10.イジリは愛情の裏返し
「へぇ・・・なるほどなぁ・・・俺達って、意外と生徒達に愛されてんだなぁ」
あの後、俺は保健室で愚痴をもらしていた。・・・もちろん、お相手は参之瀬先生だ。
「ええ・・・ホントにびっくりしましたよ。まさか、五色があそこまで怒るとは」
「顧問に懐いてる証拠だろ?良かったじゃないか」
「はは・・・どうも」
まぁ、なんとも言えない懐き具合だけどな。
しかし・・・。
「しかしまぁ、その御曹司たちには困ったもんだな。・・・まぁ、姫の婚約者候補、だったか。理事長も黙っちゃいないだろうが・・・」
「暗黒同好会をけしかけるように言われましたよ・・・」
「おぉう・・・暗黒かよ・・・いや、ま、五色がキレた時点で暗黒の餌食決定だが・・・むしろ、それは姫の親の方かと・・・」
「たぶん、宗島先生のお父さんにも矛先は向いているかと・・・」
「あーあ・・・やりすぎなきゃ良いがな」
「宗島家には迷惑かけるなとは言い聞かせましたけどね。必死に」
そう。ものすごく必死に五色を説得した。
しぶしぶだけど家には迷惑をかけないって約束で、それでも文句は言わせてもらうとか言っていたから・・・ちょっと心配だ。
暗黒同好会ってのは学院外でも結構権力があるのだ。OBがほとんど何らかの組織の要職についているからなんだが、まさか、そこの伝手まで使わないよな・・・な?
「最首先生・・・現実逃避は止めとこう。何が起こっても良いように、気構えだけはしておけよ?」
遠い目をしていた俺の肩をポン、と叩いて参之瀬先生が苦笑する。
「・・・・・・・・・はい」
ああ、俺の日常が・・・本気で遠ざかっていく・・・。
でもまぁ・・・文音さんは渡さないがな!!
***
「じゃあ、失礼しました」
「あ、弓弦さんっ」
第3保健室を出てすぐに、文音さんが駆け寄ってきた。
「文音さん・・・部活の方はもう終わったんですか?」
終業時間とはいえ、雑多な仕事もあるはず。そう思って訊ねれば、文音さんはもじもじとしながら上目遣いで答える。
「あの、理事長はなんて?・・・それが気になってしまって、仕事になりませんでしたの。・・・そうしたら、古和先生が・・・あ、純先生の方です・・・さっさと最首先生の所に行きなさいって」
「あぁ、古和先生が・・・親しいんですね」
古和純先生はヘルシー女学園の音楽教師だ。双子の片割れである古和妙先生がカロリー学院の音楽教師。
で、その弟が美術部部長の古和紺・・・見事にこの学校の中で育ち、働いている一家だ。
「ええ、仲良くして頂いておりますの。ですが、今回の件はさすがに呆れられてしまいましたわ・・・その、うちの父が失礼なことを言って本当に申し訳ありませんでした・・・」
「いえ、男親としてはあんなもんでしょう。仕方ありませんよ、俺のバックには何も・・・いえ、カロリー学院教諭っていう肩書きしかないんですから」
「でも、でも・・・母は応援してくれると申しておりましたわ。弓弦さんのこと、気に入ってしまったようですの」
・・・宗島さんの反発って、それもあるんじゃないか?・・・まさかな?いや、でも、娘と奥さんが味方についたから、なおさらムカつくとか?うわー・・・。
「―――それは心強いです」
「本当に、申し訳ありません・・・」
「いえ、謝るのはこちらの方です」
「え?」
あー、すみません・・・本当に、すみません。
「・・・暗黒同好会が、動きます・・・」
ビシ!と文音さんが固まった。・・・うーん、やっぱり、固まるよな・・・。この学校に関わる人間には暗黒同好会の名前は恐怖の象徴だから・・・。
「・・・あ、暗黒、ですの?」
「ええ・・・家庭部に暗黒同好会のリーダーがいまして」
「そ、そうでしたの!?・・・そこまでは存じ上げませんでしたわ」
「普段は普通に見えるんで・・・ほら、家庭部の副部長の」
「あぁ、五色君でしたわね・・・そ、その・・・五色君がということですの?」
「ええ、そうなんです・・・」
あー、こういう時は五色の外面の良さを恨みたくなる。
「―――驚きましたわ。まさか、暗黒同好会のメンバーがいらっしゃるとは思いませんでしたし・・・」
「ええ、それでですね・・・おそらくなんですが、ターゲットは文音さんのお父さんと婚約者候補達になりそうな感じで」
「まぁ、父もですか・・・でも、それも良いのかもしれませんわ。父もカロリー学院の出身ではありませんし、軽く考えているところがありますもの。・・・この学院のバックがどんなものか・・・」
文音さんも良くわかってるよなぁ・・・っていうか、本当に恋愛方面と護衛以外はまともなんだよな、この人。
「理事長は文音さんのことも心配してましたよ、教員は家族みたいなものだからって」
「まぁ、嬉しいですわね。そう仰ってくださると働き甲斐もありますわ。・・・でも、カロリー学院の暗黒同好会が動くとなると、ヘルシー女学園の暗黒同好会も動きそうですわね」
そうなのだ。カロリー学院同様、ヘルシー女学園にも暗黒同好会がある。カロリーほど精力的に動いてはいないようだが、どうも正神辺りが繋ぎ役になっているようだ。
「(ターゲットの)逃げ場はなさそうですね・・・」
まぁ、死にはしないだろう。暗黒同好会のすることはいちいち黒いが、犯罪めいたものは絶対にやらないから、その辺りは安心している。
でも、注意だけはしておこう・・・さすがに俺の為だけに暗黒同好会全組織が動くのはマズイだろうしな。
「ふふっ・・・弓弦さんは生徒達から愛されていますのね。・・・少し、嫉妬してしまいそうですわ」
「愛され方が普通じゃないですけどね・・・でも、文音さんに嫉妬してもらえるのは良いかもしれません」
「まぁ・・・私、意外と独占欲は強い方ですのよ?引いたり、しませんの?」
「最初の告白に比べれば・・・」
あ、やべ。本音が出た。
「あ・・・あ、あ、アレは、その・・・私、舞い上がっておりまして・・・その・・・申し訳ありませんでしたわ・・・思い返してみたら、本当に失礼なことを・・・よくOKしてもらえたわね、と古和先生にも驚かれましたわ」
「いえ、突拍子もない言葉が出てきても驚かないくらいには、貴方のことを知っていましたから」
「弓弦さん・・・」
うぁ、なんか、甘ったるい雰囲気になってきた・・・。どうしよう、俺!ここは、抱きしめるべきか!?
「あ、文音さん、その・・・」
俺が文音さんに手を伸ばした時・・・。
「先生、職場でのイチャイチャはやめましょうね」
――――――――――――魔王様のお声がかかりました。
「って、五色?!」
「まぁ、五色君」
「宗島先生、お久しぶりですね。相変わらずの姫っぷり、脱帽です。・・・最首先生は先程ぶりです。まさか、職場でいちゃつくとは思ってもいませんでしたよ、意外ですね」
・・・あ、相変わらず、見下されてる感がハンパねェ!!
「いや、これはな?」
「いえいえ、言い訳は結構です、胸焼けがしますんで。・・・それよりも、今後の計画ですが、お2人にはご迷惑をかけないようにしますので、気にしないでくださいね。
・・・あぁ、ヘルシー女学園の方でも準備を整える予定です、メインは岸羽依さんが担当するようですよ」
岸、岸羽依・・・。
「ああ!あの大人しい子!・・・って、暗黒なのか!!?」
「ええ、暗黒同好会ですよ。というか、ご存知だったんですか」
「ヘルシーにもたまに授業に行くからな。T2(英語補助教諭)で」
「あぁ、なるほど。1年生担当でしたか」
「まぁな。・・・っていうか、五色お前どっから沸いて出てきた?」
全く気配なんぞ感じなかったぞ、声かけられるまで。
「そんな、害虫みたいな言い方をしないでくださいよ、先生。・・・暗黒同好会の会議室がこの近くにあるんですよ。・・・まぁ、一般の生徒や教員には知らされていませんがね」
「・・・・・・どこの地下組織だよ」
「ふふ・・・目指すはフリーメ●ソンでしょうか」
「おいおいおいおい・・・!」
「大丈夫ですよ、一度懐に入れた人間に関しては、敵対しない限りは護りますから」
ニッコリ。
五色、先生はその笑顔が怖ェよ。
「まぁ・・・本当にゆず・・・最首先生は生徒達から愛されていますのね」
・・・文音さん、たまに天然になるのをやめてください。
文音さんの天然は一種の自己防衛・・・。
 




