105.バレンタイン企画始動!
会社も今日から仕事始めだ。
社員が一堂に会し、新年の挨拶が始まる。
100人ほどの視線の先にはボスが立ち、私はその端に控えていた。
元旦のあの“事故のキス”――ボスが覚えているのか、忘れているのか。答えはまだ分からない。けれど、いつも通りに接してくるその姿に、私も気づかないふりを続けていた。
「新年あけましておめでとう!」
「「おめでとうございます!」」
「今年も無事に新しい年を迎えられて嬉しく思う。さて、今日から新人の神崎と根本が中心になって準備してきた、バレンタイン商戦の動画配信とポスター掲示が始まる。皆で力を合わせて支えてやってほしい。よろしく頼む」
「「はい!」」
「――解散」
ボスの挨拶は、いつも通り簡潔だった。
そして、いよいよ宣伝が始まる。
SNS動画は一気に公開するのではなく、日をあけて順次投稿していく形だという。
「中村社長」
会社の入り口から声がして、目を向けるとNext Futureの山崎さんと悠真が現れた。
「新年のご挨拶に伺いました」
「山崎さん、わざわざありがとうございます」
「いよいよ今日からですね!」
「ええ。山崎さんの優秀な部下のおかげで素晴らしい仕上がりになり、弊社としても大変満足しています」
「山崎さん、お茶をご用意しますので、どうぞこちらへ」
私は間に入り、手で案内した。
だが山崎さんは軽く首を振る。
「ありがたいのですが、この後すぐに用事がありまして。その代わり、この渡辺を置いていきます。ポスター貼りなど雑務にお使いください」
「それは助かります」
ボスが悠真を見下ろし、短く言う。
「では、私はこれで。――渡辺、ちゃんと働けよ」
「分かってますって」
そう言い残し、山崎さんは一礼して去っていった。
「守華、一緒にポスター貼りに行こうぜ」
「いいね!……でも、自分が写ってるポスターを貼るって、ちょっと恥ずかしいわね」
「安心しろ。誰もこのモデルが守華だなんて思わないさ」
「ちょっと、それどういう意味よ!」
思わず笑い合う私と悠真。
その背後から、冷たい低音が割り込んできた。
「――神崎。お前は行けない」
振り返ると、やっぱりボス。
「せっかく自分が企画したんだから、アピールしたかったのに」
「それは根本の役目だ。それに……」
ボスの指先が私のデスクを示す。そこには山積みの書類。
「仕事始めから神崎のタスクは山ほどあるが、どう片づけるつもりだ?」
……そうだった。今日はやることが山のようにあるんだ。
「ごめん、悠真。やっぱり手伝えそうにないわ」
軽く笑ってごまかしながら言う。
「私が写ってるポスター、私の代わりにたくさん貼ってきてね」
そう告げると、私は足早に自分のデスクへ戻った。
早速、SNS上はポスターの話題で大盛り上がりだった。
“この男のモデル、めっちゃカッコよくない?”
“芸能人?”
“女の人も綺麗だな”
“モデルさんかな?”
“あれ、この女性って前に花魁役やってた人じゃない?”
“美男美女コンビ!”
“この香り袋めっちゃ気になる”
“透明で中が見えるの可愛い”
“友達へのプレゼントにも良さそう”
――次々とコメントが流れていく。
さらに追い打ちをかけるように、動画の一本目が投稿された。
最初はハナミズキの映像から始まり、香り袋を丁寧に作るシーンへと続いていく。
「琴音!」
私は仕事の合間を縫って琴音の席に駆け寄った。
「出だし、順調じゃない?」
「ほんとよ……よかった。アップするたび心臓に悪いわ。ドキドキが止まらないの」
「大丈夫!すでにバズってるんだから、次の動画も自然とみんな見に来るはずよ。……まさか琴音がここまでやれるとは思わなかった」
「それ、褒めてるの?それとも貶してるの?」
「もちろん褒めてるに決まってるじゃない。琴音さまさまよ♡」
それから3日おきに、第2弾・第3弾と動画が公開されていった。
アップされるたびに再生数は右肩上がり。
コメント欄も大盛り上がりだ。
「短いのに次が気になる」
「セリフないのに泣ける」
「私も泣いた」
「この2人、ほんとに付き合ってるんじゃない?」
「たしかに」
「芸能人?モデル?」
「え、サザンクロスの人たち?」
「一般人なの!?すごすぎ」
「この香り袋、気になる」
「自分用に欲しい!」
――そんな声が次々と寄せられ、いいねの数も一気に伸びていく。
「神崎、今回もすごいことになってるな」
ボスの部屋に入ると、田中さんとボスがソファーで向かい合っていた。
「根本さんが頑張って編集してくれたおかげですよ」
そう答えると、田中さんがニヤリと笑って言う。
「この調子ならバレンタイン商戦の売上も期待できそうだな。成功すれば、ボスからご褒美があるはずだ」
「田中がご褒美くれるってさ」
ボスがすかさず切り返す。
「じゃあ、お二人からダブルでいただきますね」
私は満面の笑みを浮かべてそう言った。
「お疲れ、守華!」
カフェスペースで休憩していると、琴音に連れられて悠真が現れ、コンビニの袋を軽く掲げて見せてきた。
「お疲れ!悠真、久しぶりだね。二週間ぶりくらい?」
「そうだな。ほら、これ食べるだろ」
袋の中には、美味しそうなデザートがぎっしり。
「ちょうど甘いの欲しかったんだよね。ありがとっ♡」
3人で並んでデザートを頬張りながら、わいわい盛り上がる。
「これから根本さんと話すんだけどさ、バレンタイン動画、かなり反響あるよな」
「うん、とりあえず一安心。悠真と琴音にはほんと感謝してる」
そう言って、座ったまま二人にぺこりと頭を下げた。
「守華はさ、誰かにあげるの?香り袋…」
「んー、あげる人いないし。自分用に作ろうかな」
「俺に作ってくれてもいいんだけどな」
悠真が小声でつぶやいたけれど、よく聞き取れない。
「え?なんか言った?」
「…別に」
「悠真、ほら口についてるよ」
椅子から少し身を乗り出し、悠真の口元についたクリームを指でぬぐう。
「子どもなんだから」
冗談めかして笑った瞬間――私の手を、誰かが掴んできた。
横を見ると――私の手を掴んでいたのは、ボスだった。
その冷たい目に射抜かれて、思わず息を呑む。
明らかに怒っている顔。けれど視線は私ではなく、悠真へ向けられていた。
悠真もまた、鋭い目でボスを睨み返す。
言葉ひとつなく、ボスは私の手を引いて歩き出そうとした。
その瞬間、悠真がぐっと私の手を取り返す。
「すみませんが――今、守華とバレンタインPRについて話していたので。何も言わずに連れて行くのはやめてもらえますか?」
え、悠真!?そんなこと言ったらボスが…!
ピリピリした空気に、心臓がバクバクする。
「バレンタインPRは根本が担当だ。話すなら根本としろ」
低い声で言い放つボス。
確かにそうだけど…それでも悠真は私の手を放さない。
二人の視線がぶつかり合い、空気が張りつめていく。
横で琴音が気まずそうに、黙ってデザートを口に運んでいた。
「神崎、話がある。来い」
ボスが短く告げる。
私は何も言えず、ただボスを見上げた。
「それとも――こいつと話してるのか?」
そんなの、私に選べるはずがない。
「悠真、私、仕事に戻るから」
そう言って、悠真の手をそっと外した。
「いくぞ」
「はい、ボス」
私は小走りで、ボスの背中を追いかけた。
ボスの部屋に入ると、すぐにガラスが白く切り替わり、外からの視線が遮られた。
私は大人しくデスクの前に立つ。
――カチリ。
背後でドアの鍵が閉まる音がした。
「……ボス、私、何かやらかしましたか?」
振り返ると、ボスがゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
「ああ、やらかしたな。俺の目の前で」
「……目の前で?」
心当たりがなく、思わず眉を寄せる。
それでもボスは距離を縮め、私は後ずさりするしかなかった。
ドン――。
足がデスクにぶつかり、上半身が机の上に寄りかかってしまう。
それでもボスは止まらない。
鋭い眼差しはまるで悪魔のようで、ぐっと私の顔に近づいてくる。
近い、近すぎる――!
心臓が爆発しそうなくらい脈打ち、声が出なくなる。
ただ一人でドキドキしていると、ボスの手がすっと伸びてきた。
そして私の顔に何かを当ててくる。
「……え?」
手に取って見てみると、それは――さっきまとめたばかりの書類だった。
「誤字脱字が多すぎる。やり直せ」
――ただの修正か。
安心した途端、大きくため息をついてしまった。
すると、ボスは離れ際にその様子をじっと睨んでくる。
「す、すぐ直します!!」
まだ上半身をデスクに預けたままの体勢の私。
「ボス……ちょっと起き上がれないので、手を貸してください」
変な角度にはまってしまい、自力ではどうにもならない。
「ったく、どんな格好してんだよ」
「だって、ボスが近寄ってくるから…」
「俺は机に置いてあった書類を取っただけだ。人のせいにするな」
「わかりましたから、腰が痛いんです。早く助けてください」
しぶしぶといった様子で、ボスが私の手を掴み、ぐいっと思いきり引き上げてくれた。
――けど。
「きゃっ!」
勢いが強すぎて、私はそのままボスの胸元へ飛び込む形に。
右手首を掴まれたまま、しっかり抱きついてしまった。
ボスの胸に耳が近づき、ドクン、ドクンと鼓動が伝わってくる。
見上げると、ボスの瞳と真っ直ぐにぶつかってしまった。
「……ボスの心臓の音、速いですね」
掴んでいた手が離され、ボスは無言でデスクの椅子に腰を下ろした。
「……あれ?ボス、照れてます?」
「神崎ごときに照れるわけないだろ。いいから早く直してこい」
「はーい」
調子よく返事をして、勢いでドアを開けようとした――が、ガンッ。
鍵がかかったままで、思いっきりおでこをぶつけた。
「お前は本当に、どこにでも頭をぶつけるのが得意だな」
ボスは椅子に座ったまま、珍しく声を立てて笑っていた。
「もう!」と頬を膨らませながら鍵を開け、席へ戻る。
モニター越しにボスの部屋を見やるが、ガラスはまだ白いまま。
姿は見えないけど、私の胸の鼓動はまだ落ち着いていなかった。
――ボスと一緒にいると、いつも心臓が早くなる気がする。
カフェエリアでお弁当を広げていると、琴音が勢いよくやってきた。
「ねぇ、ちょっと!守華と渡辺さんって付き合ってるの!?」
「いきなり何!?」
「だって二人、めっちゃ仲良しじゃん?渡辺さんに聞いても“付き合ってない”って言うし、逆に怪しいなって」
そういう話が大好きな琴音は、目を輝かせながら詰め寄ってくる。
「悠真とは普通の友達だってば。男女の気持ちとか全然なくて…女友達感覚なんだよね」
「えー、本当に?つまんないのー」
「でしょ。どうせネタ不足だから私と悠真に目をつけたんでしょ?でも残念でした〜」
そう言いながら私は平然とお弁当を口に運ぶ。
すると琴音が身を乗り出してきた。
「じゃあさ――ボスとは?」
「は!?なんでそこでボス!?」
「だって、入社式のとき抱きついてたし、飲み会ではお互い介抱してたでしょ?バレンタイン動画だって、息ピッタリだったし」
琴音の言葉に、不意にあの日のキスが頭に浮かび、箸が止まる。
「……え、やっぱり何かあるの?」
「残念ながら、なにもないから」
「でもね、守華がその気じゃなくても、ボスは絶対守華を気にしてると思う」
「えーーー、ボスが?それは無いって」
「いやいや、私こういう感だけは鋭いの。昨日のあれだって、ボスの嫉妬でしょ」
「嫉妬!?なにに?」
「渡辺さんと守華のやり取りだよ。だって、渡辺さんの口のクリーム取ってあげたでしょ?あの瞬間にボスが手を掴んだんだよ」
……そう言われてみれば確かに。
でも、なんでボスが嫉妬なんて――。
まさか、私のことが好き?
いやいや、それはない。
だって前に、あんなふうに言われたんだから。
――“俺に蘭明というやつを重ねるな”。
胸の奥が、またざわついた。
琴音に言われてから、なんとなくボスの仕草が気になるようになった。
でも、やっぱり特別な変化なんてない。――きっと、琴音の思い込み。
1月後半は息つく暇もない忙しさだった。
会議に同行するのはもちろん、バレンタイン会場の設営やチェックにも走り回る。
動画の人気は勢いを増すばかりで、空いた時間には琴音たちとチラシ配りにも参加した。
そして2月1日から14日まで、限定店舗が各地でオープン。
若者たちが自分で作った香り袋をSNSに投稿し、そこからまた話題が広がっていく。
私は秘書としてボスに付き従っていたため、直接見に行くことは叶わなかった。
その代わり、田中さんと琴音がそれぞれの店舗を回って写真をアップしてくれ、それを見るのがひそかな楽しみになっていた。
「神崎、顔がニヤけてるぞ」
「――あっ、ボス!これ見てください」
私は琴音が投稿したばかりの写真をスマホで見せた。
「みんな、思いを込めて作ってくれてるのが伝わってきて、なんか嬉しくて」
「神崎の初企画だもんな。よくやった」
「ありがとうございます。ボスがモデルをしてくれたおかげですよ。ボス目当ての女の子、絶対多いです」
「なら俺にもしっかり感謝しろ」
「はいはい、ボスさまさまです」
「店舗、見てみたいか?」
「えっ……見たいですけど……」
「このあと16時までは空いてる。近場の店舗、覗きに行ってみるか?」
「……いいんですか!? 行きます!!」
心臓が跳ねた。
ただの仕事の一環――そう思いたいのに、どこかデートに誘われたみたいで落ち着かなかった。
会社から一番近い限定店舗へ、ボスと二人で向かった。
胸が高鳴っているのを、どうにか誤魔化しながら歩く。
「なんか……ドキドキしますね」
「そうか?」
「自分の子供を見に行くような、不思議な気持ちで」
「子供、ね。面白いこと言うな」
「もし私が行ったときに、お客さんがいなかったらどうしよう……」
「そのときは俺が客になってやるよ」
「ボスが!? ドライフラワー選んでる姿なんて、想像つかないです」
思わず笑ってしまうと、ボスに睨まれた。
「……何がおかしい」
「いえ、なんでもないです」
店舗に着くと、田中さんがちょうど出てきた。
「あれ? ボス、お疲れ様です」
「おつかれー」
「田中さんも、お疲れさまです」
「様子を見に来てみた。……神崎がうるさいから」
「へぇ〜?」と、意味ありげに私とボスを見比べる田中さん。
「反響はどうだ?」
「予想以上で、急きょドライフラワーを追加しましたよ。……たぶん、間に合うと思います」
店内に目を向けると、女子高生のグループが目立つ。
けれど、20代、30代、そしておばあちゃんまで――世代を超えて楽しんでくれている姿に胸が熱くなる。
「どうだ、神崎。我が子は」
「こ、子?」
田中さんがすかさずツッコミを入れる。
「自分で育てた子どものような気持ちになるんです。こうして形になってるなんて、本当に嬉しい」
3人で並んで店舗を眺めていると――
女子高生たちがこちらに気づいて、ざわめいた。
「あの……ポスターの二人、ですよね!?」
不意を突かれ、思わずボスと目を合わせる。
私のことなんて誰も気づかないだろうと思っていたのに、さすが女子高生。
「そうです」
ボスがにこやかに応える。
――その笑顔、普段から見せてよ!と、心の中で叫ぶ。
「実物の方がカッコよすぎ!」
「スーツ姿もやばーい!」
キャーキャーと声が上がり、人だかりができていく。
当然、主役はボス。私はすっかり脇役だ。
「写真撮ってもいいですか?」
「相方のモデルも一緒ならな」
そう言ってボスが私の方を見てきて――胸が跳ねた。
そこから、購入したお客さんとの撮影会が始まる。
芸能人みたいで、夢の中にいるような気分だった。
「サザンクロスのタグ付け、忘れずにアップ頼むな」
撮影が終わるたびに、ボスはさらりと笑顔で告げる。
……この人、ホストやってたら間違いなくNo.1だろう。
区切りのいいところで、田中さんが助っ人に入ってくれた。
「ふぅ〜、疲れた……」
肩で息をしていると、田中さんがにやっと笑う。
「神崎の素顔も、これで全国デビューだな」
「――あっ!!」
思わず声が裏返る。
しまった……。
ずっとポスターや動画では顔を隠してきたのに。
これじゃ“ポスターと違う”ってアンチが湧くに決まってる。最悪だ……。
「いやぁ、またバズるな。今度は違う意味で」
「やめてくださいよ! こっちは必死なんですから!」
田中さんは楽しそうに笑って、まるで人ごとのように言う。
「安心しろよ、神崎。もし何かあっても……お前のことはボスが守ってくれるだろ」
「え!? 田中さんじゃないんですか!?」
「俺は見てる専門だから」
お腹を抱えて笑う田中さんに、思わずジト目を向けた。
――入社当初は頼りになって、新人に優しい人だと思ってた。
でも最近気づいた。田中さんに知られたことは、ぜんぶオーバーに話を盛られて“笑いのネタ”にされるってこと。
みんなから好かれる親しみやすさはあるけど……
大事なことだけは、田中さんには絶対言っちゃダメだ。
その日から、私とボスのツーショット写真が一気に拡散された。
“偶然この2人に会えるかも”という噂まで広まり、香り袋の売上は加速するように伸びていった。
もちろん、ついたコメントは山ほど。
予想通りアンチもいたけど、それ以上に温かいコメントが多くて――なにより、ボスの人気が凄まじかった。
田中さんが撮ってくれた、私とボスだけの一枚。
見慣れたはずの顔なのに……やっぱりイケメンだと、あらためて思い知らされる。
「神崎、何をにやにやしてる?」
「わっ、ボス! こないだの写真です」
「……あぁ、あれか。俺も田中から送られてきた」
横顔を見ながら、つい口が滑る。
「やっぱりボスってイケメンなんですかね?」
「俺に聞いてどうすんだ」
「あ、そりゃそうですよね」
ボスがふっと目を細める。
「なんだ? 俺の人気に嫉妬でもしてるのか?」
「嫉妬なんてしてません。ただ……ボスって、何やっても上手くいくし、人気も出るし、すごいなって」
その瞬間、ボスの大きな手が私のおでこに触れた。
「……熱はないな」
「な、なんですか!?」
「いや。神崎が俺を褒めるなんて珍しいから、熱でもあるのかと思って」
「もう! こっちは真剣なのに!」
「悪かったよ。でもな……神崎が横でフォローしてくれるから、うまく回ってるんだ。俺ひとりじゃ無理だ」
珍しく素直な言葉に、胸が跳ねる。
照れ隠しに、今度は私がおでこに手を当て返した。
「……ボスも熱はないですね」
「は?」
「だって。ボスが私を褒めるなんて、これも熱かなって」
一瞬、ボスの目が驚いたように揺れる。
だけどすぐにデコピンが飛んできた。
「勘違いするな。写真だって――俺の隣に神崎がいるから、俺が余計イケメンに見えるだけだ」
むーっと唇を尖らせる私を置いて、
「そんなことより仕事しろ」
とだけ言い残して、ボスは歩いていった。
残された私は、じんじんと残るデコピンの痛みより……胸の高鳴りのほうに参っていた。




