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血の継承【改訂版】  作者: Salhi smail
第四章 アイン・アルワル編

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ナツメヤシ園の夜明け

نُفذت التصحيحات الأخيرة: توحيد الافتتاح مع نهاية الفصل 53، تحسين حركة تدحرج يزن، تصحيح أثر الحجر، وتنقيح وصف نار سيغران ووصول ضوء الصباح. لم تُغيَّر الأحداث أو الحوارات الأخرى.


第54話 ナツメヤシ園の夜明け


「ここから先は、一つの失敗で開くのは水路一本だけではない」


「アイン・アルワルそのものが開くわ」


アシールの言葉が、一行の頭上に残っていた。


声を荒らげたわけではない。


脅したわけでもない。


それでも、禁じられたナツメヤシ園へ戻る彼らの足取りは、先ほどまでより重くなっていた。


太陽は、まだその姿を完全には現していない。


最初の光がナツメヤシの梢に触れ、葉先を金と灰色の間に染めていた。長い影が砂の上に伸び、木々の間を進む一行の足元へ絡みつく。


背後のアイン・アルワルは、すでに眠ってはいなかった。


守り手たちが路地の入口へ配置されている。サーリムは古い井戸と客舎の近くに二人ずつ残し、自らは一行へ戻っていた。


最後尾を歩くジャラールは、数歩進むたびに村を振り返っている。


ヌーリヤはアシールの隣で、黒い印と新たな線で埋め尽くされた水路図を抱えていた。


「第三の流路は、古い鍛冶小屋の裏で固定されています。井戸へ分かれた二本の支流も、合流点で押さえました。でも……中心へ近づくほど、印が震えています」


アシールが答える。


「中心が、外側の流れを元へ戻そうとしているのよ」


サーリムが尋ねた。


「封印に、そんな意思があるのか?」


「私たちのような意思ではないわ。残っているのは、古い命令の記憶だけ。弱った命令は、傷ついた獣のように抵抗する」


シグランが言う。


「なら、そいつを焼けばいい」


「封印を焼くのではなく、開こうとしているものを閉じるのよ」


シグランが横目で彼女を見る。


「分かってる」


「そう言いながら、あなたは井戸のすぐそばで青い炎を使ったでしょう」


「井戸には当ててない」


「だから今も、あなたに発言を許しているのよ」


ヤザンは、痛みを堪えながら僅かに笑った。


肩には、古い水路の縁へ叩きつけられた痛みが残っている。両掌には、水汲み縄で擦れた赤い傷があった。


身体の至るところが休息を求めていた。


それでも、足は止まらない。


シグランのような炎はない。


マヤのように水を従わせることもできない。


だが、歩くことならできる。


ラカンが速度を変えず、ヤザンの隣へ寄った。


「肩は?」


「痛みはあります。でも動けます、先生」


ラカンは包帯へ目をやり、傷が開いていないことを確かめた。


「痛みが変わったら、すぐに言え」


「はい」


「我慢できるかどうかではない。変化があれば報告しろ」


ヤザンは短く頷いた。


「承知しました」


反対側を歩いていたシグランが言う。


「今日はずいぶん素直だな」


「お前まで先生のように話し始めたら、さすがに反抗する」


「俺がお前を教えるなら、一日で終わる」


「俺が死ぬからか?」


「理解が早いじゃないか」


マヤが二人を見る。


「その元気が残っているなら、少し黙って歩いて」


ラカンが落ち着いた声で言った。


「マヤの言うとおりだ。集中しろ」


三人がすぐに口を閉じる。


少し後ろから見ていたジャラールが呟いた。


「やはり変わった隊だ」


ヌーリヤが答える。


「でも、逃げずに戻ってきたわ」


「変わっていることが悪いとは言っていない」


それ以上、誰も言葉を続けなかった。


禁じられたナツメヤシ園の境が、すでに目の前にあった。


     *


ナツメヤシ園は、先ほどまでとは違っていた。


前に訪れた時は、何かを待つように沈黙していた。


今はもう、待ってはいない。


境界近くの砂が微かに震えている。


ナツメヤシの間を走る干上がった水路から灰色の蒸気が立ち上り、踏み固められた砂の層には細い亀裂が広がっていた。


奥には、古いナツメヤシと黒い封印石が見える。


半ば地中へ埋まった石の表面で、薄かった亀裂が以前よりも深くなっている。刻まれた紋様には光ではなく、濡れた影のような黒さが滲んでいた。


アシールは園の境で立ち止まった。


「ここから先、私の許可なく封印石へ近づかないで」


シグランが言う。


「それくらい分かってる」


アシールは彼だけを見る。


「特にあなたよ」


ヤザンが小声で言った。


「特別扱いだな」


「任務が終わったら焼く」


「その頃には、ケメンが残っていないんじゃない?」


マヤが言うと、シグランは鼻を鳴らした。


「目で焼く」


ラカンが手を上げる。


「話は終わりだ」


全員が黙った。


「サーリムとジャラールは左右を守れ。村へ向かうものを一体も通すな。マヤとヌーリヤはアシールにつけ。シグランは前方を押さえろ」


最後に、ヤザンを見る。


「ヤザン」


「はい」


「近くにいろ。記憶が戻っても、一人で隊から離れるな」


ヤザンは一瞬だけ、園の奥を見た。


それからラカンへ向き直る。


「はい、先生」


一行は園へ入った。


砂を踏む。


一歩。


さらに一歩。


園の内側は、外よりも空気が冷たかった。


風はほとんどなく、漂っているのは淀んだ水と腐ったナツメヤシの実の臭いだった。


アシールは、干上がった水路の前で止まる。


「第一の流路は、この下よ」


ヌーリヤが片膝をつき、砂の表面へ掌を置いた。


「聞こえます。深いところで動いている……中心へ引かれています」


マヤも水袋へ手を添える。


「水が逆向きに流れようとしてる」


「正そうとしないで」


アシールは一本目の黒い杭を取り出した。


「流れを押しても、引いても駄目。今の位置に留めるだけでいい」


杭を水路の縁へ打ち込む。


マヤの水袋から、二本の細い水の筋が伸びた。砂を濡らすことなく黒い杭の周囲を回り、その下に残る水の痕跡へ触れる。


反対側では、ヌーリヤの指の周囲に、砂色を帯びた淡い青の線が現れた。


「少し右へ。そこに古い流れの縁があります」


マヤが水を動かす。


黒い杭が震えた。


砂の下から、石同士が擦れるような音が響く。


アシールが杭へ片手を置いた。


「そのまま固定して」


地面の振動が強くなった。


ナツメヤシの根元に亀裂が走り、そこから細長い怪物が飛び出した。


最初に動いたのはシグランだった。


掌に灯った青い炎が、短い弧を描く。


怪物は炎を飛び越えようとした。


だが、その動きさえ読んでいたかのように、シグランはもう一方の手を振り下ろす。


細く絞られた青い炎が、怪物の首を焼き切った。


遅れて、別の亀裂から二体が現れる。


サーリムが一体を横から打ち、ジャラールの槍がもう一体の進路を塞いだ。


三体目は、ねじれたナツメヤシの根の陰から這い出していた。


狙いはヌーリヤだった。


それに気づいたのはヤザンだけだった。


距離がある。


走っても間に合わない。


ヤザンは足元の小石を拾い、ヌーリヤの横にある砂へ投げつけた。


石が足元へ落ちた音に、ヌーリヤが反応する。


「左です!」


彼女は半歩退いた。


湾曲した鉤爪が、先ほどまで脚のあった場所を通り過ぎる。


マヤが水の筋を怪物の首へ巻きつけ、頭を低く引いた。


その瞬間、シグランの青い炎が怪物を焼き抜く。


ヌーリヤは息を呑み、ヤザンを見た。


「もう少しで脚を失うところだったわ」


「失くさないでください。まだ必要です」


「それが、あなたの安心させ方?」


「ラカン先生から学びました」


前方を警戒したまま、ラカンが言う。


「まだ学び足りないな」


アシールは杭から手を離さなかった。


「会話はあと。流路が抵抗しているわ」


杭の周囲で砂が盛り上がり始めた。


下から押し返されている。


「マヤ、右側を固定して。ヌーリヤは下の動きを読んで」


「はい」


二人はすぐに応じた。


マヤの水が細かく震える。


「強い……引き戻される」


「正面から押さえないで」


ヌーリヤが砂の下へ意識を向けたまま言う。


「圧力を左へ逃がして。少しだけでいい」


マヤは歯を食いしばった。


一本だった水の筋を二つへ分け、押し返すのではなく、流れの側面へ絡ませる。


水の向きが僅かに変わった。


ヌーリヤが言う。


「そう。そこよ」


アシールが杭を深く押し込んだ。


地中から低い音が響く。


盛り上がっていた砂が崩れ、振動が止まった。


アシールは指先で杭へ触れた。


もう震えていない。


「第一の流路は一時的に固定できたわ」


マヤが大きく息を吐く。


「これで、残るのは……」


彼女の視線が、園の奥にある黒い石へ向かった。


アシールが立ち上がる。


「中心よ」


一行は、封印石へ向かって歩き始めた。


     *


封印石は、内部から押されているように震えていた。


表面の亀裂から細い黒い蒸気が漏れ、石の根元を這って周囲の砂へ沈んでいく。


アシールは石から三歩離れた場所で止まった。


前に来た時よりも近い。


ラカンが尋ねる。


「その距離でいいのか?」


「安全ではないわ。でも、ここでなければ中心に届かない」


ラカンはそれ以上、問い返さなかった。


アシールの隣へ立ち、周囲の亀裂へ目を配る。


「作業を始めれば、中心は外側の流路を取り戻そうとする」


アシールは道具袋から三本の黒い杭を取り出した。


「この杭は、閉じた流路をもう一度封じるためのものではない。中心から戻ろうとする圧力を止める錨よ」


一本目を、干上がった水路の方角へ置く。


二本目は、古い井戸の方角。


三本目は、鍛冶小屋と村の下を通る第三の流路へ向けた。


それから、小さな白い石の杭を取り出す。


表面には、一本の黒い線だけが刻まれていた。


ヌーリヤが掠れた声で言う。


「逆向きの杭……」


アシールが彼女を見る。


「知っているの?」


「名前を聞いたことがあるだけです」


「なら、壊れた時にどうするかも知っているわね」


ヌーリヤが僅かに顔を強張らせた。


マヤが尋ねる。


「どうするの?」


「村からできるだけ遠くへ逃げる」


シグランが言う。


「この女の説明には、安心できる部分が一つもないな」


ヤザンが答える。


「ガスカン式の教え方なんだろ」


アシールは二人を見なかった。


白い杭を封印石の正面へ置く。


「始めるわ」


両掌を、その杭へ重ねた。


何も起こらない。


ほんの一瞬だけ。


次の瞬間、風の音が消えた。


完全に。


ナツメヤシ園全体が息を止めたかのようだった。


封印石の紋様が光るのではなく、さらに深い黒へ沈んでいく。


そして、石の周囲にある亀裂が一斉に開いた。


右側から、無数の小さな怪物が這い出す。


左側の亀裂からは、鎧のような皮膚を持つ怪物が二体。


封印石の背後では、湾曲した鉤爪を持つ三つの長い影が立ち上がった。


ジャラールが槍を構える。


「これは、かなりまずいな」


青い炎が灯った。


大きく広がる炎ではない。


シグランの身体を薄く覆い、第二の皮膚のように揺れる炎だった。


「ようやく来たか」


シグランが前へ出る。


一撃ごとに炎を短く絞り、怪物だけを焼く。


一歩動くたびに、アシールへ続く道を塞ぐ。


青い炎は黒い杭にも、封印石にも触れない。


サーリムが横から現れた怪物を押し返し、ジャラールが槍でその胸を貫いた。


マヤとヌーリヤはアシールの背後につく。


新たな亀裂が生まれるたびに、ヌーリヤが方向を伝え、マヤが細い水の筋を送り込んだ。


「石の右!」


「分かった!」


「黒い杭の下にも来る!」


マヤが水を分ける。


地中の水は目に見えない。


だが、ヌーリヤの言葉を通して、その形を捉え始めていた。


二人の水が、開こうとする亀裂を内側から縫い止めていく。


ラカンは、アシールと怪物の間に立っていた。


ケメンが片方の拳の周囲へ集中する。


一体が黒い杭へ飛びかかった。


ラカンは半歩踏み込み、短い拳打でその首を砕く。


二体目には身体を回しながら肘を打ち込み、アシールの作業範囲から弾き出した。


動きに無駄はない。


必要な一撃だけで、怪物を円の外へ落としていく。


ヤザンも、その光景の中を動いていた。


怪物の目へ石を投げる。


倒れた木片を蹴り、別の怪物の足元へ滑り込ませる。


サーリムの死角へ入り込もうとした一体を知らせ、黒い杭へ近づくものの進路を塞ぐ。


怪物を倒す力はない。


それでも、敗北へ繋がる一瞬を潰すことはできる。


アシールが叫んだ。


「左の杭!」


小さな怪物がシグランの炎の下を這い、古い井戸の方角へ向いた黒い杭へ近づいていた。


ヤザンが走る。


だが、その前へ長い影が降り立った。


湾曲した鉤爪。


細長い腕。


身体が止まりかけた。


別の日のナツメヤシ園が、今いる場所へ重なる。


倒れるマルワン。


砂に落ちる血。


七歳の自分。


怪物が鉤爪を持ち上げた。


恐怖は消えなかった。


胸の奥へ食い込み、呼吸を奪おうとしている。


それでも、ヤザンは怪物から目を逸らさなかった。


一歩。


それだけでいい。


右足が動いた。


鉤爪が胸の前を通り、衣服の端を裂いた。


先端が皮膚を浅く掠める。


ヤザンは衝撃に逆らわず身体を捻り、傷めた肩をかばいながら、反対側の肩から砂の上へ転がった。


鉤爪は、彼のいた場所へ突き刺さる。


痛みはある。


恐怖も残っている。


だが、身体は動いていた。


小さな怪物が黒い杭へ手を伸ばす。


ヤザンは砂の上から鋭い石片を投げた。


石片が怪物の頭に当たり、その動きを一瞬だけ鈍らせる。


「シグラン!」


青い炎が一直線に走った。


小さな怪物を焼き抜き、黒い杭の直前で消える。


鉤爪の怪物が再びヤザンへ跳びかかった。


ヤザンは起き上がれない。


だが、マヤが見ていた。


水の筋が、ヤザンの脇にある砂へ潜る。


砂が僅かに持ち上がり、その身体を横へ押した。


鉤爪が空を切る。


次の瞬間、ラカンが踏み込んだ。


ケメンを集中させた拳が怪物の首へ突き刺さる。


鈍い音が響き、長い身体が砂の上へ倒れた。


ヤザンは横たわったまま、荒い息を繰り返していた。


視線は怪物から離れない。


ラカンが彼のそばへ来る。


「ヤザン」


「杭は……?」


ラカンが黒い杭を見る。


動いていない。


「無事だ」


ヤザンは短く息を吐いた。


ラカンは彼を見下ろしたまま、静かに言う。


「この前とは違う。今回は動けた」


ヤザンは返事をしなかった。


まだ息が整っていない。


だが、ラカンにはそれで十分だった。


     *


「感傷に浸っている時間はないわ! 中心が開く!」


アシールの声が飛ぶ。


ラカンはヤザンへ手を差し出した。


ヤザンはその手を取り、立ち上がる。


封印石の亀裂は、さらに広がっていた。


白い杭が激しく震えている。


アシールは両掌で押さえていたが、鼻から細い血が流れ始めていた。


マヤが叫ぶ。


「アシール先生!」


「私を見ないで。亀裂を固定して!」


ヌーリヤが地面へ手を置く。


「中心の圧力が、外側の流路へ戻ろうとしています!」


「黒い杭から逸らして。マヤ、水を亀裂へ。ヌーリヤが方向を示して」


ヌーリヤの顔が強張る。


「位置を誤れば、水が中心へ引き込まれます」


「だから誤らないで」


マヤが深く息を吸った。


「ヌーリヤ」


「ええ。私が導く」


二人が同時に手を上げる。


マヤの水袋に残っている水は少ない。


細い水の筋が地面へ広がり、亀裂の中へ沈んでいく。


攻撃ではない。


内側から傷口を縫い合わせるような動きだった。


ヌーリヤが水の行方を読み、マヤがその指示に合わせて向きを変える。


一本の亀裂が止まる。


続いて、もう一本。


アシールが白い杭を押し込んだ。


封印石の紋様が震える。


砂の下から、低い轟音が響いた。


その時、封印石の背後にある亀裂が大きく開いた。


そこから、巨大な怪物が這い出す。


鎧に覆われてはいない。


四本の脚で立ち、頭には目がなかった。背中には小さな鉤爪が幾つも並び、口のように開閉している。


小さな怪物たちが動きを止めた。


そして、一斉に退く。


巨大な怪物へ道を譲るように。


ジャラールが呟いた。


「最悪だな」


サーリムが叫ぶ。


「シグラン!」


シグランはすでに怪物を見ていた。


強い炎を使えば、封印石を巻き込む。


弱い炎では止められない。


迷ったのは、ほんの一瞬だった。


「石から引き離して!」


アシールが叫ぶ。


ラカンが続ける。


「シグラン、左へ誘導しろ!」


シグランはすぐに動いた。


巨大な怪物の正面へ立ち、両手に青い炎を集める。


「来い」


怪物が突進した。


前脚の鉤爪が振り下ろされる。


シグランは半歩だけ退き、足元へ短い炎を放った。


怪物はそれを避け、僅かに左へ逸れる。


サーリムが側面から脚を打つ。


大きな身体は揺れただけだった。


ジャラールの槍が関節へ突き刺さる。


だが、怪物が身体を振ると、槍は途中から折れた。


「こいつは本当に気に入らない」


息を整えながら、ヤザンが言う。


「干上がった水路へ誘い込んでください」


ラカンが彼を見る。


「理由は?」


ヤザンは左側を指した。


「昨日の戦いで、水路の縁が崩れかけています。あの重さで踏み込めば、砂ごと落ちるはずです」


ラカンが叫ぶ。


「シグラン、聞こえたな!」


シグランは怪物から目を離さない。


口元に僅かな笑みが浮かぶ。


「ようやく、こいつにも使える策が出たな」


「聞こえてるぞ」


「なら、意識を失うな」


シグランは左へ下がり始めた。


青い炎を短く放ち、怪物の側面だけを焼く。


致命傷を与えるためではない。


怒らせ、追わせるための炎だった。


怪物は唸り声を上げ、シグランを追う。


封印石から離れていく。


マヤは亀裂を固定したまま、その動きを見た。


「少しなら手伝える」


ヌーリヤが水の向きを読む。


「前脚の左側。砂の深いところに緩い層があるわ」


マヤが細い水の筋を送る。


水は怪物の足元へ潜り、深い砂の層を僅かに崩した。


左前脚が沈む。


怪物の体勢が傾いた。


「今だ!」


シグランが横へ跳ぶ。


怪物の背後へ斜めに青い炎を走らせ、退路を塞ぐ。


怪物は前へ踏み込んだ。


一歩。


さらに一歩。


干上がった水路の縁が崩れた。


巨大な身体の半分が、砂とともに水路の中へ落ちる。


怪物が激しく暴れる。


シグランは片手を上げた。


周囲を覆っていた炎が、すべて掌の上へ集まっていく。


青い光が強まり、一瞬だけナツメヤシの幹も、人々の顔も、同じ色に染めた。


アシールの声が飛ぶ。


「石から離れたまま撃って!」


シグランが苛立ったように返す。


「分かってる!」


青い炎が放たれた。


大きく広がる炎ではない。


獣の顎を思わせる形に圧縮された炎が、干上がった水路へ落ち、怪物の頭を噛み砕くように閉じた。


園全体が震える。


やがて、巨大な怪物の動きが止まった。


青い炎が消える。


シグランはその場へ立ち、荒い息を整えた。


サーリムが怪物の死骸を見つめる。


ジャラールは折れた槍を拾いながら言った。


「もう二度と、あいつらをCランクだとは呼ばない」


サーリムが答える。


「最初から、そう言っていただろう」


「今は、もっと強くそう思っている」


     *


封印石の前では、白い杭が少しずつ砂へ沈んでいた。


アシールは片膝をつき、震える両手でそれを押さえている。


「今よ! 外側へ戻る圧力を断って!」


ヌーリヤが地面へ両手を置いた。


「第一の流路は一時的に固定されています!」


「井戸の支流も保っています!」


マヤは水袋を持ち上げた。


残っている水は、ほとんどない。


それでも目を閉じ、砂のさらに深い層へ意識を伸ばす。


乾いた表面の下。


古い水路よりも深い場所。


そこに残る僅かな湿り気が、細い水の筋となって砂の間から浮かび上がった。


量は少ない。


だが、必要なのは力ではない。


正確さだった。


マヤは幾つもの細い水の筋を束ね、亀裂の周囲へ巡らせる。


ヌーリヤがその上へ手を重ねた。


「もう少し下へ……そこで止めて」


水が沈む。


中心から外側へ向かっていた圧力が、僅かに揺らいだ。


アシールが白い杭へ力を込める。


その時、ナツメヤシの葉の隙間を抜け、朝日が初めて封印石へ伸びた。


石へ届くまで、あと僅かしかない。


「アシール先生!」


マヤが叫ぶ。


アシールも光を見ていた。


歯を食いしばり、残る力を両腕へ集める。


声にならない息が漏れた。


そして、光が封印石へ触れる直前――


白い杭を、砂の中へ最後まで打ち込んだ。


封印石の黒い紋様が一斉に消える。


亀裂から冷たい空気が吐き出された。


最も大きな裂け目が閉じる。


続いて、その周囲の細い亀裂も重なるように塞がっていく。


石の震えが止まった。


地中の音も消える。


光が封印石へ届いた時、そこにはもう、抵抗するものはなかった。


アシールの身体が傾いた。


ラカンが倒れる前に腕を支える。


「終わったのか?」


アシールはすぐには答えなかった。


震える指を砂へ触れさせ、地中の反応を確かめる。


ヌーリヤも目を閉じたまま、水の流れへ意識を向けていた。


しばらくして、彼女が静かに目を開く。


「水が……眠っています」


アシールが白い杭から手を離した。


「中心は閉じたわ」


その言葉のあとに訪れたのは、疲れ切った静けさだった。


小さな怪物たちは、地上へ続く道を失ったように動きを止めた。


一部は砂の中へ黒い染みのように溶け、残ったものはサーリムとジャラールに倒された。


やがて、戦う音がすべて消えた。


マヤはその場へ座り込み、深く息をつく。


ヌーリヤも片膝をついたまま、地面から手を離せずにいた。


シグランの指先では、青い炎が一つずつ消えていく。


ヤザンは、古いナツメヤシの間に立っていた。


肩は痛む。


両掌の傷も熱を持っている。


胸には、鉤爪が残した浅い傷が走っていた。


それでも、彼の視線は倒れた怪物へ向いていた。


かつて、足が動かなかった場所。


マルワンを失った場所。


同じ形の鉤爪を前にして、今回は一歩を踏み出した。


ラカンが隣へ立つ。


長い言葉はなかった。


「一歩だ」


ヤザンは怪物から目を離さずに答えた。


「十分でした」


「今日に限ればな」


ヤザンは小さく息を吐いた。


ラカンの言葉に誇張はない。


だからこそ、その一言は重かった。


シグランが近づいてくる。


疲労を隠すように背筋を伸ばしていた。


ヤザンの隣で足を止めると、怪物の死骸を見たまま言う。


「さっきの一歩は……悪くなかった」


ヤザンが彼を見る。


「今のは褒めたのか?」


「そう聞こえたなら、お前の頭まで傷ついたらしいな」


「撤回される前に覚えておく」


シグランは鼻を鳴らし、先へ歩いた。


ヌーリヤに支えられたマヤが、ヤザンのそばを通る。


「あなたとあの場所に何があったのか、全部は知らない。でも、戻ってこられたのね」


ヤザンは一度、封印石を振り返る。


「何も失わずに戻れたわけじゃない」


マヤは疲れた笑みを浮かべた。


「誰も、そんな場所から同じままでは戻れないわ」


少し間を置いて、続ける。


「それでも、歩けるなら十分よ」


アシールはラカンに支えられながら、封印石を見た。


「古い封印だから、永遠には持たない。でも、誰も触れなければ長く眠るでしょう」


サーリムが答える。


「誰も近づけさせない」


「その言葉を、村全体に守らせなさい」


サーリムは強く頷いた。


ラカンが一行を見渡す。


「村へ戻るぞ」


全員が、ゆっくりと歩き始めた。


ヤザンは最後にもう一度だけ、足元を見た。


恐怖は消えていない。


過去を乗り越えたわけでもない。


だが、今回は過去に足を止められなかった。


一行は、昇り始めた太陽の下で、禁じられたナツメヤシ園をあとにした。


背後では、古いナツメヤシのそばに黒い封印石が残っている。


音もなく。


動くこともなく。


ようやく、深い眠りへ戻ったかのように。

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