杖持たぬ者ワムクライ 12
「すげぇな・・・・・・あの女」
道端に転がっていた巨石の陰に身を潜め、頭だけ覗かせてワムクライとウルアカの戦いを見ていたサルエルが生唾を飲み込みながら言う。
「ああ、あの姐さんはやっぱりすげぇぜ・・・・・・」
同様に様子を窺っていたハウザーが隣で呟いた。
「ワムクライ殿は独りで大丈夫でしょうか・・・・・・」
「残念だが俺達じゃ足手纏いにしかならねぇだろうよ」
槍を握り締めながら心配そうに見つめるムーアにサルエルは声を掛けると、自分に覆い被さるように様子を窺っているハウザーを見上げる。
「しかし今回は珍しくお前素直に言う事聞いて退いたじゃねぇか?」
「仕方ねぇだろ・・・・・・姐さんの迫力に圧されたというか」
「相手が誰であれ一度剣を抜いたら後先考えずに突っ込むお前がねぇ・・・・・・狂戦士の名が泣くんじゃねぇのかよ?」
「そんなもん勝手に泣かせておきゃいいんだよ・・・・・・いくら俺でもヤバい相手とそうじゃない相手の区別ぐらいつくぜ」
「あの女、勝てると思うか?」
「わからねぇな・・・・・・勝ってもらわなきゃ困るんだがな。俺は魔力の事はよく知らねぇけどよ、あの小さい魔族の力がとんでもねぇって事だけは理解出来るぜ」
「とにかく・・・・・・だ。どの道逃げ場はないんだ。戦う準備だけはしておかないとな」
「そうだな」
ハウザーとサルエルはそれぞれ武器を構え、それを横目に見ていたムーアも唇を噛みながら槍を握る手に力を込めたのだった。
「光よ」
力持つ言葉と同時に眼前に眩い光が弾け、ほんの一瞬であったがウルアカは視力を奪われる。
「やれやれ、目眩ましとはまた芸の無い」
慌てた風でもなく呟くとウルアカは身体の表面を覆うように対魔法防御の結界を張り巡らせた。
「突風!」
「無駄ですよ・・・・・・クククッ」
目眩ましで視力を奪っておいて攻撃魔法を放つ・・・・・・予想どおり過ぎてつまらないと思った瞬間、下顎門に凄まじい衝撃を受けたウルアカは派手に後方へ吹っ飛ばされ地面に転がる。
何が起きたのかと回復した目で状況を確認すると、先程まで自分がいた場所には拳を握り締めたまま仁王立ちするワムクライの姿があった。
「貴様・・・・・・自らの身体を魔法で前方に飛ばし、その勢いの利用してこの私の顔を殴った・・・・・・と?」
「油断し過ぎだな」
「屈辱の極みですよ・・・・・・この私が人間風情の攻撃で土を付けられるとは・・・・・・」
吊り上ったアーモンドのような目に憤怒の色を浮かべ立ち上がろうとしたウルアカであったが、視界がぐにゃりと音もなく歪み、よろめきながら地面に手を付く。
「な・・・・・・これは何だ?」
「ほお、高位魔族も脳震盪を起こすのだな。これは新しい発見だ」
「脳震盪・・・・・・だと」
ワムクライに下顎門を殴られ、その衝撃で脳を激しく揺さぶられた結果、例えるなら意識ははっきりとしているのに深く酔ったような状態になり周囲の景色が歪んで見え、下半身に力が入らなくなってしまったのだった。
「貴様・・・・・・よくも・・・・・・」
怒りに震えながら背中から巨大な蝙蝠の翼を生やし、大きく羽ばたかせ空中高く舞い上がろうとするウルアカ。
「させるわけないだろ。神の鉄槌!」
ワムクライが力持つ言葉を放つと空中に光り輝く巨大な拳が現れ、飛び上がろうとしたウルアカの身体ごと地面に叩きつけられ、その衝撃で土砂が激しく舞い上がった。
「がはっ!」
身体が砕け散りそうな衝撃をまともに受けたウルアカは地面深くめり込み、口から大量の血反吐を吐く。
「神の裁き!」
続けざまに放たれた力持つ言葉と同時にウルアカの頭上に眩く輝く巨大な光の槍が数本姿を現し降り注ぐ。
「な、舐めるなぁぁぁっ!」
怒号と共に立ち上がるとウルアカは全身全霊を振り絞り頭上に魔法陣を無数に発生させ、互いが接触した瞬間鼓膜を震わせる爆音と共に互いの魔法は消え去った。
「この・・・・・・たかが人間のくせに・・・・・・」
背中の翼はズタズタにされ、全身から血を流し、満身創痍のウルアカは大きく肩で息をしながらワムクライを睨みつける。
(これが高位魔族というヤツか・・・・・・厄介な)
吐き捨てるようにワムクライは胸中で呟く。
神官の中でも限られた高位の者にしか扱えないとされる上位の神聖魔法を使用してみたものの、期待したほどの効果は得られず、それでも辛うじてダメージを負わす事に成功したワムクライであったが、自分の中に渦巻く不安を拭う事は出来なかった。
(これ以上長引かせるとこちらが不利になるな)
戦いの中で高揚し、ブラック・ドラゴンの心臓は益々激しく脈を打ち”破壊せよ、殺せ”とワムクライへ囁きかけてくる。
強力な魔法の多用はドラゴンの意思が表面化する恐れがあるが、並みの魔法では高位魔族相手に通用するとは思えなかった。
「人間の分際で!」
ウルアカが叫び、その体の表面から大地を震わせる魔力が解き放たれワムクライへと襲い掛かる。
咄嗟に横へ飛んで避けるワムクライ・・・・・・だが、その動きを予測していたようにウルアカが放った魔法は空中でその軌道を変えた。
(避けきれない!)
ワムクライの左腕が一瞬で激しく捻られ、ぶちぶちと肉の繊維が千切れる音に混ざって枯れ木が折れるような音がする。
肩から先の腕は紫色に変色し異様な形に折れ曲り、一目で複雑骨折をしていると分かる・・・・・・
「・・・・・・っ!」
声にならない苦痛の声をあげたワムクライは左肩を押さえ、憎々しげにウルアカを睨み付けた。
「簡単には・・・・・・殺してやらないよ」
指をパチンと鳴らす度に右腕が、右足が、左足が次々に捩じられ骨が砕ける音が響き渡る。
「これで・・・・・・もう・・・・・・動けないだろう。ククク・・・・・・」
まだ息が荒いウルアカは口を歪めて笑うと、指先に魔力を集中させていく。
「・・・・・・後悔するぞ」
その言葉の直後激しく心臓が脈打ち、ワムクライの身体から強大な魔力が溢れ出し、到底人のものとは思えないそのドス黒い魔力は空中で徐々に形を取り始める。
「ま、まさか・・・・・・それは・・・・・・」
唖然とするウルアカの眼前に広がる魔力が取った姿、それはまさしく凶悪なドラゴンそのものであったのだった。
その邪悪さ、発する波動は魔界の王カオスに匹敵する強大なものであり、目の当たりにしたウルアカの身体は恐怖の為に小刻みに震えだし、その場に力なくへたり込んでしまう。
「あり得ない・・・・・・そんなはずはない・・・・・・馬鹿な・・・・・・馬鹿な!」
巨大な顎門を開き、眼前に迫るドラゴンの姿にウルアカは瞳から涙を止め処なく垂れ流し呻いた。
「ソ・・・・・・スブデリウス様ぁぁぁぁぁぁっ」
悲鳴にも似た絶叫だけを残し、ドラゴンに噛み砕かれたウルアカの身体は塵のように崩れるとそのまま消え去っていったのだった。




