111.閉ざせぬ扉
9月30日 13時。
明日はいよいよ、サザンクロスとReの第二弾コラボ商品発表会。
この二か月――。
蓮の記憶は、まだ戻っていないはず。
琴音も田中さんも、その名を口にすることはなく、まるで私を守るかのように、蓮の話題を避けてくれていた。
けれど、私は蓮を忘れられない。
ただ舞っている間だけは、思い出すことから逃れられる。
あの時と同じだ。
朝から晩まで、蘭明を思い出さないよう必死に踊り続けていたあの日々と――。
私はまた、同じ苦しみを繰り返している。
田中さんは、そんな私をずっと気にかけてくれていたのだろう。
打ち合わせのたび、私に無理をさせることなく、必ず自ら足を運んでくれた。
その優しさに触れるたび、胸の奥がぎゅっと痛む。
――莉子さんの姿は、ただの一度も見なかった。
そのことさえ、なぜか、少し心を安堵させた。
そして、今日、リハーサルが始まった。
もちろん、蓮の姿はここにはない。
会場には田中さんと莉子さん、そして関係する社員たちが集まり、立ち位置やライトの角度、時間の進行が入念に確認されていく。
何事も問題なく、リハーサルは予定通りに終了した。
私は控え室に戻り、鏡の前に腰を下ろす。
「これでいいの、守華。これでいいんだ」
自分にそう言い聞かせる。
明日で、完全に蓮との物語は終わる。
帰ろうと椅子を立ち上がったとき、鏡越しに映る影に気づいた。
莉子さん。
「お疲れ様です」
――最悪。今、一番二人っきりで会いたくない人。
それでも、動揺を悟られたくなくて、平然と返す。
「モデル、引き受けてくれてありがとう」
意外な言葉に、一瞬、呼吸が止まる。
「……え?」
「私がお礼を言うなんて、思わなかった?」
「いえ……」
莉子さんは、冷ややかに微笑んだ。
「お礼なら、いくらでも言えるわよ。――蓮を諦めてくれてありがとう」
――感謝なんて欠片もない。ただのマウント。
喉まで込み上げた怒りを、必死で飲み込む。
「これ、あなたのでしょ?」
手渡された紙袋。中には見覚えのある服やパジャマ。蓮の家に置きっぱなしにしていた私物だった。
「どうにか私のだって誤魔化したけどね、危なかったわ」
わざとらしく肩をすくめる。
「捨てようかと思ったけど……やっぱり持ち主に返すのが筋かなって。もう蓮に会うこともないんだから、返してもらえてよかったでしょ?」
――悔しい。
血が滲むほど、爪を掌に食い込ませる。
それでも、顔だけは笑みを崩さず。
「……はい。助かりました。ありがとうございます。では、明日、よろしくお願いします」
絞り出すように言って、紙袋を手に控え室を出た。
背後に残ったのは、勝ち誇ったような彼女の気配――。
家に帰り着くなり、そのまま床に崩れ落ちた。
――莉子さんを彼女だと思っているのなら、当然、蓮の家に行くわよね。
そうよね、仕方ないのよね。
分かっていても……心臓を鷲掴みにされたみたいに、苦しかった。
「明日で終わる」そう自分に言い聞かせても、胸の奥はずっと軋んでいる。
紙袋を開け、パジャマや洋服をひとつずつ取り出す。
ふわりと鼻先をかすめたのは、ほんのわずかな蓮の匂い。
――落ち着く、優しい匂い。
胸に抱きしめると、張り裂けそうだった心が一瞬だけ和らいでしまう。
昨日、泣いても、今日もまた涙が止まらない。
まるで枯れることを知らない泉みたいに。
蘭明も、蓮も――私の凍りついた涙腺をこじ開けて、涙を流すことを教えてくれた人たち。
寂しい。
こんなに寂しいのに、もう誰も「大丈夫」と抱きしめてはくれない。
……なんて、無責任な男たち。
10月1日。
発表会は14時から。
けれど私は、朝一番に会場へ入った。
すでにスタッフたちは慌ただしく走り回り、舞台袖や照明チェックの声が飛び交っている。
熱気と緊張が入り混じる空気に、胸が少し早く鼓動を打った。
「田中さん、おはようございます」
打ち合わせの中心に立つ田中さんを見つけ、声をかける。
「おお、神崎!体調は万全か?」
「はい!任せてください。それより――」
私は田中さんの腕を軽く掴み、人目の少ない場所へ引っ張った。
「約束、守ってくれましたか?」
「約束?」
「もう!蓮のことですよ」
「ああ、安心しろ。Next Futureの山崎さんと打ち合わせを入れておいたから、ボスは今日は会社から動けない」
「ありがとうございます! …じゃあ、準備に行ってきますね」
胸をなでおろしながら控え室へ向かう。
そこにはすでにプロのヘアメイクアップアーティストが二人、待ち構えていた。
椅子に座ると、私の髪は丁寧にまとめ上げられ、何本もの簪が音を立てて差し込まれる。
顔の半分だけが化粧され、もう片方は素顔のまま。
アイシャドウは白から青への繊細なグラデーション。
まつげは長く扇のように広がり、青のアイライナーが目尻から鋭くはみ出していく。
頬には淡いピンクのチーク、唇には艶やかな紅。
身に纏うのは、斜めに白から黒へと流れるグラデーションの着物。そこに鮮やかな赤い薔薇が描かれている。
胸元は大きく崩され、デコルテを大胆に見せる。
裾から覗く右足には、薔薇の茎と鋭い棘のペイント。まるで生きた花が絡みついているようだった。
腰には金の帯。正面で結ばれた大きなリボンが華やかに光を反射する。
そして最後に、化粧を施した側の顔を覆う仮面が装着され、扇子が胸元に差し込まれる。
鏡の中に立っていたのは――
もう、ただの「神崎守華」ではなかった。
花魁風の仮面の舞姫。
舞台に咲き誇るための、完成された“守華”がそこにいた。
会場は、マスコミや先着で選ばれた一般客で、去年を遥かに上回る熱気に包まれていた。
暗闇が広がると、ざわめいていた観客も一瞬にして息を飲み、会場全体が静寂に包まれる。
メインステージにスポットライトが降り注ぐ。
そこに佇むのは――花魁の姿をした守華。
瞬く間に歓声が会場中に広がり、体の奥まで震えるような熱が走る。
スモークで白く霞む花道を、裸足で着物の裾を引きずりながら、ゆっくりと歩いていく。
歩くたびに裾が床を擦る音すら、神聖に聞こえる。
センターステージにたどり着くと、ヘアメイクアップアーティストが現れ、化粧をしていなかった半分の顔に、新商品の化粧品でデモンストレーションを始める。
和柄をあしらったパッケージの化粧品は、光を受けて淡く煌めく。
目頭から目尻まで、白から赤へのグラデーションを丁寧に描き、
目尻からはみ出すように長く引かれた赤いアイライナーが、守華の瞳を妖しく際立たせる。
化粧が完成すると、三味線の響きが会場を包み込み、私は自然と踊り出す。
付けていた仮面が外される瞬間、会場全体が眩い光に満ち、ステップが一段と早まる。
青と赤、正反対の色が混ざり合うアイシャドウ。
なぜか目が離せず、引き寄せられるようにその化粧に見入ってしまう。
胸元から扇子を取り出し、くるくると回して空中でキャッチ。
私自身もくるりと舞い、視線をまっすぐ上げる。
その瞬間、私の目に映ったのは――
蓮――だった。
――なんで、ここに?
来させないよう田中さんにお願いしたはずなのに。
田中さんも「打ち合わせがある」と言っていたはずなのに……。
心臓が一気に早鐘を打つのが、自分でもわかる。
たくさんの人で埋まった会場の中で、後ろのドアから入ってくる蓮を、私は見逃さなかった。
息を切らし、肩で荒い呼吸をしながら、きっと走ってきたのだろう。
私は踊りながら、センターステージからメインステージへ移動し、舞台袖の田中さんに目で訴える。
けれど、田中さんには届かない。
遠くから、ずっと私を見つめる蓮の視線。
最後にステージで正座し、頭を床につけてお辞儀をするその姿に、会場の拍手と歓声が重なる。
そして、舞台袖へと消えていった。
その直後、プロジェクターでプロモーション映像が流れ始める。
「お疲れ様!神崎。今回もすごかったな!」
呑気に声をかける田中さん。
「田中さん、蓮が……!蓮が来てる!!」
「はぁ!?今、打ち合わせ中のはずだけど……本当にボスだったのか?」
田中さんは舞台袖から会場内を見渡す。
「どこにいるんだ?」
「後ろの入り口あたりです」
田中さんが再び覗き込む。
「見当たらないな……見間違いじゃないか?」
その言葉に、もしかして私の見間違いだったのかも、と心が揺らぐ。
控え室に戻り、メイクを落としながらも、頭の中はあの瞬間の蓮でいっぱいだった。
でも、あれは確かに――蓮だった。
私が間違えるはずがない。
モヤモヤした気持ちを抱えながらも、帰る準備を進める。
これで、私の役目は終わり――。
会場にはまだ、田中さんや莉子さんの姿がある。
最後に挨拶だけして帰ろうと、立ち上がりドアのほうへ歩き出そうとしたその瞬間――。
――嘘。
ドアの前には、いるはずもない蓮が立っていた。
私をじっと見つめる瞳は、初めてボスの部屋に呼ばれたときと同じ、鋭く、抗えない視線。
“蛙が蛇に睨まれる”――その言葉が脳裏に浮かび、私はその場から動けなくなる。
「おまえは、俺のなんなんだ?」
約四か月ぶりに聞く、蓮の声。
震える声で――
「わ、私は……」
“あなたを愛した人で、あなたが愛した人”
そう答えればいいのか?
でも、言葉が口をついて出てこない。
目の前に現れた蓮に、心の決意が揺さぶられる。
どんどん近づいてくる蓮。
背の高い彼を見上げ、息が詰まる。
蓮が手を伸ばしてきた瞬間、私はやっと目をそらす。
「このネックレス……」
私の首にかかる、蓮からもらった誕生日プレゼント。
指先で触れる彼の手。
「どこかで……見たような……」
少し苦しそうな表情に変わったのを見て、私は右手でネックレスを握り、蓮の手を離した。
「友達からもらったものです――」
――いたっ!
しかし、ネックレスを握る私の右手を、蓮が強く掴む。
「このミサンガ……」
次に目を向けたのは、蘭明からもらったミサンガ。
強く握られる右手首がじんじんと痛む。
でも、振り払おうにも、その手を離すことはできなかった。
突然、蓮が左手で自分の頭を抱え込み、苦しみ始めた。
「えっ! だ、大丈夫!?」
私の手を振り払うように、蓮はその場に崩れ落ち、息も絶え絶えに顔を歪める。
その苦しそうな表情に、胸がざわつく。
私も慌てて膝をつき、蓮のそばに寄り添った。
「どうしたの? 痛いの? ねぇ、しっかりして……!」
その時、ドアが開く音がして、田中さんと莉子さんが飛び込んできた。
「蓮!!」
二人の叫び声が重なり、空気が一気に張り詰める。
莉子さんが勢いよく私の前に入り込み、私は弾かれるようにバランスを崩し、その場に尻もちをついた。
「ボス! 大丈夫か!?」
「先輩、とりあえず別室に!」
「……あっ、あー……」
田中さんはすぐに蓮を背負い、重たそうな体をしっかりと抱えたままドアの外へ。
莉子さんもその後を追おうとしたが、ドアの前で立ち止まり、私の方へ向き直った。
___バチーーーーン!!
乾いた音が控え室に響き渡る。
左頬に鋭い痛みが走り、私は思わず頬を押さえた。
呆然と莉子さんを見ると、その瞳は涙でにじんでいた。
「蓮の前に現れないでって言ったでしょ!? これで分かった?
あなたがいると蓮は苦しむの! もう二度と蓮や私の前に現れないで!
今すぐ、どこかに消えて!!」
声を震わせながら吐き出すように叫び、涙目のまま莉子さんは蓮のいる部屋へ駆け込んでいった。
私はただ、頬の痛みに手を当て、そこに座り込んだまま動けなかった。
耳の奥で、さっきまでの言葉が何度も反響していた――。
「神崎、大丈夫か?」
座り込んでいた私は、ぼんやりと顔を上げると、田中さんがそこに立っていた。
頭が少しぼうっとしていたが、ゆっくりと立ち上がる。
「田中さん、蓮は……?」
「問題ない。少し目眩がしただけだ」
胸をなでおろし、私は小さく息をつく。
「なら、よかったです。今日はありがとうございました」
「いや、こっちこそ助かったよ。本当大丈夫か?」
「はい! 大丈夫です」
「そうか。今度、飯でも奢るからな」
「高級レストランでお願いします」
無理に笑顔を作りながら、心の中で少し微笑む。
「お前な……ボスにはラーメンでいいって言いながら、俺にも高級レストランかよ」
田中さんも知っていたのね、と笑いが込み上げる。
その場で、私も笑顔になる。
「あっ、わりぃーんだけど、最後に1つ頼んでもいいか?」
「え?」
「このあとすぐ会社に戻ろうと思ったんだけど、ボスのこと見てるから、これ、根本に持っていってくれないか?」
田中さんがカバンから取り出したのは、小さな封筒。
「琴音に?」
「そう。今日の神崎の動画や写真がUSBに入ってる。根本にSNSにアップしてもらうことになってるから、渡せば分かる」
「分かりました。あっ、田中さん、前に私が預けた退職届、今ありますか?」
「あっ、あー、あるけど」
「ください」
いつも持ち歩いていたのか、田中さんはカバンの中から私の退職願を取り出す。
「どうするんだ?」
私は退職願を受け取り、バックから退職届をだして田中さんに見せた。
「田中さんを信じてないわけではないですが、最後は自分で終わらせます。田中さん、お世話になりました。」
その場で一礼をし、笑顔で田中さんを見つめる。
「神崎……」
「では、最後の田中さんからの任務、ちゃんと果たしてきます!」
田中さんに敬礼し、自分のバッグを手に取る。
ゆっくりと控え室の扉を開け、静かにその場を後にした。
久しぶりに訪れた会社。
6時を少し過ぎた時間。
フロアには誰もおらず、静まり返っている。
オフィスのドアは案の定、鍵が閉まっていた。
その場で琴音に電話をかける。
「もしもし、琴音、どこにいるの?」
「どこって、今日、打ち上げだからみんな居酒屋だよ」
「え? そうなの? 田中さんに渡してって頼まれたUSB持ってきたんだけど」
「えーー、田中さんにLINEしておいたんだけど」
「ドタバタしてたから、見てないのかも」
「悪いんだけど、私の机の上に置いといて。明日、朝一で見るから」
「分かった。じゃあ、楽しんでね」
「守華も来ればいいじゃん!? 今日も大活躍だったんでしょ?」
「私は予定あるからまた今度ね、じゃあ」
電話を切り、まだ持っていた鍵でドアを開けて、薄暗いオフィスの電気をつける。
会社をぐるりと見回すと、たった四か月離れただけなのに、なぜか懐かしい気持ちになる。
琴音の机の上にUSBをそっと置く。
その足でボス部屋へ向かい、蓮がいつも座っていたデスクの上に、“退職届”と書かれた封筒を置いた。
今は誰も座っていない秘書の席の後ろには、まだバレンタインのポスターが残っている。
この時に戻れたら――。
今の状況は、少しは変わっていたのだろうか?
私のデスクに飾られているのは、田中さんがバレンタインイベントのときに撮ってくれた、私と蓮の写真。
写真の中の二人は、今では信じられないほど無邪気に笑っている。
その笑顔が、少しずつ滲んで霞んでいくように感じた。
「神崎!」
「はい! ボス」
毎日のように交わしていた言葉。
もう呼ばれることも、“ボス”と呼ぶこともないのだと、胸に痛みが走る。
写真をバッグの中にしまい、もう一度ポスターに目をやる。
「さようなら――」
直接言えない代わりに、ポスターの中の蓮に向かって、静かに告げる。
デスクの上に置かれた、“秘書 神崎 守華”のネームプレートを倒し、名前を隠す。
ボス部屋の入り口に立ち、深く一礼する。
「お世話になりました」
それから再びポスターに視線を戻す。
帰ろうと足を向けても、どうしても出口に進めない。
拭いても拭いても、溢れる涙が頬を伝う。
本当に蓮と終わってしまうんだ......
「何してる――」
声のする方に顔を向けると、そこには蓮が立っていた。
「お前、さっきの……」
――なんで、ここにいるの?
もう会わないと思っていたのに、まだ目の前に現れる。
そして、また、私があなたを苦しめる。
涙をそっと拭い、声を震わせながら問いかける。
「体調は、大丈夫ですか?」
「あー……」
冷たい反応に、胸がぎゅっと痛む。
「田中さんに会社に届けて欲しいと頼まれてしまって……」
「田中もよく、無関係者に頼めたもんだな」
その冷たい視線に、思わず身が縮む。
「ちゃんと届けましたので、私はこれで」
深くお辞儀をする。
「あっ、田中さんに返そうと思っていたんですが、会社の鍵、返しますね」
バッグから鍵を取り出し、そっと差し出す。
蓮は無言で手を伸ばし、私の手のひらに鍵を置いた。
“元気でね、蓮――”
心の中で、そっとそう思いながら、視線をそらす。
会社を飛び出し、エレベーターを待つ余裕もなく、階段を駆け下りる。
外に出ると、夜の風が頬を撫でた。ビルを背に、足早に歩き出す。
通りには色とりどりの願いごとが飾られていた。
足を止め、ひとつひとつ目をやる。
“彼氏ができますように”
“〇〇くんと付き合えますように”
“国家試験に合格しますように”
“ディズニーランドに行けますように”
まるで七夕の短冊のようだ。
七夕じゃないのに――それでも、誰かの願いに触れていると、自然と笑みがこぼれていく。
私はふと、自由に書ける紙に手を伸ばした。
そこに書いたのは、たったひとつの想い。
“彦星が織姫を迎えに来てくれますように 守華”
七夕じゃないけれど、今の私にはこれが一番しっくりくる。
願いを下の方にそっと結びつけ、そのまま駅へと向かう。
電車に揺られ、辿り着いた“いつもの場所”。
辺りはもう真っ暗だった。
夜空には、無数の星が広がっている……そう願ったけれど、ここからでは見えない。
見えるのは大きな満月だけ。
「陽月国なら、星があんなに輝いていたのに……」
あの時もっと、ちゃんと見ておけばよかった。
そんな後悔が胸をかすめる。
――蘭明は、幸せになれただろうか。
私は……こっちの世界でも、幸せにはなれないみたい。
近くのベンチに腰を下ろし、ただ空を見上げる。
何も考えず、何時間も。
賑やかだったカップルたちが次々と帰っていき、周囲は静けさに包まれていった。
普通なら、暗闇に不安を覚えるのかもしれない。
でも電気のなかった陽月国で過ごした私には、この静けさがむしろ心地よかった。
そのとき――
「守る華と書いて“守華”。蘭という花を守るんじゃなかったのか?」
……この声。
私が、蘭明にかけた言葉。
胸が高鳴り、思わず立ち上がる。
声のした方を振り返ると、暗がりに人影が浮かんでいた。
顔ははっきり見えない。
「……蘭明?」




