104.灯る、家族の絆
12月24日 クリスマスイブ
悠真はもう、このサザンクロスには来ない。
琴音によれば、1月に入ったら動画のチェックでたまに顔を出す程度らしい。
街を歩けば、どこもカップルばかり。
ホワイトクリスマスにはならなかったけれど、灯りに照らされた街の景色に、一人の私が溶け込むことはない。
だから、あえて遅くまで仕事をするつもりだ。
去年までは、あの月の見える丘まで一人で足を運んでいた。
周りは幸せそうなカップルばかりで、自分だけ浮いているような気がしたけれど、なぜか寂しさは感じなかった。
陽月国では、この時期、蘭明と願いを書き、ランタンを空に放ったものだ。
毎年その光景を思い出す。
だから、今も蘭明にもらったミサンガに、小さな願いを込める――
「蘭明に会えますように」と。
でも、今年はもう願い事はしない。
あの丘にも行けない。
だから今日は、ひたすら仕事に没頭すると決めた。
定時になり、急いで帰る人と、私みたいに一人で仕事を続ける人に分かれたオフィス。
――プープープー
「はい、ボス」
「ちょっと来てくれ」
「はい」
呼ばれて、私はボスルームへ向かう。
「神崎、この後、予定は?」
「特にないです」
「クリスマスなのに?」
「私には関係ないです」
「渡辺とは?」
「悠真ですか?彼氏でもないのに、一緒に過ごすなんてありえません」
「やっぱり、あのときのは嘘だったか」
「え、逆に信じてたんですか?」
ボスは少し顔をそらす。
「で、ボス、何ですか?」
「あー、予定がないなら、俺の実家に来ないか?」
「ボスの…?」
「おふくろもあずさも、クリスマスパーティーをやるってうるさくてさ。神崎が予定ないなら連れてこいって」
「えー!いいんですか!?行きます行きます!家族とクリスマスパーティーなんて、何年ぶりだろう。じゃあ、帰る支度しますね!」
私の家族ではないけれど、思いがけないお誘いに胸が躍った。
会社のビルを出ると、そこには莉子さんが立っていた。
「蓮…」
「ボス、私、1人で行きますよ?」
ボスはじっと私の顔を見つめる。
「いいから、ここにいろ」
莉子さんは少し戸惑いながらも、私たちのほうへ歩み寄ってきた。
「蓮、電話しても繋がらなかったから…クリスマスだし、一緒にディナーに行けたらって思って待ってたの」
その言葉に、私は一気に気まずくなる。
ボスから「ここにいろ」と言われていたけれど、さりげなく後ろに下がろうとした瞬間――手首を強く掴まれ、ボスに睨まれた。
「莉子、悪い。今日は神崎と過ごすから」
その言葉に、莉子さんの目が一瞬大きく見開かれるのがわかる。
いやいや、そんな言い方、絶対誤解するって…。
「いやいや、ちょっと――」
そう言おうとしたけれど、ボスに握られた手首をさらにギュッと強く掴まれ、言葉は出せない。
――黙ってろ、ということだ。
「蓮、神崎さんと付き合ってるの?」
「莉子にはもう関係ないだろ、じゃあ」
ボスに手を引かれながら歩く私。
振り返ると、莉子さんはまだそこに立ち尽くしていて、怒りとも悔しさともつかない表情でこちらを見つめている。
最悪だ。
スタスタと歩くボスに引っ張られて、つい小走りになる私。
「ボス!いつまで引っ張るんですか!?
ちょっと、息切れますよ!」
「あっ、わりー、ついクセで」
ボスは手を離してくれた。ほっとひと息。
「で、莉子さんのこと……大丈夫なんですか?」
「あー、もう、あれは終わったことだ」
「え、前に莉子さんが来たとき、よりを戻したのかと思ってました」
「いや、それはないな。確かにあの時、よりを戻したいって言われたけど、断った」
「でも、ボス、あんなに莉子さんのこと好きだったのに?」
「まぁ……そうだったな。でも、今はもう何とも思ってない」
男のほうが未練たらしいって言うけど、ボスはすっきり切り替えられるタイプらしい。
「でも、あんな言い方されたら、私と付き合ってるって勘違いしますよ?」
「勘違いしてくれたほうが、莉子もあきらめがつくだろう」
「……それって、私を利用してるってことですか?」
ボスはアハハハーと笑って誤魔化す。
その無邪気さに、思わず私も苦笑い。
「こんばんは、お邪魔します」
ボスと一緒に家に入ると、あずさが元気よく廊下を駆けてきて、その後ろにはボスの母親が続いていた。
「守華ちゃーん、メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」
自然と笑顔になる私。
「いらっしゃい、守華ちゃん。いきなり誘って大丈夫だった?ほら、守華ちゃん可愛いから、彼氏とかいたら…」
「おふくろ、神崎は仕事一筋だから大丈夫だろ、なぁ、神崎」
「何言ってんの!それはあんたでしょーが。いい歳して彼女の一人も連れてこないで」
母親はボスの背中を思いっきり叩く。痛がるボスを見て、つい笑いが込み上げてきた。
リビングに行くと、大きなクリスマスツリーが目に入り、テーブルにはご馳走がずらり。
「すごーい!」
「座って座って」
今日もボスの父親は出張で不在らしい。
みんなで乾杯し、食事が始まる。
「守華ちゃん、本当に彼氏いないの?」
「はい、いないんですよね」
「えー、美人なのにいないのが不思議だよ」
私と母親の会話に、あずさが割り込む。
「誰かいないですかね?」
母親とあずさは目を合わせて、
「蓮なんてどう?」
隣で飲み食いしていたボスが思わずブハーと吹き出す。
「お兄ちゃん、汚い」
「全く、だから彼女ができないのよ」
そんなやり取りにも笑いが止まらない。
「でも、守華ちゃん、蓮と付き合って結婚なんてなったら、私の娘になるんじゃない?」
「私のお姉ちゃんにもなるね」
「アハハハー、そうですね。お母さんやあずさと家族になれるのは嬉しいですけど…」
「けど???」
「はいはい!そこまで。神崎が困ること言わないの!」
ボスがさっと制止する。
母親とあずさはもっと聞きたそうだったけれど、なんとか話題は別の方向に変わった。
「今日も楽しかったです。ご馳走さまでした」
「神崎、先に車のエンジンかけてくるわ」
「はい、ボス」
「本当、守華ちゃんはいつでも遊びに来てね。あと、これ」
母親が差し出したのは小さなプレゼント。
「えっ?」
「クリスマスプレゼントよ。少しだけど」
「私、何も準備してないのに…」
「いいのよ、よかったら使ってね」
「見てもいいですか?」
「もちろんよ」
玄関先で袋を開けると、中には手袋が入っていた。
「嬉しい…いつも手が冷たくて赤くなってたから、すごく助かります」
「よかったわ」
「ありがとうございます。じゃあ、またお邪魔しますね」
母親とあずさに手を振り、家を後にする。
車に乗ると、私は早速ボスに手袋を見せた。
「そんなに嬉しいのか?」
「はい!これでボスからホッカイロ奪わなくて済みますから」
ボスは笑っていた。
「いつ来ても、ボスの家族はいいですね。私もボスの家族になれたらいいのに…」
「神崎…」
「あっ、変な意味じゃないです!お母さんもあずさも私に優しくしてくれるし、私は父親しかいなくて、家族の温もりを感じたことがなかったんです」
「そうか。」
「あっ、父親といえば、、、パパ、寂しがってるかも。私、実家に行ってみます」
「神崎の実家か?送っていくよ」
「ありがとうございます」
──家に着くと、明かりはついておらず、家は暗かった。
「もう寝ちゃったのかな?」
「どうする?家まで送ろうか?」
「大丈夫です。実家の鍵があるので、今日はここに泊まります。今日はありがとうございました。寂しいクリスマスにならなくてよかったです」
私は車を降りた。
「神崎」
ボスも車から降りてきた。
「ほら、忘れ物」
ボスの母親からもらった手袋を差し出される。
「あっ、ありがとうございます」
プレゼントを受け取ると、同時に声が聞こえた。
「守華?」
振り向くと──パパだ。
「パパ!」
私は迷わず飛びついた。
「どうした?急に?パパに会いたくなったのか?」
「クリスマスで、一人で寂しくしてるんじゃないかと思って」
パパの視線がボスに向く。
「守華の彼氏か?」
ボスは頭を下げた。
「神崎さんと一緒に働いている、中村です」
「ああ、いつも守華がお世話になっております」
「パパ、彼が私のボスよ!会社の社長!」
「社長!?こんなに若い人が?それに、送ってもらったのか!?どんな身分だよ!」
「いや、いろいろあって…」
「守華がすみません。迷惑かけてませんか?」
「いえ、全くです。それどころか、いつも助けてもらっています」
パパはその言葉に嬉しそうに笑った。
「寒いし、せっかく来たんだからパーティーしようよ、守華!社長も一緒に」
「いや、ボスは忙しいから大丈夫!私がパパの相手します、ねぇ!」
「いえ、お父さんがよろしければ、私は大丈夫です」
私は驚いてボスを見る。
「ボス、無理しなくていいですから」
「無理なんてしないよ」
「ほら、いいじゃないか!パパが寂しいかもって来てくれたんだろ?ならみんなで飲もう!」
「ったく、パパは…」
「社長、ビールでいいですか?」
「お父さん、今は仕事じゃないので、蓮でいいですよ。敬語もやめてください」
「そうか。じゃあ、蓮、ビールでいいか?」
「はい」
「パパ、でもボスは車だから…」
「うちに泊まればいいだろ」
「え?でも、ボスは…」
「俺はかまわないよ」
2人はまるで私がいないかのように盛り上がっている。
「パパ、上機嫌だね」
「まぁな。息子が欲しかったからな。こうやって一緒に酒を飲めるのは嬉しいよ。誰かさんは大学行ってから相手してくれなくなったしな」
「お父さん、いつでも相手しますよ」
「本当か?それは嬉しいな」
「で、2人は付き合ってないのか?」
「ちょっと、パパやめてよ。会社の上司なんだから」
「こんなイケメン、他にいないだろ?まぁ、パパのほうがイケメンだけどな」
「はいはい」
パパはとても嬉しそうだ。
大学に行ってからパパに会う頻度は減り、就職してからはほとんど帰ってきていなかった。
「この女性は神崎のお母さん?」
リビングの壁に飾られた写真を指差す。幼い私と写っている家族写真だ。
「そうよ、私のママ」
「綺麗な人だな」
ボスはなぜかその写真をじっと見つめていた。
「ほら、パパ、しっかりしてよ」
リビングのソファーで、完全に酔っ払って眠っているパパ。
布団を持ってきて、ソファーにかけてあげたあと、ボスを私の部屋に案内する。
「ここが神崎の部屋か?シンプルだな。普通、女の部屋って可愛い感じが多いんじゃないか?」
「私はシンプルが好きなんです。それより、ボス、大丈夫ですか?」
「ああ、俺は大丈夫だ。神崎のお父さん、嬉しそうだったな」
「そりゃそうですよ。大好きな娘が会いにきたんですから」
「そうか?酒を飲める相手ができて、嬉しかったんじゃないか?」
「そうかもしれませんね。ママが亡くなってから、パパはずっと一人でしたから」
「大好きだったんだろうな」
「ええ、ママが亡くなったとき、私よりパパの方が泣きまくってましたから」
「すごいな、神崎のお父さん。俺もあんなふうに誰かを愛せるんだろうか?」
私は思わず手をあげて
「同じく!」
「神崎、挙手するかよ」
大笑いするボス。
「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか」
「なんだ?怒ったのか?」
ベッドに座る私のほっぺを摘んで、変な顔にしてくる私。
その顔を見て、また笑い出すボスに私はぷくっと膨れる。
でも、ふと気づくとボスの顔が目の前にあった。
____ドクン、ドクン、ドクン
さっきまで笑っていたボスの表情は、いつの間にか真剣な顔に変わっていた。
ずっと、ボスに両ほっぺを掴まれたまま見つめられる。
鼓動が早くなる。
ドクン、ドクン、ドクン――
“ぱちっ”
「いったーっ!」
掴まれていたほっぺを、ボスが思いっきり離した。
私の反応を見て、ボスはまた大笑いする。
「もう、ただの悪ガキじゃないですか!」
「俺がか?」
「そうです!ほっぺ、真っ赤になったじゃないですか!?」
仕事中には見せない、無邪気でいたずらっ子のような笑顔。
ふと、そんなところが可愛らしく思えてしまう自分がいた。
本当は、このままキスされるんじゃないかって少し期待していたけど、されなくて正解だ。
「ボス、このベッド使ってください。パジャマじゃないですけど、パパのTシャツとズボンを置いておくので、よければ着てください」
「神崎はどこで寝るんだ?」
「んー、パパのベッドで寝ますよ」
「分かった」
「明日も仕事ありますからね。おやすみなさい」
♪〜
携帯の音で目が覚める、元旦の朝。
着信を見ると、ボスからだった。
「はい、ボス」
「神崎、まだ寝てたのか?」
「え、今日って仕事休みですよね?しかも、まだ8時前じゃないですか」
「どうせ、今日も予定ないだろ?」
「な、何ですか?その暇人扱いは!」
「昨日の大晦日も、1人でドラマでも見ながら年越ししたんじゃないのか?」
ギクッ…当たってるし。
「ボス、どこから覗いてたんですか?」
「そんな趣味はねーよ」
「ですよね」
「あと5分で着くから準備しろ」
「はっ???どこにですか?」
「神崎のマンション」
「えーーー!?って、なんで分かるんですか?やっぱりボス、私のストーカーですか?」
「馬鹿か!履歴書見れば分かるだろ」
「あっ、そうでした…」
「はい、着いた。すぐに降りてこい」
「えーーー」
急いでベッドから飛び起き、カーテンを開けると、ボスが車から手を振っていた。
「本当にいた…」
「嘘ついてどうすんだよ。早く降りてこい」
「そんなこと言われても、すっぴんですけど」
「あとで化粧すればいい」
休みの日までボスに支配されるなんて…
秘書って、こんなもんなのだろうか?
とりあえず顔を洗って歯を磨き、髪を整えて着替えを済ませ、ボスの車へ向かう。
「はい、10分」
助手席に座った瞬間、そう言われる。
「早い方じゃないですか」
「神崎、本当にすっぴんだな」
「そーやって、また笑うんですよね」
「いや、すっぴんも可愛いじゃん」
意外な言葉に、つい少し照れてしまう。
「わー、スーツじゃないボスを見るの、初めてかもです」
「また惚れたとか言うんじゃないだろうな」
「惚れてません」
「はっきり言うなよ」
「で、こんな朝早くからどこに行くんです?」
「実家だ」
「ボスの?」
「あー。おふくろとあずさが、神崎と初詣に行きたいって言い出して」
私は思わずクスッと笑う。
「なんだよ」
「ボスは会社では一番上だけど、実家では一番下ですね」
「ちげーよ、あの二人は言い出したら止まらなくてさ。俺だって朝早くから携帯で『神崎を連れてこーい』って起こされたんだ。嫌だって言っても何度も電話よこすから、仕方なくだよ。神崎も、しつこいやつらに好かれたもんだわ」
「私はボスのお母さんとあずさなら、大歓迎よ」
私は微笑んだ。
「あけましておめでとうございます」
いつものように玄関で迎えてくれるボスの母親とあずさ。
今日はボスの父親も一緒だった。
「やっと会えたね。ずっと話は聞いていたんだけど、いつも私がいないときに来てたみたいで…。ずっと会いたかったんだ。守華ちゃんでいいんだよね?」
「初めまして。ボスの秘書をしております、神崎守華です。いつもお父さんがいない中でお邪魔してしまい、すみませんでした」
「いや、いいんだよ。蓮の秘書なんて大変だろう?しかも、この二人にいつも付き合わされてるみたいで、こっちこそ申し訳ない」
紳士的で、どこかダンディな雰囲気のお父さんだ。
「いえ、私はいつも誘ってもらえて嬉しいです」
「ほら、お父さん、玄関でいつまでも話してないで。早く守華ちゃんを上がらせて」
「あー、悪い悪い」
お母さんが笑いながらお父さんをどかして、私とボスはリビングに向かった。
奥の畳の部屋には、色鮮やかな着物がかけられていた。
「着物…」
「初詣に着ていこうと思って出したんだけど、着付けの仕方を忘れちゃってね」
「せっかく来たんだから、守華ちゃんのも出したんだよー。お兄ちゃんも見たかったでしょ?守華ちゃんの着物姿」
ボスは目を逸らしながら無表情で返事をする。
「あー、そうだな」
「お母さん、私、着付けできますよ。やりましょうか?」
「えっ!?本当に?守華ちゃん、着付けなんてできるの?」
「はい」
「今の若い子は着付けとかできないと思ってたわ。じゃあ、お願いしようかな」
「はい!任せてください」
彩国で踊り手をやっていた頃、毎日自分で着付けをしていた私は、あの頃の感覚を今でも覚えている。
お母さんは落ち着いた抹茶色の着物。
あずさはオレンジと白の花柄が華やかに散りばめられた着物。
私に用意してくれたのは、赤と黒の椿の花が入った着物だった。
すっぴんの私は、まず化粧をさせてもらい、髪を整える。
そのあと、順番に着付けをしていった。
「はい!できた!」
「わぁー、守華ちゃんすごーい!今度、私も着付け教えてもらおうっと」
3人で「じゃーん!」と言いながら、リビングにいるボスとお父さんの前にお披露目。
「どう?」とぐるぐる回りながら見せる。
「おー、別嬪さんが3人もいるな」
お父さんが笑顔で言う。
「ママのこと、惚れ直したんじゃない?」
あずさが口を挟む。
「そうだな、惚れ直したよ」
「ラブラブですね」
思わず私も口にしてしまう。
お父さんとお母さんは少し照れくさそうに笑った。
「でさ、お兄ちゃんはいつまで固まってるの?お兄ちゃんも守華ちゃんに惚れたんじゃないの!?」
「えっ!?そうなの!?いいじゃない、いいじゃない、惚れちゃいなよ」
お母さんも話に乗ってくる。
「もう、やめてくださいよー」
私は笑いながら、お母さんとあずさに返した。
「神崎の着物姿なんて前にも見ただろ。今さらだ」
「ったく、あんたはほんと素直じゃないんだから」
すかさずお母さんが突っ込み、私は思わず笑ってしまう。
「よし、みんなで写真でも撮ろうか」
お父さんがカメラを持ってきた。
「じゃあ、私が撮りますよ」
家族じゃない私が撮るのが自然だと思って、カメラに手を伸ばす。
「守華ちゃんも一緒に写るんだ。今年は5人で撮ろう」
「えっ、私も?家族じゃないのに…」
「だからもう、守華ちゃんは家族だって!私の娘よ。蓮なんかより、守華ちゃんのほうが断然いいんだから」
「なんだよ、それ」
「そうだよー、守華ちゃんは私のお姉ちゃん♡」
胸がいっぱいになって、思わず涙があふれた。
「あらあら、せっかくお化粧したのに泣いたら崩れちゃうわよ」
お母さんがティッシュでそっと拭いてくれる。
「だって、嬉しくて…」
そんな私を見て、みんなが優しく笑ってくれた。
「神崎、写真撮るぞ」
「はい!ボス」
庭先に出て、カメラのタイマーをセットする。
並んだ瞬間、自然と笑顔になった。
カシャッ。
今年のはじまりに、5人の家族写真が残された。
家族みんなで初詣へ向かう道。
前では、あずさが嬉しそうにお母さんとお父さんの腕を組んで歩いている。
その少し後ろを、私とボスが並んで歩いていた。
――もし、私のママが生きていたら。
きっと私も、あんなふうにパパとママの間で腕を組んで、初詣に来ていたのかな。
人混みはどんどん増えていく。
このまま流されて、みんなとはぐれてしまうんじゃないかと、不安が胸をよぎった。
「神崎、大丈夫か?」
ボスが気づいたように声をかけてくれる。
「は、はい。大丈夫です」
「嘘が見え見えだな」
そう言うと、ボスはそっと私の手を握った。
突然のことに驚いて、思わず彼を見つめてしまう。
「迷子になられると、探すのが面倒だからな」
前を向いたままの声。
でも、温かさがじんわりと手のひらから伝わってくる。
冷えていた指先が、ボスの手で温められていく。
なんだか、まるで恋人みたいで胸が熱くなった。
ボスにその気はないって分かってる。
けれど、彼の優しさに触れるたびに――私の中で少しずつ、何かが変わっていく気がしていた。
ついにお参りの順番が回ってきた。
「お願いごと、か……」
私は心の中で手を合わせる。
――大好きな人が現れますように。
本当は「蘭明が元気に過ごせますように」と祈りたかった。
けれど、あの日もう、彼のことを思い出すのはやめようと決めた。
だから今日は、自分の願いを。
願い終えて隣を見ると、ボスはまだ真剣に祈っていた。
(男の人なのに、長っ!)
突っ込みたくなるのを必死でこらえる。
お参りのあと、みんなでおみくじを引いた。
「大吉だ!」
私は飛び跳ねそうなくらい喜んで、ボスに見せびらかす。
「俺だって……」
と意気込んで開いたボスのおみくじは――小吉。
「……」
笑いをこらえようとするほど、お腹の奥から笑いが込み上げてくる。
「ボス、大丈夫です!私なんかはもう上から落ちるだけですけど、ボスはここから上がるだけですから!」
「それは慰めか? まあ、こんなの気にしねぇけどな」
「はいはい」
ふと恋愛の欄を見てみると――
“運命の人に出会える”
……ほんとに? 今年、会えるの?
気になって、ボスのおみくじを覗き込むと。
“昔を思い出すべし”
(……昔の恋愛?やっぱり、莉子さんのこと?)
胸の奥がズキリとした。
「大吉引いたやつが、なんで落ち込んでんだ」
不意に頭にボスの手が置かれ、顔をのぞき込まれる。
ほんと、ボスはいつも私の気持ちを見抜いてくる。
そのとき――
「蓮、ここからは私たちお邪魔だから帰るね!あとは守華ちゃんとデートでもしてきなさーい」
お母さんの声が響いた。
「ここで解散かよ!朝っぱらから巻き込んでおいて」
「お兄ちゃんのために守華ちゃん呼んだんだから」
あずさがボスの耳元で何かをささやく。
「じゃあ守華ちゃん、またね!」
「はい!あ、着物はあとで返しに行きますね」
「いいのよ、脱いだらそのまま蓮に渡しておいて」
手を振って三人は帰っていった。
残されたのは、私とボスだけ。
……なんだか、気まずい。
「ボス、ぶどう飴食べたいです」
思わず口をついて出た言葉に、自分でもびっくりした。
「ぶどう飴?」
「はい!」
「ったく、しょうがねぇな。買ってやるよ」
ボスに買ってもらったぶどう飴をかじりながら歩く。
「それ、美味いのか?」
「食べたことないんですか? ちょっと食べてみます?」
差し出したぶどう飴を、ボスはそのまま一口かじった。
目の前でぶどう飴をかじったボスが、こちらに顔を向ける。
その距離の近さに、胸がドキッと跳ねた。
「……上手いな」
「ですよね!」
人混みの中を歩く。私は下駄で、どうしてもボスの歩調に追いつけない。
そんな私を振り返ったボスが、片手を差し出してきた。
「ほら。迷子にならないようにだ」
「もう、子供扱いはやめてください」
「じゃあ、いらないんだな」
引っ込めようとした手を、私は慌てて掴む。
その瞬間、心臓まで繋がったみたいに熱くなった。
出店をひととおり回り、人通りの少ない道に出ても――ボスは手を離そうとしなかった。
「せっかく神崎、着物着てるんだし。父親に見せに行こうか?」
「えっ!? また飲まされちゃいますよ?」
「神崎のお父さんが喜ぶなら、俺は全然構わない。それに神崎だって、いつも俺の家族に付き合ってくれるだろ」
「でも……」
「はい、決まり」
有無を言わせない調子で、そのまま私の実家へと向かってしまう。
――ピンポーン。
「はーい」
「守華だよー」
「おぉ、守華か。今開けるぞ」
玄関から出てきたパパに、私は笑顔で挨拶する。
「あけましておめでとう!」
「おめでとうございます」
私に続いて、ボスもきちんと頭を下げた。
「あれ?蓮も一緒か。元旦から一緒なんて……やっぱり付き合ってるんじゃないのか?」
「だから違うってば!ボスの家族と仲良くなったから、一緒に初詣に行ってきただけ」
「そうかそうか。でもな、蓮が彼氏だったらパパは反対しないけどな」
「はいはい」
ちらりと横を見ると、ボスは笑っていた。
「おっ、着物じゃないか。ママに似て綺麗だ」
「もう、パパったら……。寒いから早く中に入って」
「よし蓮、今日も一杯やりながら語ろうじゃないか」
「もちろんです!これ、お父さんに」
ボスが差し出したのは途中で買ったお酒。
「気がきくなぁ。しかも美味そうな酒じゃないか!」
また始まった、男二人の酒盛り。
賑やかに笑い合う二人を見て、私はふっと笑みをこぼす。
そんな私に気づいたのか、ボスが優しく目を細めて微笑んでくれた。
元旦早々、飲み過ぎて酔いつぶれるパパとボス。
仲良くしてくれるのはいいけど……潰れるのは勘弁してほしい。
とりあえず、パパを部屋に運んでベッドに寝かせる。
次にボスを私の部屋へ連れて行き、ベッドに横にさせた。
立ち上がろうとしたその瞬間――
酔ったボスが私の手をぐっと握り、抱き寄せてきた。
「えっ……ボス?」
「神崎……いい匂いだな」
目の前には、ほんの数センチ先にボスの唇。
心臓が跳ね上がる。
「ボス、大丈夫ですか? お水持ってきますね」
「大丈夫だ……このまま神崎を抱きしめていたい」
――ドキッ。
次の瞬間、ボスの唇が私のおでこに触れた。
酔っているはずなのに、腕の力は強くて抜け出せない。
眠っている顔を見つめる。
長いまつ毛、高い鼻筋……完璧な横顔。
思わず、私は唇を指でつまんでアヒル口にしてしまった。
「この口、ちょん切っちゃうんだから……」
ぐいっと摘んで離した瞬間――
「いってぇ……」
ボスが目を開けた。
間近で視線がぶつかり合う。
「神崎……」
――ドクン、ドクン、ドクン。
「お前……俺の唇、つねっただろ」
やば、気づかれてた!
「ご、ごめんなさい!」
慌てて立ち上がろうとしたが、手を掴まれバランスを崩す。
そのまま倒れ込んで――
私の唇が、ボスの唇に触れた。
一瞬、時間が止まる。
何が起きたのか理解できず、唇を重ねたまま固まってしまった。
「あっ、ごめんなさい!」
慌てて飛び退くと、気まずい沈黙が流れる。
「……お水、持ってきますね」
部屋を飛び出した私は、廊下で胸を押さえる。
――ドクンドクンと鳴り止まない鼓動。
ボスと……キス、しちゃった。
どうしよう!? でも、あれは事故。そう、事故だ!
お水を持って戻ると、ボスはスヤスヤと寝息を立てていた。
「……こっちはこんなに動揺してるのに、馬鹿みたい」
そう呟きながらも、眠る横顔を見つめると、自然と頬が緩んでしまう。
胸の奥が、じんわりと幸せに温かくなっていた。




