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杖持たぬ者ワムクライ 11

「ま・・魔獣だと?」

「魔界ではマンティコアと称される存在だがな」

 驚愕するシェロに面白くもなさそうにソブデリウスは答えた。

「風よ、鋭い刃となり彼の者を切り刻め!」

 三人の中で咄嗟に呪文を詠唱し魔法を発動させたのはシェロである。

 周囲の木々の表面に深い斬り痕を残しながら鋭い刃の形へと凝縮された風はソブデリウスへと襲い掛かった。

「ふむ・・・・・・筋はいい」

 攻撃をまともに受けたはずのソブデリウスは涼しい顔のまま呟いた。

「だがまだまだイメージが稚拙じゃな・・・・・・我の弟子なら落第点をくれてやるところじゃわい」

「天より轟く雷よ、一条の光となりて眩き閃光となり駆け下りよ!」

 続けて放たれたシェロの魔法によって呼び出された雷はソブデリウスが軽く振った蠍の尾の先端に当たり弾かれ、次の瞬間近くの木に命中し幹を真っ二つにした。

「駄目じゃ駄目じゃ・・・・・・まるでなっとらん」

 頭を左右に振りながら大きな溜息を落とすソブデリウス。

「おのれ、魔獣が!灼熱の炎よ、我が手に集い来たりて眼前の全てを滅せよ!!」

 そう叫ぶとニュクヘスは錫杖を翳し、自身が得意とする爆発系の高度魔法を発動させる。

 放たれた魔法は瞬時にソブデリウスの体を炎で包み込み、周囲の木々にもその火が移り燃え盛る。

「・・・・・・やれやれ」

 燃え盛る自身の体を特に気にする風でもなく呟き、憐れみを込めた口調でソブデリウスは言う。

「僅か数百年の間にここまで魔法の質が落ちてしまったとは実に情けない事じゃな・・・・・・」

「この魔獣が! 姿無き鎖よ、彼の者を束縛せよ!」

 アールガは対象の自由を奪い、一時的に身動き出来なくなる束縛魔法を発動させ、腰の剣を抜き去りながら一気に間合いを詰めると剣先を深々とソブデリウスの眉間へ深々と突き立てた。

「・・・・・・ふむ、これはなかなか良い動きではあるが」

 ソブデリウスが感心したように呟くと同時にアールガの剣は一瞬で砕け散り、小さく砕けた欠片は炎を反射し輝きながら地面へと落ちていく。

「ぎゃあああああああああああああ」

 危険を察知し飛び退ろうとしたアールガは悲鳴を上げ、地面の上を転がり回る。

「おお、すまぬすまぬ。まだ喰い足らなかったせいか、無意識にやってしまったわい」

 そう言うソブデリウスの口には肩の辺りから食い千切られ、切断面から鮮血を撒き散らすアールガの右腕が咥えられている。

「それでは食事の続きを兼ねて、貴様らの教育を始めるとするかの」

 アールガの腕を咀嚼して飲み込むと、口の端から涎を垂れ流しながらソブデリウスはそう言って醜悪な顔を歪めるようにして笑った。


「痛てぇ痛てぇっ! 糞、糞ったれがっ!!」

 右肩を押さえた左手の隙間からは止め処なく鮮血が溢れ、全身を襲う激痛に錫杖を放り出したまま地面の上を転がるアールガ。

「そういう場合は即座に傷口を塞ぐ処置をせねばな、ほれこういう具合に」

 ソブデリウスがそう言うと瞬時に傷口の上を紅蓮の炎が奔り、肉の焼け焦げる臭いを伴いながらアールガの右肩を焼いた。

「ぐわあああああああああああああああああ」

「こうすれば出血は止められるであろう?」

 更なる激痛に身を捩るアールガを見下ろしながらソブデリウスは満足したように頷いた。

 その醜悪な顔を睨みつけるアールガの目からは涙が溢れ、細胞の一つひとつが絶望の悲鳴をあげていた。

 かつてはホビット族特有の素早さを活かし、暗殺者として大陸各地で何人もの首を撥ねてきた。

 相手が凄腕の剣士だろうが戦士だろうが、アールガの敵ではなかった。

 ホビット族には珍しく魔法適正を生まれながらに有しており、暗殺業の傍ら魔法についても学び、ほぼ独学ながらも魔法使いとしても著しい成果を挙げてきた。

 その能力の高さを買われたアールガは過去の行いを悔い、王国の為に尽くす事を条件に【13使徒】に召し上げられてからは表立って残虐な行為は控えていたものの、命を受け大陸各地に派遣され数々の魔物や怪物達を相手にした時には他の者達が顔をしかめるような戦い方で駆逐してきた。

 魔法だけで十分に倒せるような相手であっても、とどめには剣を使用し、刃を伝ってくる断末魔にこの上ない快感に浸る事を至上の喜びとしていたのだった。

 レッサーデーモンの上位種とされるアークデーモンの首を難なく撥ね、血の海に沈めた経験すらアールガは持っている。

 これまではどのような強大な力を持つ相手でも己の持つ技量ですべて打ち倒してきたアールガであったが、初めて対峙した高位魔族には自らの能力が一切通じない事に驚愕し、そして絶対的な自信が粉々に打ち砕かれてしまったのだった。

「アールガ!」

「ふむ、次はお前が相手をするという事なのじゃな」

 錫杖を掲げ呪文の詠唱をするニュクヘスの姿を、魂まで凍らせてしまうようなその冷たい瞳に映すと、ソブデリウスは足元に転がっていたアールガの体を前足で二人の方へ蹴って寄越すと静かに頷いてみせる。

「遠慮せずに全力で魔法を放つがよいわ」

「我が盟約に従い、集いし炎の精霊よ、その猛る灼熱の炎を持って全てを焼き尽くし、喰らいつくせ!」

 荒れ狂う炎の奔流は竜の如き形に姿を変えながらソブデリウスへと襲い掛かる。

「なるほど、精霊の力を用いて威力を増幅させた魔法か」

 自らのたてがみの毛先が僅かに数本焦げたのを見て、ソブデリウスは感心したように呟く。

「精霊と正しく契約を行わないとここまで威力を出すことは難しいじゃろう・・・・・・あやつ等は気難しい存在であるからのぉ。なかなかのものじゃわい・・・・・・しかし」

 蠍の尾の一振りで炎を打ち消すとソブデリウスはニュクヘスを真っ直ぐに見る。

「この程度では我にはそよ風程度のダメージしか与えられぬぞ・・・・・・」

「くっ・・・・・・おのれ、おのれ」

「ほれ、どうした? これで終わりというワケではあるまい?」

「紅蓮の魔術師よ、ニュクヘスの名において命ず。悠久の満月を照らし汝らの敵を滅せる為の力を我に与えよ。ホ・バーゴメヌ・リトエルス・ホ・ディ・ルテール・エール・アダファルス・アヌバゥス・ホ・トゥーン・ハウドゥー・・・・・・」

 残った片目から、鼻から、口から・・・・・・ニュクヘスは血を流しながら呪文を詠唱する。

 ワムクライによって与えられた傷が発する激痛の中、精神を集中しながら体内に渦巻く魔力を制御するが、ただでさえ制御するのが難しく常人には扱う事がけっして適わぬ古代魔法である。

 万全の状態で発動させるだけでも肉体・精神に多大な負担が掛かる失われた魔法の詠唱は、手負いのニュクヘスの体に想像を絶するダメージを与えていた。

「ほうほう、我等の時代の魔法を使えるのか? これは面白い」

 先の大戦以降、人間界に溢れていたかつての濃厚な魔力は激減し、自分達の時代に使用されていた高位魔法などは使用することがひどく難しくなっているのは魔界でも聞き及んでいた。

 それらは”失われた魔法”と呼称され、現在では人の身に余る代物と化しているはずである。

 口からゴボゴボと血の泡を吐きながら詠唱をするニュクヘスを、どこか懐かしむように目を細めてソブデリウスは見つめていた。

「・・・・・・カラミタース!!」

 気力を振り絞り、渾身の力を込めてニュクヘスは呪文の最後の言葉を叫ぶ。

 次の瞬間、膨れ上がった魔力は錫杖の先から一気に溢れ出し、光り輝く破滅の翼がソブデリウスの全身を包み込むと周囲の木々を薙ぎ払い大爆発が起こった。

「や・・・・・・やったか?」

 穴という穴、全身の毛穴からすら血を流し、全身血塗れとなったニュクヘスはその場に片膝を落とし息も絶え絶えに呟いた。

「・・・・・・しい。実に惜しいのぉ」

 辺りに立ち込める爆煙の中、皺枯れた老人の声が静かに響き渡る。

「もしお前があの時代に生きておれば、我の弟子に取ってやってもよいぐらいの出来なのじゃがのぉ・・・・・・実に惜しいわい」

 ニュクヘス渾身の失われた魔法は、ソブデリウスの顔の表面に僅かな傷を与えるに留まっただけであったのだった。


 


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