再会
緑は凛香をカウンターの奥に潜ませ、立ち上がった。
外では二人の異変者が今にも扉を壊してしまいそうだった。
「凛香ちゃん、そこから出て来たら駄目だからね。」
緑は凛香に怖い思いをして欲しくなかった。
出来るだけ落ち着いたトーンの声で優しく声をかけた。
しかし、それとは裏腹に緑の包丁を持つ手は小刻みに震えていた。
当然、人なんて刺したことはない。
異変者を人間扱いすれば瞬く間に自分が殺られてしまうだろう。
心に鬼を宿さなければ絶対に乗り越えることは出来ない。
緑はそう確信した。
そんな張りついた空気の中、突然場違いなトーンの声が聞こえた。
「あれー、緑じゃん。なに?やっぱり気になって来ちゃった感じ?ってか何で包丁なんか持ってたんだよ。こえー!」
そこにいたのは、バーンだった。
つい数時間前に出会ったばかりの男だった。
「バーンさん?なんでこんな所に?」
「いやいや、それはこっちの台詞。ここは俺の家だから。」
「こ、こんな汚い所に住んでるんですか?」
「おっと失礼な発言。だけど怒らないよ。だって本当のことだから、ハハハ。」
「それよりも僕たち追われているんです。」
緑は店の扉を指差しながら状況を説明した。
「なるほどね。だが大丈夫だ。あの扉はちよっと特別製でね。いくら彼らでもこじ開けるのは無理だ。それよりも緑の発言が気になるな。さっき『僕たち』って言ったろ?他に誰かいるのか?」
緑はバーンの事をあまり信用していない。
だから彼が扉は大丈夫だと言っても半信半疑だった。
しかし、凛香のことは隠す必要はないと判断し、彼女の元へと行った。
そこには暗い物陰にうずくまるようにして、耳を塞ぎ目を瞑っている凛香がいた。
言い付け通りにしている凛香の姿を見て緑は緊張の糸が緩んだ。
「可愛いな。」
思わず本音をポロリと呟いてから凛香の肩を揺すった。
「……み、緑君。終わったの?」
緑は何て答えて良いのか分からず悩んだ。
「おーっ!女子高生!もしかして、もしかして緑の彼女?」
「ち、違います。友達の妹です。」
「ふーん、友達ってもしかして――。」
バーンが言っているのは間違いなく戒のことだ。
緑は慌てて話を逸らした。
「それより、こんな所にあったんですねエルフって。この近くは何度も通ったことがあるけど、この店のことは全く知りませんでした。」
「まあ、地味だしな。それよりお前たちこれからどうするんだい?腹減ってるなら何か作ってやろうか。」
「俺は大丈夫です。」
「私も。」
バーンはちょっと不満そうな顔をして言った。
「そっか、残念。俺のナポリタンはまじで旨いんだけどな。」
三人が中でこんな話をしている間も、外では異変者が店の扉をガタンガタンと鳴らしていた。
「あーっ、うるせえ!これじゃあろくに話もできねえ。奥に行くか。どうせ二人ともすぐには外に出られないぜ。」
緑と凛香は顔を合わせ軽く頷いた。
バーンの言った通り、今外に出るには危険過ぎると判断したからだ。
本当は二人の家族を一刻も早く見つけに行きたかったが、今はそうするしか手はなさそうだった。