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守る華・守られる花  作者: ミシル
第三章 サザンクロス

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106.香り袋がつなぐ二人の距離

2月14日 バレンタインデー


売上の集計はまだだけど、ひとまず私の初企画・バレンタイン企画は成功で終わった。


今日、何人の人が香り袋を大切な人に渡せただろうか?

そして、何人が想いを一つにして、幸せな気分になれただろうか?


社内では女性社員たちが、男性社員に義理チョコを配っている。

もちろん、私も渡したけど……ボス以外に。


定時になり、みんなが帰っていく。


――トントン。


「失礼します」


ボスの机の上には、チョコレートが山のように並んでいた。


「わぁ、ボス、毎年こんなにもらうんですか?」

「まーな。今年はいつもより多いかもな。女子高生が下で待ち伏せしてたりもしたし」

「へぇー」


「食べたかったら持ってっていいぞ」

「美味しそうなのいっぱいありますね! でも、いやいや、ボスがもらったんだからボスが食べないと。しかも、ほとんどラブレター付きですよ」


手紙を手に取り、ボスに見せる。


「どこの誰かもわからんやつに告白されてもな」

「なんて冷たいボス……」

「なんか言ったか?」

「いえ。それより、ボス、今日、お母さんたちは家にいますか?」


「おふくろたちか? いると思うぞ。あずさの連絡先知ってるだろ、電話してみたら?」

「あずさにはさっきしたんですけど出なくて……ボスに聞いたほうが早いかと思って」

「何か用か?」

「いや、大したことじゃないんです。ただ、いつもご馳走になってばかりなので、バレンタインにこの香り袋とチョコを渡したくて」


「なら、俺も一緒に行ってやる」

「いいですよ、ボス。まだ仕事残ってますし……」

「明日やればいい。さ、行くぞ」


「えっ、ちょっと待ってください!」


急いでコートとストールを身につけ、ボスのお母さんにもらった手袋をはめて、二人で向かう。


エレベーターが1階に止まり、私とボスは降りると、フロアのベンチに莉子さんが座っていた。


私たちに気づくと、莉子さんは立ち上がる。

「ボス、先に外に出てますね」

「あー」


莉子さんの隣をすれ違うとき、私は軽くお辞儀をして外へ出た。


外に出て振り返ると、二人の様子が目に入る。

何を話しているんだろう。

でも、つい目が離せない。


莉子さんはプレゼントを取り出し、ボスに手渡そうとしている。

きっと……バレンタインの贈り物だろう。


胸がギューッと痛む。

「受け取らないで……」

そう思わずにはいられなかった。


――「守華!」


声のほうを見ると悠真がいた。

「悠真!」

私は思わず駆け寄り、いつものようにハグをする。


「どうしたの?」

「どうしたの?って、今日バレンタインだけど……俺にもチョコないの?」

「どうせ、いつものように女の子たちからたくさんもらったんでしょ?」

「守華の手作りが一番美味いんだよ」


悠真には義理チョコだけど手作りのものを渡していた。

彼もモテるから、もらったチョコを食べずに私にくれることもある。


「もう、仕方ないな」


バックから取り出して渡す。

「はい。今年は他の女の子からもらったチョコはいらないからね」

「えー、なんで?」

「私を太らせる気!?(笑)」


――そのとき、背後からボスの声がする。

「神崎」

「中村社長も一緒だったんですね」


「わりーな、今日は俺との先約があるから。行くぞ」

「じゃ、悠真、またね!」


私たちは悠真をすれ違いざまに抜け、ボスと歩き出した。


ボスの実家に到着すると、いつものように温かく迎えてくれた。


あずさは友達と出かけているらしく不在だったが、お母さんとお父さんは家にいた。


「これ、少しですけど、バレンタインの贈り物です」


私が選んだ香り袋をお母さんとお父さんに手渡す。


「わぁ、いい匂い。守華ちゃんが選んでくれたの?」

「はい。お母さんには安らぎを与える香りを、お父さんには疲労回復に効く香りを入れてみました」

「疲労回復、助かるわ。守華ちゃん、ありがとう」

「見た目も可愛いわね」


二人が喜んでくれて、胸の奥がホッと温かくなる。


「これ、神崎が初めて企画したバレンタインの香り袋なんだよ」

「へぇー、初企画のものをもらえるなんて嬉しいわね」


「あと、お口に合うかわかりませんが、チョコレートも作ったのでよかったら」

「えー、チョコまで?しかも手作り!?

……守華ちゃん、すごいわね」

「いや、でも味は保証できません(笑)」


笑いながら渡すと、二人とも楽しそうに受け取ってくれた。


あずさの分も用意していたが不在だったため、お母さんに渡してもらうようお願いした。


「夜ご飯、食べていけばいいのに」


「さっきボスと食べちゃったので……また近いうちにお邪魔しますね」


ボスは先に車に向かい、エンジンをかけていた。


「本当にありがとうね。大事にするわ」

「喜んでもらえて嬉しいです」


玄関先で手袋をはめている私を見て、お母さんが微笑む。


「手袋、使ってくれてるのね」

「はい!とても暖かくて、毎日大活躍です」

「よかったわ。でも、実はね……」


お母さんは私の後ろをチラリと見て、ボスが近づいてこないか確認した。


「その手袋、私からじゃないのよ」

「えっ!?」

「蓮からなの」

「ボスが……?」

「そう。自分で渡せばいいのに、『俺からって言わないで渡せ』って言うから。ごめんね、黙ってて。ずっと言いたかったんだけど、蓮に口止めされてて」


胸がじんわり温かくなる。


「ボスが……いえ、お母さん、それでも嬉しいです。ありがとうございます。じゃ、また来ますね!」


私は車に乗り込む。


「神崎、この後、予定あるのか?」

「ないですよ」

「じゃあ、ちょっと俺に付き合え」


見覚えのある道を走る。

以前、ボスと一緒に来た、月が見える丘へ向かう道だ。


「ボス、なんでここに?」


「神崎がバレンタイン企画、頑張ったご褒美だ」

「ありがとうございます」


時間は遅く、帰路につくカップルの姿もまばら。

いつもの場所に着くと、もう周りには誰もいなくて、私とボスだけだった。


「わぁ……独占できるなんて、贅沢な気分ですね」

「そうだな」


眼下に広がる夜景と、空にはまん丸の月。


「ボス、ありがとうございます」

「何がだ?」

「これ」


私は手袋をはめた手を差し出した。


「おふくろが言ったのか?」

「どうでしょうね?」


ボスは私のほうを見ず、夜景を眺めている。


「すごく暖かいです」

「そうか、ならよかったよ」

「大事にしますね!」


やっと、ボスが私の目を見た。


「ボスは、まだ莉子さんのこと……好きですか?」

「なんだ?気になるのか?」

「いや、さっき莉子さんからバレンタインもらってたから」

「あー、貰わなかった」


その言葉に、思わず驚く。


「なんだ?貰った方がよかったのか?」

「……」

「今の俺の中には、莉子はいない。貰ったら期待させてしまいそうで、断ったんだ」


笑顔になりそうな気持ちをぐっと抑える。

でも、貰っていないと聞いて、心の中では小さく喜んでいた。


「そうだったんですね」

「神崎はどうなんだ?渡辺にチョコ、あげただろ」

「見てたんですか!?」

「まぁーな」


「あれは友チョコです。毎年恒例で。悠真は、私の中では女友達って感覚ですから」


ふーん……と、納得したのかしていないのか、曖昧な返事。


「じゃあさ、蘭明ってやつのことは?」


まだ覚えていたのか、と少し驚く。


間が一瞬空いた。


「蘭明のことを忘れた、と言えば嘘になります。でも、思い出は大事にしつつ、前に進もうと決めました。前にボスに『重ね合わせるな』って言われて、ようやく気づいたんです。ただ似ているボスに蘭明を重ねて、自分の心を慰めていただけだって。そんなやり方じゃダメだって」


沈黙。冷たい夜風が二人の間を通り抜ける。


「……今日はバレンタインだな」

「正確には、昨日ですけどね」


時計を見ると、日付はもう変わっていた。

私は柵に腰をかけ、肩を少し落として座る。

目の前に立つボスは、暗い夜景に溶け込むシルエット。


下から見上げると、ボスの目が私を捉える。


「一番欲しい人から、まだもらってないけど」


一番欲しい人……私のこと?

心臓が一気に跳ねる。


「準備してあるんだろ」

「何それ、自信満々な口調」

「俺には分かるから」


その言葉に、胸の奥が熱くなる。


「準備してない可能性もありますよ?」

「なら、帰る」


振り返ろうとするボス。

私は迷わず、腰をかけたままそっと腕を掴む。

ボスが振り返り、私と視線が重なる。


夜景を背にした二人。

息が止まりそうなくらいの沈黙。

心臓の鼓動だけが、夜空に響いているみたいだった。


右のポケットから、私はそっと取り出した。


最初から、渡すつもりだった。

好きじゃないと思い込もうとしていたのに、知らず知らずのうちに、香り袋を作っていた。

気づけば、私はボスに惹かれていたのだ。


サザンクロスのドライフラワーを忍ばせた、ボスへの香り袋。


会社では次から次へと他の人がボスに渡しに来るし、帰り際には莉子さんがいて、渡すタイミングなんてなかった。

ずっと、ポケットの中で温めていたまま。

恥ずかしくて、心臓が痛いくらいに高鳴る。


___ドクン、ドクン、ドクン


私は今、この人に愛を告げるのだ。


「ボス……私、ボスのことが好きです。香り袋、受け取ってくれますか?」


夜景の光に照らされながら、不安を抱えたまま見上げる私。

ボスはしばらく黙って私を見つめ、そして、静かに口を開いた。


「……もちろんだ」


その低く落ち着いた声に、胸の奥が熱くなる。

でも、心の隅で囁く不安は消えない。

――本当はまだ莉子さんを想っているんじゃないか。

――私なんて、ただの部下にすぎないんじゃないか。


揺れる思いに耐えきれず、涙が頬を伝った。


「……神崎」


ボスが私の髪にそっと触れる。

大きな手の温もりが、言葉よりも雄弁に安心を与えてくれた。


香り袋を受け取った彼は、わずかにためらうように私を見つめ、それから――ゆっくりと距離を詰めてきた。


視線が絡み合う。

夜景の灯りが遠のいて、世界に二人だけが残る。


そして、ボスの唇が私の唇に重なった。

深く、静かに、心の奥まで届くようなキス。

大人の余裕と、抑えきれない想いが混ざり合う。


「……この場所で、私が言ったこと、覚えてますか?」


かすれる声で尋ねると、彼は私の耳元で囁くように答えた。


「あぁ、覚えてる。神崎が……『俺の運命の相手だ』って。俺は神崎を好きになるって」


「ねぇ……言った通りでしょ?」


ボスは小さく笑い、額を私の額にそっと重ねた。


「……本当だな」


その低く響く声に、私はもう抗えなかった。

涙とともに、心の奥で確信する。

――私は今、確かに蘭明ではなくボスを愛している。



蘭明、私はもう恋なんてしないと思っていた。

でも、この現代で、新しい恋を見つけてしまいました。

あなたと瓜二つの人を、――。


蘭明、こんな私を責めますか?


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