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婚約破棄三回された公爵令嬢の代筆屋  作者: 富士とまと


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51/51

これから

あらすじ部分を削除いたしました。

「ウィッチ公爵領の皆に配りたいという話か……現実的になってきたが、予算は?」

 エディが口を開いた。

「予算?えーっと、それは」

 考えてなかった。

というか、はじめは、代筆屋と代読屋の売り上げで活動するみたいなことにしたんだよね?今は人を雇って代筆屋とかしてるから人件費を捻出しないといけない。だから……あれ?予算がない?

「紙代に、陶板印を作るための費用、インク代、作業する人間の手間賃、思いつくだけでもかなり必要だと思うが」

 確かに。自分たちで書き写す分には、紙代とインク代だけだけれど……。

 考えろ。考えるんだ。

 私のお小遣いを使ったり、公爵家や伯爵家にわがままを言って出してもらうのは簡単だ。

 だけど、これは識字率を上げる目的だし、配っておしまいにしたくない。もっと人を巻き込むには……。

「ねぇ、エディ、この技術を売り込めないかしら?」

 エディがニッと笑った。

「売り込めるだろうね。御触れなど同じ文言を大量に書く必要がある場合もあるからね。文字ならまだいいが、人相書きなど同じように書くのが難しいものにはさらに有用だろう」

 そっか。

「あれ?でも技術を売り込んでも予算にはつながらない?」

 首をひねる。

 この技術で本を作って売って費用を稼ぐ?そっちの方が現実的?

「これだけの技術だ。交渉を間違えなければ、予算を採ることはできるよ」

「交渉?」

 交渉なんて、誰とどうすればいいの?

「ちょうどいい。今度、第二王子の婚約者選びも兼ねた快気祝いが執り行われる。その機会を利用して交渉しよう」

「え?第二王子の快気祝いに交渉って、誰と交渉するつもりなの?」

 エディが悪だくみをするように笑った。

「言ったろ?御触れや人相書きに役立つと。そういったものを出すところと交渉するのさ」

 御触れを出すところって……。

「国と?宰相であるお父様と話をするってこと?」

 エディは是とも非とも言わない。

「リリィ、君も王都に行くだろう?」

 私の手を取って、少し心配そうに私の顔を見るエディ。

 お父様と交渉するのであれば、私がいた方が話が進みやすい?それとも、私がいるとただの親へのわがままみたいになっちゃう?

 返事に戸惑っていると、エディが言葉を続けた。

「あの噂は広がっていないよ。誰にもばれていないようだから安心して」

 ……私がさらわれたこと。あれから1か月は経っている。それで何も噂されていないというならば、あの事件は誰にもばれていないということだろう。これからもばれる可能性は限りなく低いということになる。

 そもそも、私はあの時公爵令嬢という身分を隠していたから、さらわれたのは代筆屋の町娘だ。町娘の事件など、貴族は興味がないということだ。

「噂が広がっていなくて……本当によかった」

 安心したからなのか、頬を涙が伝った。

「リリィー」

 エディがハンカチを出して涙をぬぐってくれる。

「これで、アルが自分を責めて苦しまないで済む……本当に良かった……」

 胸のつかえが降り、漏れた言葉に、エディの手が止まる。

「アルの心配か……」

 ぼそりとエディがつぶやいた。

 あ。そうだ……私に悪いうわさが立てば、婚約者であるエディにも迷惑が掛かるんだ。

「エディにも、これ以上迷惑をかけなくて良かった……ごめんね……」

 エディが、ぐっと私を抱き寄せた。

「謝るな……リリィー、謝るな……」

 エディの声が少し震えてる。

 私、言葉を間違えた?


 エディが王都へ行くのに合わせて、私とメイシーも出発の準備を整える。

 とはいえ、持ち物そのほかの準備は侍女さんたちがしてくれる。私とメイシーは二人で歌3つの紙をたくさん作っていた。予算を取ることができるかどうかは分からないけれど、とりあえず公爵領の領都の皆には配りたい。せっかく、名前や看板など文字に触れる機会が増えたのだ。文字に興味を持ってくれている人も増えた。

 あれからいくつか焼いてもらった陶板印の上に紙を乗せて、油で練ったインクでぽんんぽんぽん。

「第二王子の快気祝いが、もう2週間後なんですね……」

 メイシーがはぁーと小さくため息をつく。

「明日には王都に向けて出発よ。メイシーとこうしていられるのもあと数日かもしれないね」

「え?リリィーなんてこと言うんですかっ!」

「だって、メイシーは第二王子に見初められて、未来の王妃になるかもしれないんだから」

 新しい紙をのせてぽんぽんぽん。

 インクをそのまま手で持って作業すると手が汚れるため、目の粗い布にくるんで持つところを取り付けてある。

「リリィーは王妃になったからって、私を捨てたりしないですよね?」

 メイシーの言葉。私が王妃になることはないけれど、確かにもし王妃になったって、メイシーをそばに置くことはやめないだろう。

「当り前よっ!一生友達でしょ?王妃になったって、何にも変わらないから!」

 私の言葉にメイシーがぷっと吹き出した。

 ええ?なんで笑うの?

「市井で暮らしたり、工房に行って実験を繰り返したり、部屋でインクまみれになったり……王妃になったらさすがに変わりましょう?」

 うっ。

「いっ、いいのよ!私は王妃にならないから。違うでしょ、メイシーが王妃になったらって話で、私達は仲良しのまま変わらないっていう話よね?」

 陶板印の上に紙を置いてぽんぽん続けながら、おしゃべりを続けた。


 王都へ馬車で移動。

 馬車の中でもぽんぽんしようとしたら、さすがに止められた。

「馬車の振動で陶板印が割れたらどうするんですか!」

「インクを乾かすために置く場所がないだろ?」

 メイシーとエディ二人に、あきれ顔をされた。だって、馬車の中って暇なんだよ。

 仕方がないので、自分たちで写本して持って来た本を読んだり、おしゃべりして暇をつぶす。

 王都まであと2日というところで、

「リリィー様、そろそろ公爵令嬢らしい立ち振る舞いに戻った方がよろしいかと」

 と、メイシーが言い出した。確かに、屋敷に戻ればロッテンさんがいて、祝賀会参列のためにと厳しいレッスンが待っているだろう。

「メイシーも子爵令嬢としてがんばらなくちゃね。王子様のお眼鏡にかなうように」

 いつものように軽口を言ったつもりが、メイシーは嫌そうな顔を見せずに真剣な表情になった。

「リリィー様、何があっても、公爵令嬢として振舞えるように気を引き締めてください。第二王子の快気祝いですから、元婚約者のリリィー様にも注目が集まるでしょう」

 うっ。

 そういえば、私って今回の主役である第二王子の元婚約者っていう立場だったんだわ……。

「私、行かないとダメかな?」

「絶対に行かないとダメです!これが、最後のチャンスかもしれないんですからっ!」

「は?チャンス?」

 すごい勢いで、メイシーが訳の分からないことを言い出した。

「えっと、リリィーと一緒に出席する最後のチャンス?」

 明らかに何かをごまかすようなメイシー。

 あれだけ否定していて、もしかして第二王子に見初められる気満々だったりして。

 そういえば、王子様と出会いたいとか言っていた気がする。

 私は山賊の方がいいって言ったっけ。それで、アルを初めて見たときに山賊って言っちゃったのよね。


 王都に到着して2日は、ロッテンさんによる教育と侍女たちによる磨き上げに費やされた。

 仮にも国を挙げての盛大なパーティーに出席するのだ。公爵令嬢として恥ずかしくないようにと、口を酸っぱくして言われ続ける。もちろん、メイシーも道連れだぞぉ。侍女立場なんて許されぬ。私の友達子爵令嬢として、一緒に磨き上げられるがいい!


 そして、第二王子の快気祝いのパーティー会場へ。

 位の低い者から入場するというマナーがあるため、公爵令嬢である私が会場入りしたときには、すでにたくさんの人であふれかえっていた。

 王城の大広間と中庭を使った盛大なパーティーだ。会場は広いが、参加者も多くてごった返している。

「さぁ、あいさつに行こうか」

 私の手を取るエディ。

 婚約者として、私のエスコートをしてくれている。

 第二王子は、皆からの祝いの言葉を受けるため、会場の一番奥の2段ほど高くなった場所にいるはずだ。

 エディの腕に手をかけて、人込みのなかゆっくりと進んでいく。

 人と人との隙間から、王子の頭が少しだけ見えた。

 少し茶色がかった金色の短く切られた髪が見える。次に見えたのは、白くてつるりとした顎。

 うん、今のところ清潔感があっていい感じだ。メイシーの理想とする王子に近いんじゃない?

 あと数メートルと近づいたとき、人垣が割れた。


 見えたのは、青空。


 すぅっと、パーティーの喧騒がやむ。

 いや、私の意識が、パーティーから飛んだ。……青空に吸い込まれるようにして……。

 ただ、一人の姿しか見えない。

 アルだ……。

 アル……。

 アルの目が、私を見ている。

 エディが、私の背を軽く押したことで、はっと意識が戻る。

「さぁ、第二王子アシュルバート様に挨拶をしよう」

 アシュルバート王子……!

 アルが、まさか……。

 エディに押されるように、2,3歩足を進めるが、それ以上足が動かなかった。

 アルが、椅子から立ち上がり、2段降りて私とエディの元へ歩いてくるのをぼんやりとした意識で見ていた。

 髪型が変わろうと、髭を剃ろうと、着ているものが変わろうと、私がアルを間違えるはずがない。

 アルの目はまっすぐ私を見ている。

 涙が出そうだ。

 ダメだ。

 第二王子の元婚約者の私が、奇妙な行動をとっては……。

 エディが震える私の腕を、離した。

 突然の行動に驚いてエディの顔を見上げる。

「今、ここで君との婚約を破棄する」

 エディの声が、会場に響き渡った。


 婚約破棄?


 なぜ、今、エディはここでそんなことを……。

 4度目の婚約破棄ともなれば、それ自体のショックは少ない。

 だけれど、公の場、皆の目が集まっている場で言い渡されたことに理解が追い付かない。

 一体なぜなの?

 エディが、アルの前に膝を折った。

「アシュルバート様、ご快復おめでとうございます。王子の婚約者をお連れいたしました」

「「エディ」」

 私とアルの言葉が重なった。

「リリィーナ様との婚約破棄したのは健康上の問題だったと伺っております。その問題が解決されたのであれば、婚約破棄をなかったことにすべきかと」

 何を、何を言うの、エディ!

 アルには好きな人がいるんだよ!

 我慢していた涙が落ちる。

「感謝する、エドワード伯爵」

 アルが、私の手を取り歩きだした。

 振り返ればエディが膝をつき頭を下げたままの姿が見える。

 その少し後ろにメイシーの姿もあった。


 パーティー会場の奥の控えの間に、アルに連れられて入った。

「リリィー」

 アルが、私の名を呼ぶ。

 アルと、返事をしそうになって押しとどめる。

「アル……、アシュルバート様……。どうか、好きな方をお選びになってください。過去の婚約に縛られることはございません」

 すっと、ロッテンさんに散々仕込まれた礼を取り頭を下げる。

「好きな人を選べか……。では、これから告白することにするよ」

 ギリッ。

 胸が万力で絞められたように痛んだ。

「僕の命は、彼女の笑顔でこの世につながれていたんだ」

 アルは気持ちを整理するためなのか、私に話を聞かせ始めた。

「病に侵され、死を待つばかりだと思って絶望していた僕に、彼女は無邪気な笑顔を見せてくれた。今日はタンポポを見つけたの、蛙が御池にいたのと、その日あったことを楽しそうに教えてくれたんだ」

 小さなころからの知り合い?

 私と婚約破棄してから静養していた場所で知り合ったのかな?

「その時の気持ちがわかる?僕はベッドから立ち上がれないのに、自分は外の世界であったことを話すんだ。自慢しているようにしか思えず、憎かった」

 ……。

「だけど、違ったんだ。彼女は、何もできない僕を必要だと言ってくれた。嵐の日。僕の部屋にやってきた彼女は僕の目を見て笑うんだ。青空が見えるの……って。ずっと一緒にいてねって……」

 青空?

「僕が元気になったら、一緒にタンポポの綿毛を飛ばしたり、蛙を捕まえたりしたいって。だから、タンポポがどこに咲いているのか、蛙がどこにいるのか探して覚えてるからねって……。彼女はいつだって、僕のことを考えてくれていた。僕は元気になるって信じて疑いもしなかった……」

 アルの思い出話は続く。

「僕は、彼女のことが大好きになった。そして、好きになれば好きになるほど、苦しくなった。一緒に走り回れない僕は、彼女にふさわしくない、彼女を幸せにすることはできないと思った……」

 でも、今は病気も治って健康になったんだよね。

 だったら、きっとその彼女を幸せにすることができるね……。

「だから、婚約を破棄した」

 婚約……破棄?

「自分から婚約破棄を言い渡したんだ。いくら好きでもあきらめなければと思っていた。それが、もう一度チャンスが巡ってきた。婚約者を自分で探すと言う話だ。正体を隠して、僕のことを知ってもらい、好きになってもらえればと……」

 アルの婚約者だった女性って……?

 まさか……。

 自分で婚約者を探してる女性って……それって……。

「リリィーナ……、リリィーずっと好きだよ。もういちど、婚約してほしい」

 アルが膝をついてプロポーズの姿勢をとる。

 涙で前が見えない。

 アルの青空も、涙で見えない。

 私……。

 私なの?

 アルが好きな子というのは、私なの?

「だって、アル、好きな子がいるって……」

「本人を目の前にいきなり君が好きだとは言えないよ……」

 本当に、私?

「アル……私……ずっとアルには好きな子がいるから……諦めなくちゃって……」

 私の言葉に、アルがすっと立ち上がった。

「リリィーそれって、僕のこと好きだってうぬぼれてもいい?」

 アルが私の両手を取った。

 涙でぐちゃぐちゃの顔でうなずいた。

 そのあとは、もうよく覚えていない。

 ただ、幸福感に満たされると、体がぽかぽかしてほわーんと頭の中がかすみがかったようになるみたいだ。



 後日談。


 晴れて、両想いになった喜びですっかり忘れていたけれど……。

「さぁ、ではしっかりとレッスンいたしましょうね」

 ロッテンさんの皇太子妃教育が始まった。


「リリィーも何年か先には王妃かぁ」

 レッスンのストレス解消に、力任せにインク棒をぼんぼんと陶板印の上に置いた紙にたたきつけてる私に、メイシーが現実を突きつける。

「無理だよぉ、絶対、無理っ!メイシー、今なら変わってあげるよ、まだ婚約段階だし。ほら4回も5回も変わらないからさ、婚約破棄とか平気だから!」

 

 識字率が上がったことにより優秀な人材が増え、発展目覚ましいアンドゥール王国。

 その立役者として名高い王妃の指先はいつもインクで汚れていた。しかし、いつも付き添っていた侍女が手袋を差し出して隠し通したことはあまり知られていない。


最後までご覧いただきありがとうございました。

王道な恋愛話でした……。

当初の予定より少し長くなりましたが無事に完結させることができました。

少し最後があっさりしすぎたかな?

感想、ブクマ、評価を励みに最後まで書くことができました。

完結後の感想ブクマ評価は、次回作の励みにいたします!(*'▽')


エディのその後を番外編として1話プラス予定です。もう少しお待ちください。

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[良い点] やきもきしましたが(そこでエディと婚約しちゃう?あたり)、メイシ―を連れ出したエディがリリィの本心を聞いたのか、よく手放せましたね。リリィは嘘下手そうだし、ごまかせないか。 [気になる点]…
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