表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

騎士の令嬢と妖精の令嬢

いきなり時が飛びます。そしてこれにて終わりです。

 ベアトリーチェは19歳になっていた。そして今も、皇太子の婚約者のままだった。

 そして今日、皇太子が20歳になったのを機に、二人は正式に国内外に婚約と結婚を発表することとなった。


 第一王子のジョバンニは、白い正装に身を包み、胸には一輪の青い花を刺している。プラチナブロンドの髪は肩よりも長めで、その艶も美しい。

 体が弱いという噂があるが、実際に線が非常に細い。護衛の騎士の半分くらいしかないのではないか、と思わせる細さだ。


 ジョバンニは10歳までほとんど表に出てくることが無かった。年に1度の城でのパーティには顔を出すものの、挨拶のみの短時間で奥に引っ込んでしまっていた。

 そんな皇太子だが、10歳の時に決まったベアトリーチェという婚約者を得てからは、年に1度の城でのパーティには彼女と共に出席するようになった。

 しかしそれも15歳までは必要最低限の挨拶のみで、3日参加してもベアトリーチェと踊るのは1日だけ。そんなに体が弱くて王位が継げるのかと、多くの者が心配していたが、16歳からは3日間しっかりとパーティをこなし、ベアトリーチェとも踊るようになっていた。

 それでも外への露出は少なかったが。


 そんな皇子がようやく正式に婚約披露をするという。もちろん今までも正式に婚約をしていたのだが、今回の披露は、来年結婚するための対外的なお披露目となる。


 ベアトリーチェはその腰まである紅茶色の髪をハーフアップにして、婚約者の証であるティアラを装着している。白いドレスは肌をなるべく隠すように立ち襟で、さらには長袖になっている。デザインはジョバンニと揃えたのか、上半身は騎士風だが、スカートにはたっぷりとしたふくらみがあり柔らかく見える。そしてレースには全面的に白い花の刺繍が施されている。

 一見すると地味だが、近くで見ればその刺繍の精巧さと縫い付けられた宝石にため息が出るほどの豪華な作りになっている。


 王城の広間には、国の貴族たちが集まり、中央通路を歩くジョバンニとベアトリーチェを、両側から見守っている。二人は手を取り合ってゆっくりと中央を進み、5段ほどの階段を上り、そこに並んで設置された椅子に座った。その両脇には護衛の騎士が二人ずつ控えている。


 そして座ったまま、ジョバンニが挨拶をする。


「皆さん、今日は私たちの婚約披露にご出席いただき、ありがとうございます」


 ジョバンニの高めのテノールが柔らかく響く。ベアトリーチェはジョバンニと共に軽く手を挙げた。


「私たちは来年、正式に結婚します。今日はその披露です。どうぞ楽しんでいってください」


 参加者たちから拍手が起きる。


 そうして音楽隊が曲を奏で始め、パーティが始まろうとした、その時だった。


 いきなり男が参列者の間から飛び出してきた。その手には剣が握られている。


「キャーーー!」


 近くにいた参加している夫人の悲鳴が響き渡ると同時に、男は階段を上がり、檀上のジョバンニに向かってきた。


 椅子に座っているジョバンニは、反応できなかった。一瞬遅れて控えていた護衛騎士が飛び出すが、男の剣はその前にジョバンニに迫る。


 キン!! 


 誰もが間に合わないと思った瞬間だった。ジョバンニの前に白い影が立ちふさがり、男の剣をはじいたのだ!


「な、なんだと!?」


 驚愕の声は襲撃者の男が上げたものだった。


 ジョバンニの前で剣を構えて立ちふさがっているのは、ベアトリーチェだったのだ。


 しかし襲撃者も、参加者たちも思った。あのスカートでは素早く動くことなど出来ない。初手は防げたが、それ以上は無理だと。

 そして襲撃者は警備兵が動く前に形を付けるべく、襲撃者は体制を整えて再びジョバンニに迫る。


「させるか!」


 今度の声はベアトリーチェだった。そして再び男の剣を弾き、逆に切り込む。


 相手がドレスだと侮っていた襲撃者は、ベアトリーチェの速さに付いていけなかった。

 

 ベアトリーチェの一閃でその両手を切り落とされ、回し蹴りを食らって階段を落ちる。


 無様に落ちた先で、男は警備兵によって押さえられた。


 檀上には男の血が付いた白いドレスのベアトリーチェが、剣を構えたままジョバンニの前に立ちふさがっている。そのスカートは真ん中から割れていた。そしてその中にはジョバンニとお揃いのズボンを履いた足があった。


「こんな事もあろうかと、動けるスカートにしておいて良かった」

「こんな事が無ければ一番だったのだけど。折角のドレスが血に染まってしまったね」

「私の役目は殿下を守る事。ドレスの汚れなど、殿下を守れた勲章でしかない」


 ベアトリーチェは剣を振り、血を飛ばしてから、控えていた警備員に剣を返した。


 襲撃者の姿を認めた瞬間に、ベアトリーチェは横に控えていた警備員の剣を掴んで、ジョバンニの前に飛び出した。ドレスは中央を叩けば左右に割れるように作られていたのだ。


 血に塗れたベアトリーチェの姿に、参列者はおののき、しかし誰よりも早く、確実にジョバンニを守ったその動きに驚愕した。


「皆さん、我が婚約者は、騎士の資格を持っています。騎士隊の中でも強者の上位に入るほどの腕前です」

「あなたを守るためには、まだまだ修行が足りませんけれど」

「謙遜しないで。王妃教育と並行して騎士隊の訓練にも参加していたんだから、誰にも出来ない立派なものだよ。今だって誰よりも早く動いてくれた。ありがとう、私のビーチェ」

「……はい、ユア ハイネス」


 


 **


 想定外の大騒ぎになってしまった披露会だが、すぐに騎士隊によって襲撃者は排除され、使用人たちが会場を整え、シャンパンを参加者たちに手渡し、何事もなかったかのようにパーティが始まった。


 ベアトリーチェが着替えに下がっている間、ジョバンニはその場で押し寄せる貴族たちの相手をしていた。もともとなかなか表に出てこない皇太子が、ようやく表に出てきたのだ。それに先ほどの件もある。ジョバンニの周りには人が押し寄せ、質問攻めになっていた。


「婚約者のベアトリーチェ様が騎士というのは、本当ですか!?」

「本当ですよ」

「なぜそんな人が婚約者に!」

「僕が彼女を選んだからです」

「だから何故そんな令嬢を選んだのですか! 王妃にふさわしいとは思えないのですが!」

「どの辺が?」

「は?」

「騎士の資格を持つ彼女のどの辺が、王妃にふさわしくないと思うんです?」

「いやその……そんな野蛮な王妃なんていないでしょう!」

「彼女はただ暴れているだけの人ではありません。僕を守るために騎士になったのですから」

「先ほど騎士隊の訓練に参加していたとおっしゃっていましたね! ならば王妃教育はどうしたのですか!」

「しっかりと受けていますよ。現王妃のお墨付きです」

「そんな両方、出来るわけがない!」

「出来たのですよ、彼女は」

「納得いきません!」

「納得してもらう必要はないですよ。僕が彼女を必要としているだけなのですから」

「国王様は何と仰っているんですか!」

「もちろん、国王も王妃も、ベアトリーチェを認めています。ですから」


 矢継ぎ早に繰り出される質問に真摯に答えていたジョバンニだが、そこで一度言葉を止め、周りを見回した。

 貴族たちは返答を固唾をのんで待つ。

 ジョバンニはそれを確かめてから、言った。


「ベアトリーチェを否定するということは、僕も、国王も、王妃も否定すると言う事になりますよ」


 ぐ、と妙な音がそこここから上がる。あんな野蛮な令嬢など認められない、というすべての貴族たちの喉が鳴った音だった。


 流石にそう言われてしまうと、何も言えない。音楽だけが響く中で、ジョバンニを取り囲んだ貴族たちは、悔しそうにこぶしを握りながらも、言葉を発することが出来なかった。


「殿下、どうしました?」

「おかえり、ベアトリーチェ」


 そこに投げかけられた柔らかいアルトは、ベアトリーチェの声だった。ジョバンニがすぐににこやかに出迎える。


 そしてまた周りの貴族たちの喉から妙な音が上がった。


 そこにいたのは、髪を結いなおし、薄緑色から濃い緑のグラデーションのドレスを着用したベアトリーチェだった。その美しくも凛とした様に、男も女も、視線が釘付けになる。


 緑色はジョバンニの瞳の色だ。そしてドレスに金糸で刺繍が施されている。ジョバンニの色を纏ったベアトリーチェは、その長い髪を揺らしながらジョバンニに近付き、ジョバンニはその手を取った。


「さあ、踊ろうか」

「はい」


 その声を合図に、音楽隊がワルツを演奏し始める。二人の周りにいた貴族たちは、礼儀正しく引き下がった。そうして広間の真ん中で二人は優雅に踊り始めた。


 周りの者は、ベアトリーチェのあらを探そうと目を皿のようにして二人を見ていたが、ベアトリーチェのダンスは完璧だった。非常に優雅で、ステップも完璧だった。そして踊り終わった後も皇太子と二人で、完璧に客人である貴族たちをもてなした。

その優雅さ、マナー、知識。どこを取っても完璧で、貴族たちもベアトリーチェを認めざるを得なかった。


 想定外の騒ぎはあったものの、かえってそのお陰でベアトリーチェの強さも知らしめることができた。そうして婚約披露は無事に終了したのだった。


 

 **



 客たちが帰った夜、ベアトリーチェはあの草原にいた。ここには明かりがないから夜は真っ暗なのだが、今日は満月の光と、ベアトリーチェが持ってきたランタン4つが辺りを照らしている。

 ベアトリーチェは白い騎士服を身に付けている。


 そして後ろからサクサクと音を立ててやってきたのは、白いドレスを着た、ジョアンナだった。


「ベネデッタ」

「ジョアンナ様」


 そして二人は手を取り合って踊り始めた。


 先ほど踊ったのと同じワルツ。よく見れば、ベアトリーチェの服は先ほどまでジョバンニが着ていたのと同じデザインで、ジョアンナが着ているのもベアトリーチェが先ほどまで着用していたのと同じデザインだ。

 二人は前と同じ、ベアトリーチェが男性パートを、ジョアンナが女性パートで踊る。先ほどのジョバンニとの踊りとの違いは、ジョアンナのターンが多めということだろう。

 くるりと回るたびに、スカートがふわりと広がる。


 二人は一曲を踊り終わると、ベアトリーチェがエスコートをしながら、少し離れたところに従者が用意したテーブルに向かって行った。そして二人が椅子に腰かけると、侍女がすぐに茶を入れる。


「ふう、今日は疲れたね。まさかの予想外の襲撃もあったし」

「ジョアンナ様がご無事でよかった」

「僕が下手に動いたら、ビーチェの動きの邪魔をしそうだったから、頑張って動かなかったよ」

「私を信用してくださってありがとうございます」

「ふふふ」


 微笑むジョアンナに、ベアトリーチェはその頬に手を伸ばし、そっと触った。


「本当はこの美しいジョアンナの姿を、皆に自慢したいところです」

「僕もこの凛々しいベネデッタの姿を見せびらかしたいよ」


 頬を触ったベアトリーチェの手に、ジョアンナは手を重ねる。


 それを見ながらベアトリーチェは、15歳のあの告白の日を思い出していた。


 **

 

「ご安心ください。ジョアンナ様の不安は、私が全て取り去ってみせますから」


 そう力強く言ったベアトリーチェに、ジョアンナは苦笑しながら、告白をした。


「そうだといいけれど。……実は私は、あなたの婚約者のジョバンニなんだよ」

「……はい??」


 いきなりの事に、ベアトリーチェは目をパチクリさせた。

 それに、やっぱり気が付いていなかったか、とジョアンナは髪を掻く。


「あなたはベネデッタではなく、インフェルボラート公爵家のベアトリーチェ嬢ですよね。そして第一王子の婚約者でもある」

「え……知っていたのですか? いつから?」

「最初から。姿では分からなかったのですが、声で分かりました」

「声……? でもジョアンナ様の声は、ジョバンニ様とは違いますよね?」

「最初は一緒だったはずですよ。僕は特に声を変えませんでしたから。でも声変わりしてからは、意識して前と同じように高い声を出していますが」


 言われて見れば、会ったばかりの頃よりは、ジョアンナの声は低くなっている気がする。

 

「え、と、ジョアンナ様は、ジョバンニ様だった……?」

「はい」

「え、でも、ジョアンナ様は女性で」

「この服は僕の趣味です」

「え?」

「ベアトリーチェも男装していますよね」

「私はドレスが嫌いで」

「僕もスーツが嫌いなんです。代わりにこういう可愛い服装が大好きで」

「はい?」

「僕が10歳まで表に出なかったのは、病弱だからじゃないんです」


 ジョアンナの姿をしたジョバンニは、唖然としているベアトリーチェに苦笑しながらも話し始めた。


「僕は幼少期から、こういう可愛い服装が大好きで、お母様も面白がって3歳くらいまでは毎日ドレスを着せていました。でも3歳を過ぎたからとそろそろ服装を戻そうとしたらしいのですが、ズボンを履かせたら泣き止まないし、無理に着せるとその場から動かなくなったんだそうです」

「そうなんですか?」

「僕は、ズボンの足にまとわりつく感覚が嫌いなんです。スカートの柔らかくまとわりつく感覚は大好きなんですけど。髪も長くしていて、乳母にお化粧もしてもらっていました。でもいつまでもそれじゃあまずいと両親も思ったらしいんですけど、僕は絶対にドレスしか着ないと言い張りましてね。それじゃあ外に出せないから、自分からズボンを履くまでは城の中に隠しておこうと言う事になったんですよ」

「そんな、外にも出られないなんて、それじゃあ監禁じゃないですか!」

「僕は外で遊ぶよりも部屋の中でぬいぐるみと遊んでいる方が好きだったので、苦痛ではありませんでした。4歳からはドレスを着たまま帝王教育も始まって、周りは何とかして『男の子』になってほしかったようですが、どうにも好みが『女の子』のほうでして」


 外で走り回るよりも、ドレスを着て本を読む方が、剣を持つよりも刺繍をする方が、馬に乗るよりも花冠を編む方が好きだった。


「その感覚は分かります。私は外で走り回るのが好きで、刺繍よりも剣、花よりも馬でしたから」

「ふふ、僕たちは正反対だったのですね。まあ引きこもって帝王学だけは学んでいるうちに、自分の立場を理解したので、10歳くらいには何とかズボンにも耐えられるようになりました。それで婚約者を探そうと言う事になって、ベアトリーチェと出会ったのです」


 王族、しかも王位継承権を持つ子供は、幼少期から婚約者がいることは珍しくない。これは皇太子妃の座を狙ってのいさかいが起きるのを防ぐためでもあるし、国のために有利になる婚姻を結ぶためでもある。

 だがジョバンニはその趣味のせいで、国王が一方的に相手を決めるのはためらわれた。無理に可愛らしい令嬢と婚約させても、あの人は嫌だと泣き出しそうだったからだ。そこで苦肉の策として、国中の貴族の令嬢を集めて、その中からジョバンニ本人に選ばせようとしたのだ。


「立場を理解していても、僕にとってズボン姿は非常に圧迫感を感じるものでした。それに可愛らしい令嬢たちを見ると、僕はドレスを着ると怒られるのに、彼女たちは可愛らしく着飾って羨ましいと思って、悔しくて涙が出てきてしまう。だから茶会が終わってから直ぐに着替えて、いつもなら誰もいないこの場所に逃げてきていたのです」


 部屋の中でドレス姿で泣いてているよりも、外の空気も吸いたい気分だったらしい。


 そしてそこで、ジョバンニはベネデッタに出会ったのだ。


「最初は普通に男の子だと思ったんですけど、あの日は令嬢しか来ていない日でした。もしかしたら付き添いで来たどこかの令嬢の兄弟の可能性はありましたけど」


 そこにいたのは、自分がなれなかった『理想の男の子』の姿だった。しかし美しい。その美しい人に、自分は美しいと言ってもらえたのだ。

 城ではみっともないとしか言われたことのない自分が。


「嬉しかったんです。この姿を褒めて貰えて。でも人の来ないここでも、この姿を他人に見られる事を両親は嫌がりました。だから人の気配を感じて、すぐに帰ったんです」


 そして2回目の茶会の後も、ベネデッタはいてくれた。茶会で会話を交わしたことで、ジョバンニはベアトリーチェの声を覚えていた。姿形は男の子だが、この人は確実にあの令嬢だ。


 だからベアトリーチェを婚約者に指名した。もし違えばもうこの草原に来る事はないだろう。しかしベネデッタは来たのだ。

 やはりベネデッタはベアトリーチェだ。大体名前だって、ベアトリーチェの男性名がベネデッタだ。間違いない。


 何度も逢って少しずつ話を聞いていると、ジョバンニとよく似ている事に気が付いた。

 ジョバンニはドレスが大好きで、ベアトリーチェはスボンが大好きだ。ジョバンニは家の中が好きで、ベアトリーチェは外で走り回るのが好き。

 自分と同じように、性別で言われるものとは逆の事が好きな人だった。


 それでもそれを告白することは出来なかった。自分の婚約者が城のみんなが言うところの『女装趣味』の人物だと知ったら、逃げてしまうのではないかと。


 そう心配するほどには、ジョバンニはベアトリーチェの事を好きになっていた。


 それで何も言えないまま、ずるずると会い続けた。


 しかもベアトリーチェも毎回必ずここに来てくれる。という事は自分に少しは好意を抱いてくれていると言う事だ。だがジョバンニの姿で茶会で会うベアトリーチェは、自分に全く興味を持っていなかった。これはどう言う事だろうと、ジョバンニは混乱した。

 混乱したが、ベアトリーチェと会う事を止めることは出来なかった。少しでも長く逢いたくて、ジョバンニとしての茶会を中止して、その時間を使ってベアトリーチェと逢った。

 ベアトリーチェもまた、ジョバンニとの茶会が中止になった時には早く着てくれた。


 そのうちにベアトリーチェは自分を守りたいと言ってくれるようになった。嬉しかった。ジョバンニの本当の姿はジョアンナの方なのだ。


「僕は体が男なのに不満はないんです。ただ服装や趣味が、いわゆる女性的なだけなんです」

「……私もです。剣士になるには男性の方が良い。でも私は女性のまま、強くなりたいんです」

「ベアトリーチェも同じでしたか」

「はい」


 ジョバンニは微笑んだ。ここまでお互い似ていたのかと。ずっと不安でもあった。このままベアトリーチェが自分の元から去っていってしまうのではと。


「僕は、ジョアンナであり、第一王位継承者のジョバンニです。ですから、あなたが望むのなら、騎士隊の試験を受けさせることなど造作もありません。しかしあなたが守りたいのはジョアンナで、ジョバンニではないのでしょう? この話を聞いても、まだ騎士隊の試験を受けたいと思いますか?」


 その問いに、ベアトリーチェは黙って下を向いた。


 ああ、ダメだった。やはり女装趣味の皇太子なんて、誰も相手にしてくれないのだ。

 目の前が真っ暗になりかけた時だった。


「私はジョアンナ様が大好きです。私のすべてをかけてもいいほどに好きです」

「……そうなんですね」

「私はジョアンナ様の姿形も大好きです。美しくて可愛らしい。まるで妖精のようなそのお姿を、心から愛しています」

「……」


 ならば、男であるジョバンニは好きではないのだろう。茶会でも会話が弾んだことなどないのだから。

 ズキンと胸が痛む。涙が出そうになって、ジョバンニは目に力を入れながら下を向いた。


「私はお美しいジョアンナ様を愛しています。でもそのお優しいお心も大好きなのです」

「……え?」


 顔を上げると、ベアトリーチェは微笑んでいた。


「私と一緒にダンスを踊ってくれたジョアンナ様は、ドレス姿も可愛らしかったですけれど、その笑顔が何よりも可愛らしく眩しかった。お薦めの本について語るジョアンナ様が好きです。私に花冠をくださった、あなた様が。花冠の作り方を教えてくださった、優しいあなた様が」

「ベアトリーチェ?」

「その美しいお姿は、王家の方々しか知らないのですよね。そこに私をくわえてくださった。性別も名前も偽っている事を知りながら、そのお姿を見せてくださった」


 ジョバンニの胸が期待にドキドキと音を立てている。もしかして。もしかしたら。


「私が何に変えてもお守りしたいほどに愛しているのは、今、私の目の前にいる方です。男性でも女性でも、どちらでも関係ありません。私がお会いしたいのは、あなたなのです。それよりも、私もこんな姿ですが、王妃教育で毎日ドレスを着て、おしとやかを演じています。あなたは、そんな私はお嫌いですか?」

「嫌いなんて! あなたのドレス姿もとても美しくて、私の目指す可愛さを持っていて羨ましくて……。でもジョバンニとしての私とお茶をしても、あなたは口数も少ないし、全然嬉しそうじゃなくて……」


 期待したいとは思っても、その事実がジョバンニの心を締め付ける。そんなジョバンニにベアトリーチェは微笑みかけた。


「王子とのお茶会は、不思議なほどに心が落ち着く時間でした。ですが、私はずっと、王子をジョアンナ様に会うために利用していると思っていたので罪悪感があったのです」

「そうだったのですか」

「王子とお話しをしていると、私の一部分が楽しいと訴えてきます。でも私にはジョアンナ様がいる。それを裏切るような気持にもなって、複雑だったのです」

「良かった、僕は王子の姿でも、あなたに嫌われていたわけではないのですね」

「私は確かに、ジョアンナ様に一目ぼれしました。でも本当に好きなのはその中身の方です。……ちっとも女性らしくない私ですが、お側においていただけませんか?」

「ベアトリーチェ……!」

「今後は仕事上、お互いに嫌いな服装をしなければならない事が多くなるでしょう。でも私の前では、その妖精のような姿を見せては頂けませんか?」

「ドレスを着ていて良いの? お化粧もしていて良いの?」

「もちろんです! ジョアンナ様姿のあなたに花を贈る名誉を、私にください」

「うん……うん……!」

「そして、お許しいただけるのなら、私をあなたの騎士にしてください。もちろん試験に合格してみせますから!」

「きっと訓練も受けなければいけないよ? 王妃教育だってあるのに、両方出来る?」

「やってみせます。あなたの為なら」


 ジョバンニの目から涙があふれだした。


 ああ、やっと自分を受け入れてくれる人に出会えた。そのうえ、このままの自分を愛してくれる人に。


 止まらない涙を、ベアトリーチェがハンカチで拭ってくれた。それでも涙は止まらない。


「ベアトリーチェ、ビーチェ、私もあなたを愛しています! ずっと僕の側に居て!」

「はい、殿下」

「僕だけの騎士になって!」

「もちろんです、殿下」

「この姿の時はジョアンナって呼んで!」

「分かりました、ジョアンナ。大好きですよ」


 そういうとベアトリーチェはそっとジョバンニを抱きしめた。



 **



 それから二人は、毎日草原で逢った。もう隠すことはないのだ。皇太子とその婚約者としてではなく、ただのジョアンナとベネデッタとして過ごした。

 ベネデッタはジョアンナを飾りたがり、ジョアンナはそれが嬉しかった。それにベアトリーチェは、ジョバンニがねじ込んだ騎士の試験に合格した。

 試験では、ただの力押しではない、体術を利用した剣技は、騎士隊の中でも高い評価を受け、皇太子専属の騎士としての訓練も受けることとなった。

 王妃教育の上に訓練はさぞ大変だろうと、周りはいつ音を上げるかと思っていたが、思い切り体を動かせることとなったベアトリーチェは、逆に生き生きと両方をこなしていた。

 それに王妃教育のマナーならジョアンナも多少は教えられる。一緒にお茶をしながらのチェックで、ベアトリーチェは強さと同時に優雅さも身に付けて行った。


 そしてその実力で王も王妃も、ベアトリーチェを認めた。


 なにせ厄介な趣味を持つ皇太子を、そのまま受け入れてくれた稀有な存在なのだ。ふたりもベアトリーチェを大切にし、いつでも力を貸すと言ってくれた。

 そうして名実ともに、ジョバンニとベアトリーチェは婚約をしたのだった。



 **

 

「最近、体が男っぽくなってきちゃって、そろそろドレスを着るのも限界かなあ」

「何をおっしゃいますか。私よりも細い腰をしておきながら」

「最近、顎に髭も生えてきたし」

「週に1度剃ればいい程度でしょう? その位なら私も顔そりしてますよ」

「……もう少し、ドレス着ていられると思う?」

「もちろんです。一生着られますよ。多少年に合わせてデザインは買えないといけないと思いますが。私だって騎士服がいつまで着てられるかどうか」

「ビーチェは細いままじゃないか」

「あー、胸とか腰とか、やはりサイズが」

「ああ、やっぱり変化するかあ。そうだね、お互いデザインを考えればまだいけるか」

「そうですよ。私の美しい姫」

「ありがとう、ビーチェ」


 二人は手を握り合い、見つめあい、微笑を交わした。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

面白かったと思っていただけましたら、イイネをぽちっとお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ