杖持たぬ者ワムクライ 10
その小柄な姿の空飛ぶ存在は、一行の姿を確認するともったいぶる様にゆっくりと地上へ降り立つ。
かつて古代魔法時代最高の魔法使いの一人に名を連ね、その身を魔に落とし、マンティコアとなったソブデリウスが生み出した存在・・・・・・
細い身体に不釣合いな大きな頭、釣り上がったアーモンドのような形の目、一本の毛も生えていないその全身をヌラヌラとした粘液に包まれた高位魔族ウルアカであった。
「おやおや、このような場所に面白そうな人間達がいるとは」
ワムクライ達一人一人の顔を舐め回す様に見つめたウルアカは、実に優雅な動きで一礼をした。
「我が名はウルアカ。魔界の王たるカオス様の臣下が一人、ソブデリウス殿によって生み出された高位魔族です」
その言葉終わると同時に重圧な不可視の空気の塊がワムクライ達を襲う。
しかし直撃の寸前、その力はワムクライの眼前で四散し、僅かに足元の土を空中に舞わせるに留まった。
「ほお・・・・・・なかなかやりますね」
「挨拶にしては物騒じゃないか、ええ?」
「クククッ・・・・・・物騒なのはお互い様だと思うのですがね」
ウルアカは頬に受けた小さな切り傷から体液が流れるのを感じながら卑屈な笑い声をあげる。
「攻撃と防御の両方の魔法を同時展開ですか・・・・・・たかが人間風情と侮って防御を疎かにしたのがいけなかったようですね」
小柄な体に相応しくない強大な瘴気がウルアカの周囲に噴き上がり、凶悪な魔力が膨れ上がっていくのをワムクライは感じていた。
「いいでしょう。折角ですから少し遊ばせて貰う事にします」
「この魔族は私が相手する。二人はムーアと一緒に少し離れてろ」
「あいよ」
素直にそう返事をしたハウザーは、ムーアの首根っこを掴むとサルエルと共にワムクライとウルアカから距離を取る。
「逃がしませんよ」
そう言い三人に向けて発動しようとした魔法がウルアカの指先で爆発を起こし、その思いもしなかった衝撃を受けたウルアカはよろめくと数歩後退した。
「お前の相手は私がすると聞こえなかったのかな?」
「それは失礼しましたね・・・・・・何かの冗談かと思ってましたよ」
不気味に顔を歪ませウルアカはワムクライと対峙する。
「切り刻め」
力持つ言葉がワムクライから発せられると空中に何本もの光り輝く剣が姿を現し、凄まじい速さで一斉にウルアカに飛来する。
慌てるでもなく自らに飛んでくる光の剣をまるで虫でも追い払うかのように片手で弾き飛ばし四散させると、ウルアカは肩を大きく上下させながら声をあげて笑った。
「もっと・・・・・・もっとだ! ほら、頑張って攻撃してこい! 休む暇無く、息すらする暇無くだ!」
「ちっ」
舌打ちをしたワムクライは大きく後方へ跳び退る。
次の瞬間、先ほどまでワムクライがいた場所の地面が爆発を起こし、大量の土砂が空中に巻き上げられる。
「消え去れ」
ワムクライはキュクロープス達を消し去った黒い球体と同じものをウルアカの頭上に発生させた。
「・・・・・・なるほど」
面白くもなさそうに呟くとウルアカは黒い球体を指先で軽く弾き、その瞬間音も無くパッと球体は消えてなくなった。
「あらゆる物質を吸収し消滅させる魔法の最高位ブラック・ホールか・・・・・・まさかこのような幼稚な魔法でこのウルアカをどうにか出来るとでも思いましたか?」
どこか怒気を孕んだウルアカの言葉を受け、ワムクライはふっと軽い溜息を落とす。
「高位を名乗る魔族がその程度の魔法でどうにかなるとは思っていないさ」
「それならいいのです。出でよ!」
ウルアカが叫ぶとワムクライを挟むかのようにして地面に魔法陣が描かれ、その中心から雄牛の頭を持つ兵士が剣を手に姿を現す。
咆哮しながら剣を振り翳しワムクライに襲い掛かろうとした二体の雄牛頭の怪物であったが、一瞬でそれぞれ頭を掴まれ地面に叩き伏せられる。
「雑魚を呼び出してどうしようと言うんだ?」
顔を上げウルアカを睨みつけるワムクライ。その瞳は金色に輝き、まるで砂時計のような形に変化をしていた。
「舐めるなよ、魔族の分際で!」
その言葉が衝撃波となりウルアカに襲い掛かり、体の表面に無数の切り傷を与える。
「・・・・・・ズルいですよ、ソブデリウス殿・・・・・・このウルアカ、人間界がこのように楽しい場所だとは一言も教えて頂いていません」
ソブデリウスに生み出されて初めて経験する全身を走る痛みに、ウルアカは全身をワナワナと歓喜に打ち震わせたのだった。
「畜生・・・・・・痛てぇ、もの凄く痛てぇ」
痕は残っているものの、出血は止まり傷口は塞がっているアールガは深く眼球を切り裂かれたままの右目を塞ぐように顔半分を布で覆い、完全ではないがある程度視力の回復した左目で仲間のシェロを睨むようにして見た。
「痛みを消すような魔法はねぇのかよ、シェロ」
「和らげる効果の魔法はすでに唱えてありますが、完全に消すような魔法はありません」
「畜生・・・・・・あの女。絶対この手で八つ裂きにしてやる」
「ニュクヘスは大丈夫ですか?」
涎を垂らしながら呪詛の言葉をぶつぶつと呟いているアールガの前を顔を押さえながら歩く剃髪の男にシェロは声を掛けた。
「肉体の痛みはどうにでも耐えられる・・・・・・」
顔の半分をワムクライの魔法によって抉り取られた傷の痛みはアールガの比ではないはずであったが、怒りの為かニュクヘスはまるで意に関せずように歩を進めていた。
受けた傷の治療の為に一時王都へ帰還する事を提案したシェロであったが、二人はその言葉を全力で拒否した。
直接ワムクライと決着をつけると言い張る二人と共に、森の中を一行が居るであろうと思われる場所へ向けて休むことなく歩き続けていたのである。
(正直なところ現状ではワムクライ一人を相手にするのも難しいかも知れない)
シェロは仲間の状態を見てそう思っていた。
(ワムクライが使用したあの消滅魔法は他の【13使徒】の面々でも手に余るような力を持つものであった・・・・・・おそらくは盲目のゾンホでさえアレを完全に制御することなど出来はしないだろう・・・・・・)
アギナ翁の推すワムクライを除けば【13使徒】の中では最強の魔法の使い手であろう盲目のゾンホ、悔しいがシェロでさえ一目置いている存在である。
まだゾンホが宮廷魔術師に推薦されたというのであれば他の【13使徒】も仕方なくそれに従ったであろう。
がしかし、ゾンホ本人にはそういった欲は無く、彼はどういうわけか【13使徒】の一員である事に誇りと拘りを持っているように思えた。
何故盲目になったのかは誰も聞かされておらず、直接の弟子に当たるはずの魔人ハウドゥーですら事情や経緯を全く知らされてはいないという。
ともかく傷を負ったままの二人と一緒にワムクライとやり合うのは不利であり、どうにか説得が出来ないものかとシェロは思案する。
「匂いに釣られてやってきてみれば・・・・・・魔法使いが三人だけとは」
唐突に響いた声の主は鬱蒼と茂る木々の間から姿を見せた。
「どれ、この時代の魔法使いがどの程度のものか・・・・・・少し遊んでみるか」
身構える三人にそう言ったのはマンティコアのソブデリウスだった。




