第六話:学び
篠井ダンジョン。
いつもの、穴のあるダンジョンだ。
ギルドの建物は、その篠井ダンジョンに併設されてる。
でも今日は、地下の穴へ降りるんじゃない。
二階の、会議室。
ドアの横にA4のコピー用紙がセロテープで貼ってある。
『初心者向け・探索者ステップアップ講習』
少しだけまがっている。
ドアを開けると、中には十人くらいいた。
俺と同じ、高校生くらいの奴が多い。
何人かは、友達同士なんだろう。
固まってだらだら喋ってる。
「えー、おまえも来たの」「部活でさ、半強制」とか、だべっている。
俺は、一番後ろの、端の席に座った。
端が一番落ち着くんだ。
こういうの、石田はとっくに通り過ぎたんだろうな、とぼんやり思う。
あいつは今、病院のベッドだ。
お見舞いできるようになったら、ちゃんと謝りに行こう。
でも、こんなふうにちゃんと「強くなるため」にどこかへ来たのは、初めてだ。
学校の授業は、ただ受けてただけだった。聞いてるふりして、頭の中は別のこと。
今日は、ちょっとだけ、違う。
そう思ってる自分が、なんだか、こそばゆかった。
「はーい、じゃあ始めるぞー」
前のドアから、でかい人が入ってきた。
歳は、たぶん、うちの親より上。でも、体つきが、ぜんぜん違う。
ぶ厚い肩。日に焼けた、太い首。
ひと目で分かる。元探索者だ。立ってるだけで、そういう空気がある。
「ギルドの大滝だ。よろしくな」
名乗って、にっと笑う。その笑い方が、妙に人懐っこかった。
「さて、と。いきなりだが、基本中の基本からいくぞー」
大滝さんは、教室をぐるっと見回す。
「まず、スキルとは何か。から始めるぞ。みんなもう中学生の時に習っているとは思うが、ここ忘れてると死ぬか
ホワイトボードに何かを書き始める。
「まずスキルは、自分しか確認できない。しかも確認といっても、感覚的に剣を使えるな。とか魔法打てそう。み
「ここに集まってる奴らも、いくつか持ってるはずだ。」
「ほい、そこの一番前に座ってる君!自分がなに持ってるか、分かるか?」
一番前に座っていた、学ランを着た眼鏡の高校生を突然指さす。
「えーっと、風魔術なら、持ってます。」
「お、スキル名ちゃんと知ってるのか。勉強しててえらいぞー!」
「スキルというのは、非常に大事な情報だ。生死を分けるといっても過言じゃない。パーティ内でスキルの共有が ら大惨事だ」
「そこで、困らないようにギルドはスキルに名称を付けている」
「長剣術、身体操作、火魔術、風魔術とか色々だ」
「さてここまでは、基本のき、だ」
「スキルの等級について、説明するぞー」
「低級、中級、上級、そして絶級だ。絶級はいったん忘れてもらって構わん。今日の講義には関係ないからな」
「低級ってのは基本のスキルだ。剣術系統全般。みんな、取ろうと思えばとれるスキルってわけだな」
「中級からは、努力だけじゃ届かねえ。才能か……あるいは、死ぬほど何かを願ったやつに、ぽっと出ることがある のとこは偉い学者でもまだ分かっちゃいねえんだがな。あ、等級が上がればぜってぇ強いってわけじゃねぇから、そ
こは安心しろ」
「上級は、もっとだ。とんでもねえ才能か、それか、振り切れた想いか。生まれ持ってる奴もいるが、後から出る ここに入る」
「中級は結構持ってる奴がいる、上級はほとんど見かけねぇ。A級やS級になってくるとちらほらって感じだ」
大滝さんは、楽しそうに言った。
「で、ここが大事だぞ。どんだけ剣を振ろうが、魔術を打とうが、低級は低級、中級は中級のままだ」
教室が、ちょっとざわついた。
「えー、じゃあ意味なくない?」
誰かが、軽い調子で言う。
「逆だ逆」
大滝さんは、にやっとした。
「武器のスキルなんざ、全部低級だ。剣術持ってます、ってだけじゃ、強さの保証になんかならねえ。けどな、その低級を、磨いて磨いて、化け物みたいに極めたやつがいる。そういうのが、上の階で生きてる」
学校でも、たぶん、同じことを習った。
探索者基礎の授業で、先生が黒板に書いてた気がする。
でも、あの時は、ただの言葉だった。テストに出るかどうかの。
今は、違う。
一個一個が、やけにくっきり、入ってくる。
大滝さんは、強くなる道はいくつもある、と言った。
今のスキルを極める。新しいのを覚える。色々だ。
「けどな。どれも結局、おなじとこに行き着く」
「頑張るしかねぇ。剣なら振れ。魔術なら打て」
「努力と実践に勝るものなんてねぇからな」
がはは、と大滝さんが笑う。
その言葉の軽さとは裏腹に、重い説得力があった。
俺は、自分の頭の中で、持ってるものを並べてみた。
長剣術。体術。脚力。
ギルドでスキル大全とにらめっこして特定した、スキル達。
全部低級だ。
今ある低級を、ただ、ひたすら磨く。
それしか、ない。
近道は、ないんだ。
「あぁ、あと一つ」
大滝さんの声が、ふっと変わった。さっきより、少しだけ、夢を語るみたいな調子で。
「強烈に、なんかを願う。それが、自分でも止められねえくらい振り切れたときでるスキルが、絶級だ」
教室が、わっと沸いた。
「マジで?」「チートじゃん」
「まあ落ち着け」大滝さんは笑う。
「まれだ。宝くじみてえなもんだ。狙って出せたら苦労しねえ。……でも、ゼロじゃねえ。お前らにも、な」
「世界でも、十数人。日本にも、何人かは、いるらしい」
それから、少しだけ、声を落として。
「……ただな。誰が、どんな力を持ってんのか。名前も、能力も、ぜんぶ国家機密だ。お前らが知ることは、まずねえ」
宝くじ、か。
俺には、縁のない話だ。
そう思って、聞き流した。
「あー、それと」
大滝さんが、思い出したみたいに付け足す。さっきまでの軽さが、少しだけ、引っ込んだ。
「最近、異常個体の報告が、増えててな。本来いるはずのねえ階に、強えのが紛れ込む。……1階層だからって、油断
「見かけたらすぐに逃げて、報告しろよ」
異常個体。
その言葉で、頭の奥が、ぐらっとした。
あの、夜空みたいな眼。
紙くずになった盾。腕の形をしていなかった、石田の腕。
あれが、そうだったのか。
あの時、俺の目の前にいたのは。
胸の奥が、変なふうに、ざわつく。
俺は、あれを見た。すぐそばで。
それなのに、何もできなかった。
* * *
後半は、実技だった。
広い訓練室に移って、間合いの取り方、踏み込み方を、ひとつずつ。
「焦って、ぐいぐい詰めるな」
大滝さんが、見本を見せながら言う。
「相手は、お前の"動き"で、来るのが分かる。気持ちが前のめりになると、それが全部、体、目線に出るんだ。だ
――あ。
ふいに、思い出した。
あの森の、蜘蛛。
何度振っても、当たらなかった。あいつは、跳ねて、回って、俺の剣の届かないところにいた。
あれは、これだったのか。
俺が、必死に詰めれば詰めるほど、全部読まれていたんだ。
たった、それだけのこと。
でも、知らなかった。誰も、教えてくれなかったから。
ひとりで、我流で、振り回してただけだったから。
「お前」
気づいたら、大滝さんが、すぐ横に来ていた。
俺の手を見ている。
柄を握りすぎて、皮の剥けた、両手を。
「頑張ってるな。なかなかそこまで頑張れるもんじゃないぞ」
「ただ、焦りは禁物だ。死ぬぞ」
どきっとした。
何も言えずにいると、大滝さんは、ふっと笑った。怒ってる感じじゃ、なかった。
「焦んのは、分かる。みんな焦る。強くなりてえやつほどな」
それから、ちょっとだけ、声を落として。
「……でもな。近道は、ねえんだ。足元を、一歩ずつだ」
近道は、ない。
さっき、自分でも思ったことだ。
なのに、人の口から、しかも、こんなにあっさり言われると。
なんでだろう。喉の奥が、少しだけ熱くなる。
* * *
帰り道。
習ったことが、頭の中で、ぐるぐる回っていた。
足元を、一歩ずつ。
分かってる。
でも、ゆっくりしか進めないくせに、ゆっくりなんてしてられない。
その板挟みが、ずっと胸の真ん中にある。
それでも。
今日習ったことを、明日、試してみよう。
いつもの1階層じゃなく、もう少しだけ、奥で。
ふと、足を止めて、空を見た。
よく晴れた、なんでもない夕方だ。
そのどこかで、本来いるはずのない化け物が、また、紛れ込んでるのかもしれない。
世界の、どこかが。
少しずつ、ずれてきてる気がした。
学習帳




