杖持たぬ者ワムクライ 21
「・・・・・・おのれ・・・・・・どこに隠れた・・・・・・どこだ・・・・・・」
完全に気配を断ち切り、あちこちに散らばっている瓦礫の一部と化したサルエルの姿を見つける事が出来ず、苛々としたように触手の先を地面に叩きつけながらシェロは声を荒げる。
さながらその姿は陸に上がった蛸のようであり、違うのは頭部の下の触手の数とその不気味さであった。
「・・・・・・私は・・・・・・魔の者になどなりたくなかったのに・・・・・・貴様達のせいだ・・・・・・」
シェロの両目からは止め処なく涙が溢れ落ち、その口からは呪詛の言葉が垂れ流される。
合成されその身には人間の頃では想像も出来なかったほどの魔力と力が溢れているのだが、生み出されて間もないシェロはまだそれらを自分のものとして使いこなせずにいた。
なにより後悔と恨みに精神は完全に支配され発狂寸前であった。
そもそも精神的に未熟とされる種族の人間を素材とする合成自体に問題があり、マンティコアのソブデリウスのように手にした力を完全に自分のものとし、使いこなすにはある程度の適正が必要とされる。
今回の【13使徒】の三人の身体を使った合成はソブデリウスにとっては単なる遊びの延長であり、ワムクライによって倒されたウルアカと同等の魔族を作り出す為には一度魔界に戻り、基本となる素材の魔族を探し出す必要がある。
「・・・・・・どこだ・・・・・・そこか?」
触手を叩きつけ、手当たり次第目に付く建物跡や壁を破壊するシェロ。
「・・・・・・我は願う・・・・・・命の鼓動を持つ全てのもの・・・・・・その全ての光を隠すことなく・・・・・・我の目に晒せ・・・・・・」
広範囲の感知魔法を発動させようと呪文を詠唱するが、意識が混濁気味のシェロは魔力を上手く操る事が出来ずに不発に終わる。
「・・・・・・お、おのれ・・・・・・」
シェロは口の端に泡を溜め、目つきは鋭さを増し、復讐心に取り憑かれた狂人の目となっていく。
(おお、おっかねぇな。やり過ごしてハウザー達と合流するのが得策だな、こりゃ)
完全に気配を消したままのサルエルは、ふらふらと動き回るシェロの姿を薄目を開けて確認する。
ハウザーのような近接職ではない弓使いのサルエルの持つ特殊技能である”隠密”は、己の気配を完全に絶つ事が可能である。
狩猟に特化したエルフ族ほどではないが、気配を消したまま足音も立てずに移動し、相手の死角から矢を射ち込むという事に関しては、大陸の冒険者の中でもサルエルと並ぶ者はそうそう居ないと言われている。
十数年もハウザーと組んでいるせいか、狂戦士という名前の方が有名でその陰に隠れてはいるのだが、またサルエルも大陸では最強の弓使いとして認知されていた。
─ ガラッ
足音を立てずに移動をしようとしたサルエルのすぐ側で、風化した壁の一部が崩れて音を発した。
(こりゃ、まずい!)
「・・・・・・そこか!」
音に反応したシェロはその触手を伸ばすと槍の様に放ち、サルエルが身を隠していた瓦礫ごと壁を粉砕し、飛び出してきたサルエルと目が交差する。
「・・・・・・そんな・・・・・・ところに隠れていたか・・・・・・」
「くそったれ! 見つかったか」
番えた矢を放ちながら少し離れた場所にある壁へ走るサルエル。
強靭な背筋力を持つサルエルの放つ矢は、通常の弓使いが放つそれとは速度が比べ物にならぬ程に速く、並みの動体視力や反射神経の持ち主ではその動きを捉えることは不可能である。
だが相手は魔の者となったシェロ。
一直線に顔目掛けて飛来する矢を触手の一つで難なく払い除け、シェロは数本の触手を槍の様にサルエルへ飛ばす。
全てをかわし切れなかった触手の先端はサルエルの胸当てを裂き、胸の肉を抉る。
「畜生・・・・・・痛てぇな、おい!」
転がりながらも背中の矢筒から素早く矢を抜き、弓に番えるとシェロ目掛けて放つサルエル。
トロールを髣髴とさせる巨躯と風貌を持ち狂戦士と呼ばれるハウザー程ではないが、弓使いを生業とするサルエルの全身も鋼のような筋肉で構成されている。
見た目は女性のような華奢なエルフ族は人間と違い強靭な肉体を有している為に、一見すると軽々と弓を引いているような印象を受けるのだが、彼らの細い手足には人のそれとは違う形の筋肉がある。
人間族にも多数弓を扱う者がいるが、細身の弓使いというのは皆無であった。
それ程身長が高いわけではないサルエルもその上半身は筋骨隆々であり、他の弓使い同様に外見でも分かる程に左右の体格が違っている。
それだけ弓を引くという行為には筋力が必要とされ、逆に言えば筋力が劣る者が弓を手にしたところで何の戦力にもならないのである。
そんなサルエルが愛用している弓は、狭い場所や馬上でも運用が可能な複合弓と呼ばれるショートボウである。
複数の素材を組み合わせ、より威力を高め、長い射程距離を持つ弓であり、ハウザーのバスターソード同様に冒険中に遺跡で入手した古代魔法時代の逸品であった。
熟練した者が扱えば非常に高い性能を発揮するが、熟練していない者にとっては使いこなすのが難しいショートボウではあったが、サルエルの才能と技量はその全てを引き出し使う事が出来た。
サルエルに向かって移動するシェロは飛来する矢を再び触手で弾き飛ばすが、その瞬間矢尻が爆発を起こし触手の先端が千切れ飛んだ。
「・・・・・・な、何だ?」
予期していなかったその突然の衝撃にシェロは戸惑う。
「知り合いの魔法錬金術師に作ってもらった特別な矢だぜ。くそっ、俺のとっておきなのによ!勿体ねぇったらありゃしねぇ!」
そう言うとサルエルは続け様に矢を放ち、それを払おうとするシェロの触手に当たる度に次々に爆発を起こし、周囲に肉片を飛び散らせる。
サルエルが短く静かに息を吐き意識を限界まで集中させ、人差し指・中指・薬指の三本の指で弦を引っ掛けて引き頬に当て狙いを定めると、それに呼応するかのように弓全体が淡く輝きだす。
「止められるもんなら止めてみやがれ!」
真っ直ぐ放たれた矢は魔力を放ち、全体を光に包みながら蠢く触手を次々と突き破りながら高速で飛んでいく。
爆煙が立ち込め視界を奪われたシェロの額に衝撃が走り、その瞳には額から生え小刻みに振動する箆が映し出される。
「・・・・・・こんな・・・・・・嫌だ・・・・・・私は・・・・・・」
口から泡を吐き散らし、両目から涙を零しながらシェロは何かを言おうとしたが、次の瞬間額深くに突き刺さった矢尻から凝縮された魔力が一気に開放され、その頭は脳漿を撒き散らしながら四散する。
頭を失った無数の触手は力無く地面に崩れ落ちると、周囲に悪臭を放ちながら動かなくなる。
「ああ畜生・・・・・・本当に勿体ねぇ。また野郎に頼んで作ってもらわねぇと・・・・・・」
魔の者となったシェロの残骸から興味なさそうに視線を外すと、サルエルは溜息をつきながら愚痴を零した。
「さて、ハウザー探しに行くか。あの馬鹿の事だから簡単に殺されたりはしてないと思うが」
弓に新しい矢を番えると気配を消し、サルエルは足音も無く移動を開始した。




