第28話:別離
自分が嫌だと拗ねるごとに困った表情を浮かべる理に、威はさらに困惑する。
泣き喚いてもおかしくないぐらいなのに、その嘆くための声が自分の喉の奥に詰まってしまってなかなか出てこない。
「条件を出そう」
理は彼の心を宥めるために提案を申し出た。
「威は、一旦地球世界に帰る。そして山下や月路、それから威たちの能力の封印をしている良弘義父さんと一緒に俺を地球世界に戻す手段を考えてくれ」
もう一人頼れる人物がいるが彼のことは洸野がしてくれるだろう。
「俺もできる限り此方の情報を集めて、二度とこんなことが起きないようにした上で変える方法も探す。
もちろん、自力で変える方法を見つけたら、即刻帰ると約束する・・・わかったか?」
理が最後に念を押すと、威は渋々ながら頷いた。
「わかった」
肯定の言葉に、理は震えている義弟の体を抱きしめてやる。
「俺が帰れるまで、みんなを守ってやってくれ」
『俺が帰るまで、家族を守ってくれ、理』
かつて理の実父である勝が、仕事に行く前にまだ幼い自分に残した言葉。今、自分が発した言葉と妙にシンクロしてしまい、『親子なんだな』と変に実感させられた。
理の言葉に威は何度も頷く。
その目からは止めどもない涙が溢れ、彼の秀麗な顔は悲しく歪んでいた。
威はしばらくそのまま泣いていたが、やがて決心を固めると理の腕から抜け出しゆっくりと立ち上がった。
「水晶・・・地球への扉に案内してくれ」
水晶は光る壁の一点から一条の光を黒い鏡の様な石へと注いだ。
『扉ハ元来コノ世界ヲ創ッタ者ガ残シテクダサッタ・・・ソノ鏡ニ闇マタハ光ノ力ノ干渉ガアレバ扉ハ開キマス』
その言葉のとおりに少し強い光を浴びただけでその石は逆に表面の光沢を失い、まるでそれを飲み込んでいるように闇の力を強くさせた。
威はゆっくりとした歩調で扉の石へと近づく。
一歩、また一歩と進むごとに、先ほど片鱗が目覚めた能力が淡く紫色の光を放ちはじめ、それに呼応するように扉の闇が深くなっていく。威が扉の前に立つ頃にはすでにもとの光沢もなく、底知れぬ深き闇を内包する状態にまで変化していた。
「理・・・・約束だから・・・絶対に俺は・・・・俺たちは理を連れ戻す方法を見つける」
威はぎゅぅっと握り締めた拳を震わせながら静かに宣言した。
振り向かないのは、威が自分の泣き顔を晒したくないのからかもしれない。
「ああ、待ってる・・・俺も戻る術を探しながら、ずっと待っている」
『待っている間はおその確率はゼロにもマイナスにもなりませんわ』
エアルの言葉どおりに、少しは信頼して待ってみよう。誰よりも頼りになる家族や親友たちを。
威が鏡に手を伸ばした。触れる、と思われた手はとぷりと闇の中へと漬かる。吸い込むような力がその腕から伝わってくる。
「地球世界のことは頼んだ」
「ああ、まかせろ」
威は強い口調で答えると最後に一回だけ振り向いた。
その顔は涙に濡れているものの、何かを覚悟したようにしっかりとした表情だった。
そして威は身体ごと闇の中へと飛び込んでいった。
後に残ったのは静寂。
理は目を閉じて威が今飛び込んだばかりの扉に手をついた。自分までも飲み込もうとする鏡の手を無視しながら、『地球世界』で扉を開けようとしているリュウファとそれを手伝っているだろう洸野にメッセージを送る。
『こちらの扉は、通した・・・そちらの扉を開いて、くれ』
──────地球世界
扉を開けるタイミングを見ていたリュウファはその声に閉じていた目を見開く。
同様に声を聞いたのか、洸野も良弘もこちらを見ている。
リュウファは静かに能力を貯めるとゆっくりと扉を開いた。
途端に吹き込んできた次元と次元の間に吹く風。
それから邪悪なものを排除しつつリュウファは扉の向こうに手を差し出し、威のシグナルを探し始めた。
理と威のお別れです。
ここの部分は威の側の視点で書いたことがあったのですが理側の視線の方がより詳しくなります。すべてを理解している者としていない者との差かもしれません。




