杖持たぬ者ワムクライ 20
「どれ・・・・・・それでは・・・・・・殺してやろう・・・・・・虫を踏み潰すが如く・・・・・・」
石柱に蛇と化した下半身を巻きつけたまま、二対の腕を広げるニュクヘス。
「炎よ・・・・・・我が手に集いし炎よ・・・・・・目の前の敵を貫け」
呪文の詠唱に呼応するかのように、それぞれの掌に魔力が収縮して渦巻く炎の塊が現れ、それらを一斉にハウザー目掛けて放つ。
「うおぉぉぉぉっ!」
雄叫びをあげながら幅広のバスターソードの側金部分でニュクヘスの放った炎を受けた。
炎が触れた瞬間、刀身が一瞬だけ輝き、そこに浮かび上がった古代魔法文字がニュクヘスの魔法を打ち消す。
「ほお・・・・・・魔力を込めた・・・・・・武器か・・・・・・」
「てめぇらみたいな魔物相手を相手にする事もあるんでな」
バスターソードを構えなおすとハウザーは口元に強張った笑みを浮かべる。
とあるダンジョン探索中に偶然見つけた魔法剣を、特注で自分用に打ち直して貰った愛用の逸品のバスターソードである。
─ ちっ
ある程度の魔法攻撃ならば今のように無効化も可能であるが、打ち消したとはいえ刀身を伝わった衝撃に体中の骨が軋むのを感じたハウザーは小さく舌打ちをすると助走無しに一気に前へ飛ぶと、ニュクヘスが絡まっている石柱に全力でバスターソードの刀身を叩き込む。
凄まじい勢いでバスターソードを叩き込まれた石柱はその衝撃波でバラバラに砕け散り、上部に居たニュクヘスは少し離れた場所へ音も無く着地した。
と同時にその長い蛇となった尾をハウザー目掛けて振り回し、咄嗟にバスターソードでその攻撃を受けたハウザーは吹き飛ばされ建物跡の壁に叩き付けられる。
「ぐはっ」
血反吐を吐き、一瞬意識が遠退きかけたハウザーの眼前に鞭のようにしなった尾が迫り、バスターソードでそれを薙ぎ払いながら横へ飛んで避ける。
「やってくれるじゃねぇか」
口の中に溜まった血を地面に吐き、ハウザーはバスターソードを低く構える。
その瞳は爛々と輝き、徐々に狂気の炎を宿し始めていた。
ハウザーの十数年に及ぶ冒険者稼業において、強敵と呼べる存在は幾つも存在した。
小型のドラゴンのワイバーンを駆る竜騎士や剣聖と名高い使い手とも剣を交えた事もあり、また各地に棲む怪物達とも戦ってきたが、目の前のニュクヘスは別格とも言える存在であった。
「なかなか・・・・・・頑丈な・・・・・・人間であるな・・・・・・」
普通の人間ならば骨が砕け、致命傷にもなりかねない衝撃だったはずだが、ダメージを負いながらも立ち上がり剣を構えるハウザーの姿にニュクヘスは感心したように言う。
「原初の炎よ・・・・・・太古の始まりを告げる炎よ・・・・・・穢れなき純粋なる炎よ・・・・・・」
二対の手で複雑な印を組みながら呪文の詠唱をするニュクヘス。
「させるかよっ!」
そう叫ぶと周囲に渦巻く熱風を掻い潜るように巨躯を小さく丸め、地面すれすれにバスターソードを構えながら、まだ詠唱途中のニュクヘス目掛けて突っ込んでいくハウザー。
その動きを予測してかのように蛇の尾が波打ちながらハウザーの側面から襲い掛かっていく。
しかしその攻撃を片手で押さえると、ハウザーはバスターソードの剣先を力任せに斬り上げた。
─ ザンッ!
その剣先は表面を覆う硬い鱗を切り裂き、そのままの勢いで尾を骨ごと断ち切る。
「・・・・・・何?」
驚愕に声を震わせ、呪文を詠唱が中断されたニュクヘスの眼前にバスターソードを大きく振り翳したハウザーが迫る。
咄嗟に庇うように交差したニュクヘスの腕が肘の辺りで叩き斬られ、二対の腕の内の一本が血飛沫を撒き散らしながら宙に舞う。
普通の成人男子の身長ほどもある巨大なバスターソードを、まるで訓練用の木製の剣でも振るうように軽々と扱い、続いて真横に薙ぎ払うハウザー。
石柱を砕いた威力そのままに、ニュクヘスのがら空きとなった脇腹に叩き込まれたバスターソードであったが、その肉質はこの世界で最も硬い金属のアダマントのように変化しハウザーの一撃は青白い火花を散らしながら跳ね返される。
「くそっ!」
一旦飛び退り距離を取ると、痺れた手を振りながらバスターソードを握り直しハウザーは舌舐め擦りをする。
「・・・・・・おのれ・・・・・・あの忌々しいワムクライに顔を焼かれ・・・・・・そしてたかが人間の戦士風情に斬られるとは・・・・・・」
斬られた尾と腕から流れ落ちる自らの血を、残った片目で睨みつけながらニュクヘスは奥歯をギリギリと鳴らし、意識を集中して体内に巡る魔力を一気に高めていく。
ソブデリウスによって人外の者と合成され、その身を魔に落としたニュクヘスは人間の頃では考えられぬ程の膨大な魔力を得ることに成功していたが、人のままの意識はその魔力を持て余し、まだ完全に制御下には置いていなかった。
更に頭に血が昇ったせいでますます魔力は制御下から外れ、体内を縦横無尽に激しく暴れまわり始めたのだった。
「・・・・・・なんだ・・・・・・これは・・・・・・」
突如苦しみだしたニュクヘスの思わぬ動きに、ハウザーは好機とばかりに猛然と突っ込んでいく。
のたうち回る尾を足場にして高く飛び上がり、バスターソードを叩き込もうとするハウザーの動きにニュクヘスは反応し、残った腕を伸ばし鞭のように振るう。
猛禽類を思わせるニュクヘスの手の鉤爪が胴を腕の肉を切り裂き、その内の一本が顔を鷲掴みにし、肉に骨に深く食い込むが、ハウザーは勢いもそのままに剣を振るいそれら三本の腕を切り落とす。
「うおおりゃあああああああっ!」
獣の如き咆哮をあげたハウザーは、ニュクヘスの顔面へとバスターソードを叩き込み、その衝撃で熟れた果実のように頭は四散し中身を周囲にぶちまけた。
ゆっくりと崩れ落ち、そのまま動かなくなったニュクヘスを見下ろしながらバスターソードに付いた血糊を振るって落とすと、ハウザーはその場に膝を着き大きく肩で息をした。
「ざ・・・・・・ざまぁみろ!」
受けた傷口からは血が溢れ出し、垂れ落ちたその血は乾いた地面に吸収されていく。
ただでさえトロールのようなハウザーの凶悪な顔つきは、ニュクヘスに付けられた傷で更に凶悪なものへとなっていた。
「さ・・・・・・さて・・・・・・他の奴らを探しに・・・・・・行かないとな」
ふらふらと立ち上がったハウザーは、バスターソードを肩に担ぐと足を引き摺るようにして歩き出した。




