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ゴーゴーストーリー  作者: 女良息子
第四章 女王のお願いと希望の光
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98「夢から夢へ」

「日が射していなくて良かったわね。今のアンタの顔、かなり酷くなってるもの」


 嘲るキロリッターの眼下には、チェーンが転がっていた。

 彼女の体中から滲み出た赤い液体が、地面に広がる傍から雨に流されて消えていく。パッと見では死体と区別が付かないほどに重傷だった。

 ここまで痛めつければ、先ほどまで心中にあったムカつきもだいぶ晴れたらしく、キロリッターはたっぷりと熟睡した後に水浴びをしたかのようにさっぱりとした表情を見せていた。


「それじゃ、そろそろ終わりにしようかしら」


 片手を上げる。きっと、これが下ろされればチェーンの命はそこで潰えるのだろう。なんて事のない動作からそう確信させる凄味を、キロリッターは有していた。

 瞬間、チェーンの脳裏に生まれてから今までの記憶が溢れ出した。その中でも特に鮮烈に思い出されるのは、やはり勇者との記憶である。

 あと一瞬後に、自分は死ぬ。そうなれば、もう彼と会うことは出来ない。二度と顔を見られない。

 それは──それはとても。


「い……」


 風にかき消されそうなほどに小さな声で呟く。


「い、やだ……!」


 チェーンの体から放たれた閃光が辺り一帯を照らした。「まだそんな力が残っていたのか」と驚きながら、キロリッターは眩しさに目を細める。光を浴びた体に異変はないので、これはおそらく攻撃ではなく目くらましが目的の発光だったのだろう。続けてやってくるであろう攻撃に対処すべく、身構える。しかし、どれだけ待ってもチェーンが襲ってくる様子はなかった。

 むしろ逆。

 視界が晴れた頃にはチェーンの姿は消え失せており、彼女の気配はキロリッターから遠ざかっていた。


「逃げた、というわけね……。雑魚が選びそうな手だわ」


 別に追う必要はなかった。

 光線を撃ちこまれた恨みを殆ど晴らした今、キロリッターにはチェーンに対する執着心はあまり無い。『殺せるなら殺しておくが、わざわざ追ってまで殺すほどでもない』程度のスタンスだ。

 だから、このまま放っておいてもよかったのだが──


「…………」


 チェーンが逃げた方向から彼女の目的が逃走だけではないことを悟ると、キロリッターは地面を蹴り、追跡を始めた。


 ◆


『光速移動』による飛翔は、もう使えなくなった。それどころか『光線発射』も『光熱照射』も『光剣作成』も使えない。キロリッターとの戦いで寵愛を酷使した結果、体が限界を迎えていた。

 いや、そもそもこの力は期間限定の物だったのだろう。いくら多くの供物を捧げたとはいえ、これほどまでに大量な寵愛を無制限に使えるはずがないのだから。

 頭が重い。まるで脳の代わりに泥が詰まっているかのようだ。疲労と苦痛を感じながら、体を引きずるようにして路地を進む。

 そんな無理をして、どこに向かうつもりなのか? 決まっている。向かう場所なんて、ひとつしかない。

 何せ彼女はこれまでの二十年間、ずっとそこだけを目指していたのだから。

 今になってその目標を変えるはずがあるまい。

 歩く、歩く、歩く。角を曲がると、愛しの彼がいた──そして。


「やっぱりここか」


 その手前には、キロリッターが立っていた。


「アンタがどうしてこんな冴えないヤツに執着しているのかはぜーんぜん知らないし、知ろうとも思わないけど、だからと言って『そんなに欲しいならハイどうぞ』ってくれてやれるほど、私も寛大じゃないのよねえ」


 キロリッターは諧謔的な口調で話しながら、チェーンに向かってゆっくりと歩いて行く。

 一歩、二歩と近づくと共に、死の予感が増して行った。本来ならば、光天使オルエルの契約者であるチェーンの方が吸血鬼のキロリッターにとっての天敵であるはずなのに、キロリッターは単純な力量差だけでその相性関係を逆転させていた。

 もはや先ほどのような目くらましから光速で逃亡する力も残っていない。元より、チェーンにはロータローが居るここから離れるつもりはなかった。


「待てよ、キロリッター」


 ロータローが口を挟んだ。

 キロリッターは無視して前進を続けた。


「いや、待てって! そこは普通、立ち止まるところだろ⁉」


「はあ? なんで私が権天使プリンセルの寵愛すら持っていないアンタの言葉ひとつで止まらなくちゃいけないのよ」


 そんなことを言いつつも、キロリッターは立ち止まり、鬱陶しそうな態度で顔を振り向かせた。


「もしかしてアンタ、『これ以上その子を傷つけるのはやめてくださいっすよ、キロリッター様~』なんてことを言うつもりじゃないでしょうね?」


「その通りだよ」


 ロータローはキロリッターが自分の口調を甚だしく誤解していることをスルーした。

 キロリッターは怪訝な顔をする。


「なに、もしかしてコイツに惚れたの?」


「そういうのじゃねえよ。ただ、『そこまでやられてるなら、もういいだろ』って思っただけだ。ていうか、お前がそれ以上なんかしたら死ぬだろ、そいつ──俺も完全に理解しているわけじゃあないんだが……とにかくそいつは悪気があって動いてるわけじゃないんだ。だから、許してやってくれないか?」


「悪気無く光線をぶっ放して来る方がタチ悪くないかしら」


「うっ」


 至極まっとうな意見に、ロータローは言葉を詰まらせる。

 そもそも彼が知らないだけで、チェーンはチェレン王国の国土の十分の一と多くの国民を『悪気無く』消費しているのだ。自覚のある悪よりも迷惑な存在である。


「そ、それでもさあ、このままチェーンを見捨てるってのはちょっと……なんか、嫌なんだよ」


 ロータローにチェーンを庇う理由はない。彼女がどれだけ強い想いを向けてきても、彼にとっては今日会ったばかりの他人でしかないのだから。

 しかし、だからと言って、これ以上チェーンが何かされるのを静観する理由もなかった。


「これは俺の気分だけの問題じゃあないぜ? 俺が嫌ぁ~な気になるとするだろ? そしたら少なからず体調に影響が出るはずだ、ひいては血の質の低下に繋がるかもしれねえ。そんなことはお前だって嫌だろ? な?」


「…………」


 ロータローが語るのは、牽強付会が過ぎる弁護だ。そこに筋の通った理屈は無く、キロリッターがその気になれば容易くひっくり返せる詭弁である。伝わるものと言えば、必死さくらいだ。


「……はあ」


 呆れたように息を吐いて、体を完全に振り向かせる。

 先ほどまで発せられていた殺意は、薄まっていた。


「別にアンタに論破されたからやめるわけじゃあないわよ。ただ……興が冷めたわ。ていうか元々、絶対に殺すつもりでもなかったし」


 ぱん、と両手を打ち鳴らす。

 すると、それまで辛うじて立っていたチェーンがぶつりと糸が切れたように倒れた。


「は⁉ なっ、き、キロリッター⁉ おまえさあ⁉」


「殺しちゃいないわよ。眠らせただけ」


 キロリッターが言う通り、倒れたチェーンは微かに呼吸を続けていた。

 その事実を確認すると、ロータローはほっと一安心し、肩を落とす。

 キロリッターは組ませた両手を上げて、ぐっと背を伸ばした。


「あーあ、久々にちょっと本気を出したらお腹が空いてきちゃったわ。……普段なら戦った相手から適当に吸血していたんだけど、コイツって光天使オルエルの契約者だから、吸っても美味しくなさそうなのよねえ」


「……分かった。分かったよ。後でたっぷり吸わせてやる。お願いを聞いてもらった分、いつも以上に吸っていいさ。だから、物欲しそうな目でチラチラ見るのはやめろ」


 何はともあれ、これでチェーンとの戦いは終わった。

 だが、他にも問題は山積みである。

 チェーン曰く光線で撃ち抜かれたという『シットローズ号』がどうなったかは気になるし、彼女と直接戦ったリルたちの安否も心配だ。

 チェレン王国の上空には依然として雷雨が吹き荒れているし、国の問題と言えば(これはロータローには関係のないことだが)旧王家と新王家の対立だって片付いてはいない。

 さて、どうしたものかとロータローが悩ませていると──視線の先に、輪が現れた。

 前触れなく突然な出現だ。

 フラフープくらいのサイズをしている、真っ白な輪。それが空中に浮遊している。

 輪に囲まれた空間が歪み、中から何かが排出された。それは赤毛の子どもだった。

 ロータローはその顔に見覚えがある。

 見覚えがあるのは向こうも同じらしく、こちらに目を向けると、無表情のまま「おや」と呟いた。


「貴方は……」


 海上憲兵の配達員こと伝天使コルエルの降臨。

 新たな問題が発生した。


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