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盗賊騎士と花神殿の姫神子  作者: ぴょん
盗賊騎士の日常
15/32

 静かな空に、澄んだ鐘の音が響き始めた。

 これは神殿から少し離れた村で鳴らしている鐘だ。村人に時間を告げる為に鳴らしているものが、毎日ここまで聞こえてくるのだ。今のは、日が沈んだという合図だろう。

「時間が過ぎるのは、あっというまですね……」

 話すことに夢中で、ディルと姫神子の二人は、すっかり日が暮れていることに気が付いていなかった。

「今日はわたくしが食事当番ですので、残念ですが……お話はここまでにいたしましょうか」

「姫、私も手伝います。今晩は何を作る予定で?」

「ええと、お魚の香草焼きとサラダとスープと……。台所に着いたら詳しく説明しますね!」

 姫神子は指を折り数えながら言う。

「では行きましょうか!」

 早く作らなければと焦っているのだろう。姫神子は慌てた様子でベンチから立ち上がった。

 目であなたも早くと訴えかける彼女に、ディルも頷き返事をする。

「はい、姫様――」


◇◆◇


 二人が台所に入ると、すでに明かりが灯されており――中ではウィスとジェットが待っていた。

「姫様、お待ちしておりましたわ! 今晩は何を作りましょうか?」

 フリフリのエプロンを身に着けたウィスが小走りで駆け寄ってくる。手に持っているのは姫用のエプロンだ。

 姫神子は礼を言ってそれを受け取ると、手早く身に着け――今日の献立を宣言した。

「メインはお魚の香草焼きにします。あとは余りものサラダとコーンスープ。パンはもう焼いているのを温めなおしましょうね。それと……、お野菜を漬けたのがまだありましたから、それも一緒に出しましょう」

「わかった」

 ジェットは短く言うと、台所の隣にある貯蔵庫へと消えていった。材料を取りに行ったのだろう。

「では、始めましょう!」

 姫神子が料理の開始を告げる。ディルもウィスも、それぞれ手伝えることを探し動き始めた。


 ここ花女神の神殿は慢性的な人員不足で――王の娘が住む場所だというのに、料理人はおろか最低限の使用人もいない。

 つまり掃除や敷地内の手入れから、姫神子や騎士達しもべの食事までを限られた人数で行わなければならないのだ。


 そういう事情もあり、なんとこの神殿では姫神子が自ら厨房に立つ。


 基本的には当番制で、他の騎士やアジュガも食事を作るのだが……。「皆は仕事があるでしょう」と、姫神子が率先して厨房に立つものだから、彼女が料理当番を務めることが一番多い。

 姫だけではさすがに――と、手が空いている者が手伝いに来る為、決して彼女一人で料理をすることはないが……。それでも異例中の異例だ。

 民が知ったら驚くに違いない。主君がしもべに手ずからの料理を出すなど――光栄ではあるが恐れ多いことなのだ。


「姫様、魚は捌けましたか?」

「ええ。ですが、数が多くて。香草の調合をしたいので、残りはディルにお願いしたいのですが……。どうでしょうか?」

「それはもちろん、お任せを! 私のナイフ使いはちょっとは知られたものだったんですよ」

「ふふ……。ではお願いいたしますね」

 姫神子に頼まれ、ディルはナイフを器用にクルリと回すと――器用に魚を捌きはじめた。

 ディルの料理の腕前は料理人ほどとは言えないが、盗賊時代もこうして仲間と食事を作っていた為、一般的な主婦と同じくらいはできる。


 ちなみに他の者の料理の腕前だが――――。

 まず本日の食事当番である姫神子。彼女の腕はディルと同じくらいだ。

 もともと手先が器用なことと、本を読んで実践してみたいと興味を抱いたことから、幼い頃から神殿の者へ料理を振る舞っていた。そのおかげか、今では神殿の一番の料理人だ。

 ――だが、上位階級である姫神子の彼女がそうなったのは、ある意味で必然と言えるだろう。


 他の人間が、壊滅的に料理が下手なのである。


 セージとウィスは、使用人がすべての雑事を行うような家で生まれ育ったこともあり、神殿(ここ)に来るまで一度も料理をしたことが無かった。

 包丁の扱いは剣に通じるところがあるのか、まあ悪くはないのだが……。いかんせん味付けがまずい。どの調味料をどれだけ入れたらどんな味になるのか――そういうことが一切わかっていないのだ。

 セージは、姫神子の為にと練習をしていた時代もあったのだが、

「材料がもったいないです……」

 と、幼き姫神子に言われて以来、味付けに関わることをやめた。それから彼が食事当番になった日は、焼いた肉に塩をかけただけ……などの質素な料理のみになったのだった。

 これに文句を言う者はいないので――グルメなウィスは例外だが――セージが当番の日は、食器の華やかさに反して、非常に『男み』の強い料理が並べられる。

 これはウィスも同じだ。彼が当番の日は『男料理』となる。ただセージと違うのが、盛り付けだけはとても美しいということ。

 ウィスにかかれば、ただの塩味の肉と味付けのされていない生野菜が、まるで芸術作品のようになる。

 次に無骨なジェットはどうなのかというと――。

 意外なことに、彼は繊細な味付けの料理を作り出す。

 ジェットは料理のセンスがあるのだ。

 ただ残念なことに、

「……オレが考えるべきは料理じゃなく、姫をどう守るかだ」

 と言って、献立を考えたりはしないので、出されるものは大抵同じメニューとなる。

 最後にアジュガは――――。

 普段から魔法薬を作っている為、料理に対しての基本的な技術はある。種類を問わず、本を読むことが好きだから知識もある。

 ただし、食に対して興味が無いのが問題だ。

 それが一番影響を及ぼしたのは姫神子の食事だった。

 彼女が赤子の頃はミルクだけなので支障はなかったが……。ある程度成長した彼女に食べさせていたのは、謎の薬草をすり潰し、小麦粉に混ぜ込んだパンばかり。あるいは一杯飲めば一食分の栄養が取れるという薬草ジュース。

 生きていけるだけ食べられればなんでもいい、という考えなのだ。

 姫神子が料理に興味を持たなければ、おそらくこの神殿では、今も謎の薬草を混ぜ込んだパンが主食となっていただろう。


「姫様、サラダにかけるドレッシングに、カプシカムの実を少し入れてみるのはどうでしょう? 盗賊仲間のあいだで流行っていた味付けなんですよ」

「ディル……。お前、姫に変な味を覚えさせるなよ」

「なんだジェット? アジュガみたいなこと言うなぁ?」

「……っ! うるさいなぁ……!」

「はいは~い、二人ともお退()きなさいな。お皿が通るわよ。――姫様、ここにあるのはもう盛り付けてもいいのよね?」

「はい。ウィス、頼んでもいいですか?」

「もちろんよ! 任せてちょうだい!」


「おや……?」

 四人でわいやわいやとやりながら、料理の仕上げに取り掛かっていると、厨房の扉が開いた。

「今日は四人で作っていたのか」

 顔を出してきたのはセージだった。うしろにはアジュガの姿も見える。

「セージ。もうすぐできますから、アジュガ様を連れて食卓に着いていてください」

「おやおや、追い出されてしまったね。――わかったよ、行こう。アジュガ様」

 肩を竦め消えていったセージを、姫神子はくすくすと笑いながら見送った。

(さっきは少し落ちこんでいたようだが……。やっぱりやることがあると気が紛れるのか。元気になったようでよかった……)

 笑っている姫神子を見ながら、ディルはそんなことを考えていた。


 姫神子と神殿。王宮。他の騎士と教育係――――。


 『外』から来たディルからすると、ここでは色々なものが根深く、そして複雑に絡み合っているようには思えた。

(少しでも、姫様の笑顔を増やしていけたらいい。私にできることは少ないだろうが、あのお方が笑っているところをもって見ていきたい――)

 ディルはテキパキと働く姫神子を見ながら、目を細めた。


「――おい。変な目で姫を見るな」

「痛っ!」

 ジェットに小突かれ、ディルは何しやがる、と抗議の意味で舌を出して見せた。

 それをジェットは軽く無視し、他に手伝うことは無いかと姫神子に話しかける。

 ディルは少々癪に障ったが――これも、少しはジェットと打ち解けられたということなのだろうと思い直す。

 なにせ少し前まではこんな軽いやり取りをしてくれなかったのだ。


「姫様、私にもなにかお申し付けください! ジェットだけじゃ手が足りないでしょう?」

 ディルの言葉に、ジェットは嫌そうな顔をした。

 ディルがそれに対し、やってやったという表情をすると――――。

「――!」

 今度はジェットが、小さく舌を出して見せたのだった。

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