びっくりだよね、フヴさまの性癖は緊縛! 嫌がる清楚な女の子にあんなことやこんなこと。首輪に鎖……世間のお嬢様に知られたら嫁の来てほんとにないよね」
サヴィローズの反撃が始まったようだ。
しかし、この反撃はシエールイが側にいると巻き込まれる危険性が高いと判断できる。
「さて、シイちゃんは王様引き受けるよね? 早くみんなに言わないと夜遅いから戴冠式明日だよ」
建設的な言葉により、シエールイは部屋に引き上げることになった。
42
深夜にダンスパーティーは行われたが、肝心の王と妃となるはずだったものや、吸血族の息子や淫魔の娘も来なかった。
焦ったのは吸血族と淫魔の従者たち。奥に入るに入れず、群衆に紛れて不安にさいなまれるしかない。
主役不在のまま早朝に三々五々散り群衆は消える。
従者たちは各々の宿舎に向おうとした。
伝令が来た。この伝令はすべての招待客に向かう。
――明日午後に、戴冠式および婚礼を行う。
これはあっという間に城下町に伝わった。
王が下りる。
そして、吸血族の子息が王になる。
43
翌朝、侍女に叩き起こされ、予定を教わる。
これから昨日のドレスを改良して、戴冠式用も兼ねるとのこと。その仕立て屋がやってくるという。
戴冠式は夕方。
「ほ、本当に私が?」
夢なのか嘘なのか分からないまま、シエールイは侍女に手を引かれ行動する。実際、採寸と手直しをすればシエールイは時間が開く。
その間に、戴冠式と結婚式の手順を聞く。結婚式とは結局相手は誰なのか、シエールイは困惑している。
スパリューンニィと結婚するといっても、当初はそのつもりだったがいまいちぴんと来ない。昨晩あの状況で結局話をしていないんのだ。打ち合わせがあるので本人が来るので分かるだろう。
やってきたのは執事を連れたスパリューンニィで何か疲労している様子。
「エル、ごめん、昨晩あんな状況で一人にして」
「いいわ、むしろ一人で清々した」
スパリューンニィがうなだれた。
「君が強い女性だということは良くわかった」
「ごめんなさい」
「なぜ謝るんだい? 君は君だろう?」
「……」
スパリューンニィはシエールイの前にひざまずく。
「正式に言うタイミングがなかった。君が元の国に戻るすべはあるか分からない」
「うん……だんだん無理だって分かってきた」
「でも、交流があったのは本当だろう。そうでなければフィオニェーヴの祖父の話はないし、君の国での伝承もないだろう」
「そうね」
里心がほんのりと付いてくる。シエールイは見下ろす形になるスパリューンニィになんて言っていいのか分からない。
「君がこの国にいる限り。いや、あちらに帰れるとしても、ぼくは君の夫として側にいたい」
「……え?」
「昨日はぼくが情けないということが良くわかっただろう? それでも君はぼくを好きでいてくれるかい?」
シエールイに手を差し伸べ、許しを請う。
「それを言うなら……私はあなたを頼りにし続けていいのかしら? ここに来るまでと同じで」
「もちろん……」
シエールイは手を乗せた。スパリューンニィはその甲に唇を寄せる。
「結婚の承諾ありがとう」
立ち上がったスパリューンニィはシエールイを抱きしめた。
「問題は、フィオニェーヴだな」
「どうして?」
「奴が王のままだと、家臣の妻を取るという形は名誉として微妙になる。しかし、君が王となるとまた別。一夫多妻制がいいなら逆もしかりという……」
「え?」
「あいつは昨晩の告白ですっきりした。たぶん、本気で君を落としにかかりそうだ」
「ちょ、それ問題! 私、本当、そういうの向いていないというか」
義母である王妃が言っていた手玉に取れる姫君というのが実は重要だったのかもしれないとシエールイはぐったりしたい気持ちになった。
44
緊張は緊張を呼び、手順をおぼえるシエールイは頭が真っ白だった。
儀式が始まる時間になり、昨日通った道を歩く。着ている服はほぼ同じドレスだが、長く尾を引くのは純白で薄いケープではなく、ベルベッドのような光沢がある上質な肌触りの赤いマントである。縁取りの一部には純白の羽が使われ、シエールイの頬をくすぐる。
向かう先の壇上にはフィオニェーヴがいる。
悪夢がよみがえりそうだが、彼の雰囲気が穏やかなので変わったと分かる。遠くだと視力が悪くみえないが、近づくと笑みを浮かべる彼を見た。
入ってきたのがシエールイだったため、誰もが婚礼を先にするのかと思った。
そして、フィオニェーヴの宣言により驚天動地となる。
「余の失態によりみなには迷惑をかけた。留まれという声ももらい、感謝する。そして、余の後、この国の政の長にはシエールイ・トゥールを任命する」
頭を下げるシエールイに急遽入手したティアラを乗せる。身を起こしたシエールイに杖を手渡した。代々の王が持ち、権力の象徴としている。白く大きな杖は、小柄なシエールイには巨大な柱のようであった。
すがるようにそれを持つと、王の座る椅子に導かれ着席する。
「余は……我はシエールイのために剣を振るおう」
臣下の礼を取り脇に控えた。
扉が開き、スパリューンニィが入ってくる。侍従に先導されシエールイの前までくると膝を折ってお辞儀をする。
シエールイは杖を置き、スパリューンニィの前まで来て右手を差し伸べる。それを取り、口づけをして立ち上がる。
「わたくしは、この国に来て一月ほどしか経っていません。先王およびここにいるスパリューンニィ様のおかげで様々見聞きしました。わたくしが王位につくことを認めてくれた方々に報い、人間を薬のように期待するヒトたちへの意識改革などを求められました。この私を支えてくれる伴侶としてスパリューンニィを選びます。異議、ある方は申し出てください」
群衆は騒ぐ。
人間が王になり、伴侶を求めている。
「異議あり」
女性たちが悲鳴を上げる。このことに関してサヴィローズに「スイ様ファン多いから気を付けるように」と言われていたから驚かない。その対策もすでに行われている。
シエールイはあくまで戦わない王なのだ。
「ならば前に出て、ぼくと勝負してもらうことになります。この王は武力をもたないため、剣はぼくとフィオです」
スパリューンニィの一言で群衆から「異議なし」が飛び交った。くやしさですすり泣く女性の声が響いている。
「ありがとうございます。これまでと国は当分変わらないでしょうが、わたくしなりに道は作りますので、よろしくお願いします。皆様のご協力があってのよき国です」
シエールイは領地経営とは比べ物にならない大きなものを得た。
恐怖もあるが、そばには愛しいヒトもいる。
恐怖はうち消してくれるほど大きな存在。
スパリューンニィやフィオニェーヴが脇を固める為、大きな問題は起こらないだろう。それでも、一筋縄には行かないのは理解する。
国土がどの程度あるかすら知らないのだから。
前途多難だが、一つずつ乗り越える力は分けてもらえると考えると楽しいことかもしれない。
45
「報告します。先月ありました事故により、第一王女シエールイさまのお姿は発見できません。同行していた者たちによると、光と共にシエールイさまのお姿が消えたとのことです。いくら話を聞いてもそう答えますので、正しいと思われます」
王は弱弱しく息を吐き出した。王妃は駆け落ち説も出したが、目を焼くような光というものがどう生まれたか説明が付かないためこの説は消え去った。
視察から帰還したシエールイの兄は誘拐ではないのかと疑った。見たという碑に描かれた字や文様から学者たちは「千年くらい前のもので、伝承にある人間と魔の交流の跡だろう」とのことだった。
だからと言って、シエールイが消えた理由が見つからない。
碑に触れた者があっても光も出なければ消えもしなかった。
「まだしばらくそのままでよかろう……領地には代官を置いて……」
王の裁定に誰も異議を唱えなかった。