花むけ
約束の時間から40分が経過しようとしていた。
円形広場で座禅を組む拓一郎は、約束の時間から経過したことを認識し、早苗を案じながらも、心を鎮め水の流れに気を戻した。
今日は現実世界の同級生で友人である早苗優菜がゲート・イン・ゲーム社の発売しているゲームの中でも最高傑作と謳われる「ノック・WORLD」にログインする日。
本来であれば、アカウント作成者が最初に足を踏み入れる「はじまりの地」で彼女を待ちたいところだが、あいにく新規アカウント作成者以外の立ち入りは、見えない壁に阻まれる仕組みになっていた。
初心者とゲーム経験者が待ち合わせ場所に利用することで有名な『ウエルカムモニュメント』付近は、アカウント値下キャンペーン中ということもあり、多くの人で賑わっている。
顔立ちは異なるとはいえ、全く同じ服装の新規者が行き交う中、探すのもやっとの状態だ。
プレイヤー同士で連絡を取り合うことも可能だが、その為には直接対面してフレンド登録を行う必要がある。
つまり、何とか本人を探し出さなければならない。
「あ、あの、すみません」
拓一郎が目を開くと、麦色の麻でできたミニスカートに茶色の簡易防具を身に着けた少女3人が興奮した様子で覗き込んでいた。
「お兄さん、もしかしてこの間『橘さま』のLIVEに出演されていた方ですよね?『橘さま』と同じギルドの。」
少女の言う『橘さま』が同じギルドの『橘ひかり』であることを拓一郎はすぐに思い立つ。
彼女はゲート内のみならず現実世界でも「GATELIVER」としてその名を轟かせていた。
和風文化類のものが好きで、自らのセンスにより、お気に入りの雑貨・インテリア、ゲートタウン、甘味処、ショップ、洋服、プロデュースした商品等々、自分の『好き』を「LIVE」で発信している。
ひかりがギルド拠点の1つでLIVE配信をしていた際、拓一郎が近くを通り過ぎ、彼女に呼ばれたのだ。普段通りに談笑していたが、後で視聴者数を聞けば、130万人、フォロワー数300万人だといいう。
「ああ、うちのギルドにいる『橘ひかり』のLIVEを見てくれているのか。いつもありがとう。」
「いえいえ、私たちの方がいつも元気をもらっています。私たち『橘さま』がプロデュースしている『大正浪漫』の世界観が好きで、このゲーム始めたんです。いずれは私も強くなって『花札』に所属するのが夢で。」
「でも、アオイ。そのためには、レベル70以上、尚且つ、『花札』の副隊長を誰か1人倒さないといけないんでしょう。私たちにできるかなあ」
「ああああああ~そうだった。しかもお兄さんの目の前で恥ずかしい」
少女は涙を浮かべながら地面にうなだれる
拓一郎は地面に沈む少女の目の前にしゃがみ込んだ
「そんなに落ち込むことはないよ。私も最初の頃はあまりこのゲームが得意ではなかったんだ。自分に合った特性を知って、ここまでたどり着くことができた。自分の可能性をもっと信じてあげてほしい。それに、このゲーム世界は、良くも悪くも思っていることや願っていることが現実化しやすい仕組みになっている。マインドが大切なんだ。大丈夫「花札」はいつだって君たちのこと、待っているよ。」
「..ありがとうございます。お兄さん。」
涙をぬぐうと拓一郎の差し出した手をとり、立ち上がる
「まずはその一歩目、チュートリアルタウンだね。このまま噴水沿いに真っすぐ歩くと、ペンタクル銀行がある。標識に従って、通路を右に曲がると辿り着くよ」
「わかりました。私たちこれからそこに行ってきますね」
「そうだ、花むけに。君たちにこれを送ろう。1週間で蒸発して消えてしまうけれど」
拓一郎が水に手を当てると、スイートピーの形をした花が出来上がる
それを3人の少女たちに手渡した。
「水道の水を触っている感触なのに、固まってる!!」
「すごい綺麗。私もこんな風に術を使ってみたいな」
少女たちは驚きながら、花を優しく収納ポケットにしまった。
「ありがとうございます。お兄さん。また会いに来ます」
「ああ、待っている」