ゲーム博物館
「あー!そうそう、これ雑誌で見たことがある。持ち運び式ゲーム機。数百年前のゲーム機って使ったことないのに、何故か懐かしく思えてくるんだよな。」
博物館を一緒に見回っていた友人の立川祐樹が歩幅を早め、透明な硝子ケースに収納されている小型ゲーム機の前で立ち止まる。
白いボディに黒のラインが入ったそのゲーム機は、折り畳み式になっており、上下に画面が備え付けられていた。持ち手には十字型のボタンと四色の単一ボタンがあり、なるほど、画面を見ながらこのボタンで指示を送るらしい。
「そうか?俺は、懐かしいというよりも、今にはないデザインで、なんかこうしみじみというか、新鮮味を感じる」
俺たちは、これまで歩いてきた道のりを振り返った。
コンクリート打ちっぱなし円形の建物、その壁沿いに蘇芳色のカーペッドが敷かれたスロープが壁を伝うように螺旋状に大きく渦を巻き、地上1階から8階まで吹き抜けになっている。
壁にはスロープの傾斜に合わせるように正方形の穴が複数開けられ、そこへ数々のゲーム機が淡い色とりどりの照明に照らされて収納されている。その景色は圧巻で、見通しがよく、幻想的だ。地上階から始まるゲーム機器は、最上階に進むにつれて新しくなってゆく。
ここは、フルダイブ型MMORPGを開発した株式会社ゲート・イン・ゲームが運営する「ゲーム博物館」だ。
今日は社会科見学という名の下に来ているが、世界的な注目を集めるゲート・イン・ゲーム本社の隣に位置するこの博物館は本来、土日限定の予約制で、常にSOULDOUT状態が続いているらしい。
今回社会科見学できたのも特例中の特例といえる。
なんでも抽選で偶然学校が当選したそうだ。
その社会科見学生徒に中等部2年生の俺たちが学校代表として赴くことになった。
1年生と3年生の熱い見送りを受け、学校屋上の輸送機システムで移送されること、約30分、大自然に囲まれたガラス張りの大型施設が雲の隙間から見えたときは、数多くの生徒が歓声を上げていた。
俺たちの年頃は特に「ゲート・イン・ゲーム社」は大きなトレンドで、中でもMMORPG内での生活やイベント参加をLIVE配信したり、ビデオ撮影に感想アフレコを付けて、ゲート・イン・ゲーム社の専用コンテンツに配信する「ゲートLIVER」は憧れの的であり、人気職業だ。
中にはゲート内でコンサートを開いたり、コラボ衣装販売や主催イベントを行うLIVERもいて、先日は「初風ミク」が大好きな妹と一緒にログインし握手会に参加した。
この滅多にない機会。記念に写真に収めようと、空中をタップし、カメラモードを起動する。
「そこの君」
低く透き通る声が広い空間にこだまする。
まずい。撮影OKの文字を地上階で見えたように思ったが、どうも間違いだったらしい。
「あ、あの、すみませ..って、なんだ、初音か」
「どう?私の渾身の演技力!cool butyなお姉さんの声に聞こえた?」
「ものすんごく怖いお姉さんの声に聞こえた。」
心底びっくりした俺は、正直、初音の声がcool butyかどうかなどと言う前に、気が抜けてほっとしていた。
「相違ないや」
祐樹は面白そうに初音とやっと落ち着いた俺を見て朗らかに笑う。
「佐々波くんまで!まあ、そうね、驚かせてしまって本当ごめん佐々木。二人で何やら楽しそうだね」
「達也と昔の本物のゲーム機を見た感想を述べていたんだ。初音はどう思う。」
祐樹がガラスケースの中のゲーム機に視線を移す。
「うーん。私はこのゲーム機が誰に遊ばれていたのか気になるな~。このゲーム機が発売されて数々の人々に行きわたり博物館にたどり着くまでの経緯とか。ほら、ボタンの横の傷、想像力が羽ばたきそう。」
初音が後ろを振り返り、螺旋スロープの最上階を見上げ、俺たちは一緒に歩き出す。
次第に俺たちは無口になり、スロープの終わりに近づくにつれて少しずつ歩幅を落としていった。軒並みに並べられていたゲーム機は、今から50年前を境にその数は少なくなってゆく。
それは「今」俺が目にしているこの世界があまりにも繊細で美しくてゲームであることを忘れてしまいそうなほど。
実は誰もがゲームの主人公で自らの望む方向へボタンを押すことができるのだと。
気付き始めたからだ。