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杖持たぬ者ワムクライ 19

─ 最初から一切の手加減などせずに全力でいかせてもらう

 ワムクライは自分に言い聞かせるように胸中で呟き、体内で暴れまわる魔力を更なる高みへと凝縮させていった。

「神の雷」

 力持つ言葉は一瞬で対象の周囲に雨を降らし、続けて指定範囲に雷を落とし爆発を起こすという上位の神聖魔法であった。

「甘いのぉ・・・・・・」

 邪悪な笑いを浮かべるマンティコアのソブデリウスを中心に球状の結界が発生し、放たれた神聖魔法は結界の表面に当たった瞬間四方八方へと弾き飛ばされ、周囲の建物跡を完全に崩壊し霧散する。

「何の準備もせずにおぬし等を待っていたとでも思っていたのかな?」

 ソブデリウスがその老人の顔を歪めて笑った瞬間、ワムクライ達の足元に突如として魔法陣が展開される。

「それでは各自ゆっくりと愉しむとしようかの」

 その言葉を終わると同時に、その場に居た全ての者達の姿が音も無く一斉に掻き消されてしまったのだった。


「何だよ・・・・・・今のは」

 軽い眩暈を感じながら頭を何度も左右に振りながら、ハウザーは突然の出来事に文句を言う。

 違和感を感じ素早く周囲を見回し、今自分が立っている場所が先程までと明らかに違うことに気付いたハウザーは途中で折れている巨大な石柱を背にするとバスターソードを構えた。

「どこだよ、ここは・・・・・・他の連中はどこに行ったんだ? おい、サルエル! 姐さん! 若者!」

 大声で仲間の姿を探すが、自らの視界の中に彼らの姿を見つける事は出来なかった。

「それぞれ・・・・・・転移魔法で・・・・・・違う場所へと・・・・・・飛ばされたのだ」

 辛うじて人の言葉と理解できる口調で説明したのは、ソブデリウスの合成魔法によって新たに魔の者の体を手に入れた【13使徒】の一人ニュクヘスである。

 蛇となった下半身を石柱に巻き付け、ハウザーを見下ろすようにして佇む。

「ちっ、化け物が」

 前方に大きく飛ぶと剣を構えたまま、素早くニュクヘスの方へと向き直る。

 愛用のバスターソードを握り締めるハウザーの手の平は汗でぐっしょりと濡れ、頬にも汗の筋が垂れて落ちている。

(こりゃ強敵どころか、とんでもない相手だぜ)

 そう胸中で呟くハウザーであったが、全身を流れる血が熱く沸騰し、今にも爆発しそうなほどの興奮状態にあった。

 

「やれやれ・・・・・・まいったな、こりゃ」

 同様に違う場所へと飛ばされたサルエルは物陰に身を潜ませると、矢を弓に番え辺りの様子を息を殺して窺った。

 辺りにはハウザーの姿もなく、ワムクライやムーアの姿も見つけられず、ただ埃を巻き上げる風の音が聞こえるだけであった。

「おのれ・・・・・・おのれ・・・・・・お前達のせいで・・・・・・お前達のせいで、私はこのような醜い姿にされてしまった・・・・・・許さぬぞ・・」

 物陰の隙間から呪詛の声が聞こえてきた方へサルエルが目をやると、そこには無数の触手を蠢かせながら何かを探すように移動するシェロの変わり果てた姿があった。

(なるほど・・・・・・俺達を分断して一体ずつ相手させようって腹かよ。あの爺の魔獣の野郎、厄介なことしてくれるぜ、まったく)

 サルエルは毒づいた。

 

「・・・・・・俺様の相手はてめぇかよ・・・・・・何とも殺し甲斐の無さそうな相手だぜ・・・・・・こりゃハズレだったな」

 地面に唾を吐き、面白くも無さそうに呟くのはホビット族のアールガ。

 その身体は手足も針金のように細く、捩れた手の表面には小さな刃が隙間なく生えている。

「・・・・・・」

 突然の事に何が起きたのか茫然自失だったムーアは、アールガの姿を視界に捉えるとよろめく様に後ろへ下がる。

 焦りながら辺りを見回すも、そこには自分と目の前のアールガ以外誰もおらず、その事に気付いたムーアは恐怖に歯を打ち鳴らした。

 

「転移の魔方陣・・・・・・か。貴様よくも」

 ワムクライは激昂し、目の前で蠍の尾を揺らすソブデリウスを睨み付けた。

 ただでさえ厄介な【13使徒】の三人が魔の者へとその姿を変え、ムーアやハウザー、サルエル達と戦う状況になってしまった事をワムクライはひたすら悔やんだ。

「なんじゃ、何をそんなに怒っておる?折角愉しい宴を準備して待ってやっていたというのに」

「魔族が・・・・・・その汚らしい口を閉じろ!」

「ふむふむ、先程の魔法を見てもしやとは思っておったが、貴様はどうやら我らに近しい存在のようじゃな」

 突き刺さるようなワムクライの視線を物ともせず、ソブデリウスは舐め回す様に頭の先から爪先まで観察する。

 その眼力だけでまるで金縛りにあったかのようにワムクライは動けなくなった。

「合成・・・・・・いや、これは移植か? なるほどこれは愉快愉快・・・・・・貴様、その身に魔の者の臓器を移植したというのか。ワ・グルファード、これは奴の技法じゃな」

 古代魔法時代、大陸最高の魔法施療師として名を馳せた魔法使いの名を口にしたソブデリウスは心底嬉しそうに顔を歪ませて笑った。

「かつて我が師事した者の業を再びこの目で見る事になろうとは・・・・・・いや、実に愉快」

 ワ・グルファードは古代魔法時代にあって魔法を使った治療の研究に一生を捧げた魔法使いである。

 当時は魔法全盛期であり、増長した人間たちの中から神々への畏怖や信仰が最も薄れていた時代でもあった。

 その為に神の力に頼った神聖魔法が効力を発しなくなった時期でもあり、結果として回復系治癒系の魔法の研究が一番進んでいた時期でもある。

 その過程でワ・グルファードが提唱したのが臓器移植法であった。

 病気や怪我で損傷した部位を、健康な者から移植し、それによって生じる拒絶反応を魔法で制御するという研究を行っていたワ・グルファードのもとに弟子入りしたのが当時まだ駆け出しの魔法使い見習いであった若きソブデリウスだった。

「奴は融通の利かぬ糞真面目な男でなぁ・・・・・・上からの命令で一度だけ瀕死の人間を使って人外の臓器を移植する実験を行い、その結果に恐怖した奴は二度と同じような施療は行わなくなってしまってのぉ・・・・・・我はあの結果に魅了されて今に至ったわけなのじゃがな。そうかそうか・・・・・・貴様は奴が残した書でも手に入れたのじゃな?」

「だ・・・・・・黙れと・・・・・・言っている・・・・・・」

 歯を食いしばり、全身の硬直を解こうと必死にもがきながらワムクライは声を絞り出す。

「何の臓器をその身に入れたのかは知らぬが、部分的な移植ではどう足掻いても合成の比ではないわ。しかしそうなるとどうやって我の作り出した最高傑作のウルアカが貴様に敗れたのかが不思議なところではあるが、大方あの天使にでも助けられたのであろうな・・・・・・もう少し時間があれば貴様と同類のあの魔法使い達も完璧に調整出来たのだが、まあただの人間相手なら十分過ぎる結果ではあるしな。そろそろ断末魔の一つでも聞こえてきそうなものじゃがな」

「黙れ! この魔族が!」

 絶叫とともにワムクライの全身から凄まじい魔力が吹き上がり、身体を拘束していた見えない鎖を弾き飛ばす。

 そしてその身体は瞬時に掻き消え、次の瞬間破片をばら撒きながらソブデリウスは瓦礫の中へ頭から突っ込んでいく。

「焼き尽くせ」

 根元から千切れてもなお動く蠍の尾を地面に叩きつけ、ワムクライは力持つ言葉で青白き炎を放ち一瞬で灰燼と化す。

「尾を掴んで投げ飛ばされた・・・・・・だと? この我が・・・・・・」

 獅子の足の爪を地面に突き立て、ゆっくりと立ち上がるソブデリウスの顔には少なからず驚愕の表情が浮かんでいた。

「女・・・・・・まさか貴様、転移魔法を発動させたのか? 魔方陣も無く?」

 失われた魔法の中でも最高位に属する転移魔法・・・・・・ソブデリウスでさえ事前に魔法陣を介さないと正確に発動させる事すら難しいのだが、それをワムクライが難なくこなし、しかも防御魔法の展開や反撃の暇すら一切与えずに自らの尾を掴み、投げ飛ばしたという事実にソブデリウスは驚愕するしかなかった。

 かつて自らが人として生きていた古代魔法時代においても、自身がその発動を感知する事が出来ないほどの速さで呪文詠唱を行えた者は皆無であった。

 魔の者となり人間とは比べもにならぬまで魔力、身体能力が上昇したソブデリウスは屈辱に震え、その獅子の身体の毛は怒りに逆立つ。

「たかが人の身の分際で・・・・・・貴様、楽に死ねると思うなよ」

「その言葉そっくりそのまま返すぞ。たかが魔族の分際で簡単に殺して貰えるなどとは思うなよ」

「糞女がっ!」

 ソブデリウスは咆哮し、尾が千切れた場所から皮膚を突き破り三本の新しい蠍の尾が生えた。

 

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