18.私の王子様
――side 文音
今日は暗黒同好会である岸さん達が体験教室に強制参加で傍にいることができないと言われていましたから、いつも以上に護衛を近くに配置して警戒をしていました。
それに、最近では久馬さんの言葉にプライドを傷つけられた彼等は単独で私に迫るようになっていたので、安心していたのですけれど・・・。
逆にそれが彼の暴走を招くとは、私の警戒もまだまだ甘かったということなんですのね・・・。
「ね、文音さん・・・構わないでしょう?」
弓弦さんにはおよばないものの、イケメンと称される顔に笑みをうかべて白遠さんが迫ってくるので、私は護衛を呼び寄せようとし―――とても強そうな、それこそ特別な訓練をつんでいるような男達に抑えられているのを見てしまいました。
「―――っ、こんなことをしてまで、何を望んでますの?」
「ただ、私を婚約者として認めていただきたいだけですよ」
あくまでもスマートにキメていると本人は思っているようですけれど、その目には明らかに別の欲望が渦巻いておりましたの。
これがまだ性欲であるならば納得もできましたわ。私も体育教師、保健の授業も受け持ちますから、男性が女性に対してその方面で欲望を抱くのは至って健康な反応であると思いますもの。
ですが、白遠さんの欲望は間違いなく私の背景――中でも特に経済状況――に対してのものだとすぐにわかりました。
なぜわかるか?―――それは言葉の端々から感じ取れる私への愛情の薄さ、父におもねる態度、そして何より、弓弦さんの愛情のこもったものとは全く違う欲望ににごりきった視線から察することができたわけですわ。
「それは絶対にありませんの。・・・私、気を持たせるようなことすらしていないはずですわ。最初から最後まで弓弦さんが婚約者であるとご紹介申し上げたはずです」
「あんな男のどこが良いんです?・・・あの男は逆玉の輿を狙っているに違いありませんよ?」
あら、ご自分がそうだからそう思われたわけですのね。なんて言えたらどんなにか楽でしょううか。
でも、そんなことを言えば逆上される。・・・というのはさすがの私でもわかります。もちろん、投げ技を放つのもダメですわね・・・。
徐々に白遠さんに追い詰められて、トン、と肩が壁に当たる。うう、どうしたらいいのでしょうか・・・。
「弓弦さんには私からお付き合いを申し込んだのですわ」
「きっとそう仕向けたんでしょう」
ああ言えばこう言う!私、だんだんイライラしてきましたのよ。ぶん投げてもよろしいかしら。
なんて考えておりましたら、ずい、と顔が近寄ってきて・・・万事休すですの!
ヘルシー女学園暗黒同好会の1人である高等部1年・梅桃葵さんならとうの昔に投げているでしょうけれど、立場が邪魔をするのです。宗島流古武術の師範代である私が一般人に暴力をふるうわけにはいかないのですわ・・・。
「放してくださいませ!!・・・私は、そんなつもりはないと申し上げていますでしょ!!
「既成事実でも作りましょうか?」
「もう!いい加減になさいまし!!」
「アンタこそいい加減に俺のモノになれよ・・・!」
アンタ!?俺!!?・・・これがこの方の素なのですわね。ということは、普段のアレは演技ということ―――ますます信用ならない相手ですわ。
ますます近づいてくる顔に嫌悪感が湧いてきます。
あぁ、もう手が出そう。・・・伯父様方、身内の恥として扱っていただいて結構ですわ!ここで好きでもない方に初めてのキスを奪われるくらいなら、暴力女の汚名をかぶった方がマシです。―――きっと、弓弦さんも、許してくれるはずですわ。
私が覚悟を決めた時でした。
いつの間にか白遠さんが引きはがされていて、私の目の前には愛しい方の背中がありました。
「Be off, or I'll kick you down stairs!(失せろ、さもなきゃ階段からけり落とす!)」
まぁ・・・弓弦さんったら、本当にキレると英語になるんですのね・・・。
でも、ちゃんと助けに来てくださった・・・ああ、やっぱり、弓弦さんは私の王子様だったのですわ・・・。(ぽ)
「・・・怒っている弓弦さんも、素敵・・・」
「―――っ、なにをする!・・・教師が暴力をふるって良いのか!」
あなたがそれをおっしゃいますの!!自分のことを棚に上げてとはこういうことを言いますのね。
「弓弦さんのは正当防衛ですわ!!」
そうです!引きはがされたくらいで暴力だなんて!それ以前の自分の行動こそ、暴力に他なりませんわ!
「そう・・・文音さんにセクハラしてたのはお前の方だろ?とっとと失せろ・・・今度は本気で力に訴えるぞ」
少し落ち着いてきたのか、言葉こそ荒っぽいですけれど日本語に戻りました。
「そうそう、おたくのボディーガードさん達もみーんなオチちゃったしねー?」
琴瀬先生の言葉でそちらを向いてみれば私の護衛が呆然と立っており、琴瀬先生の足の下にはあの屈強そうな男達が。
・・・これ、琴瀬先生が全部相手をしたのだとしたら、宗島家の護衛ももう一度鍛え直さなければならないかもしれませんわね。
「―――くっ、こんなことをして、ただで済むと思うなよ!!」
お決まりのセリフを言い放ってから姿を消した白遠さん。
「ぶふっ・・・あいつ、典型的な悪役の捨て台詞言ってったよ!アホだ!真正のアホだ!!」
白遠さんが見えなくなった途端に噴出して笑う琴瀬先生。
「ただで済まないのはお前だっての・・・」
対照的に弓弦さんは不機嫌そうに呟いて、私の手を握ってくださいました。
「・・・遅くなってすみません、文音さん」
「いいえ、助けに来てくださって、ありがとうございます・・・」
それ以上の言葉が互いに見つからず、私達は思わず見つめ合ってしまいました。




