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わさ子の日常  作者: 水島素良


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3/4

わさ子と土用の丑の日

 今年こそ、うなぎを食べてやる。


 めったに決意などしないのんびり気質のわさ子は、この日珍しく、朝から使命感に燃えていた。

 彼女は貧困である。

 長いこと、「うなぎ」などという高級食材とは無縁な生活をしていた。子供もいないし、幸か不幸か、面倒な親戚もいない。年中行事がそもそも無縁という生活。

 しかし、なぜか「土用の丑の日にうなぎを食べる」という行為に憧れがあった。細かい時代背景はよくわかんないし調べる気もしないけど、なんか、元気が出そうじゃないか。

 去年は値段の高さに恐れをなしてやめてしまった。その前の年は、安い牛丼チェーン店に予約しようと思っていたのに忘れた。その前はどうだったか覚えていない。わさ子は記憶を保持するのが苦手である。きっと似たような理由であきらめたか、忘れたかしたのだろう。

 しかし、しかしだ!

 今度こそ、今年こそ!

 わさ子は近所のスーパーに向かった。日曜日なので親子連れで混んでいる。

 お魚のコーナーに向かう。


 うなぎのかば焼き、1980円。


「ヒィッ」

 わさ子は声にならない声をあげた。予想はしていたが高い。いや、テレビでは「今年はうなぎが安い」と言っていたのに!この値段は何だ!?

 わさ子は貧困すぎるので、400円のマグロでも高く感じるのであった。1980円のものなど買えるわけがない。

 悲しみとともに、お魚コーナーから撤退。

 しばらく駄菓子コーナーをうろつき、よその子供に不審な目で見られながら、30円のキャベツ太郎をかごに入れる。

 今年もうなぎを食べずに終わるのか!?

 いや、まだだ、まだ諦めたくない!

 今日は土用の丑の日なのだ!

 いつやるの?今でしょ?

 テレビで見た林先生の影響を感じつつ、今度はお惣菜コーナーに向かった。「うな丼、特売」の文字を期待しながら。


 うな重 1780円。


 うな丼じゃなくてうな重だった。いや、そんなことはどうでもいい。わさ子の頭はぐるぐると回る。ご飯が追加されたのに200円安くなってるってどういうこと?いや、そうじゃなくて、やっぱ高すぎるって。1780円あったら何回ごはんが食えると思ってるんだ。


 こんな高いものをみんな食べているなんて。

 この国はなんて裕福なのだろう。

 そして、なぜその裕福さは、

 私のところにだけ来ないのだろう。


 ただの「うなぎを食べたい」という気持ちが、なぜか政策批判にまで発展しかけた、その時だった。


 うなぎ寿司 398円


 寿司コーナーの片隅に、薄っぺら〜く切られたうなぎが乗った寿司が置いてあった。申し訳程度にタレも線のようにかかっている。

 わさ子はその寿司の一群をじーっと見つめた。

 これは、うなぎと言えるのか……?

 いや、薄っぺらくてもそれは確かに「うなぎ」である。店が嘘をつくとは思えない。しかし「土用の丑の日」に食べるうなぎがこんな薄っぺら〜いのでいいのか?!やはり高くてもうな重にすべきでは?


 わさ子は迷った。無駄に店内をさまよい、心ここにあらずな感じでリンゴを眺め、いっそ肉にしちゃおうかなと思いながら値引きシールが貼ってあるローストビーフを手に取り、うろうろうろうろ店内を5周か6周はしただろうか。

 わさ子が戻ってきたのは、寿司コーナーだった。

 いかにも「高いうな重が買えない人を狙ってます」風に大量に積まれている398円のうなぎ寿司を、わさ子は無駄に厳かな手つきでつかみ、かごに入れた。そして早足でレジに行き、キャベツ太郎と一緒に精算した。


 今年はうなぎを食べたぞ!

 薄っぺら〜いけど!


 わさ子はネタのように薄い達成感をかみしめながら帰路についた。家に帰ってから緑茶(貧困だけどお茶は絶対いると思っているのがわさ子である)をいれて、薄っぺら〜いうなぎ寿司をかみしめた。

 やっぱりあんまりおいしく感じない。

 もっとフワフワ感を味わいたい。

 やはりうな重でなくてはダメなのだ。


「来年はうな重を買うぞ〜!!」


 新たな誓いを立てたわさ子であった。

 そして、30円のキャベツ太郎をむさぼり食った。

 うまい。君こそ庶民の味方だよ。

 わさ子は己のレベルの低さを忘れ、駄菓子を心行くまで味わった。






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