麦茶
冷蔵庫から麦茶を取り出す。
地球産の茶葉を使用したものだ。
今から1年4か月前、人口惑星アクアから、宇宙航海便で地球に到達して間もない頃、航海基地の通路で同じメーカーが販売しているコップ式自販機の麦茶を飲み、その味に感動した。
ガラス瓶に入った麦茶。その外側が透明な水滴で濡れている。
そうか、これが自然にできる結露というもの。
2つのコップに注ぎ終えると、上半身の服を脱ぎ棄て半裸状態の兄の目の前に差し出す。
一見は細身に見えるが、兄はかなり筋肉質である。
筆記の勉強が得意で、交友関係が広く、穏やかな性格をしているが、兄を知っている人がいまの筋肉隆々の半裸姿を見たら絶句するかもしれない。
いつだったか、兄が高校進学を機に地球に行く前、トレーニングに励む理由を聞いたことがある。しかし残念ながら兄は微笑むだけで答えてはくれなかった。
私は兄と同じ身長175㎝であるが、いま来ているTシャツを着せたら窮屈に思うだろう。
Tシャツといえば先日、学園エリアに新オープンしたレトロショップでwindow展示されていた、目を見開き、きょとんとしたネコがプリントされている長袖Tシャツを思い浮かべた。
なんでも、昔に流行した画像なのだそうだ。いかんいかん。それは私が欲しいものだ。首を横に振る。
兄は突然首を振り出した妹をを不思議そうに眺め、天井を見上げる。
「まさか地球本来の気候を妹の寮部屋で味わうなんて思わなかったな。その『半袖』半袖Tシャツは一体どこで買ったんだい?」
兄は差し出した麦茶を飲みながら、グラスを面白そうに眺める。
レトロショップで見かけて20秒後にはレジに。他にもキュートなプリントTシャツがあるんですよ兄さん!!という言葉を飲み込む。
「その割には兄さん、冷静ですね。私はこの一大事にどうにかなりそうです。」
暑くてどうにかなりどうだ、という意味もあるが、それだけではない。
大抵、温度調整機器が故障したなど、機器の故障が珍しい、いや聞いたこともない現代において、動揺する方が普通のリアクションだ。地球に来て1年とはいえ『暑い』を経験したのは初めてで、半袖Tシャツも実用性のないお土産を購入したようなノリだった。
のんびりニュースなどを眺めていたが、実のところかなり動揺してる。
冷静になるため普段通りの行動をしようと、画面を表示してみたのだ。
しかし、いつの間にやらそんな事も忘れて、LIVERアイドルに夢中だったのは否めない。