第31話:崩壊
──────キュスリア
威が助けられた状況を読み取りながら、理はほぅっと息を吐いた。
これで取りあえずは一安心だ。
長い間、『通路』となった黒い石に手をつけていた理の身体には多くの闇色の触手が纏わりついていた。
理は静かに息を吐くと、自らの意思で『自分の中にある枷』を次々に外していく。
途端、その身体からは闇の能力が流出し、絡み付いていた手を悉く食らっていった。
逃げ惑い、石の中に戻ろうとする手を全て喰らった彼は、その絶大なる闇の力を黒い石の中へと一気に流し込む。
純粋で強大な闇の力に石はがたがたと大きく震えはじめ、全体に亀裂が入り始めた。
『何ヲシテイルノデスカ?』
まだ正気を保ったままの水晶の意思は突然の彼の行動に驚きの声をあげた。
「さっき、触っていて気づいた。この場所が汚染されたのはこれのせいだ」
次元の狭間とをつなぐ通路、番人である金色の少女を奪われ、襲いくる外世界からの悪意を押さえることが出来なくなった扉。
この装置が、新たなる守護者を求めて威と自分をこの世界へと呼び寄せた。
もともとこの石を作った闇王と同じ力を持つ自分と、自分の周りで生み出された闇を悉く光へと変換する能力を持った威、そのどちらかを番人として閉じ込めるために。
この黒い石をそのままにしておいたらまた同じ事が繰り返される。
理を求めてキュスリア全体に異変を起こさせるか、地球世界から威を・・・・それとも自分たちと同等以上の能力を持つ友人たちを浚ってくる可能性も棄てきれない。
『ナラバ、私モ壊シテ頂ケマスカ』
内包するものすべてを奪われ、水晶を守るためだけに守護壁は暴走を繰り返す。
たとえ今は正常に判断を下すことが出来ても、いずれ自分という存在が狂っていくだろう事を水晶は自覚していた。
「ああ、わかっている」
理はそういうと押し込む闇の力を強くした。
地球世界で義父に焼かれた白い手が、元の邪悪な色へと戻り、理の力に反発する。
しかし触手たちの望むよりも大きすぎる闇の能力は、汚染された扉の許容量などすぐに上回り、またたくまに亀裂を深くさせていく。
本体からはがれる破片が、光の床に落ちては粉砕してゆく。
理はふと、自分の手の先に当たる物体に気づいた。
それは魔に汚染された黒い石の中でも自分が持つのと同じ純粋な闇の力を放っていた。
この存在があったからこそ、扉はたった一人とはいえ地球世界に返すという本来の役目を担えたのだろう。
理は少し奥にあるそれを掴むと、力任せに引き抜いた。
途端に、黒い岩は砂のように力を失い、ざぁぁっと崩れ落ちた。
理の手に握られていたのは大ぶりの剣だった。持ち手もシンプルで豪奢な作りのものとは違うが、黒光りする刀身の美しさはそれが名剣であることを示していた。
『ソレハ、アナタノ剣・・・ソレガ扉ヲ固定シ、コノ世界ヲ介して主ナル星ヲ守ッテイタ』
「そうか・・・」
前の生の自分が何を考えていたのかは知らないが、確かに自分の物だと実感できる剣がここにある以上何かの目的で自分がこの水晶をひいては、この世界をも作ったのだろう。
そして、自分の剣を嫁して作った守りが穢れ、崩れた以上、自分は地球を守る術を新たに探さなくてはならない。
理は剣の柄をしっかりと握るとゆっくりと視線を上げた。
「最期に、君の名前を聞いていいか?」
自分の名前を尋ねてくれたことを喜ぶように、壁の一面が暖かい光に満ちた。
『私ハ、イル・・・・メガリス・イル。光天使ト同ジ名前ヲ持ツヲ与エラレタ者』
破壊を望む彼女は理が狙いやすいように自分の急所ともいえるべき場所のシールドを外した。
彼は翼を広げ、その場所まで舞い上がると自分の身体の中から尽きることなく生まれてくる闇の力を噴出してその場所を叩き切った。
黒い刀身が、水晶を引き裂く。
闇の力が、水晶を砕く。
大きな亀裂が全体へと広がり、崩壊が始まった。
『アリガトウ・・・・』
水晶は今までの中で一番穏やかな口調で、彼に礼を言った。
そして彼女の意識はそこで途切れる。
崩壊する水晶の中、彼は自らを守るために回りの空間に結界を張り巡らせた。上から降ってくる凶器のような水晶の塊は、その結界に触れるたびに砂塵となって消えていく。
それを見ていた理は、大きく息を吸い込むと、結界ごと水晶の部屋の天井へと体当たりをした。
彼が思ったとおりに、天井は結界に触れた瞬間、砂塵となって崩れ落ち、空の青さが彼の目に飛び込んできた。。
彼は大空へと翼を翻すと、彼の足下でどんどんと形を失っていく水晶の姿を瞼の裏に焼き付けた。
異世界と時空の狭間をつなぐ扉を固定していたのは闇王の剣です。彼の前世の剣ですから、理に馴染むのはあたりまえかもしれません。