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後編

後編は木戸さん視点のお話です★

 人に関心を寄せられるというのはいいことばかりじゃない。

その多くが女性によるものだとしたら、もたらされる視線の意味は決まっていてる。

それらをすべて払拭するために確立したスタイル。

それが自分と他者との境界線を引くこと。

早い話が敬語という言葉で壁を作り、無表情で意図的に他人を威圧すること。

そんなスタイルがいつの間にか確立されていた。





 二度目の新人教育を任された春。

部長に紹介された彼女に向かって自己紹介をしたあと、手を出せば、彼女は少し驚いた表情でこちらを見た後、すぐに笑顔でこちらが出した手を握り返してきた。

それが青葉鈴音との出会いだった。


 学生だった名残を感じる雰囲気に、リクルートスーツを着た彼女。

自分と並んでもあまり目線が変わらないことから背も高くスラットした体系。

目が大きく、くりっとしていて愛らしい印象の彼女だったが、なんといっても印象的だったのがまつ毛の長さ。

隣の席から彼女を見ればまつげの長さがよくわかる。

そんな彼女の指導を任された俺はお決まりのように先輩から羨ましがられた。


「木戸、お前の今度の担当の子はあたりだな。」

「あたりというのはどういう意味でしょうか?」

なんとなくわかっていながらも聞き返さば、予想通りの返答。


「若くてかわいい女の子の指導のことに決まってるだろう。俺なんてヤローだからつまんねぇよ。」

「先輩、発言には気をつけたほうが。そう言った発言はセクハラだと言われかねませんから。」

呆れた返答の先輩にはくぎを刺すように返した。

その後も同じようなことを言うやつらの話を聞いても彼女へ食指が動いたりはしなかった。

男であろうが女であろうが教えることに変わりはないのだからあたりもはずれも関係ない。

仕事は仕事、プライベートとは別物というスタンスを築いてきた俺にとってはどうでもいいこと。

彼女に対して特別親しく接するつもりもない。

そのため彼女をかわいいや美人といった思いを抱くこともなく接する日々。


 しかし、彼女は依然俺が担当したヤツとは比べ物にならないくらい物覚えもよく、仕事対する姿勢も大いに評価できるものだった。

なにより、指導者と享受者、先輩と後輩の関係を遺脱させようとしない態度。

俺にとってはそれが一番好ましかったこともあり、彼女が新人を卒業間近になった季節、卒業にたいする労いをこめて差し入れしたキャラメルラテ。


「お疲れ様。」

彼女の机の上に置けば、振り返ってびっくりした顔。

当然といえば当然だろう。

今まで彼女や同僚にそんなことをしたことは一度もないのだから。

しかし無事指導者の役割を終えることができるのは彼女のおかげである事は否めない。

だからそれらすべてをひっくるめた『お疲れ様。』

それらの意味をわからなくても受け取った彼女は「ありがとうございます。」そう言った。


「キャラメルラテ一番好きなのでうれしいです。」

「それはよかったです。」

その後昼食から戻ってくると、彼女の机の端にキャラメルラテが置かれていた。



 こうして彼女の指導も無事に終わり、また新たな新人が入ってきたころ。

そのころ俺の担当する会社の一つと契約が難航していたことで、若干イライラしていた俺は、タバコを吸うために出先から帰ったその足で喫煙所にむかった。

喫煙所は俺の部署の一つ下の階にある。

社員の休憩場所でもあり共有スペースには自販機に机とイスのセットが設置されていて、そこで食事をとる事もできる場所になっていて、喫煙所はその一番奥に設置されているため、そこを通ってしか行くことはできない。

そんなとき聞こえてきた女性の話し声。

就業時間がとっくに終了したとはいえ、こんなところで社員のことを話すのはいかがなものかと思いながらも、そのまま何事もなかったように喫煙所に行けばいいと思ったところに聞こえてきた声。


「木戸さんはどうだった?」

「う~ん、たしかにちょっと怖かったけど仕事はちゃんと教えてくれたかな。」


 内容から察するに中で話されているのは自分の事で、その人物は昨年担当をした青葉さんだろう。

『どうしたものか。これでは入るには入れない。』

立ち聞きするつもりはないが、ここを通らないとタバコは吸えない。

普段ならすぐに立ち去るところだが、イライラしている今どうしてもタバコを吸いたかった。

タバコで気持ちを切り替えてからもう一仕事して帰る予定で会社に立ち寄ったというのに。

昨今のタバコを巡る厳しい事情が影響しているとはいえ、こんなところでそれにぶち当たるとは。

どうせすぐに彼女たちの話が自分のことから反れるだろうと思いしばらく時間をつぶす。

その間にも聞こえてくる会話。


「怖いって?」

「だって目が全然笑ってないんだよ。」

「そう?」

「そうだよ。」


『やはり青葉さんにはばれてたか。』

なんとなくそうじゃないかとは思っていた。

微妙に目線が違ったり、彼女がこちらを見ないので視線が合うことが少なかったことを記憶している。


「一度さぁ、頼まれてた資料作り忘れてたことがあって。それで素直に謝ったんだけど、色々言われたあげく、『謝罪の言葉は資料が出来次第に受け取ります。』って言われたっけ。」

「うーわー、なにそれ。超イヤミ。木戸さんってそういうこと言う人だったんだ。なんか思ってたイメージと違う。」


『また勝手なことを。』

勝手なイメージを勝手に抱いて勝手に押し付ける。

昨年担当した青葉さんも同じように思っているのだろうかと辟易したときに聞こえてきた声。


「たしかに最初は超意地悪だって思ったけどね。とはいえ、頼まれてたのに忘れてた私が悪かったんだけどね。」

「でもさぁ、どうせ教えてくれるならもっと早く教えてくれればいいのにね。やっぱり木戸さん超意地悪っ。」


 これ以上彼女たちの話を聞けば余計にイライラすることは必至だと思い、タバコを吸うことをあきらめてそのまま戻ろうとしたとき。


「でもさぁその資料ね、月曜の朝一の会議で使うものだったの。」

「それが?」

「だから、その資料のことを木戸さんに聞かれたのは金曜だったわけ。つまり、ギリギリまで私が自分で思い出すのを待っててくれたんだと思うの。でももし私が作り忘れてたことを考えて資料のことを聞いてくれただけじゃなくて、締め切りが月曜だから絶対間に合うようになってたってこと。」

「なるほおどね。金曜の夜なら少しくらい残業しても土日休みだもんね。木戸さんも意地悪いだけじゃなかったってことか。」

「でも最後に『締め切りが月曜でよかったですね。』って言われてさっさと帰っていったけどね。」




 あのときのことをきちんと理解していてくれた彼女。

新人だった彼女に任せた資料作成の仕事だった。

彼女は『わかりました。』と返事をして答えていたものの、しばらく様子を伺っていたが隣の席から見ていたかぎり作成している様子が見えなかった。

だからといってすぐに教えることはしなかった。

今はまだ彼女が新人ということで、教育担当の俺がついているとはいえ、いつまでも彼女についているわけじゃない。

彼女に任せた仕事を誰かがいつも注意してくれるわけじゃないことを知ってもらいたくて、あえてギリギリまでこちらからは彼女に問うことはしなかった。

しかし、彼女はきちんとそのことを理解してくれていた。

それに救われたような気がして結局タバコを吸うことはなく、その場を後にした。


 それからだったと思う。

自分が新人教育の担当をした彼女としてではなく、気になる女性になったのは。

それと同じくして彼女に関する噂が耳に届くようになる。

彼女が大学のときから付き合っていた恋人と最近別れたという話に始まり、喫煙ルームに行けば、彼女が参加する飲み会に自分たちも参加しようと企む話をするやつらの会話。


「おもしろくないですね。」

「えっ!木戸はこれには反対とか?」

「いいえ、いいと思いますよ。」

「そっそうか、ならいいけど。」


『おもしろくない。』

春に担当先との契約が難航したときよりもおもしろくない。

彼女がゴーコンにばかり参加しているのがおもしろくない。

彼女が自分を見ていないことがおもしろくない。

彼女が…

彼女が…

『ああ、そうか俺は彼女のことが好きだったのか。』



 自覚してからはどのようにして彼女に接触しようかと考えた。

しかし、なかなか彼女に接触することはできない。

彼女が崩さない態度を好ましく思っていたことが裏目にでてしまったようだ。

当然自分に引かれた境界線を理解している彼女が自分からこちらに来るはずもなく。

また今日も彼女が飲み会と称したゴーコンに向かう姿を自席から眺めるのかと思っていたとき。

彼女がフローの端に設置されているコピー機の元へ行くのが見えたとき、適当な資料を片手に勇み足で彼女の元へ追いかけた。


 そこで彼女に声をかければ案の定びっくりした顔で振り返り『お疲れ様です。』との返事。

その後も印刷されて出てくる用紙を見ている彼女とは談笑なんてできる雰囲気ではない。

しかたなく思い切って聞いてみる。


「ところで、青葉さん。あなたは今日もまた夜な夜なゴーコン三昧というところですか?」

色々と面白くないので、若干イヤミっぽい聞き方になってしまった。


「はっ?」

その『はっ?』はどのはだろうと思いながらもう一度聞く。

「おかしいですね。聞こえませんでしたか?ではもう一度言いましょうか。青葉さんは今夜もゴーコン三昧ですか?とお聞きしたのですが。」


 やはり驚いた表情を浮かべた青葉さん。

しかし言いたいことはそれではない。

いい加減ゴーコンに行くのはやめて、それから自分とのことを考えてもらいたいという思いで告げる。


「青葉さん、そろそろゴーコン卒業する気はありませんか?」


しかし彼女も早々に結論はでないだろうと思い、その場をすぐに離れたわけだったが。



 提案から一ヶ月。

未だ彼女から提案に対する返事は返ってきていない。

そして、今日は金曜日。

連中は彼女をエサにどうせまた飲み会を開くだろう。

さて、彼女はこのまま返事を曖昧にできるとでも思っているのだろうか?

舐められたままなのは、癪に障る。

上司を舐めたらどうなるか彼女の教育担当だったときに教えきれていなかったのだろうか。

だったらきっちり指導する必要がある。

『そちらがその気なら、こちらから行くまでだ。』


 高村さんの席を見回すと彼女の姿はない。

どうせまた喫煙所でタバコを吸っているのだろうと思い、喫煙所に向かった。


「高村さん、いま少しよろしいですか?」

タイミングよく室内には高村さんのみ。


「きっ、木戸くん!?なにか用?」

彼女が俺を見た瞬間いやそうな顔をしたのを見逃さなかった。

それもそうだろう。

俺が彼女に直接呼びかかるのはあの時以来だったから。


 彼女を一言で表すなら(現在では死語と言われているが)キャリアウーマンになりきれない女性という言葉が当てはまる。

そう彼女は中途半端なんだ。

そして俺は彼女に対してあまりいい感情を抱いていない。

彼女は俺の一つ上の先輩に当たる。

入社した当初俺の席は彼女の目の前の席だったこともあり、同僚として談笑することは何度もあった。

しかし、なにを勘違いしたのか彼女は同僚としてのラインを超えて俺に接するようになる。


『余計な芽は早く刈るほうがいい。』

そうして俺は彼女に対して改めて線引きをするだけでなく、彼女をあっさりと切り捨てた。

当時新人ながら順調に成績を伸ばしていた俺を疎ましく思った彼女は俺へのあてつけなのかはわからないが、次第に彼女は俺に対し敵意を抱くようになった。

けれど、彼女は如何(いかんせん)なりきれない人。


 あるとき彼女は既存の顧客だけでなく、新規開拓を志して女ながら飛び込み営業もいとわなかった。

しかし、思うような結果は得られず。

けれど当時の彼女は若さとプライドの高さから躍起になった結果、彼女の担当先の仕事が疎かになり、納品の数を間違えるという致命的なミスを侵してしまう。

その後部長と謝罪の挨拶に行き、担当が俺に替わることで事なきを得たが、それ以来彼女とは目も合うことはなかった。

彼女に接触するのはそれ以来のことだった。


「あのときの借りを返してもらおうと思いまして。」

「なっ、なにが望み?」

「簡単なことですよ。今日このあと飲み会をされるんですよね。その場所を教えていただきたいだけです。」

「まさかあなたも参加するつもり!?」

「まさか。」

「だったらなぜそんなことを?」

「高村さん。私の望みはあなたに借りを返してもらうだけなんですが。」

これ以上高村さんに話す義理はないと思い、忠告の意味で笑顔で返す。

すると、彼女は察したのかそれ以上は何も言わず場所を告げた。


「ありがとうございます、それでは。」


 時刻は8時。

金曜の夜のオフィスないは閑散としている。

漸く仕事に区切りをつけた俺は高村さんに教えてもらった居酒屋を目指した。

店に着くと、接客に現れた店員に高村さんの名前を告げ靴を脱いで上がる。

店内は和風な造りになっていて、掘りごたつ式のテーブルはどこもかしこも賑わっているのが伺える。

案内されるままについて行くと店の一番奥にある障子の扉から店員が声をかける。


「失礼します。お連れ様がお見えになりました。」

突然の店員の台詞に困惑した顔をこちらに向ける面々。

そん中、目的の人物は扉に一番近い席に居た。

面々が驚いている隙に、彼女のコートとバックを持ち、次に彼女の腕を掴みながら、

「突然すみませんが、この女性は売約済みなので。これで失礼させていただきます。」

驚いて反論する余裕もないのか、俺の言葉に従う彼女と困惑顔の面々。

その間に彼女を連れ出した。


 驚きと困惑が交差する室内の一堂に意に介することなくこの場を後にした二人。

残された面々はというと余韻の残る中、発せられた言葉。

「なんだっけ、こういうの。前に映画で見たような…。」

「たしかに。」

「もしかして卒業とかいう映画のこと。」

「あぁ…。」

そんな会話が交わされていた。



 そのころ居酒屋を出て外を歩いていた二人はというと…。

「きっ、木戸さん。これはどういうことでしょうか?」

彼女の驚いている声が隣から聞こえたので、掴んでいた手をはなし、彼女に向き合う。

「どういうこととは?」

「いえ、あの、いきなり現れて売約済みとか言われたと思ったら、こんな風に連れ出されて驚かない人なんていません。」

「青葉さんはうろたえてる姿も素敵ですね。」

彷徨いがちだった彼女の視線がこちらに向いていることがうれしくて言えば、彼女は面食らった様子。


「ふっ、ふざけないでください。」

「ふざけてなんていません。」

「だったらちゃんと納得のいくように説明してください!」

そう言うと、彼女は腕を振りほどいた。


「つまり、私は青葉さんが好きだと言うことです。」

「私に対していつ、どのように愛が芽生えたというんですか?」

彼女は告白が信じられないのか、疑わしいという目つきでこちらを見ているのがわかる。


「そうですね。あえて言うならあなたのその打たれ強さとでもいいましょうか。」

「それ褒めてるんですか?」

反論しないと言うことは自覚はあったのかと納得した。


「もちろんですよ。それからS属性の私とM属性のあなた。これ以上ないほど気が合うとは思いませんか?」

「私はMじゃありません!!」

「まぁ、そういうことにしておきましょうか。時に人は自分の隠れた(へき)を自己肯定したくないということもあるでしょう。それより、あなたは私によってすでに売約済みの身ですから。今後ゴーコンなどはダメですよ。」

「私木戸さんに買われた覚えなんてないんですが…。」

「大上際が悪いですね。それとも指輪を用意していなかったことに不満を抱いてるのですか?それでしたら青葉さん目の前にカ○ティエがありますから。今からでも行きましょうか。」

これでもまだ彼女は信じられないとばかりの様子。

それとも指導期間中若干イヤミを言ったことを今でも根に持っているのだろうか。


「私のこと本当に好きなんですか?」

「好きですよ。でなきゃわざわざあなたを迎えに行ったりしないでしょ。」

「わかりました。では借り売約ということで。」

借り売約?そんな日本語あっただろうか?


「どうしよう、月曜から会社にいけない。」

「何を気にすることがあるんです?」

「ありますよ。だって高村さんたちにばれちゃったじゃないですか。」

「そういうことですか。しかしうちの会社は社内恋愛禁止ではありませんよ。だからあなたが気に病む必要はありません。」

「木戸さんがよくても私はよくないんです!」

あの場に居たうちの社員は高村さんを含めて三人。


「彼らはしゃべったりしませんよ。」

「どうしてそんなことわかるんですか?」

「簡単なことです。我が身がかわいくない人なんていませんからね。」


「そんなことより、無事売約できたのでそれを楽しみたいのですが。」

「なっなんですか、楽しみたいって!?」

「購入者の自己満足とでもいいましょうか?」

「もう結構です。」


呆れている彼女の横顔を見ながら、彼女と手をつないで歩き出す。

 


 そうそう、覚えていてください。

きみは私によって売約済みなので、だれにも譲ってあげませんから。

完結を機にあらすじを変更しました。

またいつかこの二人のことをかけたらと思っています。

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