一
【キツネノカミソリが咲くころ御先祖様がやってくる】
郷土史ライター風間圭はお盆の最中、御先祖様と江戸の町へタイムスリップする。
「それで圭、わたしたちの御先祖様はいつ現れるわけ? すっごいイケメンなんでしょ?」
今日は8月の13日。
夕闇の中、姉と自宅門の前で向かえ火を焚いていた。昼間はうだるような暑さだったにも関わらず、今は風が吹いてだいぶ涼しくなっていた。
風間家は東京在住だが、お盆は8月に行う。
「気まぐれだから、いつ現れるかはわからないよ。それに、ぼく以外の人間には見えない」
「なんだ、つまらないの。お盆だから、会えると思って楽しみにしてたのに」
「横柄な人だから、会わないほうがいいよ。こき使われるのがオチだ」
「御先祖様の悪口は止めときなさいよ。祟られるわよ?」
「もう……遅いよ」
姉のうしろに、御先祖様が立っていた。前回同様、白の着物に水色の袴姿だ。
「圭? どうかした?」
「なんでもない……姉さん、鍋を火にかけっ放しだったんじゃない?」
「あ! いっけない! 賀茂さん、田舎に帰ってるんだった!」
賀茂さんというのは、父の代からいるばあやのことだ。お盆休みで故郷へ里帰りしている。
姉は、バタバタと家の中へ走り込んでいった。
「どうしたんですか?」
「お盆だから帰ってきてやったんだろうが! ありがたく思え!」
「はあ……」
相変わらずの横柄な態度で、命令してきた。
「では……どうぞ我が家へお入りください」
「そうだな。道端でひとりごとを言っていると、近所の連中におかしなヤツだと誤解されてしまうからな」
「誰がですか?」
「おまえに決まっているだろう! わたしの姿は誰にも見えないんだから!」
「そうだった……」
近所の噂の的になるのは嫌なので、御先祖様と家へ戻ることにした。
「おや? これは『キツネノカミソリ』だな?」
門へ足を1歩踏み入れたとたん、御先祖様がしゃがみ込んだ。門のすぐ脇に咲いている、彼岸花に似たキツネ色の花を、興味深く観察している。
「ええ。よくご存知ですね。我が家に昔から咲いています。お盆の時期になると毎年、開花しますよ」
「修行の場に、たくさんの『オオキツネノカミソリ』が咲いておった。懐かしいのう……」
「オオキツネ?」
「この花より大きくて、雄しべが長く突き出しておるんじゃ」
「この花はたしか……花弁がカミソリに似ていて狐色だから、このような名前が付いているんですよね?」
「由来なぞ知らん。早く家に通せ」
「……はい」
とりあえず、応接間へ連れていった。
「おや? これはまた、珍しい物があるな……」
「今朝、塩岡先輩から送られてきたものです」
御先祖様が、ソファのテーブルの上に置かれている箱の中を覗きこんだ。箱の中身は『日本狼の頭蓋骨』と『狐の牙』、三十センチほどの長さの『斧』だ。どれも動物霊を除けるお守りだ。ぼくが遭遇する度重なる変事を心配して、塩岡先輩が苦労して手に入れてくれた品々だ。どうやって保管しようかと考えあぐねていたところだ。
「全部まとめて、かばんにでも入れておけ。すぐに役立つだろう」
「また……何か起こるんですか?」
「おまえが、すぐになんにでも頭を突っ込むからだ! 行者からも散々、関わるなと言われていたはずだ」
「たしかに……でも、意図せず魔と遭遇してしまうのです。どうしようもありません」
「……今の時期は、あの世とこの世が繋がりやすくなっている。お盆が終わるまで居てやろう」
「はあ……ありがとうございます」
箱の中身を、ソファに置きっ放しにしていたメンズトートに移し替えた。元のバッグは去年、葵の家で燃えてしまったので新しく購入した。今度は茶色を選んだ。
どうやら御先祖様は居座るつもりらしい。勝手に仏壇の茶を飲んでいる。害はないか。ぼくは御先祖様を、そのまま放置しておくことにした。
――翌日。
「圭! 仏壇にあげてあった干菓子を知らない? どうして無くなったのかしら……これからがお盆の本番なのに」
「知るかよ。誠たちじゃない?」
「そんなわけないでしょ! 誠たちは、父さんと和弥さんと一緒にキャンプに行ってるのよ!」
「そうだった……なら……」
「心当たりがあるの?」
「御先祖様だろ?」
「なによ! 馬鹿馬鹿しい! 新しいお菓子を買ってくるわ! お母さん、行きましょう!」
「なんだよ。単に買い物に行きたいだけじゃないか?」
着飾ってデパートへ出掛ける母と姉を見送り、玄関から大広間に戻った。
果たしてそこには、ソファ座って干菓子を食べる御先祖様の姿があった。
「やっぱり、あなたでしたか……」
「いいだろ、別に? わたしのために置いてあるんだから」
「それは、そうですが……」
御先祖様といると、どうも調子が狂う。ぼくもソファに座り、しばらく本を読んでいた。
「ん?」
御先祖様が突然、背筋を伸ばして身構えた。
「どうしました?」
「禍々(マガマガ)しい気配がする」
「え? あっ……電話だ!」
家の電話が鳴った。すぐに玄関へ走り、受話器を持ち上げた。
「はい、風間です……え? 姉さん? 電話が遠いよ! もっと大きな声で話してくれないか?」
姉が電話口で何か言っているのだが、ノイズがひどくて聴こえない。
『……目の前に来て……待ってる……』
それだけ言うと、切れてしまった。すぐに姉のスマホにかけた。だが、電源が切れていた。
「どうしたんだろう……」
茫然と受話器を見つめていた。
「呼び出しか? すぐに行こう」
いつの間にか隣に御先祖様が立っていた。
「いいですよ、別に。どうせ、荷物持ちなんだから」
「いや! 今のは助けを求める声だ! すぐに出発したほうがいい」
「え? 本当に? なら、すぐに行きます!」
ベージュのチノパンに白シャツという普段着のままバッグを手に取り、ぼくは家を飛び出した。




