プロローグ
その日、一人の斥候がパーティを追放された。
場所は冒険者ギルドに併設された酒場。
夕食時を迎えた頃のこと。
「ライナー。お前は今日でクビだ!」
席から立ち上がったリーダーの青年は、意気揚々と宣言した。
斥候のライナー・バレットを、自分たちのパーティから追放すると。
「分かった。世話になったな」
「えっ!?」
ライナーが酒場に入った段階で、遅刻がデフォルトのメンバーは全員集合済み。
最近不機嫌だったリーダーのマーシュも、不自然なほど笑顔だった。
だから酒場に入った時点で既に、ロクでもない話があるのだろうと直感していた。
そして案の定、席に着くなり、追放の憂き目にあったわけだ。
「同じ街で活動をしているんだ。どこかで会ったらよろしく頼む」
しかしライナーはあっさりと追放を受け入れてしまい、これには追放する側の方が驚いていた。
「いやいやいや、ちょっと待てよおい」
「まだ何か?」
何が悪かったのかと、ライナーなりに反省点を探してみた。
しかしそれも一瞬のことだ。
彼は自分の仕事に誇りを持っていたし、十分に貢献したと自信を持って言えた。とすれば、折り合いが悪かっただけだろう。
これは人間関係の問題だ。
そう片付けたライナーは、既に気持ちを切り替えていた。
颯爽と席を立とうとするライナーを制止して、マーシュは逆に尋ねる。
「えっとよ⋯⋯理由とか気にならねーの?」
「方向性の違いとか、そんなところだろ?」
ライナーとしては、既に解雇を通達されて、そして受け入れた。
もう話はついたのだ。
周囲で話を聞いていた冒険者たちは、「もう少し話し合えばいいのに」と呆れていたが、ライナーにも譲れない信念がある。
それは「最速」であること。
判断も行動も、足も話も、頭の回転も何もかもだ。
早くて速いことが、至上だと信じている。
「というわけで、俺は行く」
「どういうわけだよ!?」
早く決断できれば、その分の時間が浮く。
速く行動できれば、その分の時間も節約できる。
なんでも早く、そして速くこなせた方が、人生全体での実りは大きくなるのだ。
早さこそが全て。
速さこそが真理。
それがライナーの人生哲学である。
しかし、何故かフラれる格好になってしまったのだ。思い描いていたのとは違う展開に、マーシュは全く納得していなかった。
「おいテッド! コイツの何がダメだったのか、教えてやれ!」
「えっ? 僕?」
マーシュが促したのは、副リーダーのテッドだ。
横で傍観者を貫いていた大人しめの青年は、いきなり指名されて、目を丸くしていた。
「まだ話があるのか……。1分以内で、簡潔に頼む」
「そういうところだぞお前!?」
勢いを失ったマーシュが、またヒートアップしかけていた。
両者の態度に困惑しているテッドだが、こうなってはやむを得ない。
彼はいつも通りのスローペースで、まだ話が通じそうなライナーの方を諭しにかかる。
「えっと⋯⋯。ライナーってさ、直接戦闘はからっきしだろ? 戦いに参加できない遊撃って、どうかとは思うんだ」
確かに接近戦では使い物にならない。駆け出し冒険者と打ち合っても負けるだろう。
それは事実なので、ライナーも頷く。
「そうだな」
「だろ? それに、ライナーの戦法に疑問を持っているのは、マーシュだけじゃないんだよ。⋯⋯いや、主にはマーシュなんだけどさ」
斥候としての能力はテッドも認めていた。しかし敵を釣り出した後は適当に引っ掻き回して、仲間に丸投げしていく。
戦闘開始と同時に、安全圏に逃げていくライナーの姿を、他のメンバーは苦い顔をして見ていたのだ。
実際には言うほど楽もしていないが、斥候は単独行動が多いので、目立つのは敵から全力で逃亡する姿だけだった。
だから、マーシュがライナーの追放を提案したときにも、特に反対の声は上がらなかった。
――という、解雇に至るまでの大体の経緯は、ライナーも把握した。
「なるほど、大体分かった」
実際のところ、マーシュがコテンパンに打ち負かされる結末は見えていたので、全員呆れながら了承したのが真相だ。
勤務態度なり、仕事の内容なり、何かしら改善してくれれば儲けもの。
そう思われるくらいの不満は持たれていた。
「そんなんじゃ、他のパーティでもやっていけない⋯⋯かもしれないよね?」
とにもかくにも、魔物退治の依頼が中心な冒険者として、戦闘能力の低さは致命的とも言える欠点だ。
それを認めた上で、ライナーにも言い分はある。
彼が索敵に出れば、敵が気づく前に捕捉して、先制攻撃を仕掛けるなり、待ち伏せて罠に嵌めるなりができている。
サポートに全力を尽くしていると考えれば、順当な分担だと思っていた。
常に有利な状況、有利な状態で戦闘を開始できた。
作戦に失敗したこともない。斥候の仕事は完璧にこなしていたのだ。
だから、自分は貢献したと胸を張って言えたし、彼らの言葉は既に、半分以上聞き流されている。
「そうそう、お前みたいな無能、どこにも雇ってもらえないだろ? だから――」
得意げな顔をしているマーシュと、呆れ顔のテッドは一旦置き、ライナーは同席している他二人の女性陣を一瞥した。
槍使いのシトリーは飽きて爪を弄っているし、魔法使いのジャネットは、この茶番が早く終わらないかなと言いたげな、渋い顔をしている。
――誰も反対していないので、もう追放は確定だ。
色々と考えることはあったし、言いたいこともあったライナーだが、一度破綻した関係の修復を頑張るのは、非効率だ。
これからどんな話をしてみても、互いのためにならない。
そう判断して、彼は諦めをつけた。
「まさに方向性の違いだな」
「……お前、もう面倒だからそれで片付けようとか思ってない?」
「まさか。話がそれだけなら、これで終わりだ」
適当に、いなされて終わった。マーシュが感じたのはそれだけだ。
だから彼は、顔を真っ赤にして歯ぎしりを始めた。
「相変わらず、話が早すぎるよライナー……。マーシュもバカなことを言ってないで、もう少し方法を考えない? ね?」
乱闘でも始まりそうな気配を感じて、苦笑いのテッドが仲裁に入るが、これはもう遅かった。
「後方支援だっていいんだ。戦闘に参加していれば、マーシュだって文句はないだろうし――」
「うるせぇ! ここまでナメられて、黙ってられっか!」
いきり立つマーシュを前にしても、ライナーは一見して冷静だ。
内心では「結論が変わらない話し合いに、3分も使ってしまった」などと考えている。
「3分あれば、何ができたかな」
「ぐぬぬぬ……!」
最短最速を好む彼は、常に最高効率を目指していた。
何気ない日常でもタイムアタックに挑んでいる。
だから信条的にも、少し痛い。
今度こそ席を立ったライナーに対し、同じく席を立ったマーシュは、いよいよ顔を真っ赤にして叫んだ。
「そんな態度ならもういい! 本当にクビだ! 後悔しても遅いからな!」
「俺が遅いだって? 冗談だろ」
ライナーがあっさり引いたので、今度こそ本当に、痴情のもつれのような別れ話は終わった。
――では、今から何をするべきか。
頭の回転まで早い彼は、この後どうしたらいいのか、すぐに思いついた。




