人生初の拒否
歌っている人を知るために、俺はカメラ部の部室の扉を開く。
すると――そこはカオスだった。
ドレスを着た男の子。
被り物をした女の子。
そして、顔に落書きをしている人までいる。
みんな腹を抱えながら、大笑いしていた。
そんなカオスな空間の中でも――彼は歌っていた。
俺は彼の姿から目を離せず、ただじっと見つめる。
やがて曲が終わると、彼はマイクを下ろした。
「よしっ! これで僕の番おしまい!!」
「もう一曲!!」
声のした方を見ると、ドレスを着た男子生徒が手を叩いている。
「えー! もうやりませんよ、先輩」
そう答えた彼は、手にマイクを持っていた。
そして――ツインテールに、メガネ。
俺は思わず固まった。
「ははは! 上手いんだから、もう一曲! なぁ!」
ドレス姿の男子生徒がそう頼んでいると、隣にいた被り物姿の女の子が、その腕をツンツンとつついた。
「なんだ?」
男子生徒がこちらを向く。
そして、動きが止まった。
「先輩。あの新城様が部室まで来てますよ。何かやらかしたんですか?」
「いや、やらかしてないはず……」
二人が小声で話し始める。
けれど、俺はそんなことよりも――目の前にいる男子生徒から、なぜか目を離せなかった。
別に、ツインテールをしているからじゃない。
なんだろう。
なぜか、こいつから目が離せない。
「?」
俺の視線に気づいたのか、彼が不思議そうにこちらを見る。
その瞬間。
俺は彼のところまで歩いていき、その手を握った。
「お前、アイドルにならないか?」
「ならない」
「アイドルにならないか?」
「ならない」
…………。
さっきから、やけに食い気味で答えるな。
「じゃあ、オーディションだけでも――」
「やらない」
また被せられた。
「…………」
どうしよう。
まさか断られるなんて、想定してなかった。
というか――
生まれてから今まで、こんなふうに断られたことがない。
俺も彼も、その場から動かない。
なんとも言えない沈黙が流れた、そのとき。
ピピピピッ!
突然、誰かのアラームが鳴った。
「あ! せりの番組始まるー!!」
彼は俺の手をあっさり離すと、自分のカバンを持ち上げ、マイクを机の上に置いた。
「すみません! 先輩たち、先に帰りますー!」
そう言って、勢いよく部室を飛び出していく。
「…………」
俺は、その背中を呆然と見送った。
初めての経験に、俺はその場に立ち尽くす。
「新城くん〜?」
「新城様?」
ドレスと被り物の二人が、俺の目の前で手を振る。
しかし、俺は動かない。
「ダメだぁ、こりゃ。演劇部のやつに連絡するわぁ」
「それがいいかもですね」
演劇部には、同じ事務所の先輩や後輩がたくさん所属している。
その中でも、一つ上の部長は――社長に送り込まれた俺の世話係だ。
しばらくすると、部室の扉が開いた。
「ほーい、来たよ〜」
なんとも軽そうな声とともに入ってきたのは――ゴリマッチョ。
こう見えて実力派俳優で、ドラマに引っ張りだこの売れっ子だ。
「あらら〜? 我が部の王様は、どうしたのかなぁ〜?」
声をかけられて、俺はようやくハッとする。
「さっきのメガネは!?」
突然の俺の言葉に、世話係がキョトンとした。
「月森か?」
「月森っていうのか!?」
俺は勢いよくドレス姿の男を見る。
「あ、ああ……」
「彼は何か、歌とかそういうレッスンを受けてるのか!?」
「い、いや。ないと思うぞ。せりっていう声優の追っかけで忙しいらしいからな」
「せり?」
どこか聞き覚えのある名前に、俺は首を傾げる。
「あー、あの人かぁ」
世話係が思い出したように声を上げた。
「知ってるのか?」
「直接会ったことはないけど、有名な声優だよなぁ」
「…………」
せり、か。
もしかしたら――使えるかもしれない。
たとえ可能性が五パーセントしかなくても。
俺は、あいつをオーディションに呼びたい。
いや――
絶対に、呼ぶ。




