エピローグ
「まさか、本当にこうしてお婿さんを連れて、フィリプトンに帰れるとは思っていなかったわ」
しみじみと呟いたセリーナは、次第に姿を現し始めたフィリプトン館を見て歓声をあげた。
「ルーカス! やっと見えて来たわ!」
夕陽に照らされて輝く美しい屋敷は懐かしく、早く辿り着きたくて心が躍る。
もう四カ月近く留守にしていたのだ。
リチャードやナッツィ夫人は元気だろうかと、馬車の窓に顔を張りつけんばかりに身を乗り出し、屋敷を眺めた。
「……あら?」
久しぶりに愛する我が家に帰って来たからだろうか。石造りの屋敷は、心なしか綺麗に見える。
だが、徐々に近付く屋敷を目にして、それが思い違いではないことを知った。
夕陽に当たっていつもより輝いているのも、外壁が美しく磨かれているからだ。
「お屋敷が……綺麗になってる……?」
雪に閉ざされていたはずの冬の間に、何が起こったのか。
セリーナは隣に座る、もうすぐ夫となる人を見た。
「何をしたの?」
「恩返しだよ」
そう答えて、ルーカスはずいぶんなめらかになった彼女の白い手をぽんぽんと叩いた。
「三年前、フィリプトン家があれほどの物資や資金を納めてくれなかったら、今のノルサント王国はなかった。未だに災害からの復興に手を焼いていただろうからね。他にもまだまだ王家を代表して感謝を述べたいことはあるけれど、今はほら、涙を拭いて。久しぶりに会うみんなに、泣き顔を見せるのはいやだろう? それにきっと、屋敷の中を見れば、もっと驚くよ」
「……クロエから聞いたわ。ずっと、うちの調度品を買ってくれていたのって、あなたなんでしょう?」
差し出されたハンカチを受け取りながら、セリーナは確信をもって問いかけた。
「正確には私じゃなくて、父上の代理人だよ。それにしても、クロエ嬢――子爵夫人には一言注意しておかないとダメだね。顧客の情報をばらすなんてもってのほかだ」
ルーカスがわざと怒って言う。
彼女はくすくすと笑い、お陰で涙も引っこんだ。
「最近知ったばかりなんですって。それで、もうすぐ結婚するんだから、いいわよねって、教えてくれたの。夫婦の間に隠し事はなしだからって。それが夫婦円満の秘訣らしいわ」
父親のミリンガム氏の手伝いをしていたクロエは、セリーナとルーカスの婚約パーティーで運命の相手と出会い、一足先に結婚して親許を離れている。
彼女はフィリプトン館で七日後に行われる結婚式に、夫となった子爵と出席してくれる予定だ。
セリーナは改めて隣に座るルーカスを見上げ、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、ルーカス」
「どういたしまして、お嬢様」
ルーカスが座ったまま慇懃に頭を下げると、セリーナは驚いたように目を見開き、一瞬後には吹き出した。
にやりとしたルーカスも、すぐに声を出して笑い始める。
二人の乗った馬車から聞こえる笑い声は、いつまでもいつまでも続いていた。
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。
これにて『若き女伯爵の甘くない婚活事情』は完結です。
本当にありがとうございました。
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