母校へ
クルムリエ魔法学院。
ミルファーにある4年制の学校でフリッツの母校である。
入学する資格があるのは12歳以上というだけで、入学試験さえ合格すれば誰でも入学できるというところだ。
その中には海を越えて異方の地から来る人たちもいる。
ミルファーに着いた二人はその大きな校門の前に立っていた。
「ははっ、久しぶりだな。この門も何も変わってねーや」
とても懐かしそうに校門を見ながら笑う。
「主人が16歳のときに卒業したんでしたよね?」
「ああ、ていうことは卒業してからもう二年もたったのか。早いもんだな」
「相変わらず爺くさいですよ」
スイは苦笑する。
フリッツの方をちらりと見てみると、彼の横顔は本当に楽しそうな表情をしていた。
こんな笑顔を見たのは久しぶりのような気がする。
以前見たのはいつだっただろうか。
「とりあえず中に入るか」
「そうしましょう。あ、でも主人の師匠の居場所はわかるんですか?」
「授業中じゃなかったらおそらくあの小屋だろうな」
あの小屋とはフリッツの昔話に出てきた小屋だとすぐに分かった。
二人は校門をくぐり、その左奥にある警備員専用の小屋に立ち寄る。
窓から中を見てみると、本を読んでいる40歳ぐらいの無精髭のゴツい男が座っていた。
男は二人の気配に気が付き本から目を離した。
「お久しぶりです。ゴードンさん」
フリッツは笑顔で男に話しかける。
話し方から察するに、親しい間柄のようだ。
「おめぇ、フリッツか! 久しぶりだな。大きくなったじゃねーか。元気にしてたか」
「はい。ゴードンさんも相変わらずのようで」
「がっはっは! 俺が病気にでもかかると思うか。それにしてもずいぶんとまあ丸くなったもんだな」
「それは言わないでくださいよ」
フリッツは少し困ったように頭を掻く。
顔といい、名前といいゴツいゴードンは小屋から出てきてフリッツの頭をガシガシと撫で始めた。
こうしてみるとなんだか親子みたいだ。
フリッツは「もう子供じゃないんですよ」と言うが、ゴードンに「俺から見ればまだまだお前はガキなんだよ」と一蹴される。
「あのー、主人、その方は?」
空気になりかけつつあったスイがやっと言葉を発した。
「ああ、悪い紹介してなかったな。この人はこの学校の警備員のゴードン・ロザールさん」
「始めましてだなお嬢さん。それにしてもフリッツ、こんな可愛い娘つれてきてあの人に結婚報告でもするつもりか?」
その言葉に顔を真っ赤にするスイ。
幸いにもフリッツはゴードンの方を向いていたので顔を見られることはなかった。
「違いますよ。ていうかスイは精霊です」
「なっ、お嬢さん精霊だったのかい」
ゴードンは驚いた顔をしてスイの方を振り向いた。
ついでに言うとかなり高位の精霊ですからね、とフリッツは補足する。
「はい。主人と契約している水精霊のスイと申します」
スイはぺこりと丁寧にお辞儀した。
「ははっ、そんなに畏まらないでくれよ。それにしてもずいぶんと礼儀正しい精霊だな。俺は数回獣型の精霊を見たことしかないんだが、人型の精霊はみんなこんななのか?」
「うーん、精霊自体がそんなに多く存在するわけではないですからね……スイ、どうなんだ」
「人間の言葉はどの精霊も話しますよ。性格はですね、人と同じです」
「なるほどな。十人十色というわけか」
ゴードンは納得したように笑った。
フリッツもどうやら納得したようだ。
「それで、お前らは何しに来たんだ? ここに来たってことはお前の師匠か」
ゴードンはほとんど確信を持ったように言う。
実際、その通りなのだが。
「ええ、聞きたいことがありまして。師匠は今あの小屋に?」
「んー、授業はもう5分ほどで終わるから今からそこに向かえば出くわすんじゃないか。今はどこのクラスの担任もしていないしな」
自分の髭を撫でながら答える。
「そうですか、じゃあ今から行ってみます」
「おう。油断するなよ」
がっはっはと特徴的な大きな声で笑う。
油断するなとはどういうことなのだろうか。
スイはそう思って聞いてみたが「すぐわかるさ」としか教えてくれなかった。
「じゃあゴードンさん、帰りにまた寄りますんで」
「久しぶりの母校だ。ゆっくりしていけよ」
フリッツは一礼して学校の中へと進んでいく。
もちろんスイも礼は忘れない。
そして、トコトコと少し早足で歩きフリッツの横へと並ぶ。
ゴードンにはその姿が仲のいい若夫婦にしか見えなかったそうだ。
(一年のときのあいつとは別人だな)
彼を入学当初から見てきたゴードンは今のフリッツを見ると全くと言っていいほど別人にしか見えなかった。
しかし、今の彼はどうだろうか。
身体的特徴以外にもしっかりと大人になっていた。
(あいつと時間が負け犬を変えたんだろうな)
放課後に警備小屋のまえの少し空いているスペースで修行していた二人を思い出す。
勝負を挑んでは負け、挑んでは負けを繰り返してたっけなあ。
何度止めに入ろうかと思ったことか。
(確か雨の日だったな、フリッツが正式に弟子になったのは)
たとえ同級生に何を言われても無視し続けていたフリッツが地面に手をついて泣いてたっけ。
もう負け犬は嫌なんだ、だったか。
フリッツのそういう負けず嫌いなところをあいつは初めから見抜いてたんだろう。
「がっはっは。弟子がしっかり成長して帰ってきたんだ。しっかりほめてやれよ」
学校のチャイムがまるでその言葉に返事をしたように鳴り響いた。