12話、インゴット
ルーシィさんが本当に〝氷の女帝〟だとは思えず、キョロキョロと辺りを見渡したら受付カウンターにいるギルマスと目が合った。
「キッヒヒヒヒヒ、ルーシィの言う事は本当さね。こう見えても氷魔法の達人で、敵を氷付けにした後でドランが粉砕する光景を今でも思いだすねぇ」
なにそれ?!今のルーシィさんからは想像出来ない。ルーシィさんの方を振り向くと、ニコッと笑顔なのに背中がゾォォォォっと氷付けにされたみたく寒気が走る。
「うふふふふふ、カイトさん何を怯えてるんです?」
「な、なんでもないです。はい」
ヤバい、ルーシィさんの笑顔がめっちゃ怖い。美しい花にトゲがあるって言うけれど、正にそれっぽい。
あんまり冒険者の事を触れない方が良さそうだ。
「そうだ、何かクエストありますか?」
「うーん、そうですねぇ。今、これをギルド総出でやってるんですけど」
ルーシィさんが見せてくれたクエストは、鉄や銅のインゴット作製だ。金属を扱う職業にとっては基本中の基本だが、問題はその量だ。
鉄300kg、銅400kg分のインゴットを一週間に納入しなくてはならない。
「カイトさんは金属もいけますか?」
「えぇ、得意分野です」
腕捲りをし、早速作業に取り掛かった。普通は炉に目的の鉱石を入れ、炉内の温度を上げていく。
不純物と目的の金属が溶解する温度差を利用して不純物を取り除いて行くのだ。
だけど、カイトは炉を使わない。素手だけで鉱石からインゴットを造り上げる。
「先ずは銅から行きますか。さてと【摘出】っと」
左手で鉱石を作業台に固定し、宙に浮かせた右手に集中させる。そうすると左手で固定していと鉱石から不純物とされる物質が右手に集まってくる。
目的の金属内にある細かい不純物もまるで液体に変化したかのように外へと排出されていく。
「ふぅ、これで型を用意してっと」
【収納魔法】からカイトが自作したインゴットの形に成形された木型を取り出した。
普通は鋳型という専用の砂で型を作るのだが、カイトの場合は炉を使用しないため鋳型を作る必要がない。
「はぁぁぁ【形成】」
カイトが触った瞬間、不純物なしの鉱石は粘土のように柔らかく変形し、インゴットの木型に填めていく。
【形成】は、どんな鉱物をも触れば忽ち柔らかく好きな形へと変形してしまう。
「もう少しかな?」
木型より少なかったようで、再び【摘出】により鉱石から不純物を取り除き【形成】により柔らかくし、形を整えていく。
「こんくらいか?【固定】」
木型にピッタリと収まった鉱石を固くする【固定】。【形成】とは逆の作用で、これをやらないと柔らかくなった状態のままだ。
木型から固まった銅のインゴットを取り出す。ゴトンと作業台に落ちる。
「よし、一個完成だ」
掛かった時間は10分程度だ。それに対して炉で溶かす方法だと、5個を半日以上は掛かる。それも熱が籠り、汗が止まらない。
「えっ?!もう出来たのですか?!」
ちょうどカイトの様子を見に来たルーシィが驚愕していた。昨日のポーション作製なら慣れてくれば、カイトに近いタイムで作る事は出来る。
だがしかし、インゴットはそういかない。ルーシィもインゴットを作製した事があるから理解出来る。
だから、目の前に置かれたインゴットが理解出来ない。【鑑定】を使うと《銅のインゴット純度100%》と表示される。
《銅のインゴット純度100%》
銅鉱石を固めた物。何の不純物も含んでない。劣化は100年せず、その間に大気に晒されても変化しない。これぞ神の成せる業といえよう。
純度100%に近付かせる事は出来る。数回、溶かし不純物を取り除くのだから。ただし、完璧に純度100%にするのは不可能である。
それに説明文を読んでしまうと開いた口が塞がらなくなる。
「あっ、ルーシィさん。これで大丈夫でしょうか?」
カイトはルーシィが驚愕してる事実に気付いていない様子。ルーシィは急いで作り笑いをした。
「えぇ、ずいぶん早いですね」
「あ、ありがとうございます。最初の頃は、地元の小さな鍛治場でやってましたが、突然職業の声が聞こえまして。技能を覚えました」
ルーシィも職業の声を聞いた事はある。あるが、カイト程に聞いた事はない。
「カイトさんは職業に愛されてるのですね」
職業の声を頻繁に聞く人の事を〝職業に愛される〟と揶揄される。
「そうですかね。そう言われますと照れます」
頭を掻きながらカイトは笑っていた。




