十二
「先輩は何か引っかかる、まだ見落としがあるような気がすると言い、引き続き古文書を隅から隅まで一生懸命に調べてくれている。研究熱心な人だから、何か見つけ出してくれるかもしれない。ぼくはそのまま先輩に駅まで送ってもらい、電車を乗り継ぎ飛行機で羽田へ出て、まっすぐここまで戻ってきた。おみやげの1つも無くてごめんよ。そこまで、頭が回らなくて……」
「なに言ってるんですか! おみやげなんて、子供じゃあるまいし。わざわざ四国まで行ってくださって、それだけでありがたいです。お忙しいのに、本当に申し訳ありませんでした」
「いや、余計なお節介をしたまでだ。陰陽師さんがお札を書いてたくさん持たせてくれた。さっき祠に貼った物がその内の1枚だ」
「では、魔はすでに祠の外へ出てしまったということですか」
「ああ。陰陽師さんの見解だとそうなる。もしかしたら、あきらくんに初めて会ったときに見た階段を上る黒い影が、そうだったのかもしれない。魔は、時が来たら巣である祠に必ず戻ってくるから、もう1枚のお札を貼って封じ込めろと教えられた。そのタイミングは自分で感じろと言われたよ」
「時が来たら……それは、ぼくを殺したらということですか?」
「申し訳ない。現時点では、それが何時なのかはわからないんだ。それに、封じ込めるのもいっときだけで、なんの保障もできないと言われたよ」
「そうですか……」
風間さんの話を聞きながら、ぼくは途方にくれた。このままではぼくの命は危ない。風間さんの勧めに従い、彼の東京の家に避難するのが得策だろう。旅行カバンの位置を目で確かめた。窓の下にしっかりと用意されている。その上の窓枠には明日の法事のための喪服が用意されていた。そのうしろの窓の向こうには暗闇がひろがり、雲間から出た満月がサーチライトのように川辺を照らし出した。川原に誰かいた。こんな宵の口に女がひとりで散歩だろうか? おかっぱ頭のシルエットがくっきりと宵闇に浮かび上がる。一瞬、優子かと思ったが、彼女は暗闇が苦手だ。あんなところに1人で立ってはいられないだろう。万が一彼女だったとしても、手を振るわけにはいかなかった。ぼくは明日、死ぬかもしれない。優子に未練を残すことも、優子に未練を残させることも、してはいけないことだった。
風間さんがいることも忘れ、知らず知らずのうちに窓に近づき外を眺めていた。今日も静かに川は流れている。たとえぼくが死んでも、この流れは変わらないだろう。もしかしたらこの月も、明日の夜は見ることができないかもしれない。この世の見納めかと思うと、見慣れたこの平凡な風景が、妙に愛おしくそして美しく見えるのだった。




