17.弓弦、キレる
――side 弓弦
あれから御曹司共が家庭部、というか、カロリー学院に顔を出さなくなった。しかし、それで文音さんのことをあきらめたかというとそうではなくて。ヘルシー女学園の日本文化部には日を置かずに顔を出すらしい。
そのたびに、岸に追い返されているようだけど。・・・この間はヘルシー暗黒同好会の2人目、久馬笑梨が出動したらしく、あの“おっとりとしていて可愛らしい”と形容できる笑顔で、かなりの毒舌を吐いて・・・御曹司共を凍りつかせたらしい。
たしか・・・。
『3人揃ってでしか行動できないなんて子どもなんですのね、30も過ぎてちょっとイタイですわー』
だったか?でも、文音さんから聞いたわけだし、少しは言い換えてるだろうからもっと違う言い方だったんだろうけどな。じゃないとあの御曹司共が凍りつくわけないだろうし。
っていうか、3人揃ってっていうのは、お互いに牽制し合ってるんだろ?久馬もわかってて言ったんだろうな・・・。
兄の久馬一志にちょっと探りを入れてみたら、妹はかなりヤる気だったそうで・・・兄の方が怯えてた。・・・うん、すまん。
そんな暗黒同好会の後押しもあって俺と文音さんは順調に放課後デートを重ねている。ありがたい限りだ。このまま、あの御曹司共もあきらめてくれないだろうか。
もう宗島さんから提案が出されてから1ヶ月。残り2ヶ月もこの調子でくらいついてくるんだろうか?・・・それとも五色が心配するように、何か強引な手を使って来たりするのか?
だとしても、俺と文音さんの気持ちは絶対に変わらないと思う。なんだかんだ言って、この件があったからこそ、お互いに気持ちをハッキリと伝えあえたんだと思うから、必要なことだったのかもしれない。
まぁ、周りにはとてつもなく迷惑をかけているように思うけど。
「はは。そりゃ、どおりで最近は保健室にこねぇなと思ったわ」
俺の不誠実を爽やかに笑い飛ばしてくれる参之瀬先生。この人にもいろいろと心配かけたよなぁ。
「いやぁ、お知らせが遅れてしまって、すみません」
「いやいや。噂では聞いてたからな・・・まぁ、幸せそうで良かったよ」
「幸せには幸せなんですが・・・」
「ああ、あの御曹司共な?・・・俺も元は医者だったから知ってるが、あの白遠とかいうの、ちょっと気を付けた方が良いぞ?女関係では良い噂を聞いたことがない」
あ、やっぱり?最初っから耽美というか、気障ったらしいと思ってたんだよな初見の時、文音さんの手にキスしやがったことは忘れてないぞ・・・。
「―――イケメンだけに、入れ食いってヤツですか」
「みたいだな。それに、あの病院・・・傾く、まではいってないが少し経営難らしいな。宗島先生のとこの資産目当てってのもあるんじゃねぇの?」
「マジですか!・・・余計に文音さんを渡したくないんですが」
「だよなー。“姫”の実家もそんなのを婚約者候補にするとか・・・まぁ、即日で最首先生を連れてくるとか言ったから、慌てて声をかけたんだろうし、ろくに調べもしなかったんだろうなぁ」
「しかも、会う前から準備ですよ?・・・せめて、会ってから妨害に出てほしかったなぁ・・・と思うのはおかしいですかね?」
「いや、そこは“認めてほしい”じゃねぇの?」
そうだった・・・。いや、なんか全力で拒否されたから、ついつい弱気に。
「どうしたら認めてもらえますかねぇ・・・」
「そのうち、認めてもらえるだろ。カロリー暗黒同好会が動いてるみたいだしな」
そうそう。そうなんだよな・・・カロリーの暗黒はすっかり宗島さんへの報復にシフトしてしまった。いや、あんまりやりすぎるなよとは言ってあるし、どうやら強引な方法はとっていないようだから・・・心配はしてないんだけど。
「だといいですけど・・・」
久々に参之瀬先生と話していたら、放課後デートの時間ギリギリになってしまった。琴瀬先生に怒られるかなーなんて思いながら連絡したら、彼女も今やっと仕事が終わったらしく、2人で急いで地下通路を通っていく。
「今日は、どこに繋がってる道ですか?」
ちなみに入口は教室A棟2階の配電盤裏だった・・・なにこれ、本気で怖いんだけど。影響力、どんだけ??
「クラブハウスの日本文化部部室近くの配電盤裏。・・・実はさー、ヘルシー暗黒同好会の子達って1年生ばっかりでしょ?」
「ええ、そうでしたね」
「で、今日はあっちの1年生全員が、体験教室に強制参加なわけね?」
「・・・あぁ、つまり・・・文音さんがフリーなんですね?」
「そうなのよ。護衛もいるから大丈夫だとは思うけど・・・連中だってバカじゃないだろうし、その対策とかされたら心配じゃない?」
「ですよね・・・」
なんか、嫌な予感がするな。
「というわけだから、急ぐわよ、最首先生」
「はい!」
何事もなければいいけど・・・文音さんがあの御曹司共にどうにかできるとは考えにくいけど・・・でも、女と男じゃ体格も力も違うし。
もやもやとした思いを抱えながら俺は琴瀬先生の案内に従って、ヘルシー女学園への入口と思しきドアの前に到着する。
「よし、向こうも部活動が終わった直後くらいね」
それなら、直前まで日本文化部のメンバーもいただろうし、安心だよな。
少しホッとしながらドアを開けた瞬間。
「放してくださいませ!!・・・私は、そんなつもりはないと申し上げていますでしょ!!」
文音さんの鋭い声が聞こえた。
珍しい、と思う間もなく俺は駆け出した。
視界に捉えたのは壁に押さえつけられている文音さんと、体格差を利用してすっかり文音さんを押さえ込んでいる白遠の姿。
「チッ、案外行動の早い奴ね!」
琴瀬先生も悪態をつきながら俺の後ろについてくる。護衛はどうしたんだ!?
と思ったら、護衛は屈強な男数人によって邪魔をされていて、文音さんがフリーになってしまっていたらしい。護衛には護衛か・・・くそー、だから金持ちは!っていうか、他の2人は!!
あ、そうか、久馬妹の嫌味に反応したのか。こんな時に!使えねぇ!マジで使えねぇ!!
「最首先生、あっちは私がヤるから。そっちの坊っちゃんをお願いね!」
「わかりました!」
一応、冷静には返せたと思う。でも、俺はこの時、全く冷静ではなかった。
「もう!いい加減になさいまし!!」
「アンタこそいい加減に俺のモノになれよ・・・!」
ブチ。
頭の中で何かがはじけた気がして―――気付けば、俺は白遠を文音さんから引き剥がしていた。
「Be off, or I'll kick you down stairs!(失せろ、さもなきゃ階段からけり落とす!)」
うん、英語とか、通じたかなー?あはは。
っていうか、俺、かなりキレてた。
 




