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守る華・守られる花  作者: ミシル
第三章 サザンクロス

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105/113

105.バレンタイン企画始動!

会社も今日から仕事始めだ。

社員が一堂に会し、新年の挨拶が始まる。


100人ほどの視線の先にはボスが立ち、私はその端に控えていた。

元旦のあの“事故のキス”――ボスが覚えているのか、忘れているのか。答えはまだ分からない。けれど、いつも通りに接してくるその姿に、私も気づかないふりを続けていた。


「新年あけましておめでとう!」

「「おめでとうございます!」」


「今年も無事に新しい年を迎えられて嬉しく思う。さて、今日から新人の神崎と根本が中心になって準備してきた、バレンタイン商戦の動画配信とポスター掲示が始まる。皆で力を合わせて支えてやってほしい。よろしく頼む」


「「はい!」」


「――解散」


ボスの挨拶は、いつも通り簡潔だった。

そして、いよいよ宣伝が始まる。

SNS動画は一気に公開するのではなく、日をあけて順次投稿していく形だという。


「中村社長」


会社の入り口から声がして、目を向けるとNext Futureの山崎さんと悠真が現れた。


「新年のご挨拶に伺いました」

「山崎さん、わざわざありがとうございます」

「いよいよ今日からですね!」

「ええ。山崎さんの優秀な部下のおかげで素晴らしい仕上がりになり、弊社としても大変満足しています」


「山崎さん、お茶をご用意しますので、どうぞこちらへ」


私は間に入り、手で案内した。

だが山崎さんは軽く首を振る。


「ありがたいのですが、この後すぐに用事がありまして。その代わり、この渡辺を置いていきます。ポスター貼りなど雑務にお使いください」

「それは助かります」


ボスが悠真を見下ろし、短く言う。


「では、私はこれで。――渡辺、ちゃんと働けよ」

「分かってますって」


そう言い残し、山崎さんは一礼して去っていった。


「守華、一緒にポスター貼りに行こうぜ」

「いいね!……でも、自分が写ってるポスターを貼るって、ちょっと恥ずかしいわね」

「安心しろ。誰もこのモデルが守華だなんて思わないさ」

「ちょっと、それどういう意味よ!」


思わず笑い合う私と悠真。

その背後から、冷たい低音が割り込んできた。


「――神崎。お前は行けない」


振り返ると、やっぱりボス。


「せっかく自分が企画したんだから、アピールしたかったのに」

「それは根本の役目だ。それに……」


ボスの指先が私のデスクを示す。そこには山積みの書類。


「仕事始めから神崎のタスクは山ほどあるが、どう片づけるつもりだ?」


……そうだった。今日はやることが山のようにあるんだ。


「ごめん、悠真。やっぱり手伝えそうにないわ」

軽く笑ってごまかしながら言う。

「私が写ってるポスター、私の代わりにたくさん貼ってきてね」


そう告げると、私は足早に自分のデスクへ戻った。




早速、SNS上はポスターの話題で大盛り上がりだった。


“この男のモデル、めっちゃカッコよくない?”

“芸能人?”

“女の人も綺麗だな”

“モデルさんかな?”

“あれ、この女性って前に花魁役やってた人じゃない?”

“美男美女コンビ!”

“この香り袋めっちゃ気になる”

“透明で中が見えるの可愛い”

“友達へのプレゼントにも良さそう”


――次々とコメントが流れていく。


さらに追い打ちをかけるように、動画の一本目が投稿された。

最初はハナミズキの映像から始まり、香り袋を丁寧に作るシーンへと続いていく。


「琴音!」

私は仕事の合間を縫って琴音の席に駆け寄った。


「出だし、順調じゃない?」

「ほんとよ……よかった。アップするたび心臓に悪いわ。ドキドキが止まらないの」

「大丈夫!すでにバズってるんだから、次の動画も自然とみんな見に来るはずよ。……まさか琴音がここまでやれるとは思わなかった」

「それ、褒めてるの?それとも貶してるの?」

「もちろん褒めてるに決まってるじゃない。琴音さまさまよ♡」


それから3日おきに、第2弾・第3弾と動画が公開されていった。


アップされるたびに再生数は右肩上がり。

コメント欄も大盛り上がりだ。


「短いのに次が気になる」

「セリフないのに泣ける」

「私も泣いた」

「この2人、ほんとに付き合ってるんじゃない?」

「たしかに」

「芸能人?モデル?」

「え、サザンクロスの人たち?」

「一般人なの!?すごすぎ」

「この香り袋、気になる」

「自分用に欲しい!」


――そんな声が次々と寄せられ、いいねの数も一気に伸びていく。


「神崎、今回もすごいことになってるな」


ボスの部屋に入ると、田中さんとボスがソファーで向かい合っていた。


「根本さんが頑張って編集してくれたおかげですよ」


そう答えると、田中さんがニヤリと笑って言う。

「この調子ならバレンタイン商戦の売上も期待できそうだな。成功すれば、ボスからご褒美があるはずだ」


「田中がご褒美くれるってさ」

ボスがすかさず切り返す。


「じゃあ、お二人からダブルでいただきますね」


私は満面の笑みを浮かべてそう言った。



「お疲れ、守華!」


カフェスペースで休憩していると、琴音に連れられて悠真が現れ、コンビニの袋を軽く掲げて見せてきた。


「お疲れ!悠真、久しぶりだね。二週間ぶりくらい?」

「そうだな。ほら、これ食べるだろ」


袋の中には、美味しそうなデザートがぎっしり。


「ちょうど甘いの欲しかったんだよね。ありがとっ♡」


3人で並んでデザートを頬張りながら、わいわい盛り上がる。


「これから根本さんと話すんだけどさ、バレンタイン動画、かなり反響あるよな」

「うん、とりあえず一安心。悠真と琴音にはほんと感謝してる」


そう言って、座ったまま二人にぺこりと頭を下げた。


「守華はさ、誰かにあげるの?香り袋…」

「んー、あげる人いないし。自分用に作ろうかな」

「俺に作ってくれてもいいんだけどな」


悠真が小声でつぶやいたけれど、よく聞き取れない。


「え?なんか言った?」

「…別に」


「悠真、ほら口についてるよ」


椅子から少し身を乗り出し、悠真の口元についたクリームを指でぬぐう。


「子どもなんだから」


冗談めかして笑った瞬間――私の手を、誰かが掴んできた。


横を見ると――私の手を掴んでいたのは、ボスだった。


その冷たい目に射抜かれて、思わず息を呑む。

明らかに怒っている顔。けれど視線は私ではなく、悠真へ向けられていた。


悠真もまた、鋭い目でボスを睨み返す。


言葉ひとつなく、ボスは私の手を引いて歩き出そうとした。

その瞬間、悠真がぐっと私の手を取り返す。


「すみませんが――今、守華とバレンタインPRについて話していたので。何も言わずに連れて行くのはやめてもらえますか?」


え、悠真!?そんなこと言ったらボスが…!

ピリピリした空気に、心臓がバクバクする。


「バレンタインPRは根本が担当だ。話すなら根本としろ」

低い声で言い放つボス。


確かにそうだけど…それでも悠真は私の手を放さない。

二人の視線がぶつかり合い、空気が張りつめていく。


横で琴音が気まずそうに、黙ってデザートを口に運んでいた。


「神崎、話がある。来い」


ボスが短く告げる。

私は何も言えず、ただボスを見上げた。


「それとも――こいつと話してるのか?」


そんなの、私に選べるはずがない。

「悠真、私、仕事に戻るから」


そう言って、悠真の手をそっと外した。


「いくぞ」

「はい、ボス」


私は小走りで、ボスの背中を追いかけた。


ボスの部屋に入ると、すぐにガラスが白く切り替わり、外からの視線が遮られた。

私は大人しくデスクの前に立つ。


――カチリ。

背後でドアの鍵が閉まる音がした。


「……ボス、私、何かやらかしましたか?」


振り返ると、ボスがゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。


「ああ、やらかしたな。俺の目の前で」

「……目の前で?」


心当たりがなく、思わず眉を寄せる。

それでもボスは距離を縮め、私は後ずさりするしかなかった。


ドン――。

足がデスクにぶつかり、上半身が机の上に寄りかかってしまう。


それでもボスは止まらない。

鋭い眼差しはまるで悪魔のようで、ぐっと私の顔に近づいてくる。


近い、近すぎる――!

心臓が爆発しそうなくらい脈打ち、声が出なくなる。


ただ一人でドキドキしていると、ボスの手がすっと伸びてきた。

そして私の顔に何かを当ててくる。


「……え?」


手に取って見てみると、それは――さっきまとめたばかりの書類だった。


「誤字脱字が多すぎる。やり直せ」


――ただの修正か。

安心した途端、大きくため息をついてしまった。


すると、ボスは離れ際にその様子をじっと睨んでくる。

「す、すぐ直します!!」


まだ上半身をデスクに預けたままの体勢の私。

「ボス……ちょっと起き上がれないので、手を貸してください」


変な角度にはまってしまい、自力ではどうにもならない。


「ったく、どんな格好してんだよ」

「だって、ボスが近寄ってくるから…」

「俺は机に置いてあった書類を取っただけだ。人のせいにするな」

「わかりましたから、腰が痛いんです。早く助けてください」


しぶしぶといった様子で、ボスが私の手を掴み、ぐいっと思いきり引き上げてくれた。


――けど。


「きゃっ!」


勢いが強すぎて、私はそのままボスの胸元へ飛び込む形に。

右手首を掴まれたまま、しっかり抱きついてしまった。


ボスの胸に耳が近づき、ドクン、ドクンと鼓動が伝わってくる。

見上げると、ボスの瞳と真っ直ぐにぶつかってしまった。


「……ボスの心臓の音、速いですね」


掴んでいた手が離され、ボスは無言でデスクの椅子に腰を下ろした。


「……あれ?ボス、照れてます?」

「神崎ごときに照れるわけないだろ。いいから早く直してこい」

「はーい」


調子よく返事をして、勢いでドアを開けようとした――が、ガンッ。

鍵がかかったままで、思いっきりおでこをぶつけた。


「お前は本当に、どこにでも頭をぶつけるのが得意だな」

ボスは椅子に座ったまま、珍しく声を立てて笑っていた。


「もう!」と頬を膨らませながら鍵を開け、席へ戻る。


モニター越しにボスの部屋を見やるが、ガラスはまだ白いまま。

姿は見えないけど、私の胸の鼓動はまだ落ち着いていなかった。


――ボスと一緒にいると、いつも心臓が早くなる気がする。


カフェエリアでお弁当を広げていると、琴音が勢いよくやってきた。


「ねぇ、ちょっと!守華と渡辺さんって付き合ってるの!?」

「いきなり何!?」


「だって二人、めっちゃ仲良しじゃん?渡辺さんに聞いても“付き合ってない”って言うし、逆に怪しいなって」


そういう話が大好きな琴音は、目を輝かせながら詰め寄ってくる。


「悠真とは普通の友達だってば。男女の気持ちとか全然なくて…女友達感覚なんだよね」

「えー、本当に?つまんないのー」


「でしょ。どうせネタ不足だから私と悠真に目をつけたんでしょ?でも残念でした〜」

そう言いながら私は平然とお弁当を口に運ぶ。


すると琴音が身を乗り出してきた。

「じゃあさ――ボスとは?」


「は!?なんでそこでボス!?」


「だって、入社式のとき抱きついてたし、飲み会ではお互い介抱してたでしょ?バレンタイン動画だって、息ピッタリだったし」


琴音の言葉に、不意にあの日のキスが頭に浮かび、箸が止まる。


「……え、やっぱり何かあるの?」

「残念ながら、なにもないから」


「でもね、守華がその気じゃなくても、ボスは絶対守華を気にしてると思う」

「えーーー、ボスが?それは無いって」


「いやいや、私こういう感だけは鋭いの。昨日のあれだって、ボスの嫉妬でしょ」

「嫉妬!?なにに?」


「渡辺さんと守華のやり取りだよ。だって、渡辺さんの口のクリーム取ってあげたでしょ?あの瞬間にボスが手を掴んだんだよ」


……そう言われてみれば確かに。

でも、なんでボスが嫉妬なんて――。


まさか、私のことが好き?


いやいや、それはない。

だって前に、あんなふうに言われたんだから。


――“俺に蘭明というやつを重ねるな”。


胸の奥が、またざわついた。


琴音に言われてから、なんとなくボスの仕草が気になるようになった。

でも、やっぱり特別な変化なんてない。――きっと、琴音の思い込み。


1月後半は息つく暇もない忙しさだった。

会議に同行するのはもちろん、バレンタイン会場の設営やチェックにも走り回る。

動画の人気は勢いを増すばかりで、空いた時間には琴音たちとチラシ配りにも参加した。


そして2月1日から14日まで、限定店舗が各地でオープン。

若者たちが自分で作った香り袋をSNSに投稿し、そこからまた話題が広がっていく。

私は秘書としてボスに付き従っていたため、直接見に行くことは叶わなかった。

その代わり、田中さんと琴音がそれぞれの店舗を回って写真をアップしてくれ、それを見るのがひそかな楽しみになっていた。


「神崎、顔がニヤけてるぞ」

「――あっ、ボス!これ見てください」


私は琴音が投稿したばかりの写真をスマホで見せた。

「みんな、思いを込めて作ってくれてるのが伝わってきて、なんか嬉しくて」


「神崎の初企画だもんな。よくやった」

「ありがとうございます。ボスがモデルをしてくれたおかげですよ。ボス目当ての女の子、絶対多いです」


「なら俺にもしっかり感謝しろ」

「はいはい、ボスさまさまです」


「店舗、見てみたいか?」

「えっ……見たいですけど……」


「このあと16時までは空いてる。近場の店舗、覗きに行ってみるか?」


「……いいんですか!? 行きます!!」


心臓が跳ねた。

ただの仕事の一環――そう思いたいのに、どこかデートに誘われたみたいで落ち着かなかった。


会社から一番近い限定店舗へ、ボスと二人で向かった。

胸が高鳴っているのを、どうにか誤魔化しながら歩く。


「なんか……ドキドキしますね」

「そうか?」

「自分の子供を見に行くような、不思議な気持ちで」

「子供、ね。面白いこと言うな」


「もし私が行ったときに、お客さんがいなかったらどうしよう……」

「そのときは俺が客になってやるよ」

「ボスが!? ドライフラワー選んでる姿なんて、想像つかないです」


思わず笑ってしまうと、ボスに睨まれた。

「……何がおかしい」

「いえ、なんでもないです」


店舗に着くと、田中さんがちょうど出てきた。

「あれ? ボス、お疲れ様です」

「おつかれー」

「田中さんも、お疲れさまです」


「様子を見に来てみた。……神崎がうるさいから」

「へぇ〜?」と、意味ありげに私とボスを見比べる田中さん。


「反響はどうだ?」

「予想以上で、急きょドライフラワーを追加しましたよ。……たぶん、間に合うと思います」


店内に目を向けると、女子高生のグループが目立つ。

けれど、20代、30代、そしておばあちゃんまで――世代を超えて楽しんでくれている姿に胸が熱くなる。


「どうだ、神崎。我が子は」

「こ、子?」

田中さんがすかさずツッコミを入れる。


「自分で育てた子どものような気持ちになるんです。こうして形になってるなんて、本当に嬉しい」


3人で並んで店舗を眺めていると――

女子高生たちがこちらに気づいて、ざわめいた。


「あの……ポスターの二人、ですよね!?」


不意を突かれ、思わずボスと目を合わせる。

私のことなんて誰も気づかないだろうと思っていたのに、さすが女子高生。


「そうです」

ボスがにこやかに応える。

――その笑顔、普段から見せてよ!と、心の中で叫ぶ。


「実物の方がカッコよすぎ!」

「スーツ姿もやばーい!」


キャーキャーと声が上がり、人だかりができていく。

当然、主役はボス。私はすっかり脇役だ。


「写真撮ってもいいですか?」

「相方のモデルも一緒ならな」


そう言ってボスが私の方を見てきて――胸が跳ねた。

そこから、購入したお客さんとの撮影会が始まる。

芸能人みたいで、夢の中にいるような気分だった。


「サザンクロスのタグ付け、忘れずにアップ頼むな」

撮影が終わるたびに、ボスはさらりと笑顔で告げる。


……この人、ホストやってたら間違いなくNo.1だろう。


区切りのいいところで、田中さんが助っ人に入ってくれた。


「ふぅ〜、疲れた……」

肩で息をしていると、田中さんがにやっと笑う。


「神崎の素顔も、これで全国デビューだな」

「――あっ!!」


思わず声が裏返る。

しまった……。

ずっとポスターや動画では顔を隠してきたのに。

これじゃ“ポスターと違う”ってアンチが湧くに決まってる。最悪だ……。


「いやぁ、またバズるな。今度は違う意味で」

「やめてくださいよ! こっちは必死なんですから!」


田中さんは楽しそうに笑って、まるで人ごとのように言う。


「安心しろよ、神崎。もし何かあっても……お前のことはボスが守ってくれるだろ」

「え!? 田中さんじゃないんですか!?」

「俺は見てる専門だから」


お腹を抱えて笑う田中さんに、思わずジト目を向けた。


――入社当初は頼りになって、新人に優しい人だと思ってた。

でも最近気づいた。田中さんに知られたことは、ぜんぶオーバーに話を盛られて“笑いのネタ”にされるってこと。


みんなから好かれる親しみやすさはあるけど……

大事なことだけは、田中さんには絶対言っちゃダメだ。


その日から、私とボスのツーショット写真が一気に拡散された。

“偶然この2人に会えるかも”という噂まで広まり、香り袋の売上は加速するように伸びていった。


もちろん、ついたコメントは山ほど。

予想通りアンチもいたけど、それ以上に温かいコメントが多くて――なにより、ボスの人気が凄まじかった。


田中さんが撮ってくれた、私とボスだけの一枚。

見慣れたはずの顔なのに……やっぱりイケメンだと、あらためて思い知らされる。


「神崎、何をにやにやしてる?」

「わっ、ボス! こないだの写真です」

「……あぁ、あれか。俺も田中から送られてきた」


横顔を見ながら、つい口が滑る。

「やっぱりボスってイケメンなんですかね?」

「俺に聞いてどうすんだ」

「あ、そりゃそうですよね」


ボスがふっと目を細める。

「なんだ? 俺の人気に嫉妬でもしてるのか?」

「嫉妬なんてしてません。ただ……ボスって、何やっても上手くいくし、人気も出るし、すごいなって」


その瞬間、ボスの大きな手が私のおでこに触れた。

「……熱はないな」

「な、なんですか!?」

「いや。神崎が俺を褒めるなんて珍しいから、熱でもあるのかと思って」

「もう! こっちは真剣なのに!」


「悪かったよ。でもな……神崎が横でフォローしてくれるから、うまく回ってるんだ。俺ひとりじゃ無理だ」


珍しく素直な言葉に、胸が跳ねる。

照れ隠しに、今度は私がおでこに手を当て返した。

「……ボスも熱はないですね」

「は?」

「だって。ボスが私を褒めるなんて、これも熱かなって」


一瞬、ボスの目が驚いたように揺れる。

だけどすぐにデコピンが飛んできた。

「勘違いするな。写真だって――俺の隣に神崎がいるから、俺が余計イケメンに見えるだけだ」


むーっと唇を尖らせる私を置いて、

「そんなことより仕事しろ」

とだけ言い残して、ボスは歩いていった。


残された私は、じんじんと残るデコピンの痛みより……胸の高鳴りのほうに参っていた。

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