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音がする  作者: M38
音がする
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「おかえり、あきら! 今日はあきらの大好きなハンバーグだよ!」


 母が満面の笑みで出迎えてくれた。鼻歌交じりで上機嫌だ。どうしたのだろう? ぼくの母は駅の近くのスナックで、ちいママとして働いている。最初は賄いだけだったが、美人で明るい母はまだ若く、客の相手もするようになった。茶髪のロングを派手なパーマで広げ、いまどき口紅もマニキュアも真っ赤っかにしている母だが、派手な顔立ちにはやけに似合っていた。甲高い笑い声は勘に触るが、店ではたいへん受けているらしい。明るい性格だから、飲み屋のにぎやかし要員にはピッタリだ。これでレディースのトップだったというのだから、恐れ入る。この界隈では、昔から目立っていたらしい。

 両親共に18歳で親になった。地元のヤンキー仲間で同級生。父の18歳の誕生日、婚姻届けを出しに行ったその日の日没間際に、父は殺された。祖父も祖祖父も同じ運命を辿っている。ぼくの家系は18歳の誕生日、たそがれどきに殺される。大神家の男はみな早熟だから、そのときすでに子供がいた。父の命日はぼくの誕生日でもある。


 タマを玄関に降ろしながら、母に尋ねた。


「今日はどうしたの? お店、休みなの?」

「うん。ママさんが病気で臨時休業。だから料理してたんだ。来週の土曜日は明男、明ちゃんの命日だし。あの人も大好きだったから! ハンバーグ」

「だったら、明日もスナック休みなの?」

「休みなわけないじゃん! 明日からバリバリやるよ!」

「なんで? ママさん病気なんだろ?」

「長引きそうなんだって! しばらくは大神さんにスナック任せたいって言われちゃったんだあ~」

「へー。ちいママからママへ格上げかあ」

「へへ。不謹慎だけど、わたしにも運が回ってきたみたい! 10年間、がんばった甲斐があったね! 道具を手入れしたり、仕込みをしたりしてたんだ。明日からは、スナック『トワイライト』のママさんだよ!」


 母は心からうれしそうだった。そりゃそうだろう。スケベ親父の酒の相手を散々してきて、いつまでもたってもちいママじゃやり切れない。息子も、もうすぐ死んでしまうし。今週ママさんが病気になって、母が幸せになった。でも来週、彼女の息子は死ぬ。人の幸せは、人の不幸の上に成り立っている。それがこの社会のルールなんだ。母がいつも見下しているあの川沿いの家に住む人たち。母もあの界隈の出のくせに。権力者はいつだって、市井の人々の上を踏みにじりながら、巨人のごとく闊歩していく。我が家のように上から下を見下ろしながら。

 世の中には幸と不幸と2種類のボールがあって、それらを皆が交互にリレーし合っているのだろう。だから幸せのあとで、すぐに不幸がやってくるのだ。だったらぼくの一族は、いったいどうしたことだろう。不幸のボールを他人にわたさず、己の血縁関係の中でぐるぐるぐるぐる、回し続けているのだろうか。


「早く手を洗ってきて、明ちゃんに手を合わせたらご飯にしなさい」

「うん」


 玄関に飾られた西洋人形の前にスマホを置いた。子供の頃から家の中ではこういった文明の利器は使わない習慣だ。その分、母の話し相手になってあげなくてはいけない。18歳で人生が終わってしまうぼくができる、精一杯の母への親孝行だ。といっても、母の仕事とぼくの通学時間はまったく合わなくて、話ができる機会はほとんどない。

 我が家の下駄箱の上には、母のコレクションが所狭しと並べられている。碧い眼の西洋人形は母の嫁入り道具で、真っ赤なドレスのアンティークドールだ。その隣りで玉乗りをするピエロの人形は、父がゲーセンで取ってくれたという、母が父からもらった初めてのプレゼント。アンティークショップで購入した年代物のビスクドールや陶器の人形が、それらと一緒に飾られている。


 奥の洗面所で手を洗うと、玄関の脇にある居間で父の仏壇に手を合わせた。おなかを空かして擦り寄るタマの皿に猫缶をあけ、台所のテーブルについた。


「あきらは本当に明ちゃんにそっくり! たった1年しか付き合えなかったけど、幸せだった。あのころはまだ明ちゃんのお母さんもこの家に住んでいて、うちみたいな母子家庭だったのよ。お義母さんはわたしがここに住みはじめたら、すぐに再婚して出て行っちゃったけどね。来週の法事は再婚相手の親子と一緒に来るってよ。あきらは初めて会うんじゃない? 一応、あんたの義理のおじいさんと叔父さんだからね。2人とも外国人だから驚かないでよ。目が玄関のフランス人形みたいに真っ青! それにしても……あきらはほんと、いい男になったわねえ。女ったらしのところなんて、明ちゃんに瓜二つ!」


 ご飯をよそうながら母が嫌味を言う。父とぼくとじゃ大違いだ。ぼくはこどもは作らない。


「あれ? 爪、短く切ったんだ? めずらしい。ママさんは気合がちがうなあ。母さん、残念ながら、もう女遊びはしてないよ」

「へー? これ以上、女の子たちを泣かすのはやめたんだ? 来年、受験だもんね。優子ちゃんはどうしたの? 今年はクラスも一緒になれたんでしょ? あの子、他の子とちがっていい子だったわよね。わたし、あの子だけは気に入ってたのに。アザと一緒に去った? めずらしく長続きしてたのにね。明ちゃんとわたしのときみたいに……」

「優子の話はすんなよ!」

「はいはい。来週の十九回忌の法事では、十七回忌のときみたいな修羅場はごめんよ!」

「わかってるよ……」


 前回の十七回忌のとき、当時付き合っていたエリカという女が、どうしても法事に行きたいと言い出した。仕方なく呼んでやったら、それを聞きつけた浮気相手の女子高の女が乗り込んできて、エリカと修羅場になった。そのとき叔父さんたちにさんざん怒られたから、親戚たちにはもう会いたくない。今年はぼくの18歳の誕生日だから、母がわざわざ19回忌の法要を企画してくれた。ぼくが出ないわけにはいかないのだ。

 食卓には手作りのハンバーグと共に、フライドポテトや野菜スティック、お新香に鶏のからあげ、チーズオムレツにオリーブやアボカドといった見事なスナックメニューが並んでいた。ほとんどが冷凍食品だ。ハンバーグだけは、調理師だった前の彼氏に教わった本格的な代物だ。ひき肉なんか使わないで、高級牛肉を細かくて切り刻んで入れてある。父と暮らしはじめたころは野菜炒めしか作れなかったと聞いているから、母にしてはすごい進歩なんだろう。料理の腕前は、母子家庭で育ったぼくのほうが上だ。


「それにしてもさっきの男の人! かっこよかったね? スラッとして芸能人みたいだったじゃん! 何してる人?」

「あ! そうだ! 名刺、名刺……ほら、これだよ! 風間圭さん。東京のフリーライターだって。役場に頼まれて郷土史の編纂に来てるんだ。すっごいイケメンだったよ!」


 放りっぱなしだったカバンから風間さんの名刺を取り出し、母に見せた。


「あんたがそんなに饒舌になるなんて、相当すてきな人なんでしょうね? 顔が見えなくて残念!」

「母さんの好みとはちょっと違う。さわやかで真面目そうな人だったよ」

「別にそんな気ないわよ? わたし、そんなに惚れっぽくないよ!」

「いつだって再婚していいんだよ? 母さん、まだ若いんだし……」

「そんな気ないよ。明ちゃんとの思い出だけで充分! 忘れ形見のあんたもいるし!」


 ぼくは知ってるんだ。母がいままで何人か彼氏がいたことを。その全員が、美人で陽気な母と結婚したがっていたことを。でも、母は再婚を拒み続けている。ぼくが死んだら母は1人だ。いい人がいたら、その人と一緒に人生をやり直して欲しい。


『ミャー』


「あ、タマ。から揚げ食べるか?」

「ちょとちょっと! タマはドライフードと猫缶オンリーにしてって言ってるでしょ? 猫は歯の管理がたいへんなんだから! タマはもう歳なんだから、やたらなもんあげないでよね!」

「わかったよ、ちょとだけだよ……」


 タマにから揚げの欠片をあげた。タマは緑色の眼を細めて特大のゴロゴロ音をさせながら、またたく間にそれを平らげた。やっぱり、生身の肉のほうが好きなんだ。今日日キョウビペットは管理され過ぎていて、かわいそうだよ。好き勝手にできることだけが、動物たちの特権なのにさ。タマはぼくとおなじ18歳で、猫でいえば相当な長生きだ。いつ死ぬかわからないのだから、わずかな寿命を延ばすことよりも、好きな物を食べることに専念させてやりたい。

 若い母と白猫だけの小山の上での共同生活は、ぼくを孤独に追いやった。だから10代にして、こんな独白だらけで老成じみた性格になってしまったんだ。加えて18歳で死ぬという強迫観念に追い込まれ、女と刹那的な付き合い方しか出来なくなってしまったのだ。父も、父の父も短い運命サダメを嘆き、ぼくのように投げ遣りな生き方をして死んでいったのだろうか。

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