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音がする  作者: M38
ルーツ
33/38

【キツネノカミソリが咲くころ御先祖様がやってくる】


 郷土史ライター風間圭はお盆の最中、御先祖様と江戸の町へタイムスリップする。

「それで圭、わたしたちの御先祖様はいつ現れるわけ? すっごいイケメンなんでしょ?」


 今日は8月の13日。


 夕闇の中、姉と自宅門の前で向かえ火を焚いていた。昼間はうだるような暑さだったにも関わらず、今は風が吹いてだいぶ涼しくなっていた。

 風間家は東京在住だが、お盆は8月に行う。


「気まぐれだから、いつ現れるかはわからないよ。それに、ぼく以外の人間には見えない」

「なんだ、つまらないの。お盆だから、会えると思って楽しみにしてたのに」

「横柄な人だから、会わないほうがいいよ。こき使われるのがオチだ」

「御先祖様の悪口は止めときなさいよ。タタられるわよ?」

「もう……遅いよ」


 姉のうしろに、御先祖様が立っていた。前回同様、白の着物に水色の袴姿だ。


「圭? どうかした?」

「なんでもない……姉さん、鍋を火にかけっ放しだったんじゃない?」

「あ! いっけない! 賀茂さん、田舎に帰ってるんだった!」


 賀茂さんというのは、父の代からいるばあやのことだ。お盆休みで故郷へ里帰りしている。

 姉は、バタバタと家の中へ走り込んでいった。


「どうしたんですか?」

「お盆だから帰ってきてやったんだろうが! ありがたく思え!」

「はあ……」


 相変わらずの横柄な態度で、命令してきた。


「では……どうぞ我が家へお入りください」

「そうだな。道端でひとりごとを言っていると、近所の連中におかしなヤツだと誤解されてしまうからな」

「誰がですか?」

「おまえに決まっているだろう! わたしの姿は誰にも見えないんだから!」

「そうだった……」


 近所の噂の的になるのは嫌なので、御先祖様と家へ戻ることにした。


「おや? これは『キツネノカミソリ』だな?」


 門へ足を1歩踏み入れたとたん、御先祖様がしゃがみ込んだ。門のすぐ脇に咲いている、彼岸花に似たキツネ色の花を、興味深く観察している。


「ええ。よくご存知ですね。我が家に昔から咲いています。お盆の時期になると毎年、開花しますよ」

「修行の場に、たくさんの『オオキツネノカミソリ』が咲いておった。懐かしいのう……」

「オオキツネ?」

「この花より大きくて、雄しべが長く突き出しておるんじゃ」

「この花はたしか……花弁がカミソリに似ていて狐色だから、このような名前が付いているんですよね?」

「由来なぞ知らん。早く家に通せ」

「……はい」


 とりあえず、応接間へ連れていった。


「おや? これはまた、珍しい物があるな……」

「今朝、塩岡先輩から送られてきたものです」


 御先祖様が、ソファのテーブルの上に置かれている箱の中を覗きこんだ。箱の中身は『日本狼の頭蓋骨』と『狐の牙』、三十センチほどの長さの『斧』だ。どれも動物霊を除けるお守りだ。ぼくが遭遇する度重なる変事を心配して、塩岡先輩が苦労して手に入れてくれた品々だ。どうやって保管しようかと考えあぐねていたところだ。


「全部まとめて、かばんにでも入れておけ。すぐに役立つだろう」

「また……何か起こるんですか?」

「おまえが、すぐになんにでも頭を突っ込むからだ! 行者からも散々、関わるなと言われていたはずだ」

「たしかに……でも、意図せず魔と遭遇してしまうのです。どうしようもありません」

「……今の時期は、あの世とこの世が繋がりやすくなっている。お盆が終わるまで居てやろう」

「はあ……ありがとうございます」


 箱の中身を、ソファに置きっ放しにしていたメンズトートに移し替えた。元のバッグは去年、葵の家で燃えてしまったので新しく購入した。今度は茶色を選んだ。

 どうやら御先祖様は居座るつもりらしい。勝手に仏壇の茶を飲んでいる。害はないか。ぼくは御先祖様を、そのまま放置しておくことにした。



――翌日。


「圭! 仏壇にあげてあった干菓子を知らない? どうして無くなったのかしら……これからがお盆の本番なのに」

「知るかよ。誠たちじゃない?」

「そんなわけないでしょ! 誠たちは、父さんと和弥さんと一緒にキャンプに行ってるのよ!」

「そうだった……なら……」

「心当たりがあるの?」

「御先祖様だろ?」

「なによ! 馬鹿馬鹿しい! 新しいお菓子を買ってくるわ! お母さん、行きましょう!」

「なんだよ。単に買い物に行きたいだけじゃないか?」


 着飾ってデパートへ出掛ける母と姉を見送り、玄関から大広間に戻った。

 果たしてそこには、ソファ座って干菓子を食べる御先祖様の姿があった。


「やっぱり、あなたでしたか……」

「いいだろ、別に? わたしのために置いてあるんだから」

「それは、そうですが……」


 御先祖様といると、どうも調子が狂う。ぼくもソファに座り、しばらく本を読んでいた。


「ん?」


 御先祖様が突然、背筋を伸ばして身構えた。


「どうしました?」

「禍々(マガマガ)しい気配がする」

「え? あっ……電話だ!」


 家の電話が鳴った。すぐに玄関へ走り、受話器を持ち上げた。


「はい、風間です……え? 姉さん? 電話が遠いよ! もっと大きな声で話してくれないか?」


 姉が電話口で何か言っているのだが、ノイズがひどくて聴こえない。


『……目の前に来て……待ってる……』


 それだけ言うと、切れてしまった。すぐに姉のスマホにかけた。だが、電源が切れていた。


「どうしたんだろう……」


 茫然と受話器を見つめていた。


「呼び出しか? すぐに行こう」


 いつの間にか隣に御先祖様が立っていた。


「いいですよ、別に。どうせ、荷物持ちなんだから」

「いや! 今のは助けを求める声だ! すぐに出発したほうがいい」

「え? 本当に? なら、すぐに行きます!」


 ベージュのチノパンに白シャツという普段着のままバッグを手に取り、ぼくは家を飛び出した。

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