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音がする  作者: M38
となりの人
32/38

のぞく男

【のぞく男】


 郷土史ライター風間圭は、喫茶店で相席した男から奇妙な話を聴いた。

「自分が居た? のぞいた先にですか?」

「ええ。そうです」


 ぼくは今、サビれた喫茶店でお茶を飲んでいる。取材の帰りに喉が渇いたので、路地裏にあるこの店にたまたま寄ったのだ。あいにく、席はいっぱいだった。見知らぬ男が相席してくれた。四十前後の白髪頭の男で、特徴のない平凡な容姿をしていた。


 男はぼくに不思議な話をはじめた。


 3ヶ月前、アパートの隣の部屋に誰かが入居してきた。壁の隙間から覗いてみると、なんと自分が居たというのだ。いまどき隣の部屋との境に隙間があるというのもおかしな話だが、男は大真面目に話している。妄想にとらわれたおかしな人間という感じでもなかった。


「そんなバカな……それで、どうしたんですか?」

「どうもこうも、びっくりしてひっくり返っちゃいましたよ。翌日の朝、男が出勤するところを窓からのぞいてみたら、やはりわたしでした」

「あなたは……双子なんですか?」

「ちがいますよ! 仮に自分の知らないところで兄弟がいたにせよ、あんなに瓜二つなわけがありません。それにその男、わたしと同じ背広を着ていたんですよ!」

「……白昼夢のようなモノではないんですか?」

「いいえ。その証拠に、わたしは彼の恋人と寝たんです」

「ええー! 彼女は恋人とあなたの区別がつかないんですか?」

「みたいです。わたしは隣人の生活をのぞいているうちに、彼の恋人を好きになってしまいました。ですから、彼女が隣人とわたしを間違えたことを幸いに、そういう関係になってしまったのです」

「でも……部屋は違うわけですよね? いくらなんでも、彼女だって部屋を間違えたことには気が付いていたでしょう?」

「それが……彼の部屋とわたしの部屋はまったく同じなんです」

「へえ……」


 段々と気味が悪くなってきた。のぞきだけでも罪なのに、部屋まで似せたのか? だとしたら、目の前のこの男は、隣人かその彼女のストーカーかもしれない。


「すみません、急用を思い出したので、すぐに行かないと……」


 コーヒーを半分残したまま、席を立った。


「あの……わたしのそっくりさんに会ったら、指輪の注文書はソファの下に落ちていると伝えてくれませんか?」

「指輪? はあ……」


 これ以上は関わり合いになりたくないので、お勘定をしてすぐに店を出た。ソファの下? 何を言っているんだか。

 ところが後日、ぼくは彼にそっくりな男に出会ったのだ。


 仕事で神奈川県のある駅に降り立った。

 あの男が駅前でチラシを配っていたのだ! 避けようと方向転換したのだが、それより早く彼が近づいて来てしまった。


「あの……」


 ぼくは焦った。


「わたしの恋人が1ヶ月前から行方不明なんです。この女性なんですが、知りませんか? アパートからいなくなってしまって……」


 彼はぼくがわからないようだった。手に持ったチラシを1枚、こちらに寄こした。

 その印刷物には、長い髪の女性の写真が載っていた。


「あの……あなたと先日、喫茶店で同席しましたよね?」

「え? あなたとですか? それはいつどこで、ですか?」

「えーと……1週間前の金曜日、渋谷で午後の3時ごろです」

「わたしは昼間は仕事をしているので、喫茶店には行きません。それに、職場は神奈川県です」

「そうなんですか? ぼくは、あなたによく似た男とお茶を飲みましたよ」

「なんですって! ちょっと、こっちに来てくださいませんか?」


 駅前にあったコンビニの駐車場まで連れて行かれた。


「わたしの話を聴いてもらえますか? 実は……」


 男が語りはじめた。


 3ヶ月前、あるアパートに引越した。そこは築五十年以上の古い建物で、あちこち隙間だらけだった。そのアパートに住んでから毎日、視線を感じるようになった。それは夜、部屋に帰ってから朝、仕事に出掛けるまでずっと続いた。しまいには、仕事中や電車での移動中も視線を感じるようになった。さすがにおかしいと思い、監視カメラを取り付けた。1週間撮影したが何も映っていなかった。2ヶ月後、恋人が居なくなった。恋人はそのまま行方不明になり、捜索願を出しても見つからなかった。何がなんだかわからなくなり、男はノイローゼのようになっていった。


「ある日わたしは、壁の隙間からのぞく目を発見してしまったのです! 隣の部屋へ行って見ると……わたしをのぞいていたのは、わたし自身だったのです!」


 気味が悪くなってきた。彼はもしかしたら、二重人格というヤツなのかもしれない。目の前の彼は、喫茶店で話した男にそっくりだった。彼が彼でないと言うなら、誰だと言うのだろうか。


「ぼくにはよく、わかりません。それと……ぼくが喫茶店で会った人とあなたは……まったくの別人でした。ごめんなさい。人違いでした」

「待って! 何か知っているのなら、教えてくれませんか!」


 そのとき、彼が1週間前、去り際に言った言葉を思い出した。


「あの……指輪の注文書は、ソファの下に落ちているそうです」

「え? そうですか……わかりました。見つからなくて困っていたんです」


 彼はニッコリと微笑み、ゴミ箱にチラシをぜんぶ捨てると、どこかへ行ってしまった。

 ぼくは唖然として、その場に取り残された。


 

――翌日。


 神奈川県の雑木林から、若い女の死体が見つかった。死後1ヵ月が経過していた。死体は土の中に埋められていた。散策中の男性がぐうぜん発見した。

 犯人は女と同棲していた40歳の男で、別れ話のもつれから殺したと見られている。殺された女の薬指には、男が宝石店から受け取ったエンゲージリングがはめられていた。男は同じ指輪をはめて自殺していた。

 新聞に載っている写真を見た。殺された女性は、ぼくが男にもらったチラシに載っていた女性だ。犯人は、あの男だった。

 


「それで? 圭、たしかに気味が悪いけど、この話のどこがそんなに不思議なの? ストーカーの妄想話でしょ?」

「この話の不思議なところは、男が宝石店から指輪を受け取った直後にアパートで自殺したってところだよ。男には雑木林に行って女の死体を掘り返し、指輪をはめる時間はなかった」

「そうなの? だったら……誰かが男の代わりに殺された女性に指輪をはめたんじゃない? 共犯者はいたの?」

「単独犯だ。死体は発見されるまで、掘り返された形跡はない」

「じゃあ……女がはめていた指輪と同じ指輪を、男が注文していたってことじゃない?」

「いや、指輪は手作りの特注品で1点物だ。この世に2つとない代物なんだ」

「だったら……指輪が勝手に飛んでいって、恋人の指に収まったんじゃない? 馬鹿馬鹿しい! また、あんたのお得意の幽霊話なの?」


 瞳は若干、イライラしながら答えた。

 この、歳の離れた弟は一体全体、なんだってこんなおかしな話をわたしに聴かせるのだろう?


「そうとも言えないんだ……実は、この話には後日談があってね……」


 

 男にチラシをもらった翌週、もう1度仕事で、神奈川県のあの駅へ降り立った。ある家を訪ねてくれと、依頼があったからだ。偶然にもその家の主は、あの男のアパートの大家だった。男のアパートは取り壊し寸前の旧い建物で、住民は自殺した男だけだった。男は仕事にもきちんと通い、かわいい恋人もいた。10年間住んでいたが、家賃が滞ったことは1度もなかった。

 ある日、契約の件で話があったのでアパートを訪ねた。彼の部屋の隣のドアが半開きだったので、のぞいてみた。男が壁の隙間から、自分の部屋をのぞいていた。見てはいけないものを見てしまったような気がして、黙ってドアを閉めた。ところがその直後、男の部屋から男が出てきたのだ! 大家はビックリして、もう1度、隣の部屋のドアを開けてみた。果たしてそこには、男がいた! 壁の隙間から隣の部屋をのぞいている。振り返ると、男が階段を降りていくところだった。

 それから何度も、そのようなことが続いた。男が2人いるのだ! 男が一方的に、もう1人の男をのぞいていた。大家は好奇心に駆られ、男の部屋をのぞく男を、何度ものぞきに行った。そうこうしているうちに、今回の痛ましい事件が起きてしまったのだ。



「なによ、それ! やっぱり、怪談話じゃない。自分のドッペルゲンガーを見るならわかるけど、どうして大家と圭は、他人の分身を見なくちゃならなかったわけ?」

「姉さんもだいぶ、心霊現象に詳しくなったみたいだね。そうだよ。ぼくは赤の他人のドッペルゲンガーを見てしまったんだ。しかも2人も」

「2人? 今の話の中に、アパートの男のドッペルゲンガーは1人しか出てこないわよ?」

「実は……その大家というのが、男にそっくりなんだ。声から仕草から着ているのものまで全部」

「なんですって! どういうことよ!」

「さっきの事件だけど……女性の死体の第一発見者の男性は、その大家なんだ。彼はアパートの男に指輪を託され、雑木林に行って死体を掘り返し、女に指輪をはめた。その後、警察に通報したと言っていた」

「じゃあ……指輪は第一発見者の大家がはめたのね? でも……なんで? しかも大家は、犯人のドッペルゲンガーだった? ややこしいわね!」

「自分たちの婚約を世間に知らしめたかったと言っていた。現実では、女が男との結婚を嫌がり、別れようとして殺されたらしい」

「自殺した男と大家が同一人物だったのなら、近所の人が気がつくでしょう?」

「いや、気がつかないよ。だって、ぼくが訪ねて行った家は空き家だ。ぼくは遺族の依頼で、亡くなった大家の家へ古文書を探しに行ったんだ。合鍵を持たされてね」

「どういうことなの……」

「大家は死体を発見した翌日、事故で亡くなったんだ」

「それで? そのあと……圭はどうしたの?」

「どうもしないよ。男に、一緒にアパートへ行って隙間から中をのぞきませんかと誘われたけど、断った」

「なんで?」

「ぼくもその男の、ドッペルゲンガーにされては堪らないからね」

「どういうこと?」

「そういう妖怪がいるんだ。相手に付きまとい、自分に興味を持たせる。最終的にこちらをのぞかせて、自分に取り込んでしまうんだ。取り込まれた人間は死んでしまう。だから自分が見られていると感じでも、そのことに興味を持ってはいけないんだ」

「そうなの? でも……本当にストーカーみたいな危険人物だったらどうするのよ。早目に対処すべきじゃない?」

「それとこれとは別だろ? のぞいているのは、自分にそっくりな妖怪なんだから!」

「圭……あんたのうしろから……」

「え! 姉さん、やめろよ!」

「フフ……うそよ! あんたが気味の悪い話をするから、お返し!」

「なんだよ……あ! 電話だ!」


 仕事の電話が入り、圭はすぐに出掛けていった。



――だが、すぐに戻ってきた。


「ただいまー!」

「あれ……圭? 今、出掛けたばかりじゃないの?」

「なに、言ってんだよ! 朝早く仕事に行って、今やっと帰ってきたところだぜ。ぼくのドッペルゲンガーでも見た?」

「ドッベル……さっきまで一緒に居た男って……圭じゃなかったの? もしかして……わたしにも霊感ある? ……早く手を洗ってらっしゃい。お茶でもいれるわ」

「うん、ありがと」

「まさか圭……のぞいた?」

「なにを?」

「なんでもない……」



(おわり)

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