舞台裏 ~男たちの作戦会議~
翌日、リリスの知らぬところでこんな会議が開かれていた。
参加者はルシファーと六人の異母兄弟。
「リリス様がこれまでずっと周囲から嫌がらせを受けていたのは事実でした」
ルシファーが報告書を机上に出す。職権乱用して一日で調べさせたものだ。
長兄ルキフグスがじろりとにらむ。
「お前はスパイだろう。なぜ見逃した」
「僕はリリス様の監視が仕事じゃありませんよ。仮にも唯一の王女ですからね。むしろうちが監視していたのは皆さんです」
三男アガリアレプトが「ふん」と鼻を鳴らした。
「認知もせずに捨てた子だ、王め、いつか自分を殺しに来るんじゃないかって? それなら我が子として育てりゃよかったのにな」
四男フルーレティが眉をあげた。
「へえ。庶子認定してほしかったのか?」
「バカ言え。されたくない。せいせいしてる」
次男サタナキアが相槌を打った。
「それは同感だなー。確かにそんなに恐いなら、殺されないような人間になりゃいいのに。とはいえあれの息子として扱われなくてラッキーだ」
六男ネビロスがルシファーにきく。
「それで? 姉さまは王女なのにひどい扱いを受けてたの?」
「侍女も護衛もいることはいるけど、まともに仕事してなかったみたいです。王に殺されないよう、最低限はしてたみたいですけどね。食事も一見まとも。でもその実は毒入りです。ほぼ毎日」
リリスは魔力が強く、元々毒も効きにくい体質だったが、連日の摂取で完全に耐性がついてしまったわけだ。
五男サルガタナスが重い口を開いた。
「……それだけ摂取していれば効かなくなるな」
「その通りです。料理人、侍女、食材の搬入業者が犯人だったこともありました」
「とりあえず処罰しに行こうか」
物騒な笑みを浮かべて長兄が立ち上がる。すぐに五人の弟たちもならった。
ルシファーが手を振って、
「ほとんどは死んでますよ。何らかの理由で王に殺されてます。まだ生存してる者については、僕が手を打っておきました」
ルシファーの笑みもたいがい黒い。
「ならいい。お前もたいがい容赦ないな」
「僕はリリス様の夫ですから」
「リリスが本当に好きなのか?」
そうでなければ排除するぞと言わんばかりである。弟たちも「もし違うなら……」と敵意をむき出しにした。
ルシファーは落ち着いて、
「そうですよ。言ったでしょう。好きでなければ大人しく人質になったりしませんよ」
「何が理由で好きになった?」
義兄はしつこくきいた。
「正直に言いますと、初めは嫌いでしたね。あの王に甘やかされた、似たもの王女だと思ってたので。初対面で逆プロポーズされた時はとっさに逃げました」
「…………」
六人兄弟はツッコミを入れるべきか、「それは仕方ない」と慰めるべきか本気で悩んだ。
「……逆プロポーズ?」
「はい。あの調子で」
「……そうか」
「翌日には押しかけてきましてね。父王の命令だからじゃなく、自分が好きだから結婚したいと力説されました。まぁ、あれだけやられれば、本気だと分かりますよ」
六人兄弟は「あいつは何をやったんだ」と心配になった。
「押しに負けたのと、あの一撃くらったらヤバいと思って結婚を受け入れたわけですが……」
「……あの一撃か」
フルーレティがブルっと体を震わせる。
「あれくらったら確かに死ぬな」
武術や魔術を教えることになった彼はよく知っている。
が、他の兄弟は見たことがないので、次男サタナキアがたずねた。
「オレ見たことないんだけど。そんなにヤバいのか?」
「ヤバいヤバい。つーか余裕で死ぬ。あいつ元々王家の魔力持ってるから、魔力量もハンパないんだよ」
「それは俺らもじゃね?」
王族はケタ違いの魔力を持っている。認知されていなくても王族の子孫に違いない兄弟たちも同じ力を持っていた。
フルーレティが心もち青ざめてかぶりを振る。
「いや、オレらでも危ねーから」
マジで言う四男に兄弟は沈黙した。
「本気で防御しても重傷負うぜ。なんだろうな、とんでもなく強いからヘテロクロミアなんて外見になったんじゃね? 瞳に魔力が出たんだろうなぁ。普通のグーパンに魔力ちょっとのっけるだけで十分だっての。正直、あれで殴られるバカ王が気の毒になってきたよ」
「……それほどかよ」
「それほどですよ」
ルシファーもうなずく。あやうく直撃くらいかけたあの経験を思い出したくない。
「ともあれまぁ、そんなこんなで結婚したわけですが……。王とは違い、考え方がマトモなのはすぐ分かりましたからね。―――時々暴走しておかしな言動とってるんで、別の意味でマトモかどうか微妙なところですが」
「グレーゾーンだね」
のんびり評する六男ネビロス。
「少なくとも常識や倫理は持ち合わせています。あの王をどうにかしたいという気持ちも本物。だからクーデター計画にも乗りました。想像以上に良い王にあると確信したのは、侍女をかばった一件ですね」
ルシファーはそのことを話した。
「バレれば自分の身も危ないのに、侍女を逃がした。さんざん嫌がらせされていたのに、頭を下げて謝った」
「俺たちにも土下座して父親の非道をわびたんだからな」
三男アガリアレプトが言う。
「ええ。あなた方を救い出し、味方にするとは思いませんでした。あっさり味方につけてしまいましたからねぇ。あの方は不思議と人を惹きつける力がある」
長男ルキフグスが腕を組んだ。
「当然だろう。甘やかされたバカ王女だと思っていたのが、マトモな少女だった。まだ小さいのに土下座して泣いていたら、可愛くて仕方ないだろうがっ」
「うんうん。あれは萌えた」と次男。
三男がばっさり切り捨てた。
「黙れ変態」
「分かる。あれにはやられるよな。ズキューンって何かキタ」と四男。
「……子猫みたいだった」
ずっと黙っていた五男サルガタナスまでつぶやいた。
「うん、姉さまって猫みたいなんだよねー」
自分こそ子犬じゃないかとルシファーは思った。
「僕も同感です。あれがトドメでした。あんな可愛い姿見て落ちない男はいませんよ」
6兄弟は激しく同意した。
「しかし皆さん、お互い一度も会ったことなかったのに、見事に気が合ってますね」
「可愛い妹のためだ」
六人全員ハモった。ネビロスだけは「姉さま」だが。
「分からないでもないですが。しかもリリス様はきちんと考えるところは考えていて、クーデターが成功した暁には離婚するというんですから。僕のためだと言ってね。とんでもない。あんな子を手放すと思います?」
一斉に首を振る6兄弟。
「バカ言え。あれが妻だったら、俺なら絶対離さん」
「妹なのが残念だよ。でなきゃオレがもらうのにー」
「危険すぎる発言はやめろ変態。俺の可愛い妹が穢れる」
「分かる分かる。兄さま、兄さまってじゃれついてくると最高だよな~」
「……抱き上げると喜ぶ」
兄たちが「ずるい」とわめき出した」
「ずるいぞルガ! 俺はまだ抱っこしてないのに! 長男に譲れ!」
「あああ、可愛い可愛い妹のファースト抱っこは俺がしたかったのにぃぃ」
「何だそれ。キモイ。よし、後で抱っこしてやろう」
「ちょっと待てよ、オレが先だ!」
六男ネビロスだけは落ち着いたものだった。
「ネビロス様は参戦しないのですか?」
「だって僕、姉さまより体が小さいじゃん。できなくはないけど、姉さまが気にするでしょ。ルシファーこそ参戦しないの?」
「僕はそれくらいじゃ怒りません。夫婦なんですから、これから先もっと楽しみなことがあるでしょう」
「ふーん。ま、いいけど。だって僕しか姉さまのひざに乗ることはできないしね」
とたんにルシファーと兄たちが色めき立った。
ずるい。弟の特権かチクショウ。代わりに膝枕してもらいますかね、夫の特権で。ルシファー、貴様アァ。
しばーらく喧々諤々の大騒ぎをし、ようやく落ちついた頃、ルシファーが話を戻した。
「……えー、まぁ、そんなわけで。リリス様は日常的に周囲から嫌が背を受けていたと。物がなくなったり壊されたりもしょっちゅうだったようですよ。犯人は侍女や護衛」
「リリスが言いつけたら良くてクビ、普通は処刑だろうに」
「リリス様は言いつけるような人じゃありませんから。黙って耐えてたみたいです。言いつけたとしても、王は聞く耳持たなかったと思いますよ。王がリリス様を気に入っているのは特異な容姿だけで、もしリリス様が死んでも悲しまないでしょう。気に入っていたオモチャが一つなくなったくらいの感覚です」
また別のオモチャを見つければいいだけの話だ。
「周りもそれを知っていて、リリス様が気に入らないから壊した・捨てた、ろくでもない王女だと悪意あるウワサをふりまいた」
長兄ルキフグスがうなだれた。
「そこまでひどい扱いを受けてるとは思わなかった。てっきりいい暮らしをしてるものと。だから今あんなに幸せそうなのか」
「嫌がらせしてくる者は誰もいませんからね。殺される心配もない。周りは味方。僕も皆さんも甘やかしてますし。道理で安心した猫みたく、うたた寝してるわけですよ」
「―――もっと甘やかそう」
まずい方向に決意が向いている気がするが、誰も止めない。むしろ同意している。
「よし! どうやってリリスを甘やかすか、議論を始めるぞ!」
長兄の宣言と共に、男たちはいたって真剣、真面目に議論へ突入した。