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音がする  作者: M38
穴の中
20/38

 金曜の深夜バスは満席だった。弁当を買い込み、寝ていくことにした。あかりを迎えに行くのは気が重かったが、歴史のふるさへ行かれるのは単純にうれしかった。


 奈良には早朝着いた。快晴だった。そのまま電車を乗り継ぎ、葵の実家のあるG市に到着した。神社や古墳が点在する、歴史とロマンにあふれた神話のふるさとだ。有史以前から住む豪族の『土蜘蛛伝説』があるところだ。


 小さな駅で葵の家の住所を尋ねると、山の麓の集落だと説明された。葵は都会的な雰囲気の女性という印象が強かっただけに、山奥に実家があることが意外だった。奈良と聴いたときから、葵がお姫さまのように優雅な暮らしをしているイメージを勝手に抱いていた。


 ガラガラのバスに乗り、葵の住む集落までやってきた。昔ながらの風景がひろがる素朴な土地だった。女性がひとりで来るには少々寂しい場所だ。あかりは本当に、こんな山奥までひとりでやって来たのだろうか? ここまで来る間、何度も葵の家とあかりのスマホに電話を入れたが、どちらもまったく通じなかった。

 バス停に降り、まっすぐに続く1本道をどこまでも進んでいった。車が1台、かろうじて通れるぐらいの広さだ。右側に小高い山がいくつも並び、左側には畑が広がっている。畑の向こう側は斜面になっていて、下に川が流れているようだ。ところどころに古い農家や田舎屋が点在していて、なんともいえないのどかな雰囲気を醸し出していた。葵の家に近づくにつれ、期待と不安で胸がドキドキしてきた。あかりには悪いが、葵がどんな女性に成長しているのか興味があった。葵はまだ、独身なのだろうか? 相変わらず、美しいのだろうか。


 1本道のどん詰まりに、小山を背にした大きな田舎家があった。表札は出ていないが、ここがたぶん葵の家だろう。田舎家の真後ろには巨大なムクの木があり、青い実をたくさんつけていた。その家は岡山の行者さんの家と造りがよく似ていた。葵の家は、古びてあちこち傷んでいた。周りの畑も荒れ果てていてた。こちらも、岡山の行者さんが仕事をしなくなった頃の様子とよく似ていた。

 7年ぶりに葵に会えるかと思うと、あかりのことも忘れて浮き足立った。開口1番、なんと言えばよいのだろうか。とまどいながらも、期待を胸に玄関のチャイムを鳴らすと、すぐに葵の母親らしき人物が出て来た。初老の女性で、葵によく似た美人だった。


「いらっしゃいませ」

「突然、すみません。電話が通じなかったものですから。東京から来た風間圭と申します。春日あかりさんがこちらにいらっしゃると聴きまして、迎えに……」

「風間はん? もせやけどだんさんて……あかりはんとお付き合いされとった、東京の方やろか?」

「はい、そうです……昔の話ですが」

「葵から風間はんの噂はえらい聴かされていまんねんわ。ほんまに、葵が言うとおりええ男やし、どえらい澄んだ素敵な声をお持ちやね」

「いえいえ、そんな……」

「そういえば、申し訳おまへん。うちの電話はずっと故障しとるんや」

「そうでしたか……あの、あかりさんは……」

「あかりはんは昨日うちに来て泊まって行きたんや。でも、今日の朝早くに、葵と2人で旅行へ行きたんや」

「え? 旅行へ……どちらへですか?」

「行き先はわかりまへん」

「連絡はつきますか?」

「葵は携帯やスマホは持っておらへんんや」

「ええ! そうなんですか……」


 せっかく来たのに、葵とあかりは旅行へ行ってしまったらしい。ぼくはあかりに会わなくて済んだことへの安堵感と、葵に会えなかったことへの失望感を同時に味わい、複雑な心情になった。


「あの……あかりさんは、どんな様子でしたか?」

「そうやね……元気はなかったや。何ぞ悩んでいるようやった。葵のとこへ相談に来たみたいやったよ。とつぜん来られて、葵も驚いておったんや。2人は明日、戻ると言っておったんや」

「あした……ですか」


 あかりはやはり、落ち込んだままみたいだ。どうやって励まそうか。


「風間はん、せっかくやので、葵の部屋を見ていっておくんなはれ。お願い致しまんねん」

「葵さんの、部屋をですか?」

「葵は風間はんがあかりはんの恋人だと知りながら、あんはんのことが好きやった。東京から戻ったあとも、あんはんのことばかり話しておったんや。恋人も作ろうとせず、見合い話も断って。お願い致しまんねん。1度でええから、葵の部屋へ上がってあげておくんなはれ。あの子の心を知ってやっておくんなはれ」

「あの……」


 ぼくは困惑した。葵はやはり、ぼくのことが好きだったのか。でも、部屋を見てくれとはどういうことだろうか。


「どうか、1度でええのでお願い致しまんねん!」

「はあ……」


 女性の部屋に、それも本人不在のところへ入るのは気が引けた。だが、葵の母親の熱意に押されて断りきれず、お邪魔することにした。


 葵の部屋は、1階の1番奥にある納戸のような場所だった。裏の椋の木の根元にあたる辺りだ。高い木があるせいか、日の光があまり入らない暗い部屋だった。葵の母親が明かりをつけた途端、ぼくの笑顔が飛び込んできた。入り口の戸の真正面に、ぼくたち3人の写真を拡大したポスターが貼ってあった。大学生の頃のぼくたちだ。他にも、葵とぼくとあかりの3人で写した写真が壁一面に貼られている。ポスターの下に置かれた机には、3人で遊びに行った場所のパンフレットやチケットの半券が、きれいに並べられていた。その1枚1枚に、楽しかった思い出や感想がこと細かく書き込まれていた。想いの込められたそれらの文章には葵の、ぼくへの隠せぬ心情が綴られていた。これらの品物に囲まれて7年間も葵は、ぼくとの思い出に浸っていたのだろうか。こんなにたくさんの場所へ、ぼくたちは一緒に出掛けていたのか。しばし懐かしさに埋もれ、ぼくは言葉を失った。


「これがあの子の思いや。ご迷惑かもしれまへんが、最後に風間はんに知っておいてもらいたかったちうわけや。あの子はおのれの感情を押し殺してしまう子や。わいもようしらんが、たぶんあかりはんに風間はんの写真を見せられ、話しを聞いとるうちにあんはんに恋をしてしもたのだと思うで。やから葵はわざわざ東京へ働きに出たさかいしょう」

「そうでしたか……ぼくは、何も知らずに7年間を過ごしてきました。葵さんはずっとぼくを……。彼女はいまでも、お元気で変わらないのでしょうか?」


 写真はぼくらの学生時代の物だけで、現在の物は1枚もなかった。


「はい、元気で畑をやってくれていまんねんわ。あの子の気持ちを思うと不憫でなりまへん。だから、風間はんに葵の想いを、知っておいてもらいたかったんや」


 知らなかったとはいえ、ぼくはこの7年間、2人の女性に悲しい想いをさせてしまったのだろうか。女心がわからないにもほどがある。旅行気分でここまで来てしまった自分が恥ずかしくなった。

 ぼくの葵に対する抑えがたい心情はあかりにまで知られていた。ならば、葵本人に伝わらないはずがない。寂しい山奥で葵はずっと、ぼくとの思い出に浸っていたのだろうか。7年前、このような想いをおくびにも出さず、葵はいつも涼しげにぼくに微笑んでいた。

 女性という者は表面は笑っていても、うちに深い情熱を隠し持っているものなのだろうか。暢気なぼくはこの7年間、2人の女性の想いも知らずに、ただただ趣味のような仕事に没頭していただけだった。


 葵の部屋に衝撃を受けたぼくは、すぐに彼女の家を辞した。


「風間はん! 絶対に絶対に明日の夕方、来ておくんなはれ。ずっと待っておるさかい!」


 葵の母親に、何があっても絶対にうちに寄ってくれと何度も頭を下げられた。ひと目でいいから葵に会って欲しいと。あかりの両親同様、遠ざかるぼくをいつまでも見送ってくれた。1本道を振り返らずに歩きながら、ぼくは16年前、岡山の行者さんを置いて東京に帰った日のことを思い出していた。あのときも、ぼくの心は罪悪感でいっぱいだった。


 バスを待つ間、あかりの両親と叔母、そして母に電話を入れた。あかりが葵のうちに1晩泊まったことを報告すると、みな安心してくれた。捜索願はとりあえず出さないそうだ。

 それにしても、あかりも人騒がせなヤツだ。葵まで巻き込んで。たぶんあかりは、直前でぼくに会うのを躊躇チュウチョしたのだろう。あかりらしくないが、彼女も、もう三十路前の女だ。思うところがあったのかもしれない。再会しても叱ったりせずに、一緒に東京へ帰ろう。いまさら2人の女性の心情を知ったところで、どうこうなれるわけでもないのだから。



 駅に着いたが、ホテルのチェックインには早すぎる時間だった。せっかくなので観光名所を訪れてみることにした。


 そのまま歴史文化館へ足を運んだ。良いお天気なので、そこを起点に観光コースを歩いて巡ることにした。文化館のうしろには大きな山がそびえている。この山の麓には日本の歴史がはじまる以前から原住民が住んでいた。その人たちがそのまま、大化の改新につながるほどの豪族になっていったと考えられている。そのため、遺跡や寺社などの見所がいくつも点在している。有名な行者や修験者たちの、修行や開眼の場所としても有名だ。ぼくは運動神経はないが健脚なので、山道などは得意としている。山麓に沿って急な坂道を登りながら、天孫降臨の伝説や古い言い伝えのある由緒ある寺社を見て歩いた。まさに神話のふるさとだ。


 お昼近くになり、代官屋敷のある平らな場所に出た。ほのぼのとした田舎道を進み『土蜘蛛塚』で有名な神社に到達した。鳥居の前に蜘蛛塚があった。ここと境内と本殿の下と3箇所に土蜘蛛が封印されている。途中の山の中にも蜘蛛窟があった。奈良以外にもあちこちに土蜘蛛の伝承は残されている。土蜘蛛という妖怪は、大和朝廷に反抗していた土地の豪族を表したものらしい。非常に古い土着民族で、胴が小さく手足が長く、尾があり土に穴を掘って生活していたと伝えられている。天皇に葛で作られた網で捕らわれた土蜘蛛は、この神社に埋められ封印された。天皇はその後、ヤタガラスに導かれて伊勢に入っていった。土蜘蛛伝説とは、大和朝廷に制圧されていった地方豪族の歴史でもある。この神社の祭神は土佐の神社の神と同一だという説もある。土佐といえば、四国の塩岡先輩を思い出して電話をかけた。


「あれ? 電源が……」


 なんと、電源が切れていた。相当、焦って出て来たみたいだ。電源コードも持っていない。電話はあきらめ、遅い昼食をとろうと田舎道の脇に腰を降ろした。途中の茶屋で購入した発芽玄米のおむすびを食べた。古めかしい山里の風景を眺めていると、まるで古代人にでもなったかような錯覚を覚える。


 だが、唐突に2人の女の姿が思い起こされ、一気に現実に引き戻された。奈良に来たのは失敗だった。いったい、どんな顔をして会えばいいのだろうか。7年前のように逃げ出したくなった。現実逃避したくなり、食事が終わったあとも、のどかな田園景色をいつまでもボウッと眺めていた。


「もし、あんはん?」


 突然、道を歩いて来た老人に声をかけられた。


「え……ぼくですか? なんでしょうか」

「いえ、あんはんのうしろに男性の影が見えたものやろから……」

「ご老人、もしやあなたは霊能力があるのですか? その男性とは、どのような男でしょうか?」

「さあ……そこまでは。ただ、男性が憑いとるなと感じたものやろから。わいはこの先の寺の住職をやっておるんや」

「そうですか……ぼくも少し霊感がありますが、いままで気がつきませんでした。危険なものなのでしょうか?」

「そこまではわかりまへんが、何年も前から憑いとるみたいや」

「何年も? 男? 心あたりがないな……。でも、気をつけます。ぼくは東京から来た郷土史専門のフリーライターで、風間圭という者です」

「ほう、郷土史のライターはんやろか? わざわざ東京から……観光やろか?」

「いえ。人を迎えに来たのですが、今日は会えなくて……明日、出直すんです。時間があるから史跡を見て回っています」

「目当ての人が不在ではお困りでっしゃろ? 今日はどちらにお泊りで?」

「まだ決めていません」

「やったら、うちの宿坊へ泊まりまへんか? お金やらなんやら取りまへんから。なんとなくあんはんが心配だし、せっかくこの地にいらっしゃったのに目当ての方が不在では、申し訳ない。土地の神さまに代わってわたくしが案内して差し上げまひょ」

「本当ですか? ありがとうございます。大変、助かります」

「寺にはすぐに来られまっしゃろか?」

「申し訳ありません。このあたりを観て歩きたいので、そのあとでもよろしいでしょうか?」

「そうやろか? やったら、わいが案内して差し上げまひょ。わいの寺もこの先やろからちょうどええや。すぐに出発できまっしゃろか?」

「はい! それでは、お言葉に甘えてよろしくお願い致します」


 親切な住職のお蔭で今日、泊まるところが確保できた。土地の案内もしてくれるらしい。住職と一緒に、土蜘蛛伝説に名高い総本山の鳥居をくぐっていった。土曜日でお天気がいいこともあり、観光客がたくさんいた。ここは最近パワースポットとしても人気があるのだ。蜘蛛塚は境内の隅にあり、木に隠れ大きな石に封印されていた。


「これが有名な蜘蛛塚や。千本もの足を持っとったといわれていまんねんわ。まあ、伝説やけどね。でも、わいの祖父やらなんやらは本気で信じておったんやがね。この神社の塚から逃げ出して、あっちの山の麓の窟に住みついたとね。ほんで旅人の精気を吸って生きとると……」

「伝説イコール、その土地の歴史ですからね」

「実は……三十年ほど前の秋頃に、若い男の旅行者の遺体があの山裾の川から発見されたちうわけや。自殺で片付けられたが……ほんまは、精巣部分が切り取られておったんや……」


 住職が指し示した方向には、葵の実家がある集落のうしろにそびえる山があった。


「あの山麓あたりで、ですか? ぼくは今日、あの村を訪ねてから、ここまで歩いて来たんですよ」

「そうやったか? このあたりでは土蜘蛛に精気を吸われたと噂になっとる。あんはんも気をつけたほうがええ。あの村は大昔から若い男が大勢いなくなっとるんだ。死体で発見される者もいるが、必ず精巣部分が切り取られとる。どこかに窟があり、そこに土蜘蛛が住んでいると言われとる。男を引っ張り込んで精だけもろて食べると言われとるんや」

「そんなことが……。ぼくが行った感じでは、普通の村でしたが……」

「そうやな。まあ、不幸が続いたちうだけで、電気もアンテナも通った普通の村や。妖怪が住んでいるちうわけではおまへん。村人は皆、普通の人間や。やけど、ちがう形をした人間が住んでいるとも言われとる」

「ちがう形? どういうことですか?」

「よくわかりまへんが、昔からそういう噂があるのや」

「そうですか……」


 住職の話を聴きながら蜘蛛塚を改めて見直すと、なんだか不気味な感じがした。あの村には本当に土蜘蛛が住んでいるような気になってきた。


 そのあと、住職から土地の案内を受けながら素朴な田舎道を進んでいった。初夏とはいえまだ少し肌寒く、山歩きには丁度よかった。遠くの山々を眺めながら、歴史のある神社を参拝し古い街並みを通り過ぎた。

 住職は立花さんといって、代々寺を継いでいる家系の人だった。土蜘蛛伝説にも詳しく、個人的に村の郷土史作りもやっていた。彼の寺に着くころには、すっかり日が暮れて寂しい時間帯となっていた。



 カナカナカナカナ、カナカナカナカナ。



 そこは駅のそばにある、由緒正しい小さなお寺だった。きれいに掃き清められた境内を通り、ピカピカに磨き上げられた本堂にお参りした。立花住職は妻に先立たれ1人暮らしだった。息子さんは他の寺で住職をやっている。将来はその息子さんがこの寺を継ぐらしい。こまごまとした仕事は近所の檀家の人がやってくれるそうだ。小さな共同体で人々が協力し合って生きている場所だった。


 住職に電話を借り、母へ寺へ泊まることを報告しておいた。

 あかりのスマホは、相変わらず電源が切れたままだった。あかりのやつ、スマホの電源を落としたまま、葵とどこに行ったのやら。明日の夕方、葵の家で本人たちに会うしか他に道はなかった。

 彼女たちのことを考えると、本当に気が滅入る。どちらにしても、明日は3人が3人とも、複雑な思いをするしかないのだろう。ぼくたちは、笑って再会を喜び合えるような仲ではないのだから。世の中の男たちは、自分が捨てた女性と再会するとき、どのような態度で臨むのだろうか。自分の経験の無さが恨めしかった。


 夕飯は、近所の人が持ち寄ってくれた郷土料理だった。胡麻豆腐や飛鳥鍋という土地の鶏を入れた牛乳ベースの白い鍋。わざわざ柿の葉寿司まで買ってきてくれた。奈良漬や京野菜のおひたし、茶粥も作ってあった。よその家の奥さん方が何人かでもてなしてくれた。


「昼間、電話で東京からどえらい、ええ男が寺に泊まるからごちそうの用意をしてくれと隣りの家に電話をしておいたんや。こないなに女性が集まるとは思ってもみなかったや」

「住職さまだってええ男ではおまへんやろか? それにしても風間さま……東京の人は皆、そないなにええ声を持っとるんやろか?」


 集まった女性陣が、やたらとぼくを持ち上げてくれた。


「彼は特別や。さわやかな、よく通る声をしとる。風間はんの声は魔を寄せ付けへん、魔除けみたいなもんやな。風間はんなら、あの村へ安心して送り出せまんねん。さあ、風間はん、どうぞ。飲みまひょ!」

「いや……ぼくは酒は苦手で……」

「そういわんと。わいも何ぞ口実がないと飲めまへんから!」

「では、1杯だけ……」


 苦手な酒をしこたま飲まされ、めずらしくぼくは酔っ払ってしまった。トイレに立ったとき、軒下に大きな蜘蛛が巣を張っているのが目についた。


「このあたりの蜘蛛は大きいんですね」

「ええ。そうやね。都会から来た人は大抵、驚かれまんねん。わいどもは慣れてまっしゃろからね。暖かくなると蜘蛛の巣が増えてえらいや。夕方になると、すぐにこうやって巣を張りだす。獲物を待ち構えてセッセと糸を編むんやわ」

「獲物を、待っているんですね」

「伝説の土蜘蛛は土の中に穴を掘り、くもの糸で戸を作るんや。秋になるとフェロモンを出しながらメス蜘蛛が戸を開けて、寄ってきたオス蜘蛛を引っ張り込む。精だけもろて翌年の夏に子を産むんだ」

「こどもを……これから産卵の時期を迎えるんですね……あっ」



 カナカナカナカナ、カナカナカナカナ。



 とつぜん鳴きはじめたヒグラシに、ぼくは少しだけ驚かされた。

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