職務放棄の昼寝
「ペンダント、花、清楚な普段着用のワンピース、ボディミスト……か。」
オリヴァーは何度見返したか分からないメモをもう一度読み上げた。腹違いの妹、アシュリーに教えてもらったこの年の令嬢が喜びそうなプレゼントの案だ。
薔薇の花やドレス、宝石は重く、嫌われてしまうらしい。
薄黄色の羊皮紙は茶会から一日が経って何度も見返され、多少の皺がある。それはオリヴァーが仕事をサボりながらこの1日熟考していたことを示していた。
オリヴァーは女心に疎い。それは四十後半まで独身を貫いて来た騎士道一筋の人間だからなのだろう。
王都でスラム街の貧民だった彼は3歳から剣を振るい、敵を薙ぎ倒して成り上がった。
出世欲と仕事嫌いから第四師団の団長、という比較的ぱっとしない職に落ち着いたがオリヴァーは数年前の大戦で、華やかな勲功により騎士爵を賜った。
思い返してもこの40余年、恋愛をする暇など一時もなかったといっていい。
陽でほんのり熱を持った芝生に寝転がる。騎士団練習場の隣の芝生はごろごろするのに丁度いい。
春の日の当たる日差しが心地よく、眠ってしまいそうになる、ああそうだ。隣にあの娘がいたら素敵だろう。
でもなあ、14歳、アシュリーのいうとおり、俺と比べ確かに年が離れすぎかもしれない。
幼女趣味という訳では無い。あの日見た少女は憂いを帯びて幼さは一切感じられなかったのだったのだから。
あの日、というのは初めてあの子にあった夜会の夜の事だった。澄んだ声でバルコニーから飛ぶ小鳥に話しかける波打つ金髪にスカイブルーの瞳の少女。宵闇に紛れ憂いていた絶世の美少女。
夜会の警備をサボり、城外で寝ていたオリヴァーはバルコニーの美しい少女を一目みて野生の勘で確信した。この少女が自分の運命の人なのだと。
思い返すと、夜の暗闇の中では逆にミステリアスな印象を与えたその姿は、明るいところで見れば快活に見えるんだろう。金髪の長髪はキラキラ輝き、コバルトブルーの瞳は明るい陽の光でなお発色よくきらめきそうだ。
この陽の当たる芝生の上で一緒に寝転がって、あの少女に隣で笑いかけられたい、オリヴァーは思った。
ただあの娘、どこかでみたことあるような___。
社交界に疎いオリヴァーは首を捻る。勘違いだろうか。実際、オリヴァーはあまり貴族様の夜会とは関わりがない。彼女と会った夜会はたまたま第二近衛師団が諸事情で不在のため請け負ったものだったのだ。
爵位もちと言えども騎士爵のオリヴァーは夜会の参加者ではなく警備に当たることの方が断然多い。お貴族様の顔なんてほぼ覚えていない。
うーん、と首をひねった。考えても仕方ない。思考放棄はオリヴァーの癖だった。
◆ ◆ ◆
「団長!何してるんすか!」
うとうとした微睡みの中にいるオリヴァーのもとに走ってくる薄茶色の巻毛が1人。騎士服にまだ着られている新人だ。我が師団の新人の中で1番女らしい。先輩騎士に可愛がられているようだ。おおよそパシリに使われているんだろう。
「うーん、ロイス。違うんだよなぁ。金髪の髪とコバルトブルーの容姿になって出直してきてくれないか。」
「はあ!? というか団長、仕事に戻ってください! 第二近衛師団が不在すから、気狂い令嬢のお守りをしなきゃならないんすから!!!」
「んー、そうか。」
オリヴァーは立ち上がった。ロイス改め巻毛は目を丸くする。オリヴァーが仕事をするのがよほど珍しいらしい。
オリヴァーは城のほうに気だるげに歩き出した。気狂い令嬢が誰かは知らない。が、なにか天啓めいた予感がした。