第34話 帰国
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魔竜領侵略に失敗し、瀕死の重傷を負ったルジェール騎士団の将軍レーシェ。
だが、アクアスの権能によって命を助けられた。
それはただの慈悲ではない。
テラム平原に二度と侵略させないため、将軍クラスの言葉で国王に進言させるためだ。
アレファスの思惑通り、レーシェは王都ルジェールへ向かった。
通信部隊の壊滅により王都に戦況は伝わっていない。
ルジェール城の玉座にて、レーシェ帰還の報を受けたルジェール八世。
「レーシェ将軍の帰還!? すぐに通せ! 丁重に出迎えろ!」
当然ながら吉報が届くと思っていたルジェール八世は、失意の底に叩き落とされた。
「か、壊滅だと……」
通常、軍隊における壊滅は五割の損耗と言われる。
しかし、今回は出撃した二万人のほぼ全てが死亡した。
さらに、全幅の信頼を置いていた騎士団長バシュデル・ブライシオの戦死だ。
歴史上、最も損害が出た戦いであることは間違いない。
その内容に衝撃を受けたルジェール八世は、玉座から滑り落ちた。
だが、レーシェは報告を続ける。
「相手は人間二人と、魔竜二柱でした」
「人間だと?」
魔竜領にいた元傭兵は、たった一人で数千人の騎士を斬った。
それよりも凶悪なのが、炎の竜巻を作り出した魔女だ。
軍の半数近くが、命を焼き尽くす竜巻に吸い込まれていった。
「はい。その人間二人に、二万人のほとんどを殺されています」
レーシェの表情からは、完全に生気が消えている。
アクアスによって怪我は完治しているが、軍を壊滅させたことの責任が、その細い肩に重くのしかかっていた。
「さらに、自らを魔竜と名乗った女性は、彼の地に湖を作り、我らの拠点である城を沈めたのです」
「湖? な、何を言っておる」
「その……、それ以外に表現しようがなく……」
レーシェは、アクアスが行った湖作りが未だに信じられなかった。
しかし、それは夢ではなく目の前で起こった事実だ。
「フェ、神の鉄杭はどうしたのだ! 魔竜をも倒す最強兵器だぞ!」
「魔竜に神の鉄杭は直撃しましたが……全くの無傷でした」
「バ、バカな……」
力なく項垂れるルジェール八世に対し、レーシェは跪きながら、さらに深く頭を下げた。
「陛下、誠に恐れ入りますが、魔竜領の侵攻は不可能と言わざるを得ません。人間が手出しできる領域ではございませんでした」
レーシェの進言は正しい。
しかし、魔竜領の占領は王家の悲願でもあり、ルジェール王国の未来を左右する。
「それを可能にするのが、貴様たちの仕事だろうが! 二万もの兵を死なせた無能が!」
レーシェの発言に、怒りをあらわにするルジェール八世。
戦いに敗れたとはいえ、命からがら帰還した騎士にかける言葉でない。
だが、ルジェール八世は怒りを抑えることができなかった。
己のことしか考えられない自己中心的で傲慢なルジェール八世は、臣下からの評判がすこぶる悪い。
英雄だったバシュデルの性格が変わった原因も、この国王の性格によるところが大きい。
「貴様の処遇は追って通達する! 下がれ!」
「かしこまりました」
謁見室を退室したレーシェは、騎士団本部へ向かった。
王に対する忠誠心も、国家に対する敬愛も、すでに薄れている。
だが、責務は果たす。
「戦後処理をしなければ……」
戦死した騎士には遺族補償がある。
傭兵団に補償はないが、当初の報酬を遺族に支払う。
辛うじて生き残った二百名ほどの者たちは、兵士として再起不能だ。
恐怖で精神を破壊されていた。
姿を消した者もいるという。
ルジェール王国による魔竜領侵攻失敗は、当然ながら周辺国に知られていく。
騎士団長バシュデルの戦死により、ルジェール騎士団の戦力が著しく低下したことは、隣国にとって僥倖と言えよう。
ルジェール王国と戦争状態にあったスクロア帝国は、ルジェール王国へ侵攻準備を開始した。
***
テラム平原から遠く離れた森林で、一人の男が焼いた肉を食らう。
その男もまた、魔竜領侵攻を耳にしていた。
「あのクソバカ魔竜め。あの地の主だからって、これ以上調子に乗せるのはムカつくな」
男は手に持つ肉を無造作に放り投げた。
「そろそろ長年の因縁に決着をつけてやるか、テラム」
男を囲む十数頭の獣たちが、一斉に肉に食らいついた。
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