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杖持たぬ者ワムクライ 9

 大陸の最西端に位置する魔法王国オルフェン。

 その王都マーリンには宮廷魔術師アギナ翁とその部下である【13使徒】と呼ばれる魔法使いの精鋭達が集っている。

 【13使徒】は魔法使いたちの憧れの称号であり、それを与えられるということはオルフェンに住まう魔法使い達にとってはこの上ない名誉となっている。

 建国以来数多くの優秀な魔法使い達が在籍し、その中でも最も優秀な者が宮廷魔術師に任命されてきていた。

 かつては歴史に名前を残すほどの強力な魔力を有する魔法使いを輩出し、歴代の王を務めてきた王族であったが代を追うごとにその優秀な血は薄まり、現在の王に至ってはほとんど魔法を扱う事が出来なくなっていた。

 それでも国内においては王族の力は絶対であり、例え力を持つ魔法使いやその他の者がその座を取って代わろうとしてもそれは無駄な足掻きであり、自らの破滅すら招きかねないものであった。

 何故なら先の大戦において多大な功績を挙げたオルフェンの王族には神々が特別な加護を与え、この地を収め続ける事の出来る盟約を交わした記録が残されているからである。

 王族に対し反旗を翻すことは神々すら敵に回すということであり、幼い子供でも理解できる事を引っくり返してまでその座を奪おうなどと考える愚か者はいなかった。

 そもそもオルフェンに暮らす者達の多くは現在まで続く王制に不満を持つ事はなく、むしろ常に民草の立場に立った政治を執り行う現状には満足している。

 幸いにも近隣諸国との関係は良好と呼べるもので、ここ数十年の間は国境沿いで小競り合いが何度か発生した程度で、大陸の一部では険悪な仲で定期的に大規模な戦争に発展仕掛けている国同士もあるのだが、オルフェンに関しては国を挙げての大きな戦争は経験がない。

 とはいえ人間同士の争いは少ないものの、怪物や魔物の類は一向に減る気配も無く、その被害を最小限に食い止める為に軍隊を各地に配置、魔法使いの育成を目的とした魔法学校を設立といった事にも力を注いでいるのだった。

 現国王であるエレノスは幼少の頃は一般の子供達と同じ学校に通い育ってきたという王族の中でも変わり者で、その為か身分や育ち・家柄といったもので相手を判断することなく、能力がある者であれば例え農民出身であろうと役職を与え王城で働いて貰うという人物で、歴代の王の中でも特に国民から愛される存在でもあった。

 現在宮廷魔術師のアギナ翁とは同じ学校で学んだ仲であり、共に笑い共に泣き、長い時を一緒に歩んできた互いが盟友ともいえる存在であったのだ。

 

「ふふ、実に楽しそうではないか」

 王城にある王の寝室の窓から見下ろした街の広場にて、元気良く走り回っている子供の姿を慈愛に満ちた優しい瞳で見つめながらエレノスは愉快そうに笑う。

「懐かしいな、アギナよ」

「そうですな・・・・・・遠い昔の事がまるで昨日の事の様に思い出されます」

 王のベッドの傍らの椅子に腰掛け、テーブルの上で準備してきた薬草を煎じたお茶をグラスに注ぎながらアギナ翁は答えた。

「お前と一緒に散々悪さをしでかしてよく怒られたものだ。ほら、覚えておるか?」

「どの悪さの事ですかな? 心当たりが多すぎて迷いますな」

「ほら、あれだ。口煩い城の門番の足を引っ掛けて堀に落としてやった事があったであろうが」

「あれですか。あの後は大変でしたな」

「それそれ・・・・・・二人して父上に怒られ、罰として尖塔の中の牢に食事抜きで一晩閉じ込められたな」

「反省するどころか二人とも次はどんなイタズラをしようか一晩中相談しましたな」

「したな」

 そういうと二人は互いに大声で笑う。

「その悪ガキが方や王、方や宮廷魔術師・・・・・・時間の流れとは早いものであるな」

「お互いに年を取りました」

 アギナ翁は出来上がった薬草茶の入ったグラスを、ベッドで身体を起こしているエレノスへ手渡した。

「さあ今日の分の薬草茶が出来ました。ゆっくりとお飲みくだされ」

「すまぬな・・・・・・」

 エレノスはグラスの中身をゆっくりと口に含む。

「子供達のいずれかが生きておったら我も安心して引退出来たのだがな・・・・・・」

「我等の力が及ばずにあのような結果になり」

「流行病では大陸最高の魔術師でもどうしようもなるまい・・・・・・アギナよ、自らを責めるでない」

 十数年前に王国を襲った原因不明の流行り病では多くの国民達が犠牲となり、エレノス王の三人の息子達もその犠牲となっていた。

 アギナ翁をはじめ【13使徒】は原因を究明すべき奔走したのだが、結局何も掴むことは出来ずに流行り病は終焉を迎えた。

 現在王国の正統な後継者はエレノスの孫に当たるヘカテミスとクレイガーの二人のみ。

 14歳になるヘカテミスは神官学校にて巫女の修行中であり、15歳になるクレイガーは魔法学院にて魔法の勉強に日夜励んでいる。

 オルフェンでは正式に王位を継ぐには16歳になり、神殿において神々の祝福の儀式を受けなければならない。

「孫のどちらかが祝福の儀式を無事に終え、戴冠式を済ますことが出来たら我は安心して死ぬ事も出来るが・・・・・・」

「何を気弱な事をおっしゃいますか」

 諭すようにアギナ翁は言う。

「あの者なら必ず天使の涙を持ち帰るはず。それさえあれば王の身体を治せます」

「この世界で唯一の存在、杖持たぬ者ワムクライか・・・・・・」

「はい。天使の涙を持ち帰り、王の身体を治した暁には可の者に宮廷魔術師の称号を譲り私も引退出来ます」

「そういえば魔法学院の顧問になるとか言っていたな。我も身体を治し王位を渡したら引退出来る・・・・・・また一緒に昔のように遊べるな」

「そうですな。二人して引退し、あの頃に戻ってまた新しいイタズラでも考えましょうかな」

「おお、それは楽しみだな。うん、実に楽しみだ」

 寝室に響く楽しげな笑い声。それはまるで無邪気に笑う子供達のようであった。


「どうした若者、元気ねぇじゃないかよ」

 ワムクライの隣を肩を落としながら歩く姿に、後ろを付いていく巨漢の男が声を掛ける。

「あなた方には関係の無い事です。これは自分の問題で・・・・・・」

「初めての相手が巨人じゃビビるのも仕方ねぇって。俺だって初めてゴブリンと対峙した時は正直足がガクガク震えたもんだ」

「そうだったのか?」

 ハウザーの顔を見上げながらサルエルは聞いた。

「そういやあれが俺達が初めて魔物相手に戦った時だったな。いや懐かしいな」

「終わった時には互いに傷だらけでよ。俺は死ぬかと思ったけどな」

「いや、俺が死を覚悟したのは・・・・・・そうだ、間違えて魔獣の住む洞窟に入った時だったな」

「おお懐かしいな。あれはギ・ガーナのイラマチャ村の近くの洞窟だったよな。二人してビビって大変だったよな」

 思い出話に盛り上がってるハウザーとサルエルの二人を一瞥し、ワムクライは隣のムーアへと視線を戻した。

「まだ落ち込んでいるのか?気にするなと散々言って聞かしたと思うが?」

「・・・・・・自分が情けないです」

 何も出来ないままキュクロープスの一撃で吹き飛ばされて気絶し、そんな情けない姿を憧れであった狂戦士ハウザーに見られたという事を意識が戻って経緯を聞かされて以来ムーアは酷く落ち込んだままであった。

 もっともワムクライが一度絶命し生き返った部分については割愛されてあった。

「そういえば・・・・・・何故あの二人が一緒にいるのでしょうか?」

「知らんな」

 ムーアの問いににべも無くワムクライは答える。

「狂戦士のハウザーはお前の憧れで目標だっただろ? 素直に喜んだらいいだろ」

「え、何だって? 俺に憧れてるって?」

 ワムクライの言葉が聞こえたのか、ハウザーはずかずかと歩を進めるとムーアの肩に手を回す。

「この俺に憧れてるって? 本当に?」

 どこか嬉しそうに言うと、後ろのサルエルを振り返るハウザー。

「おい聞いたかよサルエル。俺憧れられてるらしいぜ」

「はしゃぐなよお前は、子供かよ」

 サルエルは呆れたように頭を振った。

「は、はあ。子供の頃から吟遊詩人から狂戦士の武勇伝を聞かされて以来・・・・・・憧れています」

「かーっ! 武勇伝ときたか。そんな嬉しいことする吟遊詩人はどこどいつだ? 今度会ったら酒でも奢ってやらなきゃな! な、サルエル」

「知らねぇよ・・・・・・おい、若いの。そんな馬鹿に憧れても碌な事はねぇからやめときな」

「妬くな妬くな。若造、お前見る目があるな。気に入ったぞ」

 肩をガクガクと揺さぶられ、ムーアはただ困ったように愛想笑いを浮かべるしかなかった。

「俺に憧れるならまず覚えておきな。どんな時も周囲に気を配るって事をな!」

 ムーアを押し退ける形で前に出ると、ハウザーは背中の巨大なバスターソードを目にも止まらぬ速さで抜き去り前面に構える。

 一瞬困惑したムーアだが、ワムクライとサルエルも同時に身構えていた。

 彼らの目線の先、空中には黒い小柄な人影が翼をはためかせながら飛んでいたのだった。




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