第一話 斥候職バブル
「アリスさん。パーティメンバーの募集は出ていますか?」
「え?」
「当方Cランクの斥候職。攻撃能力が無い代わりに、斥候の能力では誰にも負ける気がしません」
彼はマーシュたちに別れを告げてから、早速冒険者ギルドの受付担当に声をかけた。
今日の当番はアリスという、金髪をショートにした快活なお姉さんだ。
彼女は仕事ができる女性で、話が早いのでライナーとしても好感を持っている――のだが。今日はいつもと様子が違い、オロオロしている。
「え、いや。あの。ライナー君? マーシュ君が鬼の形相で睨んでるんだけど」
「終わったことです。さあ、切り替えていきましょう」
「え、ええー……?」
ライナーたちが別れ話をしていたのは、冒険者ギルドに併設された酒場である。
別れてからすぐ受付に向かうとどうなるか。
当然、マーシュたちはまだその場に残っていた。
今しがた追放を食らったテーブルから三メートルほどしか離れていないカウンターで、ライナーは新しいパーティを探し始めたのだ。
「当てつけかこの野郎! 喧嘩売ってんなら買ってや――」
「ダメだよマーシュ! ギルドの中で揉め事はマズいって!」
などと叫んで、マーシュは烈火の如く怒りを燃やしているし。
テッドは持っていたサンドイッチを取り落として、慌ててマーシュを羽交い締めにしていた。
女性陣を見ても。
シトリーは爆笑していて、ジャネットは手を額に当てて天を仰いでいる。
大層な騒ぎだが、それは一旦置いておこう。
そう考えて、ライナーはアリスに向き直った。
「試用期間として、日雇いのスポット参戦からでも構いませんので」
「そ、それはいいんだけど……」
「さあ、早く手続きを」
アリスはチラチラと横目でマーシュの顔色を伺いながら作業をしているため、いつもより遥かに処理が遅くなっている。
ライナーとしても、気まずい仕事を振って申し訳ないとは思っていた。
しかし、次のパーティを見つけるまで彼は依頼をこなせないのだから、最速で終わらせておきたい手続きだったのだ。
攻撃力が無いのだからソロは厳しい。
それくらい、考えたら誰でもすぐに分かる。
攻撃役が欲しいと考えるのは当たり前だし、この決断に間違いは無いとも思っている。
ライナーはそう思っているが、しかし受付嬢も周囲の冒険者たちも、「ええ……」と言いながら、度肝を抜かれたような表情を見せていた。
受付嬢のアリスは、冒険者のサポートが仕事だ。
普段なら、新しいパーティを紹介してほしいと言われたら喜んで探しただろう。
だが、元のメンバーが見ている前で次のパーティを紹介してほしいと言われているのだから、彼女は気まずさから視線を右往左往させて。
額に冷や汗を滲ませながら気まずい顔をしている。
「お姉さんね、ちょっと将来が心配かなって」
「全くですね。終わったことをいつまでも引きずっては、大成しませんよ」
「君のことを心配してるのよっ!」
ライナーとしても常識が少し欠けているという自覚はあるが。
「俺の性格を「こういうものだ」と理解してくれるパーティがあれば、是非加入を」
「そんな条件で探せるわけがないでしょ!?」
これは性格の問題でもあるので――どうしようも無いと割り切っていた。
自分のポリシーを一切曲げずに突き進む男というのは周知の事実なので、これにはもう彼女も何も言えない。
「……ああもう。一応探すけどね? 少しは協調性を身に付けてほしいかなって」
「善処します」
それだけ言って、彼はさっさと酒場を出ていった。
後に残されたのは、重苦しい沈黙。
否、マーシュだけは獣の如き雄たけびを上げていたが――まあ、もう彼には関係の無いことである。
「さあ、早く家に帰ろう」
などと言いながら、いつも通りに帰路へついた。
◇
困ったのは爆弾を抱えたアリスだ。
一部を除きお通夜状態になっている酒場を見渡して。まずは一番近くのテーブルにいた、C級のベテラン冒険者をロックオン。
視線に気づいた男が逃げ出す前に、両肩をガッシリと掴んで言う。
「エドガーさんのところ。確か斥候役を探していましたよね?」
「いいっ!? こっちに話を振らないでくれよ!」
「だ、だって、だってぇ!」
バンダナを目深に被った男を捕まえて、アリスは半泣きで訴えかける。
どうかライナーをパーティに入れてほしいと。
「あんの野郎ぉぉおおお!! 許さん! 絶対に追い出してやるからなぁ!!」
しかし、アリス以外の受付も、エドガーと呼ばれた冒険者も。
というか冒険者ギルドに居る全員が、怒り狂うマーシュの方に注目していた。
「落ち着いてよマーシュ! ライナーはもう、追い出された後だろ!?」
「ひゃー、いいぞー、やれやれー」
「本当に。このパーティには馬鹿しかいないわね」
そんなやり取りを見て、誰もが思う。
ライナーを引き入れたら、もれなくアレと因縁を抱えることになる、と。
実際のところ、C級以上の冒険者パーティからライナーへの評価は高かったのだが。こんな場面を見た後では、面倒事を嫌う人間の方が大多数だった。
アリスから狙われたエドガーたちのパーティも、目線を明後日の方向に動かしながら何とか断り文句を探しているのだが。
「俺、ちょっと用事を思い出した」
「私もこの後、寄るところがあるのよね」
「そ、そういや俺もだ」
捕まっているエドガーたちを尻目に、何人かが慌ただしく酒場を出て行った。
彼らは皆、斥候がいないパーティの人間だ。
この街でフリーの斥候系冒険者など四人しか登録されていないので、面倒事になる前に、斥候を確保してしまえという動きである。
「あ、野郎!」
「エドガーさん? 斥候、お探しなんですよねぇ?」
彼もすぐに動こうとしたのだが。
にっこりと笑い、上目遣いで覗き込んでくるアリスに道を阻まれて、ぎこちない笑顔のまま立ち止まることになった。
が、そこは図太くなければやっていけない冒険者稼業である。
「い、いやー。実はもう心当たりがあるんだよ。……ゴメン!」
「あ、ちょっと、コラ! 待ちなさい!」
この日から半年くらいの間、街では斥候職のバブルが訪れた。
斥候を雇う値段が、普段の倍に跳ね上がったとか。
引退したはずの斥候が、何故か続々と現役に復帰したとか。
先週まで戦士として登録されていた冒険者が、何故か斥候に鞍替えしたとか。
色々な方面に問題が波及したのだが。
問題の中心に居るライナーの引き取り手は、暫く見つからなかった。
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