森を抜けて
フリッツが戦っているとき、荷馬車の方にもグゾルの群れが近づいてきていた。
現在フリッツが戦っているグゾルの接近に気付いたのは精霊特有の魔力探知である。
人間もある程度大きな魔力なら気づくことも出来るのだが、精霊の魔力探知は人間の比じゃない。
なので、今回もまたいち早くグゾルの接近に気が付いた。
「……五、六体でしょうか。こちらに接近しているようですね」
「本当かい!森を抜けるまでもう少しかかる。少しまずいね」
御者の女性は顔をしかめながらつぶやく。
それとは対称にスイの方は未だに穏やかな顔をしている。
「大丈夫ですよ。私が相手をしますんで少し馬車を止めておいてください」
と、これもまた笑顔で言い切る。
「大丈夫なのかい」
馬車を止めた後、女性は心配そうに聞いてくる。
スイはすでに馬車から降りようとしていた。
そして振り返って言う。
「心配いりませんよ。馬車には絶対に近づけさせません」
「そうじゃないよ、あんたのことを言ってるんだい」
これはまた驚いた。
こんな状況にもなって自分や自分の馬車の心配をしない人は今までいなかった。
みんな自分の身を優先してスイやフリッツに戦って来いというばかりだった。
それが当たり前だと思っていたばっかりに、スイの驚きは大きい。
本当に優しい人なんですね、と答えてスイは馬車から飛び降りつつ。
「私はこれでもなかなか上位の精霊ですから」
と言って白銀の髪を揺らしつつ、すでに馬車の前方100メートルほどに近づいてきているグゾルの群れのもとに歩いて行った。
「ギシャアアァァ」
六体のグゾルはすべて獣型だった。
唸り声をあげ、いつでもスイに襲いかかれるようにその赤い眼はスイをとらえている。
スイは両の掌に水球を出現させる。
スイは水の精霊だ。
それもかなり上級の精霊で、人間とかかわりあうことは滅多にないくらいの。
「あなたたち程度ではこれで十分です」
掌を前に突き出すと水球から次々と小さな水球が飛び出し、グゾルに向かっていく。
グゾルたちはそれを合図にスイに襲いかかろうとするが、近づくことすらできない。
結局、開始1分もたたずにグゾルは全滅するのであった。
馬車へと戻ると、
「すごいわねえお嬢さん。そんなに強かったのかい」
と笑顔で出迎えてくれた。
「いえ、敵も弱かったのですぐに片付けられました」
話しながらも周囲の魔力に気を配る。
荷馬車の周辺にこれ以上敵がいないか探っているのだ。
どうやら、この周辺にはもういないようだ。
念のため魔力の探知を続けながら彼女は荷台へと戻っていった。
そうしているうちに、見知った一つの魔力が近づいてくるのを感じた。
わざわざ外に出なくとも誰だかわかる。
「あんた血が出てるじゃないか。早く治療を」
「一発掠っただけですから心配しないでください。あ、もちろんグゾルは全部倒しましたから」
彼女の主人であるフリッツが馬車に追いついたのだ。
しかし、話を聞いている限りでは怪我を負ったらしい。
すぐに馬車から飛び出して彼を見ると、脇腹に少しだけ血がにじんでいた。
フリッツは両手を合わせて苦笑いをしながらスイの方を見て言う。
「悪い、ちょっと油断した。ヒールお願いしていい?」
スイは溜息を一つつくとフリッツに近寄り、傷にてのひらを向ける。
すると、傷を覆うように水がフリッツの体に付着し、傷跡がだんだんと引いて行く。
魔法、ヒール
時間はかかるが対象の傷を癒すことができる便利な魔法だ。
その上、スイは上位の精霊であるので回復速度は人間の5,6倍もあるらしい。
「とりあえず傷口は閉じました。続きは馬車の中でしますんで早く乗ってください」
心配させてしまったのか、少々彼女はお怒り気味だ。
こういう時は他に何も言わず素直に謝るのが一番よいのを彼は知っている。
結局、彼女の機嫌と自分の傷を直すのに30分以上もかかってしまったそうだ。
森を出るとフリッツ一行の目的地である街、アコルの外壁が見えた。
外壁は街の中に魔物やグゾルを入れさせないためのもので、街の外側を覆うように建っている。
外壁の外側では襲われることがたびたびあるので、家を建てて暮らすことなんてできないのである。
なので、各街を移動してどうしても野宿などをしなければならない時には、魔物やグゾルが寄り付かない結界魔法具を買う必要がある。
「アコルが見えてきたなあ」
「そうですね。この距離だと、あと1時間以内で着くんじゃないでしょうか」
フリッツとスイは荷台で自分たちの荷物を片づけながら話している。
後は、食料を詰め込んだら荷造りは終了だ。
「よし、これで終わり」
そのすぐ後に荷造りは終わり、フリッツは大きく伸びをする。
いろいろあったが、もうすぐに無事で次の街に行ける。
そう思うと自然に眠くなってきたが気力でガード。
しかし、外はフリッツの眠りを誘うようにいい天気だった。
結論から言うと、フリッツはやはり眠ってしまった。
街への入口である外壁の門で女性が何かの手続きをしているときにスイに起こされた。
どうやら、負傷した護衛のことについて何やら報告をしているらしい。
馬車はもうアコルについているのか、と今更ながらにつぶやく。
まだ自分は寝ぼけているらしい。
頭がうまく回らない。
「主人、寝ぼけてるんですか」
スイにも言われてしまった。
自分はよっぽど深く眠ってたんだろう。
スイの顔に起こすのが大変でしたと書いてある。
「悪いな、また眠ってた。いや、まてよ、俺は悪くない。悪いのはこのポカポカしたいい天気なんd……」
全部言い終える前に顔に水をぶっかけられた。
少し、冗談を言っただけなのに。
「起きたかい、今から街に入るよ」
女性は報告が終わったようで、馬車に戻ってきていた。
自分と馬車が無事でここまでこれたことで上機嫌なようだ。
「俺たちはここで降りますよ」
フリッツは自分の荷物を背負いながら言う。
スイもフリッツの横に立っている。
「どうしてだい?中心部まで送っていくよ」
「あいにく、私たちには持ち合わせが少ないんです」
スイが恥ずかしそうに言うが、女性はやや納得していない感じだ。
それを見てフリッツは、
「大丈夫ですよ、今までもこんな感じでしたし。むしろここまで乗せていってくれたんですから、これ以上お世話になるわけにはいきません」
「そうかい。そこまで言うなら仕方ないねえ」
女性は諦めたように溜息をついた。
「こちらこそありがとね。あんたたちのおかげで予定より早く着くことができたよ。ただでさえ護衛が負傷して大幅に遅れるはずだったのに予定より早く着いたんだ。礼を言うのはこっちの方さね」
相変わらずのにこやかな笑顔だ。
そして、手を前に出して。
「元気でな、縁があったらまた会おう」
「「はい」」
フリッツとスイは女性と握手を交わした。
その手は大きくて、とても暖かいものだった。