13.家庭部活動中につき邪魔をしてはいけません
「―――はぁ、こちらにですか・・・ええ、わかりました。お通ししてください」
事務室からの電話を切り、盛大に溜息を吐く。
まぁ、なんとなくはわかってたさ。文音さんの方でうまくかわされてしまったから、今度はこっちを見張って、あわよくば粗探しもしようっていう魂胆なんだろう?
にしたって、だ。
「先生、どうしたんですか?」
出た。魔王様・・・あ、いやいや・・・自分の可愛い教え子を魔王とか言ってはダメだな。うん。
「いや、な・・・例の婚約者候補達が今度は家庭部を見学したいんだそうだ」
「――――――ほう」
ひっ・・・五色さん、怖いです!なんですか!その目を細めてうっすら笑うとかいう技は!!
はっ。あまりの恐怖に思わずツッコミまで敬語に・・・!
「五色せんぱーい、目が笑ってないですよー?」
紫条!そこは声に出してツッコミを入れてはいかん所だ!!空気読めっ!!―――いや違う!?お前、実はKY(空気読まない)じゃなくて、AKY(あえて空気読まない)だな!?そうなんだな!!?
「ふふ・・・」
五色もそこは否定してくれ!!笑うだけとか、余計に怖い!!!
「―――あぁ、もしもし。俺」
って、どこに電話を・・・って、決まりきってるな・・・。
「ええ、千田が来てさえくれれば、充分嫌がらせになるでしょう」
嫌がらせ・・・ん?千田が来れば嫌がらせ・・・??
俺が首を傾げているのに気付いた畑が困ったように笑って耳打ちしてくれる。
「千田の家、大病院でしょう?・・・ほら、よくCMとかでやってる」
「あぁ、そうだったな・・・って、あ」
「先生、家の格から言ったら、白遠家より千田家の方がずーっと上ですよ。今でも千田家の病院が白遠家の病院を買収できるくらいの差がありますから」
その上、千田の機嫌を損ねて抵抗する気が起きないくらいにボッコボコにされたら・・・吸収合併もありえる。
その場合は白遠家の病院の名前は完全に消えうせてしまうし、おそらく経営陣から退陣、ということになるから職にもあぶれる・・・。
でもって、千田家に睨まれている白遠家の人間を雇う所なんてあるわけもなく、最下層の生活を強いられる・・・と。
―――うん、嫌がらせの域を超えてるよな!
「五色・・・後生だから、人生のかかった嫌がらせは止めてくれ・・・」
「ふふふ、最首先生、何をおっしゃっているんですか。そんなことしませんよ・・・ふふ、俺は、ね」
俺はって、俺はって言った!!他の・・・例えば千田がキレてもノータッチってことかよっっ!!
「ちょ、五色?!お前、暗黒同好会のリーダーだよな!!な!!?」
「そうですが・・・暗黒同好会は群れを成して狩りをすることもあれば、単独で狩りをすることもありますから、ね?」
笑顔が黒い・・・。っていうか、狩りかよっ!
なんて五色と戯れ(笑)ていたら、奴等がやってきた。
「・・・家庭部、ねぇ」
おい、東横院・・・言いたいことがあるなら言いやがれ。
このまま売られたケンカを買うのはやぶさかではないがここは我慢だ。わざわざ相手をしてやるまでもないよな。この後、千田が来たらそれどころじゃなくなるんだろうし。
ああ、御曹司共、笑顔のままこめかみに青筋立ててる魔王に気をつけろよ。ヘタすりゃ、千田を煽るくらいしかねないぞー・・・。
「―――見学、でしたね。・・・どうぞご自由に」
大人の対応、大人の対応、大人の対応・・・頑張れ、俺。
「では、遠慮なく」
新瓜、遠慮しろよ。ここは学校で、保護者でも何でもないお前等を校内に入れるだけだって特別なんだからな。
なんだか自分のことながらガラが悪くなって来てる気がする・・・うーん、いかんな。
「あー、せんせー・・・ニンジンとダイコンで何作ったらいいかな?」
羽部が皮むきの終わった根菜類を持ちながら訊いてくる。今日は“箸を使わず片手で食べられるモノ”縛りで作らせてるからなー、ニンジンとダイコンはやっぱりサラダか。
「あー・・・サラダとかで良いんじゃないか?・・・ディップ作って、つけて食べられるように拍子木切りにして」
「りょーかい!」
「ディップの味はどうします?」
五色が冷蔵庫の中を確認しながら俺を見る。うん、こめかみに青筋立ててるのに、声音はいつも通りとか、すごいな。さすが暗黒同好会リーダーだ。
「チーズがいくつかあったよな?」
「はい、クリームチーズとカッテージチーズですね。・・・あ、生クリームとサワークリームも残ってます。ツナ缶もありますよ」
「じゃ、ソレ自由に使って良いから。味付けは五色に任せた」
「わかりました」
ニッコリと笑って、五色は材料を冷蔵庫から取り出し、レシピも見ずに目分量で作り始める。
やっぱり3年目にもなると、材料の分量を量らなくてもで大体わかるよなー・・・羽部も拍子木切りって言っただけでちゃんとどうやって切るか理解するし。ホント、良い主夫になりそう。
あ、今度は太巻き祭りずしでも作るかなー。アレって同じモノ作らせても個性出るし。ああいうのは紫条が得意そうだ。
そんなことを考えながら、俺はさっきから一心不乱に卵と油と酢(マヨネーズの材料)を混ぜている古渕の傍に行く。
「おーい、古渕?どうした?」
「センセ、ストレス解消にはマヨネーズ作りが一番じゃね?」
えーと、つまり・・・ストレスが溜まっている、と。私生活で何かあったんだろうか?
俺が首を傾げると、古渕は恨めしげな視線を俺の背後に向けて、ボソッと呟く。
「アレ、なんかムカつく」
あぁ、なんかあの視線は家庭部の活動自体をバカにしてる感があるよな。うん。わかる。わかるぞー。俺だってキレたい。いや、その前に。
「―――ストレス解消なら、蕎麦打ちの方が良くないか?」
ほら、こねたり叩きつけたりふんづけたりするし・・・。
「蕎麦打ちもイイんスけど・・・やっぱ、単純作業の方が」
それもそうか。蕎麦打ちは大変だしな・・・その点、マヨネーズ作りなら材料入れて混ぜるだけだもんな。分離しないように手早く混ぜなきゃならんが・・・。
っていうか、マヨネーズこんなに大量に作ってどうすんだ・・・あー・・・余ったらタッパーあるし、持ち帰らせるか・・・。
で、紫条は・・・おー、ポテトフライね・・・畑は・・・サンドウィッチか。食べる時にこぼれないようにサンドするものをほとんどペースト状にしてるのはアイディアだよなー。
たぶん、御曹司からすれば主夫育成の意味がわからないといったところだろう。だがな、今時は男でも台所に立って料理して、掃除して、洗濯して、裁縫やってっていうのは珍しくもないんだよ!!
パンピー馬鹿にすんなゴルァアアア!!←キレた。
いい加減、あの蔑むような視線に文句をつけるべく、腕まくりをしていた時だった。
「五色せんぱーい、来たけどー・・・って、おー!今日は何かこのままピクニックにでも行けそうじゃね?あっ、ポテトうまそー!」
魔王様に呼び出されていた悪魔・・・いや、違う違う・・・暗黒同好会2年の千田洸平が登場した。
弓弦さんの本気のキレっぷりはもう少し後で!




