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音がする  作者: M38
ルーツ
PR
34/38

「でも、目の前ってどこだ? 南新宿駅か?」


 家を出たはいいが、電車に乗ってからどこで降りればいいのか迷ってしまった。O線の各駅停車に乗ったので、南新宿駅で降りることは可能だ。

 そのとき、窓の外に懐かしい顔を見つけてしまった!


「葵!」


 反射的に電車を降りてしまった。そこは『参宮橋駅』だった。

 しまった! 葵がいるわけがないじゃないか! それでも、キョロキョロと頭を巡らしながら葵を探してしまった。


「どうすんだ? こんなところで降りて!」


 横から御先祖様が怒鳴りつけてきた。

 そのとき、改札の向こうに葵のうしろ姿を見つけた!


「葵! 待って!」


 取りつかれたように改札を抜け、葵の姿を追った。

 

 気が付くと、明治神宮の森に迷い込んでいた。体中、汗でビッショリだ。


「ハアハア……葵……」

「おい! どこまで行く気だ!」


 うしろから御先祖様に声をかけられ、やっと正気づいた。


「あれ? ここは……明治神宮の敷地内の……」

「ああ。ここには禍々しいモノがたくさんいる。早く出たほうがいい!」

 

 明治天皇亡きあと空き地に作られた人工の森は、手入れが行き届きしっかりとした管理下にある。ヒルナオ暗い鬱蒼とした森は、古くから怪異譚があとを絶たない。


「でも……どこから出たら……」


 森の中へかなり深く入り込んでしまったようだ。出口がわからない。キョロキョロしていると、突然、森の奥から巫女が出てきた!


「あの! すみません、駅に戻りたいのですが」


 巫女がこちらに気づくより先に、声を掛けた。


「え? ああ……あなた、どうしてこんな奥まで入り込んだのですか?」


 巫女がぼくを見て驚いている。菓子の乗った白木の台を捧げ持ち、どこかへ行く途中のようだ。


「すみません。人を追いかけていたらこんなところまで来てしまって……。駅はどちらの方角でしょうか」

「でしたら、一緒に参りましょう。この森にはモノノケが居りますからね」


 巫女が先導してくれたので、あとを付いていった。彼女は明治神宮の巫女ではなく、もっと上の位の職に就いているのだと教えてくれた。三十分ほど歩いただろうか。随分とレトロな改札口に案内された。


「あの、ここは……新宿ですか?」

「いえ。赤坂見附駅です」

「なんですって! 三十分程度歩いて、着くわけがないじゃないですか! あれ?」


 すでに、巫女の姿はどこにも見えない。それどころか、人が誰もいない。駅員すらいないのだ。仕方がないので勝手に改札へ入り、駅のホームまで歩いていった。地下鉄にいるみたいだが、壁がレンガで出来ていて駅全体の造りがやけに古臭かった。電灯がついているのに薄暗い。電車がきたのでとりあえず乗った。



 ガタン、ゴトン。ガタン、ゴトン。



 いまどきにしてはやけにうるさい音を立てて走る地下鉄だ。電車に乗ってから、シマッタと思った。どこ行きに乗ったのだろう? そのとき、となりの車両から車掌がやってきた。レトロな制服を着ている。何かのキャンペーン中なのだろうか?


「あの! すみません! この電車は新宿に行きますか?」

「え? 新宿? でしたら、この先の四谷で降りてください」

「四谷で? 乗り換えでしょうか?」

「降りればわかります」

「あ! あの、切符を……」


 だが、車掌はサッサと行ってしまった。


「まあ、いいか……運賃は降りるときに払おう」

「おまえ、大丈夫なのか? お守りは3つともかばんに入っているのか?」


 いつの間にか御先祖様が隣に座っていた。

 メンズトートの中をのぞいた。塩岡先輩にもらった『狼の骨』と『狐の牙』『小さな斧』が入っている。


「はい。どうしてですか?」

「あるなら、いい」


 御先祖様は腕を組んで寝てしまった。勝手な人だ。


 しばらく経つと、電車は『四谷駅』に着いた。大勢の人がホームにいた。皆、レトロな格好をしている。やはり、何かのイベントがあるのだろうな。これなら、御先祖様が歩いていても目立たない。もっとも、誰にも見えないんだが。


「もし……あなたは、於岩神社の神主さまですか?」


 見知らぬ初老の男に話しかけられた。上品な着物を着込んだ小柄な男だ。


「いえ……」


 答えようとすると。


「ばかを言うな! わたしを見くびるなよ!」


 突然、御先祖様が男を怒鳴りつけた!


「す、すみません! 実は……お菊の霊に憑かれて困っているものですから……」


 男はすまなそうに頭を下げてきた。


「ええ! もしかして……あなた、この男が見えるんですか?」

「え? ええ。何か?」

「あなたには、特殊な能力がお有りなのですか?」

「いえ……あったらとっくに、お菊の霊を払ってますよ」


 男が憂鬱そうにうつむいた。霊に取りつかれて困っているようだ。


「おい! 老人! おまえの家に連れて行け! ちょっとみてやろう」


 御先祖様が急に男性の家に行くと言い出した。昨日ぼくに、人の話に頭を突っ込むなと言ってたくせに!


「本当ですか! やっぱりあなたは、どこかの偉い神主様なのですね? ありがとうございます! 案内致します。こちらです」


 男はうれしそうに、ぼくらの先頭に立った。


「あ! 切符代! 不正乗車になる!」


 運賃を払おうと、人ごみの中で車掌を探した。


「いいから! 人ごみに紛れて進め! おまえの持ってる金はどうせ使えん!」


 御先祖様に先をいそがされた。


「でも……わかりました」


 仕方ない。勢いに押され、そのまま進むことにした。あとで募金箱にでも入れておこう。



「こちらです。少し歩きますが……」

「うむ」

「え……?」


 改札を抜けて階段を上り、地上へ出た。町並みがすごくレトロだ。昔の建物を保存している地区なのだろうか。人々の服装も古臭い。着物を着ている人が大勢いた。どこかのアトラクションにでも迷い込んだのだろうか。井戸まである。レプリカかと思って見ていると、実際に水を汲んで飲んでいる。江戸は良い水が出なかったので、井戸は人口だ。上水で引いていたが、後に土の中の筒に通された水を汲むようになった。

 そこから外堀沿いに十五分ほど歩かされた。


「こちらの坂を上ったあの屋敷です」

「ここは……」


 その坂の両脇には、立派な武家屋敷が並んでいた。男が指し示した先にあるのは有名な屋敷だ。『番町皿屋敷』の舞台となった青山主膳という武家の家だ。


「あの……あなたは青山家ゆかりの方ですか?」

「え? いいえ。わたくしは服部と申します。牛込から、最近こちらに引越して参りました。引越した晩から、妻が夜な夜な井戸へ行っては皿を数えるようになってしまったのです」


 そうだった。『番町皿屋敷』は浄瑠璃や歌舞伎向けの創作話だ。実話ではない。

 3人で坂を上り『番町皿屋敷』の屋敷へ入っていった。門の脇に、ぼくたちが起こす風圧で花弁を揺らしながら『キツネノカミソリ』が咲いていた。


「どうぞ、お上がりください」

「では……失礼致します」

 

 御先祖様と一緒に、男の屋敷に上がらせていただいた。柱や建て付けなどがたいへん立派に出来ていて、庭もよく手入れされている。着物を着た古風な女中が茶を運んできた。御先祖様の前にも置かれた。やはり、見えているらしい。


「今、妻を呼んで参ります」


 服部さんが奥に消えていった。


「おい! 出された物は絶対に口にするな。元の世界へ戻れなくなるぞ」

「へ? は、はい……」


 そうか。やはりここは、不思議な世界なんだ。

 

「お待たせ致しました。こちらが、妻のお菊です」


 しばらくすると、奥方らしき真っ赤な着物の美女を伴った服部さんがやってきた。


「こ、こんにちは!」


 いそいで、あいさつをした。


「あい、すいません。こんなところまで……」


 随分と若い。再婚だろうか?


「この女の他に女が居たはずだ。どうした?」


 御先祖様がいきなり、失礼な発言をした。


「あの……そうですか。神主さまには嘘は言えませぬな……お菊はメカケ上がりです。元の妻は井戸に身投げして亡くなりました。それでこちらに、移り住んだというわけです」

「皿を数えるのはどうしてだ? 何か心当たりがあるのであろう」

「はい……我が家には言い伝えがございまして……家宝の10枚の皿の1枚でも割れると、その年に自殺者が出ると……」

「そうか、それで?」

「元の妻がその皿を1枚割ってしまい、翌日、井戸より発見されました。皿の祟りかと……」

「皿は祟りなどせんわ。その言い伝えでは、自殺する者は血縁者でなければならぬのか?」

「はい、そのように言い伝えられております」

「おまえ、こどもは?」

「おりません」

「そうか……では、自殺予定者は2名だな」

「は? 予定? すでに元の妻が自殺しております。皿の祟りは成就されたのです」

「皿のような物質は、祟りなどせぬと申しておろうが。それは元の妻の呪いだ。おまえの前妻は殺されたのだ」

「殺された? 誰にとおっしゃるのですか!」

「皿を割った奴にじゃ!」


 自信たっぷりに恐ろしい話を連発する御先祖様を思わず見つめてしまった。『番町皿屋敷』の話と状況が逆だ。物語では、皿を割ってしまった女中のお菊が、奥方に井戸へ突き落とされて殺されるのだ。


「神主さま! あちきは皿を割っておへん! 割ったのは元の奥様どす!」

「おかしな御所言葉を使っとらんで、いいかげん、正体をあらわさんか!」

「あいや! くやしや!」


 突然、奥方の頭が狐になった! 手も足も黄色い毛で覆われ、尻尾まで生えている!


「おい! 狼の頭を投げつけろ! いまだ!」


 ご先祖様がこちらに向き直り、ぼくに命令した。


「はい!」


 すぐさまバッグから『狼の頭蓋骨』を取り出し、狐になった服部さんの奥方に投げつけた!



 パッカーン!



 大きな音と共に『狼の頭蓋骨』が砕け散った! あたり一面に粉が飛び散り、白いモヤがあらわれた!


「ゲホ、ゲホ……」

「ケホ、ケホ……な、なにが、どうして……」

「おのれ! モノノケ!」


 モヤが晴れたあとには、真っ赤な着物だけを残し、奥方の姿は消えていた。


「これは……なんとしたことか?」


 服部さんが茫然と佇んでいる。


「狐に化かされていたのだ。今夜、また来る。寝ずに待っていよう」


 ご先祖様が腕組みをしながら、言い放った。

 

 今日は泊まりなのか? 家に連絡しておかないと。

 それにしてもこの界隈、電波は通じるのだろうか?

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