最終話
郷土史ライター風間圭は、彼岸のころ岡山へ旅立つ。
秋の彼岸を向かえるころ、一本の電話がかかってきた。
祖父の弟子だった岡山の宮司さんからだ。御先祖様が宮司さんの夢枕に立ち、ぼくに岡山へ来て修行をするようにとのメッセージを寄こしてきた。
「圭……しばらく、帰って来ないの?」
靴を履くぼくの背に、心配そうに姉が声を掛ける。
「ああ。でも、遅くとも正月には戻れると思うよ」
「そんなに? だったら……ちゃんと壮行会を開けばよかった」
「大袈裟だな。一昨日、父さんと母さんにはきちんとあいさつをしたからいいよ」
「何も父さんたちが海外旅行に行ってる間に、圭まで旅立たなくても……」
「賀茂さんも里帰りしているんだから、和弥さんたちと家族水入らずでゆっくりしなよ」
「圭……気をつけてね。修行が厳しかったら、帰って来なさいよ」
「はは……飛行機の時間があるから、そろそろ行くよ。時間が取れたら岡山で仕事をするから、依頼があったら連絡してよ」
「わかったわ」
「秦野家か隣村の宮司さんの神社に居るから」
「体に気をつけてね。何かあったら電話してよ」
「うん。ありがとう! 行ってきます」
「いってらっしゃい。御先祖様によろしくね」
キャンセル待ちで購入した航空機のチケットを手に、東京の我が家を後にした。
今日の午後、倉敷の御先祖様の塚の前で宮司さんと待ち合わせをしている。
故郷へ帰る人の群れで、羽田空港はごった返していた。岡山行きの便は定時に関東を離陸した。
碧い空を背景に、初雪を被る富士の頂きを見下ろす。
今度こそ、素晴らしい旅になるといいな。
空港から電車を乗り継ぎ、御先祖様の塚がある公園に到着した。小雨が降りはじめていた。前回と違い、公園にはたくさんの遊楽客があふれていた。走り回る子供たちの間を抜けて、人気のない林の奥へと進んでいった。『曼珠沙華』の花がそこかしこに咲き乱れている。改めて彼岸であることを実感させられた。
塚の前に人がいた。宮司さんだ。
「お久しぶりです! その節はお世話になりました。お待たせして申し訳ありませんでした」
「ええ。早目に来て塚の周りを掃除しとったのじゃ。遠路はるばるご足労じゃった」
「この度は、お世話になります。どうぞよろしく御願い致します」
「ええや。こちらこそ。師匠のお孫さまの修行のおてごが出来て光栄じゃ。おれのわかる範囲での知識しか与えることが出来のうて申し訳ねーです。こちらの巻物に、すべての秘伝が書かれておるんじゃ」
宮司さんが、古びた巻物を1つこちらに差し出した。
「これは……」
「お宅の家に伝わる巻物じゃ。あんたの御先祖様が遣唐使として大陸に渡った際、持ち帰ってきたもんじゃ」
「なぜ、宮司さんがこれを」
「あんたの祖父、おれの師匠は自殺した。死ぬ前におれを呼んでこの巻物を託した。自ら命を絶つ者は不吉じゃ。師匠の神社はすぐに閉鎖され、撤去されたんじゃ」
「そんな……祖父はなぜ自殺を?」
「せーはわからん。じゃけど、立派な人じゃったから抜き差しならん事情があったんじゃと思う」
「家族は? 祖父の妻は?」
「あんたの祖父は妻帯していなかった。じゃけど、死ぬ前におれに子供の存在を明かした。やこーあったら頼むと言っとった」
「そうだったんですか……」
ぼくの父の出生には、複雑な事情があるらしい。
巻物を受け取ると、しゃがみ込んで塚に手を合わせた。特に何も感じられない。足元を見ると、枯れ果てた『キツネノカミソリ』が目に飛び込んできた。やはり、御先祖様が持ち去っていたのか。
「風間さん、腹は空いてねーか?」
宮司さんがうしろから声を掛けてきた。
「はい。機内食を食べました」
「せーだけじゃ足りねーじゃろう。うまい、うどん屋があるからそんでたびょー」
「はい。そうしましょう」
宮司さんと公園内で食事をして、電車で秦野家へ向かった。最寄り駅で電話をすると、安夫さんが迎えに来てくれた。宮司さんとは手前の駅で別れた。
「お久しぶりです。この間はたいへんお世話になりました」
「風間さん! こちらこそ、どうもありがとうじゃった。さあ、どうぞ!」
安夫さんは随分と明るく元気になっていた。神主になるという固い決意が、彼に生きる希望をもたらしてくれたのだろう。
秦野家に到着した。家の中から安夫の叔父夫婦が飛んで出て来て、歓待してくれた。
「風間さん! その節はほんまにお世話になったんじゃ。安夫もこの通り元気じゃ。風間さんのお蔭です」
「お疲れさまじゃった。どうぞ、お上がりつかあさい!」
「お久しぶりです。こちらこそ、前回はたいへんお世話になりました。また、御迷惑をお掛けするかもしれませんが、よろしく御願い致します」
丁寧に頭を下げた。これから、こちらで修行をさせて頂くのだ。迷惑をかけないようにして、出来る限り皆さんのお手伝いをしていこう。
「そねーな堅苦しいあいさつはええじゃろうから。風間さんは親戚みたいなもんです。ゆっくり休んでつかあさい。修行はせーからです」
「はい。ありがとうございます」
気さくは人々と触れ合い、ふるさとに帰ったような気分になった。やっと、自分が居るべき場所に戻ってこられた。そんな気がした。
がんばって修行をして、りっぱな陰陽師になろう。
皆と談笑したあと、裏山へ上り行者さんと祈祷師さんの墓参りをした。ここにも曼珠沙華がたくさん咲いていた。
花の向こうに拡がる瀬戸内海を眺めながら、行者さんと祈祷師さんのことを考えていた。果たして彼らは、ぼくが陰陽師になることを喜んでくれているのだろうか。
犠牲となった彼らのためにも、修行に励まなければいけない。改めて心に誓った。
秦野家に泊まったその晩、御先祖様が夢に出てきた。
「おい! おい! 呑気に寝ている場合か!」
「え……あっ! 御先祖様!」
「どうだ? がんばれそうか? おまえの姉が逃げて帰ってもいいと言っておったが」
「人が悪いな……聴いてたんですか? そんなことは絶対にしません!」
「そうか、安心した。ところで、巻物は読めたのか?」
「はい。ところどころわからない箇所がありましたが、内容はわかりました」
「それを修得すれば、陰陽師としてやっていける。まだまだ先のことだがな」
「はい。ところで……ぼくの祖父はなぜ、自らの命を?」
思い切って祖父の自殺について聴いてみた。
「おまえの祖父は立派な陰陽師だった。だからわかったのだ。自分の命が危ないということを」
「自らの危険を察したのですか?」
「おまえがあの公園で最初に手を合わせていた墓に、わたしの義理の弟が眠っている。その奥にもう1つ墓があり、わたしの父が眠っている。父が吉備に置いていった前妻の息子、それがわたしだ」
「そうでしたか……」
確かに、歴史どおりであるとするならば、一族が吉備に居たのは最初の頃だけで実際は奈良に居住していたはずだ。事実上、この地を治めていたのは、目の前にいるこの御先祖様だったのか。
「では……御先祖様がずっと、こちらの地を守っていらしたのですね?」
「ああ。わたしたち一族は神話の世からこの地を治めていた豪族だ。弟は抜群に頭が良かったが、霊能力は欠けていた。その部分をわたしが補っていた。わたしは遣唐使として弟に随行した。弟は唐から楊貴妃、狐を連れて戻ってきた。その狐は、のちに有名な陰陽師を産んだ。彼はわたしの弟子となった」
「その末裔が、なぜ自殺に追い込まれたのですか。妻帯していないのに子がいたのはなぜですか」
「弟が奈良から追いやったF家の恨みだ。弟は結局、最後にF家にやり返された。我らは大陸の血を受け継ぐ北家。F家は奈良の地の南の豪族。発祥の段階から相容れないのだ。F家の祟りが今も続いている。弟の恨みは全部、義兄のわたしの子孫が受けている。我が一族は妻帯せずに子を作り、ここまで続いてきた」
「そうでしたか……だから父は養子に出されたのですね。では、父の本当の母親は今どこに?」
「その女は死んだ。おまえの父を産んですぐにだ。おまえの祖父はそれを知り、危険を察して子を遠く東京の風間家へ養子に出した。風間家は戦争中、隣村の宮司の家に疎開に来ていたのだ。おまえの祖父は自殺ではない。魔と闘って殺されたのだ。同時に魔を封印した」
「命をかけて、わたしの父を守ったのですね……」
「ああ。おまえの祖父は、おまえの祖母と同じ墓で眠っている。おまえの祖母の遺族がこっそり葬ったのだ。わたしが夢枕に立ち、指導してやった」
「そうでしたか……ありがとうございました。祖父も祖母と一緒ならば、安らかに眠っていることでしょう」
「おまえの祖父が封じた魔は、いつまた暴れ出すとも限らん。しっかり修行をして、今度はおまえの手で完全に葬ってやれ。おまえにはそれだけの霊能力がある。わたしには遠く及ばんがな」
「別に、あなたと競い合おうなんて思っていませんから……そんな力が自分にあるとは思えませんが、しっかりと精進させていただきます」
「うむ。期待しておるぞ」
御先祖様は説明を終えると、夢の中で曼珠沙華が咲き乱れる道を帰っていった。
朝、目覚めると枕もとの巻物が大きく開かれていた。わからなかった箇所に説明が書き込まれている。
今回は随分と、親切なんだな。
それから、朝から晩まで修行の日々が続いた。山に籠もり滝に打たれ、険しい山道を行脚する。辛くないと言えば嘘になるが、あきらくんや葵、魔の犠牲となった人たちを思い、厳しい修行に耐え抜いている。
修行の合い間にライターの仕事をこなし、隣村の宮司さんの家に滞在するときは漁の手伝いもしている。
御先祖様がときどき現れ、いろいろなアドバイスをしてくれる。
忙しいが充実した日々を送っている。
姉が寂しがり、早く帰って来いと電話をかけてくる。居たら居たで、邪魔にするくせに。
1年が経ち、曼珠沙華が咲く彼岸の季節がやってきた。
ぼくはいまだに、岡山で修行をしている。
立派な陰陽師になれた暁には、霊に苦しむ人々を救いたい。
我が家の怨念を断ち切り、一族の苦しみを一掃したい。
今年も真っ赤な曼珠沙華を見つめながら、そう心に誓うのだった。
(たそがれどきにそれはやってくる おわり)




